25 魔族の子
俺が飛び散ったカエルの肉片から何とか意識を剥ぎ取って振り返ると、先ほどの少年が泥だらけの格好で地面に座り込んでいた。
──良かった、何とか無事でいてくれたらしい。
「大丈夫か?」
「……うん……」
少年は俺が声をかけると、ゆっくりと立ち上がった。
心なしか、顔色が悪いように見える。
もしかすると、さっきのカエルの毒を吸ってしまったのかもしれない。
だが、立てないほどではないところを見ると、そんなに危険な状態でもないようだ。
あとでリーンに治療を頼めば、大丈夫そうだ。
あの子は何でもできるからな。
「それにしても、本当に危ないところだったな、あんなのに出くわすとは……一人でここまで来たのか?」
少年は俺の言葉に、少しビクリ、と肩を震わせた。
「……ち、違うんだ……あれは…………ボクが連れてきたんだ……!」
連れてきた?
この子供が、あの凶暴なカエルを?
「本当か、それは……? 何であんなものを……?」
少年はまた、ビクリと肩を震わせた。
「……や、約束したから……! あの街まで連れていくって。連れて行けって、言われたから……!」
「あの街まで……? …………まさか」
この少年は人に頼まれて街まであのカエルを運んでいたらしい。
随分幼く見えるが、配達の仕事の途中だったということだろう。
だが、なぜあんな毒ガエルを?
あんなに巨大なカエルをわざわざ街へ──?
──そうか。
俺はなんとなく、察しがついた。
毒を持った生き物は「大体美味い」──俺のその経験則に照らし合わせると、あのカエルの肉は毒さえなんとかできれば、相当に旨い部類のはずだ。
それは、間違いない。
あまり物を知らない俺が分かるぐらいのことだ、世間的には当然、知られていることだろう。
あの毒を上手く処理する技術も、きっと大きな街であればあってもおかしくはない。
つまり──あのカエルは。
「食材、だったのか」
そう考えると全て辻褄は合う。
あの巨体、一匹でも肉の量は相当なものだが、食肉を新鮮なまま輸送するとなると、生きたままで運ぶのが一番いい。
最初、見えないように【隠蔽】がかけられていたのも、周囲に及ぶ危険や、肉の盗難の可能性を考慮してのことだろう。
──なるほど、そういうことか。
となると俺は、この少年が街に納めるはずだった大事な商品を爆発させて台無しにしてしまったことになる。
なんということだ。
そこまで、気が回らなかった。
「そうか、俺はとんでもないことをしてしまったのだな……すまない。大事な届け物をこんなことに。本当に悪いことをしてしまった」
「…………え…………??」
少年は目を見開いて俺を見ている。
……今なにか、間違ったことを言ったのだろうか。
「……もしかして、別に……良かったのか……? あれを破裂させてしまっても」
俺が恐る恐るカエルの残骸を指差し聞いてみると、少年はしばらく迷った後にコクリと頷いた。
……良かった。
どうやら、許してくれるということらしい。
そういえば何故か襲われかけていたようだったし、そういう状況なら仕方がないと考えてくれているのだろうか。
「しかし、ここまでどうやってあんな凶暴な生き物を運んできたんだ? まさか、引っ張ってきたというわけでもないだろうし」
少年は再びビクリ、と肩を震わせ、声を振り絞るように言った。
「……ボ、ボクは魔物を操れるんだ……だから、それを使ってここまで……!」
「ま、魔物を操れる……!?」
思わず、驚きにのけぞってしまった。
この子は今、「魔物を操れる」と言った。
そんなことが可能なのか……?
それもこんな小さい子が、あんな巨大なカエルを操れる、だと……?
しかもこの歳で、か。
どうやったらそんなすごいスキルが身につくのだろう。
「すごいスキルだな、それは……世の中には、そういうのもあるのか」
「……えっ……? スキル……?」
「……違うのか?」
少年は俺の質問にビクリと体を硬直させた。
さっきから、何に怯えているのだろうか?
「……ううん、ボクは生まれつき……そういう力があるんだ……魔族、だから」
「う、生まれつき……!?」
俺はさらに驚愕して思わずのけぞってしまった。
生まれつきそんな力を持った人間が存在するとは。
やはり、世界は広い。
俺の知らないことは世の中に溢れているのだ。
そんな面白い人物にいきなり出会えるなんて、街の外には出てみるものだ──。
「……生まれつきでそんなことが出来るのか……すごいな。本当に天から与えられた才能としか言いようがない」
「……えっ……???」
少年は何やら慌てている様子だった。
「あ、あの……ボクは魔族で……!」
「ああ、つまり、ま族というのはそういう能力を持った部族で、そこでは普通のことなんだな? ……すごいな、そのま族というのは。俺にもそんな能力があったら、と何度思ったことか……」
かつての山の生活での家畜の世話は、楽しくもあったが大変な作業だった。
家畜たちは昼間の天気の良い日には放し飼いにしておけるが、夜には野生の獣に襲われる可能性があるので小屋に戻って貰わなければならないし、雨が来そうなら早めに移動させなければならない。
色々と気遣いと管理が大変なのだ。
畑仕事を手伝って貰うにしても、長年付き添った家畜ならともかく、新しく育てることになった奴はなかなか言うことを聞いてくれない。
そんな時、動物たちと話ができたらもっと楽になるのに──などと、昔はよく考えていた。
まさか、そんなことができる人物が実際にいるとは思いもしなかったな……世界は、本当に広い。
いや、広いようで狭いのかもしれないな。
俺が少し王都の外に出ただけで、こんなに未知のものと出会えるのだ。
身近なところにも冒険の醍醐味は転がっているのかもしれないな──。
俺はそんな感慨に耽っていたのだが。
「…………えっ…………」
少年は大きく目を見開き、驚いたような表情で俺を見ていた。
……また、何かおかしなことを言っただろうか。
そんなつもりは、全くないのだが。
「あの、あ、あなたはボクが……魔族が怖くないの? ボクの……ことが、嫌いじゃないの……?」
「……いや。さすがに怖いとは思わないが……?? 嫌い……???」
さっきから、この少年とはあまり話が噛み合っていない感じがする。
正直、言っていることが半分ぐらいわからない。
こんな小さな子を怖がるとか、どこにそんな要素があるのだろうか。
あと、初対面の人間を嫌うとかどうとか、意味がわからない。
リーンも随分変わった子であまり話が通じなかったのだが、この子も随分、変わった感じの子だ。
俺の不思議そうな表情を感じ取ったのか、少年は少し説明してくれた。
「……この力を、恐がる人も……嫌がる人もいる、から」
「なるほど、そういう話か──不思議な人間もいるものだな」
俺にはそうとしか答えようがない。
いわゆる動物嫌い、という奴だろうか?
たまにいるとは聞いたことがあるが……。
何にせよ、俺にはあまり理解できない類の話だ。
「そんなの、気にすることはないと思うぞ? 誰が何と言おうと、とても役に立つ能力だろう。どう考えても」
「……役に立つ──?」
「ああ、家畜の世話に、迷い猫の捜索とか……なんでもだ。
畑仕事を手伝って貰うにもいいし、あとは鳥も使えるのなら、手紙の配達、とか? ……他にも色々あるだろう」
俺が思いつくままに色々と語っていると、何故か、少年はボロボロと泣き始めた。
「……ボクも……ボクでも……誰かの役に……立てるのかなぁ……?」
少年は俺の顔を見ながら、大粒の涙を流して泣き続けた。
何か、最近辛い目にでもあったのだろうか。
もしかすると、彼はま族という部族の中では、あまり優秀でない……とかそういう感じなのだろうか。
でも、この広い世の中だ。
そんな内輪の評価など、案外あてにならないものだ。
それにしても、役に立てるか……か。
いくらなんでも、この子は自分を過小評価しすぎだな。
こんなに素晴らしい才能を持っているのに。
「当たり前だろう? それだけのすごい才能があるのに、そんなに卑屈になることはないと思うぞ。
なんの才能もない俺でもこうして、なんとかやれているのだから」
「……ほ、本当に……? ……ボクでも、誰かに必要とされることなんて……ある……のかなぁ……?」
少年は俺に向き合いながら、ずっと泣き続けていた。
……何故、そんな風に考えるのだろう?
本当に、羨ましいぐらいの才能を持っているのに。
自身が才能に恵まれているのに気がつかないというのは、勿体無い話だ。
彼は、俺の失敗を許してくれるような優しい心を持った少年なのだから──
今は、もしかしたら、そういう状況じゃないのかもしれないが──きっとすぐに、誰にだって必要とされる時が来るだろう。
絶対にそうなる、というのは誰にでも──俺にだって分かる。
だから、俺は少年が泣き止むまで待ち──
涙が途切れるのを見届けると、
頭に手を載せ、しっかりと聞こえるように言った。
「ああ、当然だ──俺なんかより、ずっと──お前が望めば、幾らでもな」
「毒=美味い」説への共感コメントが予想外に多い笑
お読みいただきありがとうございます。
まだ続きます。
投稿30話ぐらい、と冒頭で書いてましたが、今逆算してみるとキリの良いところに行くと40話ぐらいになりそうです……。
引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。






