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俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜  作者: 鍋敷
第一章 魔導皇国編

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29 王の最期

 王は王都で最も高い場所から、自身の治める街を見渡していた。


「これが、あの男の話していた『容易い』ことか……本当に人を見誤ったという他ない──ここまで強引に力にものを言わせようとは」


 王城の尖塔──ここからは王都の様子が手に取るように分かる。

 見渡す限り立ち込める黒煙、炎に包まれる家々と教会、市場。

 破壊された家屋は数知れず、未だ、あちこちで激しい戦闘の音がする。


 その上空に突然現れた巨大な影──【厄災の魔竜】。

 王はその姿を静かに目に焼き付けていた。


 あの男──。


 魔導皇国の支配者──皇帝デリダス三世。

 先日決裂した会談で、最後にその男が言い放った言葉。

 王は眼前に迫る竜を眺めながら、それを反芻していた。


「──呑めるものかよ、王国の産出する『迷宮資源』を全て寄越せ、などと」


 それはクレイス王国の千年に及ぶ歴史に終止符を打て、と云うに等しいことだった。

 隣り合う三国に比して、クレイス王国は小国。

 面積にして、他国の十分の一にも満たない狭い国土に加え、水、鉱物、森林──あらゆる資源が貧弱だ。


 そんな中で、唯一の重要資源が世界最古と言われる『還らずの迷宮』であり、そこで発見される古代遺物や魔道具の類を交易し、得た財貨で国庫を潤し、領地の殆どを農地として最大限活用することで、小さな国土を維持してきた。

 ここ王都が『冒険者の聖地』と言われる所以『還らずの迷宮』──それはクレイス王国の建国の由来であり、今もって国の経済の中心でもあり、人的交流の要。

 国民の殆どはその資源の多大な恩恵を受けている。


 ──それを、丸ごと寄越せ、などと。


 国民全員の生活基盤を揺るがすだけでなく──そんなことをしたら、遅かれ早かれこの国は瓦解する。

 それを承知で、あの男は要求を突きつけてきたのだ。


 あの男は欲に狂っている。

 前までは、あそこまで酷くはなかった。

 理不尽な要求はあれど、落とし所はきちんと弁えている──少なくとも、野心と理性の釣り合いは取れている皇帝だった。


 だが──あの男は変わってしまった。

 それも、だいぶ悪い方向に。

 近隣の迷宮を擁する国々を取り込み、そこで産出した古代遺物や古代魔導具を熱心に研究し──その複製に手を出し、成功を収めた。


 そこからだ、あの男が様変わりしたのは──。

 もう、欲を、野心を隠すことは無くなった。

 力を得て、その必要もないと考えたのだろう。


 他の二国も、かの国の動きに共鳴した。

 三国は軍事協定を結び──周囲の小国を侵食し、吸収するようになっていった。

 より多くの資源を得て、強大な力を得るための侵略。


「──そんなに、力が欲しいのか──」


 三国の中心──魔導皇国の力の源となっているのは、間違いなく「迷宮資源」だ。

 確かに、迷宮の奥深くで発見される重要遺物の中には、他国を侵略するとすればこの上なく便利なものが幾らでもある。

 もし仮に、それを複製できるような技術があれば、他国を侵略することなど恐らく容易い。


 その為に、奴らは喉から手が出るほどに『還らずの迷宮』が欲しいのだ。

 それを使えば、さらに強大な権力を手にすることになるだろう。


 ──だが、得た力をそんなことに使って何になる?

 力は、民を幸せにするためにある。

 手に余る力は厳重に管理し、敢えて使わないことも、一つの道理の弁え方だろう──


 王がそう云うと、あの男は嘲るように嗤った。

「そんなことだから貴様はいつまでも小国の王に留まっているのだ、貴様は王の器にあらず」、と。


 そして──


「『貴様の国など、力で捻り潰すことは容易い。生かしてやる条件を呑めないというのなら覚悟しておけ』──か。本当に、脅し文句通りのことをしてくるのだな、あの男は」


 予想はできた。

 危ない男であるという認識はあった。

 だが、甘かった──こんなに早くに。

 それもこんな規模で、迷いなく仕掛けてくるとは。


 ──心のどこかで、奴もまた人であると侮っていたのだ。


 地下に眠る『迷宮』だけが欲しいのだと。

 その上にある、人や文化や歴史など、どうでも良いのだと。

 奴ははっきりと言葉にしていたというのに。


 確かにあの男の言う通り、自分は元々、王という器ではなかったのかも知れない。

 政治になど、全く向いていない朴念仁なのだ。

 家臣の指揮を取るよりも、何も考えずに剣を振るっていた方がよほど性に合う。


 つい先ほども、王自ら、突然に出現した魔物の対処にあたり、街中で暴れるゴブリンエンペラーを三体仕留めた。

 だが、老いた身体ではそれが精一杯──後のことは王子と家臣たちに任せ、王城の尖塔の上で戦況を見守り指示を出す連絡調整役に徹していたのだが──


 今、現場の全ては実質、息子のレイン王子が執り仕切っている。


 15歳の成人時より、次代に国を担う者としての経験となれば……と諜報部隊の扱いと内政を任せてみたが──あの息子はすぐに想像以上の成果をあげた。

 それならば、と【六聖】率いる【王都六兵団】の指揮権を与え雷竜討伐に赴かせたが、ものの見事に、いや、想像を絶する手際で事業を完遂して見せた。


 あの息子は今や、王である自分よりも遥かに優秀だ──


 最早、この国は自分がいなくなったとしても、上手く回るだろう。 

 今回の危機の事前察知も見事であったし、全員避難の指示も申し分のない迅速さだった。

 人的被害は抑えられ、出現した魔物の対処も苦戦はしているものの着実に進み、優勢に見えるまでに立て直した──


 なのに、肝心の王がこのザマでは。


「全ては私の失策──許してくれとも言えん」


 自身が皇帝との交渉の道筋を誤ったが故の、最悪の結果。


 ──それが今、目の前に迫り来る【厄災の魔竜】なのだ。

 大陸に広く語り伝えられる破滅の象徴であり、具現した絶望そのもの。


 王はその巨大な影を眺めながら、今ここに【六聖(彼ら)】がいればな、とふと思う。


 【剣聖】シグ。

 【盾聖】ダンダルグ。

 【弓聖】ミアンヌ。

 【隠聖】カルー。

 【魔聖】オーケン。

 【癒聖】セイン。


 彼らは生死を分ける戦いを共にした家臣であり──また、良き友であった。

 誰よりも信頼できる、仲間たち。

 彼らが皆ここに揃っていれば、少しは違ったのかもしれない。


 だが、今【六聖】は全て王都の各所に出払っている。

 王都の混乱を一刻も早く鎮めるため、各方面に散り散りになり、それぞれの場所で指揮を執っている。


 ──昔とは違うのだ。

 彼らは既に国家という枠組みの中の重要な役職。

 一箇所に固めておくわけにもいかない。


 それに、王都中が戦火に包まれたこの一連の騒動は、クレイス王国の主戦力である彼らの力を分散させる為の、大がかりな陽動作戦だったのだろう──そんなことは知れたことだが、国民の命を守る為には乗らざるを得ない。

 だから、王自ら散って対処せよと命じたことに後悔はない。

 敵の方が一枚も二枚も上手だっただけのこと。


 ──だが、ここまで手段を選ばず、容赦無く仕掛けてくるとは。


「──本当に、すまないことをした」


 本当に申し訳なく思う。

 この愚かな王に従ってくれていた国民に。

 愛した国を手渡せなかった息子と娘に。

 そして長い国の歴史を自身が途絶えさせてしまったことに。


 王は己の失策で全てをこのような危機に追いやってしまったことを、深く悔いながら長剣を抜き、静かに構えた。


「罪滅ぼしとまでは行かないが──せめて、片目ぐらいは頂いていくとするか」 


 伝説に謳われる【厄災の魔竜】の片目。

 死を賭して挑むのであれば、それぐらいいけるだろう。

 倒すことは叶わないが──せめて、爪痕ぐらいは残してやる。


 王は死を目の前にしてなお、自分の血が滾るのを感じた。

 それは一介の冒険者として仲間と共に迷宮に潜っていた頃の、懐かしい感覚。

 それを自覚した時、王は苦笑した。


 ──やはり、自分は王の器ではなかったな。

 自分は、こうして剣を構えている方がずっと性に合っている。


 そんな愚かな人間であっても、この身に変えて一矢報いることは出来るだろう。

 剣を握る手に力が篭った。

 最期の一撃を喰らわせる為、王はバルコニーの端へと一歩づつ進む。


 だが──


 【厄災の魔竜】の顎が大きく開いた。

 その奥に光るものを確認した時、王はその足を止めた。


「──せめて一撃、と思ったが。一矢報いることすら、許されんとはな」


 魔竜の口から放たれようとしているのは伝説に謳われる『ブレス』。

 数々の山を吹き飛ばし、国を焼き、都市を平原に帰したと伝えられる【破滅の光】──。

 伝承に過ぎないなどと笑い飛ばす事は決して出来ない。

 見れば分かる。

 辺りの空間が歪んで見えるほどの異常な魔力密度。

 あれをまともに放たれたら、我が身はおろか、王都全体が危ない。


 ──それがもたらすのは言い伝え通りの『絶対の破壊』。

 いくら魔法障壁を貼り重ねたところで、気休めにもなるまい。

 王は瞬時に抵抗を諦めた。


「──すまぬな、リーン」


 死を前にして、気になるのは娘、リーンのことだった。


 息子、レインは妹の身を案じ、幼少時に留学していたミスラに送ることを決めたようだったが──

 もし、ミスラまで逃げ切ったとしても、多くの困難が待っていることだろう。

 彼の国も、魔導皇国と手を組んでいる。周辺三国の中では幾分まし、という程度のものだろう。

 亡国の王族が辿る道など、知れている。


 だが、あの男──『黒い剣』を受け取った男、ノール。

 あの男と一緒であれば、あるいは──。

 王子もそう考えたのだろう。

 幼少よりリーンの護衛を務める【神盾】イネスと共に行かせたという。


 願わくば、あの子だけでもちゃんと生き延び、幸せな日々を過ごしてくれ、と。そればかりを思う。


 ──呆れたものだ。

 国が滅亡の危機に瀕しているこんな時に、一国の長が我が娘の心配だけしているとは。


 やはり、自分は王失格なのだろう。


「だが、最後くらいは──役目に忠実であらねばな」


 王は愛用の長剣を捨て、迷宮遺物の一つである『爆砕の魔剣』を握り直し──そこへ自らの全魔力を注ぎ込む。

 全てを、次の一撃にかける為に。

 王は目の前の竜の口へと飛び込む準備を始めた。


 ──片目は叶わずとも、この身が消滅する寸前──あのブレスの発動だけでも止めてみせる。

 後の道は、あの優秀な息子と家臣たちが必ず切り開いてくれる。

 ──そう信じて。


「──来い。人の意地を思い知らせてやる」


 そうして竜の口腔の奥が一際大きく輝き、周囲の空間が大きく歪み──

 伝説の【厄災の魔竜】の【破滅の光】がまさに放たれようとした、その瞬間。


 視界の隅に何か(・・)が飛び込んでくるのが見えた。


「──何だ──?」


 それは音もなく真っ直ぐにこちらへと飛来し、

 途轍もない疾さで【厄災の魔竜】の頭に吸い込まれ──




「パリイ」




 途端に、魔竜の(くび)が大きく跳ね上がった。


 同時に──【厄災の魔竜】の口腔に凝縮された膨大な魔力は一筋の光となり、王都の空に放たれた。

 その光の筋は雲を引き裂きながら天空に弧を描き、彼方の平原に流星のように落ち、辺り一面を光で白く染めた。

 遅れて訪れる、爆風。

 石造の建物すら吹き飛ばそうかという途轍もない暴風──

 木やレンガで作られた家屋は一瞬で押し潰され、崩れていった。


 だが、荒れ狂う光と風の中で、王は見た。

 首を真下に向け、地面へと落ちる竜の姿と──どこかで見覚えのある、一人の男の姿を。


 その男は、かつて王自ら冒険に携えた『黒い剣』を片手に──

 風に瓦礫が舞う中、【厄災の魔竜】と共に遥か下方へと落下していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] だからそれはパリイじゃないだろう!?
[良い点] めちゃくちゃカッコイイんだが!? [一言] パリィ(全力で叩き斬る)
[一言] 作者が「"パリィ"って言いながらぶん殴ってるだけかも」って言ってるの面白すぎるやろ。 国王、いいパパしてんね。
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