60 魔導の鎧
「竜滅極閃衝」
「パリイ」
俺は全力で王類金属の槍を握り込み、次なる一撃を放つ。
だが槍は即座に奴の剣に弾かれて打ち上げられ、辺りに激しい火花が散る。
「……これでも、届かねえのかよ……」
────今ので、両腕の骨が折れたのが分かった。
既に最初の一撃で両手の骨は粉々に砕け、痛みを無視し、強化された筋力だけで無理矢理槍を握っているというのに。
槍を支える両腕と、大地を蹴った両脚の筋肉は壊れたように軋み、身体は全ての呼気を使い切り、視界が霞んだ。
────たった数撃。
たった数度の攻撃を繰り出しただけで、このザマだ。
俺は、これまでの人生で最高の槍を突き出した。
全力以上の力で、限界を超えた一撃を繰り出し続けた。
────だというのに。
あいつにはまともに届く気配すらない。
あれだけ無敵を誇った自慢の槍が、奴にはまるで届かない。
「はは…………冗談、きついぜ」
この男は────本物の化物だ。
俺が今身につけているのは侵攻してきた皇国軍の置き土産……装着者の魔力を吸うことで凡人を超人に変える魔道具──『魔導鎧』だ。
それも、オーケンの爺さんが戦場で拾ったものを好き放題に弄り、通常の数倍の力を得られるように調整を施した頭のおかしい実験作。
……よくもそんなものを作ろうと思ったものだ。
人間の身体が普段の『数倍』の力を引き出され、無事でいられる訳がないと言うのに。
その話を聞いて、即座に持ち出して使おうなんて思った俺も俺だが。
オーケンは俺がこの鎧を持ち出すとき、試すときはせいぜい、全力の2割増程度にしておけと忠告した。
それ以上出力を高めれば体が破壊され、命に関わるからと。
持ち出すときに散々しつこく、うるさい程に説教されたのだが。
────冗談じゃない。
目の前のこいつはそんな程度じゃ、とても届かない領域にいる。
最初の一撃は2割増。
次は5割。
その次は、2倍。
俺は自分の限界を遥かに超えた槍撃を繰り出し、忠告された通り身体が壊れた。
だが、それでも────届かない。
俺の槍は奴の体に遠く及ばない距離で、いとも容易く弾かれる。
この力の差。
つくづく、嫌になる。
「竜滅極閃衝」
次の一撃。
俺は更に『魔導鎧』の出力を上げた。
もう、身体がどうにかなりそうだ。
「パリイ」
だが、次の一撃も当たり前のように弾かれる。
王類金属の槍を弾かれ、脇に挟んだ槍の衝撃で肋骨が折れた。
思い知らされる。
こいつには、とてもじゃないが、敵わない。
だが────進展もあった。
今、俺はこいつに剣を使わせている。
以前は、あいつは剣すら振らずに俺をあしらった。
そう、少しは、追いついたんだ。
この調子で絶対に追いついてやる。
この化け物に。
「竜滅極閃衝」
「パリイ」
槍と剣を交わらせる度。
そんなことは無謀だ、と俺の体が、俺の本能が教える。
お前などではどうやったって、この目の前の化け物には追いつけない。
既に全身の筋肉が、骨が、腱が絶叫を挙げている。
俺の五感全てが、全力で訴えかけてくる。
これ以上は駄目だ。無駄だ。どうしようもない、と。
自分の身体が俺の現実を、限界を突きつけてくる。
こうまでしても、追いつけない隔絶した力の差。
もう、無理だ。
そんなこと、俺だって分かっている。
理性で、ちゃんと把握している。
分かっているだけに、悔しくて悔しくてたまらない。
自分の無力さに頭にきている。
その筈なのに。
────同時に、可笑しい。
自分の非力さへの怒りが全身に溢れ、狂いそうな程に悔しいのに────
なのに何故、今、俺は笑っているんだろう。
心の底から、どうしようもない笑いがこみ上げてくる。
「はは、はは」
なんなんだ、この笑いは。
俺は、おかしくなってしまったんだろうか。
いや、違う。
そんなこと────分かりきっている。
これは、愉しいんだ。
愉しくて、嬉しくて仕方がないんだ。
こいつが、目の前にいることが。
強くなる為の、目標が。
乗り越えるべき目標が。
俺がずっと、求めてやまなかったものが、すぐ目の前にいることが。
「竜滅極閃衝」
「パリイ」
きっと俺は奴には、相手にすらされていないのだろう。
まともに、名前すら覚えられていないらしい。
そりゃそうだ。
こいつにとって、俺は取るに足らない有象無象に過ぎないのだから。
こいつには恐らく、俺はそこらにいる雑魚と変わりない──そう、思われている。
そうだ。
こいつは、その程度にしか俺を認識していない。
──────その事実が、俺の心を奮わせる。
俺と奴との間にある、絶望的な力量差。
それを埋め合わせる為、俺は『魔導鎧』に全魔力を喰わせる。
俺は身体が知らせる危険信号を無視し、更に自分の速度を上げていく────
悲鳴を上げていた全ての筋肉が切れ、一撃の為に踏み込んだ足の骨が砕けた。
それでいい。
そうでなければ辿り着けない。
この化け物のいる地点には。
だが────
「パリイ」
そうして、限界をとうに超えた俺の最速の攻撃を、奴はいとも簡単に弾く。
「はは」
思わず、笑う。
笑わずにはいられない。
────こんな奴が、いるのか。
こんなにも命を削って尚────それでもまだ、俺の槍は届かない。
届く気すら、しない。
「────お前…………まだまだ、余裕、ありそうだな」
「ああ。これぐらいなら、なんとかなる感じだな」
「……そうか。じゃあ、次は──────もっと疾くするかな」
「ああ、頼む」
俺は自分の身体が軋み壊れる音を聞きながら、再び槍を構えた。
もう既に、手の感覚がない。
耳も半分聞こえなくなった。
目もとっくに霞んで片目だけで焦点を合わせている状態。
身体が、ぐらつく。
いよいよ、そこら中がおかしくなり始めたらしい。
だが────それでいい。
体が壊れ追い詰められるほどに、自分の槍が冴えてくるのも感じる。
まだまだ、やれる。
そうだ、次こそは。
次の一撃こそが、奴に届き得る────俺の、最高の一撃。
「竜滅極閃衝」
俺はただ槍を振るうことが楽しくて愉しくて────その日、身体が完全に言うことを聞かなくなるまで槍を繰り出し続けた。






