74 俺は青い光をパリイする
「……どうした? もう来ないのか?
せつ…………せつ……【節約】の────」
「【刹那】。【刹那】だ。【刹那】のシギル」
俺はだんだんと口数の減っていった六人を前に、少し戸惑っていた。
最初はあれだけ華麗な技を披露してくれていたというのに、どうも先ほどから動きが鈍い。
「……すまんが、こちらで少し話し合う。いいか?」
「ああ、いいぞ」
彼らは六人で一箇所に集まり、小さな声で作戦会議のようなことを始めた。
もう、これで3度目ぐらいになる。
「……ねえ、どういうこと?
あの男、【六聖】に次ぐ程度の強さっていう話だったんじゃないの?
【六聖】ってこんなに、強いものなの……?」
「……幾ら何でも、異常よ。
私たちが6人同時に、全力で攻め込んでも息一つ切らさないなんて」
「ああ、まだ奴は実力を出している気配すらない…………
猊下はこれを生け捕りにしろと……?」
「いや、俺の見立てでは、あれは【六聖】を凌ぐ存在だろう。
あんな奴が、まだ無名のままでいたとはな……」
彼らはなにやら真剣に話し合っている様子だったが、仮面越しにもどこか疲れの色が見える。
二人の女性の魔法のコンビネーションや、四人の剣と槍で繰り出す華麗な連続攻撃、更にそれを組み合わせた複雑な連携など、彼らの繰り出すもてなしの技は目を見張るものがあり、最初は息もつかせぬ感じで調子よく攻め込んできてくれたのだが……やはり、あれだけ見事な曲芸を連続で繰り出すと、流石に疲労はあるようだ。
彼らは事あるごとに全く違う技を披露してきてくれて、俺としては本当に楽しくなってきたところだったが……そろそろ、ネタ切れというところなのだろうか。
俺の方も張り切りすぎて、地面にも結構穴を開けてしまったし……もう、潮時ということかもしれない。
「シギル。もう、もてなしはこれで終わりということでいいのか?
……無理はしなくていいぞ」
俺が肩を並べて話している六人に声を掛けると、双剣の男、シギルが振り返って答えてくれた。
「ああ……すまんが、俺たちはここまでのようだ」
「いや、謝ることなどないぞ。とても楽しかった。
俺などに付き合ってくれて感謝する」
俺が一言礼を言うとその奇抜な鎧の男は一つため息をつき、黒い剣に当たって少し欠けてしまった双剣を腰の鞘に納めた。
「……聞くが。お前は王国でどの程度強いのだ?」
「……俺か?
正直、俺などはきっと弱い方だろうな。
あまり知らないが、まだまだ、俺よりも強い人間がたくさんいる筈だ。
どうしてそんなことを聞く?」
「そうか」
それだけ言うと、シギルは俺に背を向けた。
「……一旦、退くぞ」
「シギル。猊下の命に背くつもりか」
「勘違いするな。
俺たちは捕らえろと命令されただけだ。
体勢を整え、再度挑むだけだ」
「だが────」
「このままで勝ち目があるのか? ……悔しいが、もうはっきりしているだろう」
「チッ……わかった。無念だが任務遂行の為だ。ライバにも助力を頼むか」
「あいつ、ここに置いていくの?」
「ああ。仮に誰かが残ったとして、誰があれを止められる?
それに奴はここから自力で抜け出すことなど出来ん。
ここに置いていくのが最善だろう。
……それ以外、俺たちができることはない」
「…………本当に、情けないわね。『十二使聖』ともあろう者が」
シギル達はまた皆で何かを相談すると、俺に声を掛けた。
「おい、【杭打ち】。
俺たちは人を呼んでくる。
お前はここで大人しく待っていろ。
……いいか? 絶対に動くなよ。
調査はあらかた終えているとはいえ、ここにはまだ生きている罠もあるからな」
「……そうか? わかった」
彼らは俺に忠告をすると、またぞろぞろと来た道を帰っていった。
どうやら、俺はここに置いていかれるみたいだが……彼らはまさか、まだ俺をもてなしてくれるつもりでいるのだろうか?
本当に真面目な人々だ。無理はしなくていいと言っているのに。
まあ、人を連れてくると言っているし、俺はここで待っていれば良いのだろう。
「……ねえ、あいつなんであんなに素直なの……?」
「……少々、不気味だ。奴は本当に状況を分かっているのか……?」
「それに、ねえシギル……あいつが勝手に下まで行ったら責任取れるの?」
「……あそこには猊下自らが設置した、幾重にも張り巡らされた結界層がある。
あれは流石に誰も通れない。触れでもしたら即死だろう」
「そりゃあ、そうだけど……」
「そもそも……奴は俺たちが斬るべき『悪』なのか?
俺にはどうも、そうは思えん。
こちらがあそこまで殺意を向けたというのに、まるで敵意のかけらもない」
「……猊下のご下命を疑う気?」
「確認するだけだ。猊下に捕獲の真意を問う」
そうして、俺だけが広い空間にぽつんと残された。
「…………ここを動くな、か」
あたりを見回すと、なんだか興味深そうなものばかり目についた。
見たこともない材質の石碑のようなものもあるし、床をよく見ると、不思議な形のコインのようなものがたまに石に混じって落ちていた。
正直、俺にとっては未知の領域なので今すぐにでも辺りをみて回りたい気持ちはある。
だが、ここは彼らの忠告に従うことにしよう。
ここは古い迷宮なのだという。
まだ生きている罠があるというし、下手に何かに触ったりしたらあまりいいことはないだろう。
「あそこでいいか」
周りを見渡すと、すぐ側にちょうど良い形の石があった。
別に疲れたというほどのこともないが、俺は彼らのもてなしで少し浮かれた気分を落ち着かせる為、あれに腰掛けて待つことにした。
なにせ、俺には以前、昔迷宮の一部だった倉庫で作動しないはずの罠を踏み抜いてしまった前科がある。あの時は本当に死ぬかと思ったが……。
外国に来てまで、うっかり罠なんて作動させてしまったなんてことになったら、彼らにも、リーン達にだって迷惑がかかることだろう。
「本当に変なところを触らないよう、気をつけなければな」
そうして俺が黒い剣を肩に担ぎ、その真四角の石に腰掛けると────ゴトリ、と何処かから音がした。
「────────ん?」
辺りを見回すと、なにも変化はない。
いや、俺が腰掛けた四角い石を見ると何故か地面に少し、沈み込んでいた。
これは……?
「──────────────んんん……?」
俺が腰掛けた石は見る見るうちに、沈んでいく。
これは────もしかして。
もしかすると。
そして、建物全体が揺れるような激しい衝撃と共に────
────轟音。
地面が音を立てて崩れはじめた。
「し、しまっ────────!!」
まずい。
非常にまずい。
俺が座ったのは、どうやら何かの仕掛けの一部だったらしい。
全然そうは見えなかったし、この辺りは調べられていると聞いていたので油断していた。
いや、地面が崩れたのは俺がさっき地面のあちこちにヒビを入れてしまったせいだろうか。
ともかく、俺の身体はなすすべもなく、瞬時に崩壊した石の床と一緒に落下していった。
身体が真っ暗な空間へと投げ出され、ふわりと宙に浮く感覚。
そして、すぐに何かにぶつかるが、落下でかなりの勢いがついてしまい、俺はその床らしきものを砕きつつ更に落下する。
眼下にはひたすら暗闇が広がる。
何も、見えない。
どこに何があるのかもわからないまま、何度も身体を床に打ち付けられ、また広い空間へと放り出されるのを繰り返すが、一向に落下が止まらない。
……何故か、黒い剣がぐいぐいと暗闇の奥へと引っ張られるような感覚すらある。
いや、気のせいではない。
その力は落ちるごとに、どんどん強くなっていく気がする。
────どうやら俺は今、下へ下へと引っ張られているらしい。
俺がわけも分からず、色々な疑問を覚えながら、しばらく幾つもの床を突き抜けて落ち続けると……不意に広い空間に放り出されたのがわかった。
「……明るい……?」
そこはとても明るかった。
空間全体を照らす灯りがある。
おかげで俺は辺りを見渡すことができた。
そこは不思議な青白い色の光で満たされていた。
あの6人が放ってきたのと同じような青白い光。
それが空間全てを覆うように広がっていた。
先ほど見たものとは比べ物にならないぐらいに強く明るく輝く『青白い光の壁』が、落下していく俺の眼前に広がった。
このままではぶつかる。
……どうしようか。
先ほど触れてわかったが、あの光は触ってもあまり気分のいいものではない。
────とりあえず。
「パリイ」
俺が黒い剣で青白い光の壁を叩くと、光の壁はまばゆい光の粒子となり一瞬で辺りに飛び散った。
剣が光の壁に当たった瞬間、持つ手にかなりの衝撃を感じた。
あのままぶつかったら、ただでは済まなかっただろう。
どうやら俺の判断は間違っていなかったらしい。
そうして俺はその下に何層もある光の壁を全て剣で打ち砕きながら下へと落下していく。
青白い光の壁を壊していくと、辺りはまばゆい光の粒子で満たされ、おかげで周囲はかなり明るくなった。
そうして、遠くの床がよく見えるようになったので、俺はなんとか空中で姿勢を立て直し着地した。
「なんとか、助かったな」
ようやく床に立つことができた俺が辺りを見回すと、宙に散ったまばゆい光はあっという間に消え、途端に周囲を深い闇が覆う。
やはり、明るかったのはあれのおかげらしい。
運が良かった。だが、それにしても……。
「────ここは、どこだ?」
いったい、俺はどれだけ落ちてきたのだろう。
随分、落ちてきたような気がする。
感覚でしか覚えていないが、おそらく、俺が突き抜けてきた床の数は十かそれ以上はある筈だ。
不思議と黒い剣も、これ以上は引っ張られてはいないようだ。
先ほどまで、俺の握る黒い剣は確かに下へと強く引かれていた。
分厚い石の床をあれほど易々と突き抜けたのはそのせいもあったように思う。
なんにせよ、このままでは真っ暗で何も見えない。
俺が【プチファイア】で明かりを灯そうとすると……また違和感に気がついた。
暗闇の中で、再び、黒い剣が僅かに動いた気がした。
「…………なんだ?」
気のせいかとも思ったが、やはり確かに動いている。
それも今度は何かの位置を示すかのように、決まった方向に引っ張られている感じがする。
不思議な感じだ。
もしかして、この剣は俺に何かを伝えようとしているのだろうか?
そんなわけはないか、と思いつつ、俺が剣の指し示す方向にじっと目を凝らすと、奥の方に空洞があるらしいことがわかった。そこから僅かに灯りが漏れている。
「……あそこに何かある、のか……?」
もしかしたらそこに上へとつながる階段や通路があるかもしれないとも思い、俺は見えた光を辿って奥へと進んだ。すると、すぐに巨大な青白い水晶のような、光る石が浮いている広い空間に出た。
そこは明るく、とても見通しが効いた。
だが辺りを見回してみても、出口や上に通じる階段の様なものはなかった。
俺は少し気を落としながらも、その空間の中央で浮かぶようにして光る青い石に興味を持った。
「随分と大きいな」
近づいて見てみると、それはかなり巨大な石だった。
横幅は俺が両手を広げた長さよりずっと大きく、高さは俺の背丈の倍ほどはある。
そして、やはりこの青く光る透明な石はどうやら宙に浮いている様だ。
下を覗き込んで確かめてみても、何かで支えられている気配もないし、本当にただ浮いているという様にしか見えない。
更に不思議なことに、俺の持つ剣が明らかにこれに引き寄せられている感じがする。
剣を別の方向に向けようとしても、まっすぐにこの石の中心を向こうとする。
本当に不思議な石だ。
「一体、何なんだこの石は?
照明か? ……それにしては、少し妙な場所にある気がするが」
それが何なのか、俺が少し触って確かめようと手を伸ばそうとした瞬間。
不意に身体が強い力で石へと引き寄せられるのを感じた。
「なんだ────身体が……!?」
俺の身体は青い水晶に吸い込まれる様に引き寄せられ、触れたと思った瞬間に石の中へとずぶりと飲み込まれ、途端に俺の意識は真っ白になり────
気づけば、俺は見知らぬ場所に立っていた。
そこには一人の倒れている女性と────その女性の奥に、俺が上の階で見た絵画に描かれていた不気味で巨大な骸骨が、煌びやかな宝石が散りばめられたローブを身に纏い、黄金色の椅子に腰掛けていた。






