31 王都市街の戦い
私達は馬車を棄て、三人で馬に跨り王都市街へと急いでいた。
──ノール先生に遅れること数分。
街の中に入ろうという時には、王都の中心部には瓦礫が舞い、高くそびえていた王城は脆くも崩れ去っていた。
辺り一帯に立ち昇る噴煙──今、その向こうで【厄災の魔竜】と先生が戦っている。
直接、先生の姿を見ることは出来ないが、凄まじい光景だ。
魔竜が一つ動きを見せる度に地震が起き、王都の東区画の建造物が瞬く間に破壊され、目の前の家屋が崩れ落ち、辺りは次々に更地と化していく。
何より、時折竜から放たれる、とてつもなく強力な魔力線──あれが伝説に謳われる魔竜の【ブレス】──『破滅の光』。
それらが幾つも遠くの平原に落ち、穴を穿っている。
周辺の地形が変わるような戦闘が、向こうでは繰り広げられている。
あれが、人と竜の闘いなどとは到底思えない。
だが、ノール先生は確かにあの魔竜と戦っているのだ。
竜が執拗に攻撃を繰り返しているのがその証拠。
先生はまるで──英雄譚から抜け出してきた、本物の英雄のようだ──
「何か、来ます──!!」
イネスの声に、私は振り向き、一瞬、身体が凍りついた。
そこに居たのは──三体の『ゴブリンエンペラー』。
群れとなった三つの巨体が、私達の元へと駆けて来ていた。
「──ッ──!?」
一体が巨大な手で地面の瓦礫を掬い上げ、それを次々と投げつけてくる。
馬に跨った今の態勢で躱すことなど、不可能。
「──【神盾】──ッ!」
咄嗟に、イネスが『光の盾』で防御する。
だが、防ぎ切れない──馬が瓦礫に打たれ、頭を砕かれた。
私達は馬を失い、地面に投げ出された。
「──私から、離れないでください」
イネスは再び『光の盾』を私達の前に作り出す。
『ゴブリンエンペラー』達は一瞬で接近し、一斉に殴りつけて来るが『光の盾』に阻まれた。
「──助かりました、イネス」
「ですが、このままでは」
イネスの声は強張っている。
──分かっている。
私たちは今や、囲まれた。
もう、逃げ場はない。
逃げる手段も無い。
『ゴブリンエンペラー』は一体でも、ノール先生でさえあれだけ苦労した怪物。
非力な私達が囲まれでもしようものなら──
見上げるような体躯の化け物に囲まれ、私は恐怖で脚がすくみ、動けなくなった。
──でも、ここで逃げるわけには、いかない。
逃げることなど、出来ない。
先生なら、こういう時どうする?
もし、先生がここにいたなら──何と言う?
「──臆するな、相手はただのゴブリンだ──」
試しに、そう言ってみる。
──口に出すと、不思議と脚の震えは僅かにおさまった。
そうだ。
先生は今、何と戦っている?
あの伝説の【厄災の魔竜】と対峙し、死闘を繰り広げているのだ。
そんな人の弟子になろうという私が──たかがゴブリン如きに臆しているようでは。
きっとまた、先生に呆れられてしまうに違いない。
「──冷静に対処しましょう──まずは、一体ずつ動きを止めます」
「──はい」
「地面に、氷で縫い付けます──【氷塊舞踊】」
私は無数の氷の塊を作り出し、ゴブリンエンペラー達にぶつける。
だが、相手は素早い。
何度繰り返しても、当たらない。
ノール先生ならともかく──あの速さには追いつけない。
私の額に冷や汗が流れる。
「……ボクが、止める……」
私たちの背後にいた魔族の少年ロロが、一歩前に踏み出し、口を開いた。
「──『動くな』──」
「──ゲギャ」
その瞬間、一体のゴブリンエンペラーの動きが止まった。
──今。今なら。
「【氷塊舞踊】」
その動きの止まった一体の足元めがけて、私は氷の塊を一斉に打ち込んだ。
──当たった。
私の生み出した氷塊は、ゴブリンエンペラーの脚を破壊しつつ凍りつかせ、地面に縫い留めた。
「あれはすぐに回復します──イネス、『剣』でとどめを」
「──はい」
イネスは私達を覆っていた『光の盾』を解き、代わりに長大な『光の剣』を生み出した。
それを静かに構え──水平に振り抜いた。
「【神剣】」
一筋の閃光が水平に走り、ゴブリンの首が飛んだ。
同時に、周囲の家々が全て横に割られ──音を立て崩れ落ちた。
「──まず、一体」
イネスはゴブリンが動かなくなったのを確認し、剣を手許から消す。
──【神剣】イネス。
【神盾】と並んで王家より与えられた、彼女のもう一つの称号。
イネスは絶対防御の『光の盾』に加え── 『光の剣』を扱える。
オリハルコンの鎧ですら当たれば必ず斬り裂く、絶対切断の剣。
「あと、二体──」
私たちは、空を見上げた。
残ったゴブリンエンペラー達は『光の剣』を避け、高く跳躍していた。
とんでもない反応速度だ。
そのまま空中から私達に襲い来るゴブリンエンペラー達を、イネスが『光の盾』で受け止め──着地の瞬間、ロロが再び、動きを止める。
「──『動くな』──!」
あの巨体が、命じられただけで本当にピタリと止まる。
魔族が、それもこの少年が、ここまでの力を持っているとは。
先程まで、私達に怯えていた子供だとは思えない。
魔族が、種族として世界中で恐れられているのも、よく分かる。
でも、この子はきっと──
ノール先生を助けるために、ここまで来たのだ。
あれだけ怖がっていたのに──勇気を振り絞って、ここに立っている。
「【氷地獄】」
私は地面を凍りつかせ、相手を氷の彫像にするスキルを発動した。
私が氷で地面に縫い付け、イネスが頭を切断する──そうして、私達が『ゴブリンエンペラー』を全て倒し切る頃、ふと、辺りに鳴り響く轟音が止んだ。
「──先生──?」
──終わったのだ。
魔竜と、人の戦いが。
音が止んだということは、どちらかが勝利し──どちらかが、負けたという事。
「──急ぎましょう。もしかしたら、私たちの手も必要かもしれません」
「──────はい」
私達は出没する魔物を払いのけながら──
未だ粉塵の立ち昇る、王都の中心部へと急いだ。






