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俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜  作者: 鍋敷
第四章 長命者の里編

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227/227

227 要求性能

「────はぁ!?!?!? この無茶苦茶な仕様を厳守して、キッチリ2ヶ月後までに現物を納品しろだァ!?!?!?」


 魔導具研究所の所長室内に、副所長である【司書】メリジェーヌの怒声が響き渡る。その汗ばむ手には『極地探索用・新型装甲車両(仮称)』とのタイトルが書かれた分厚い仕様書が握られ、その前では【魔聖】オーケンがバツの悪そうな顔をしている。


「すまんのう。メリー。じゃが、今回はそうせざるを得ない一大事なのじゃ」

「……だからって。こんなの、現実的に出来るワケないじゃないですか。オーケン様も魔導具技師(エンジニア)なら、わかるでしょう!?」

「うむ。かなりの無茶を言っておるのは理解しておる」

「かなりの、どころじゃないですよ!! ……いいですか、オーケン様?」


 メリジェーヌは仕様書の中の『要求性能』の項目が描かれたページを所長室の机の上に勢いよく広げ、指先でトントン、と強く突いた。


「……まず、ここの「数人が安全に『永久氷壁』を越えられるだけの性能とする」、ってさも当たり前かのようにサラッと書かれてるやつですけど。あの大岩が舞う強風が吹き荒れる極地を何事もなく人間が通り過ぎるには、相当な強度を持つ外装素材が必須ですよね。しかも最低、数人の居住可能スペースを確保しつつ長期間運行するとなると、当然ながら耐久性のみならず、相応の常識はずれの断熱性能も必要で、それは『炎龍の鱗』を貼り付けた程度じゃとても賄えません。絶対に、何らかの新素材の開発が必要となります」

「うむ。確かにのう」

「それだけでも大問題ですが……その前に根本的な『動力』の問題がありますよね? 地図すらない道なき道を延々といくワケですから、今までの馬に引かせるような馬車形式ではどうやったって無理です。燃料形式にするにしたって、人の影すらない僻地へと向かうワケですから、確実に途中での補給は見込めません。つまり、最初に積んだ動力源だけで行きから帰りまで完璧に完結する、高効率かつ高出力のシステムである必要があるんです。そんな夢みたいな『熱源』が一体、どこにあるってんです?」

「うむ。それもそうじゃのう」

「……大きな問題はまだまだあります。ノールさんのあの『黒い剣』を積んだまま移動するには、サレンツァ行きに使った重量軽減分散装置とはまた別の、全く新しい装置をゼロベースから開発しなければなりません。いいですか? ゼロからです。それをさっきみたいな鬼難易度の開発と並行して行い、全てをたったの二ヶ月でやり遂げろ、とか。開発側の立場からすれば「マジふざけんな」の暴言以外は吐きようにないですよ……? まともな思考の魔導具技師なら、私でなくたってブチ切れますって」

「それも、確かにそうなんじゃよなぁ……」

「────そもそも。あの激しい吹雪が吹き荒れる『永久氷壁』に人間が近づくだけでも至難の業なんです。だって、あそこは極大の炎の魔術さえ凍りつく、過去にどんだけ悪いことして呪われたんだってぐらいの極寒の地ですよ? そんな地域を長期間移動し続け、ましてやその『氷源』であるとされる『永久氷壁』そのものを乗り越えようだなんて、どんな楽観的な想像力があればそんな非現実的なことを計画書に盛り込もうなんて思えるんですか!?」

「でも、前にワシ一人なら抜けられたし……ダメかのう?」


 気まずそうにチラチラと上目遣いに懇願する上司の老人に、メリジェーヌは呆れ顔でため息をついた。


「……そもそも、オーケン様はどうやってあんな非常識な極寒地帯を抜けたんですか? どう考えてもまともな方法じゃなさそうですが」

「ホッホウ、あの頃は若かったからのう。己の全身を灼熱の火の玉で包み、勢いに任せて上空を【浮遊】で強行突破じゃ」

「あはは、さすが! 完全に人間やめてらぁ……え〜と、つまり。こういうことですか? オーケン様はこれから極地に旅立つみなさん全員にそれをできるようになれ、と?」

「そうはいかんから、お主に頼み込んどるんじゃろうに」

「────ねぇ、オーケン様? 私、時々、すごく疑問に思うんですけど……私のこと、もしかして凄腕の魔法使いかなんかだと思ってません? 気づいたら王都の【魔術師兵団】の副団長とか、分不相応な身分にされてましたし。あはは、でも、残念でした!!! 私、魔術とか全然使えませんからぁ!!!」

「そこを、なんとか……!」

「無理なもんは、無理です。さっさと現実見て頭冷やして、もう一回稟議にかけ直して来てください」

「お主、時々血も涙もないのう?」

「だって。自分の体壊してまでやる価値のあることなんて、この世にあんまりないですよ? 私、世界が滅ぶからとか国のためとか、世のため人のためにとか、正直知ったことかって感じなんで」

「確かにそりゃ、そうじゃがのう……」

「まあ、絶対に無理かっていうと……う〜ん……理論はともかく、やっぱり既存の技術の枠組みじゃあと二ヶ月じゃ到底無理だろうなぁ……」


 白い髭老人は腕組みをして唸るメリジェーヌに対し、頭を下げた。


「……頼む! 無茶は承知の上じゃ。一生のお願いじゃよ! コレで本当に最後じゃから。ワシを助けると思って! ね? メリーちゃん?」

「その『一生のお願い』、もう何度目でしたかねぇ……? あと、今だけそんな風に媚び売っても無駄ですよ。その安請け合いの先に地獄が待ってるのは私、もう知ってるんだ」

「マジで、今回は本気のお願いじゃから! 相応の報酬は王宮の予算以外にも、ワシの懐から色々と出すつもりじゃから……ほら。たとえば、ワシがこれまでの生涯で蓄えた魔導具の半分とかでどう? 何でも、好きなのから持ってっていいから」

「……はぁ。ねえ、オーケン様? 私たちって、もうそんなに浅い付き合いじゃないですよね? そんな魂胆の見え透いた甘言に、この私がホイホイと釣られるとでも────はぁ!? 半分ってなに!??? ほ、ほんとになんでも!?」

「うむ。ほんとになんでも、好きなものを半分じゃ」

「ぐぬぬぅ……あ、足元見よってからにィ……! こ、この狸ジジィめがぁ……!」

「ホ? 狸?」


 メリジェーヌはしばらく苦悶の表情で葛藤していたが、やがて大きく肩を落とし、深いため息をついた。


「……でも、やっぱり無理ですよ。だって今回は頼みの綱のエース、ロロ君が「他にやりたいことがある」とかで当分協力は見込めないみたいですし。他の研究員の手を全部止めてこれだけに注力したとしても、この質と量がダブルで無茶な研究を短期間でやり切るマンパワーが絶対的に足りないんです」

「……ま、それは本当にそうなんじゃよなぁ……」

「正直、オーケン様が生涯で収集した魔導具の半分が報酬とか、どんだけ無茶してもやる価値はあると思うんです。けどねえ、状況が状況ですし。非常に魅力的なご提案ではございますが、誠に残念ながら今回は見送りとさせて────ん?」

「お取り込み中のところ、失礼しますよ」


 二人が議論を交わしていると、白いローブ姿の男性が数人の子供たちを引き連れて所長室に入ってきた。


「……なんじゃ、セインか。なんか、会う予定あったかのう?」

「何を言ってるんです、オーケン。彼らの予後を診て貰いにきました」

「おお、そうじゃった。今日はその子らの回診の日じゃったのう……どれ、そこに並んで座りなさい」

「……は、はい」

「ふむ」


 部屋の壁際に並べられた簡素な木製の椅子に座った魔族、改め『レピ族』の子供達の顔を順番に眺めつつ、虫眼鏡状の魔導具で子供達の眼の色や心臓の鼓動を一通りチェックすると、オーケンはその顔に蓄えた白い髭を満足そうに撫で、頷いた。


「うむ。皆、健康状態は良好のようじゃ。これならもう、普通の生活を送っても何も問題はあるまい。お主の孤児院では、もう他の子供と普通に遊んでいるのじゃろう? セイン」

「ええ。皆さん、友達と仲良くやれているようです」

「……う、うん。みんな、優しくしてくれて。まだちょっと、距離はあるけど……」

「俺たち、遊びとかも、よくわからなくて」

「……うん。何も記憶がないから……」


 自分たちの記憶の話になると、子供達は弱々しく俯いた。


「大丈夫。それぐらい、これから覚えていけばいいんです」

「うむ。過去の記憶なんぞなくとも、その日その日を楽しく過ごせたら、それで十分儲けもんじゃよ。お主らは、これから胸を張って生きるが良い」

「……う、うん」

「……う〜〜〜ん。う〜〜〜ん。う〜〜〜〜〜ん!」


 頼りなくも素直に頷いたレピ族の子供達の横で、眉間に皺を寄せ険しい顔をして唸るメリジェーヌが歩き回っていた。


「ホッホウ。どうした、メリーや。さっきから、難しい顔してウロウロと」

「……どうした、じゃないですよ! オーケン様が持ち込んだ大問題をこっちはまだ考えてるんですよ!」

「真面目じゃのう。で、何か名案は?」

「それが簡単に思いつけば苦労はないですよ……一朝一夕で回答できるようなもんじゃないです。少なくとも根本的な問題が二つあって、そこを何とかしない限り絶対に不可能ってことはわかってますが」

「ふむ。では、その問題とは?」

「まず、致命的な作業人員の不足。ロロ君の代わりになるレベルの魔導具技師があと数人いれば、ギリギリ何とかなりそうな気はしてするんですけどねぇ。でも、あんな余人に代えがたい才能の塊がそこいらにホイホイといるはずがないじゃないですか」

「ま、それもそうじゃな。では、たとえば。この子らなどはどうじゃ? ロロと同じところの出身じゃ。もしかすると、適性があるかもしれんじゃろ?」

「……この子ら、って? ああ……あはは」


 メリジェーヌは部屋の中で行儀良く座る青い色の髪の子供達と目を見合わせると、少し肩を落とした。


「……オーケン様って、たまに本当に面白いこと言いますよねぇ。そんなの、私だって、そうだったらいいのになぁ、って何千回も思ってますよ。でも、ロロくんって、言ってみれば、百年に一人レベルの奇跡の天才ですよ? そんな、常軌を逸した高度人材が、いくら同族だからってたまたま保護されてきた子供達の中に都合よくポンポンと現れる確率なんて、どんだけ低いと思ってます……?」

「でも、やってみなけりゃわからんじゃろう? ほれ、お主。この球を持ってみなさい」

「……これ、なんですか?」

「何、ちょっとした玩具じゃよ。見ておれ、こうして遊ぶのじゃ」

「!!」


 オーケンは机の引き出しから幾つかの黄金色の金属球を取り出して自分の掌の上に乗せると、それらの球体はふわり、と宙に浮き、次第にオーケンの周りをクルクルと回り出した。

 それを見て子供達は驚いたものの、すぐに目を輝かせた。


「……すごい! それ、どうやるんですか?」

「ま、慣れてみれば簡単じゃよ。ここまでやるのは、少しばかり習熟に時間はかかるがのう。ほれ、試しに持ってみなさい」

「う、うん……こ、これから、どうすれば?」

「まず、己の内側に集中し、そこに流れる力の川のようなものをイメージするのじゃ。そうして、それらを金属の球の中にゆっくりと移動させ、何となく温かくなるのを感じたら、そのままふんわりと宙に浮かぶ様を頭の中に思い浮かべ────」

「あっ。できました」

「「────マ?」」

「すごい!」

「私もやりたい!」


 楽しそうな声をあげているレピ族の子供達の横で、オーケンとメリジェーヌは同時にあんぐりと口を開け、目を見開いた。その視野の中で子供達は次々に金属球を掌の上に浮かせた。


「……ねえ。オーケン様。あれって、『賢者の天球儀』ですよね。相当熟練した魔道具技師ですら、少しでも扱いを誤ると球が空の彼方にすっ飛んでいくっていう、力試し用の」

「う、うむ。しかも、あれはワシの腕が鈍らないよう、机の引き出しに入れていたモノじゃからな。通常よりも設定はだいぶピーキーじゃ」

「ガチの初心者になんてモノ渡してるんですか……!」

「だ、だってぇ……!」

「それ、ぼくもやりたい!」

「私も!」

「じゅ、順番だぞ……!」


 そうして唖然とする二人が見守る中、行儀良く順番に金属製の球を手に取った子供達はあっという間に『賢者の天球儀』の使い方をマスターし、繊細な魔力操作を必要とするはずの金属球を完璧な軌道で舞わせてみせた。


「……嘘。全員できてる。初見で?」

「の、のう? だ、だだだだだ。だ、だから、そう言ったじゃろう!???」

「────声が上擦ってますが。でも、いた。才能、見つけた」


 メリジェーヌは玩具を手にして楽しそうにはしゃぐ子供達にツカツカと歩み寄り、その中で一番背の高い少年の肩を背後からガッと掴んだ。


「ねぇ。君たち。と〜〜〜〜っても割の良い、高収入のバイトがあるんだけど……興味ない?」

「え? ええっと……?」


 眼鏡が反射でギラッと光った年上の女性(メリジェーヌ)に、怯える少年少女たち。


「……う、うぅ? な、なんか、この人……」

「……こ、怖い、かも?」

「うふふふふふふ。ごめんごめん。急だし、ちょっと驚いちゃったよね? でも、大丈夫。全然、なんにも怖くないから。ほら……君たちの先輩、ロロくんって知ってるよね? ロロ君もこの職場のこと、とっても気に入ってくれてるんだよ?」

「……ロロさん、も?」

「そう! 彼、とっても優秀でね。この魔導具研究所ではとっても頼りにされてるの! でも……最近、ちょっと忙しいらしくって。その代わりに君たちに活躍してもらえると、お姉さん、と〜っても嬉しいんだ。ねっ? どうかな?」

「……ど、どうって言われても……?」

「うん、わかるわかる。初めてのことはどうしていいかわからないし、不安だよね。でも、大丈夫! ウチの魔導具研究所は初心者歓迎だし、そこにいる髭面所長のオーケン様も、まるで研究所に住んでるかのようないつメンも、みんな、と〜っても優しい人ばっかりだから。実質、家族よりも同僚と顔を合わせてる時間がずっと長いっていう、かなりのアットホームな職場だから……ねっ?」


 メリジェーヌは戸惑う子供達の耳元で囁いた。


「────報酬もすご〜く、いいんだよ? たったの2ヶ月監き……一生懸命働くだけで当分遊んで暮らせるだけの報酬が手に入る。もちろん、その間の生活は完全保障! 研究所の内部は冷暖房完備でいつでも春爛漫の爽やか気分! おまけに24時間いつでも好きな時に出入りできる暖かいお風呂とシャワーも使いたい放題の超豪華リフレッシュルーム完備! 常に清潔で、フカフカの高級ベッドが自慢の仮眠施設もある上に……な、なな、なんと! 併設のカフェでは軽食・おやつが食べ放題! もちろん、飲み物も好きなだけ。種類は限られてるけど、その中なら何でも好きなものを選び放題だから!」

「…………食べ放題?」

「…………好きなものを、好きなだけ?」

「そう! それができる職場は、広い王都の中でもここだけ。ねっ、そうですよね! オーケン様!?」

「う、うむ? ここで働く間の衣食住はもちろん、保証しよう。まあ、王宮から遊んで暮らせるだけ報酬が支払われるのはちゃんと仕事をやり遂げた時じゃろうが」

「はは、何をおっしゃる。できます!! できますって! この子達ならば絶対、やり遂げます! 私が保証しますから! だから……────ね? ほら。怖くない、怖くない。私と一緒にここで、いっぱい働こ?」

「…………う、うん…………?」


 メリジェーヌの必死さが窺える勧誘に、子供達はさらに不安げな顔で互いに目を見合わせた。


「このお姉さん。嘘は……言ってない……みたい?」

「う、うん。そうだよね。で、でも……?」

「ははは、もちろんもちろん。このメリジェーヌ、すぐバレるような嘘などつくものですか。王都では『納期厳守率100%』の正直女で通ってますから。今のところは、だけど……ね?」


 メリジェーヌは窓の外を見つめ、少し遠い目になった。

 子供達は勧誘の勢いと言葉尻に少々の怪しさを覚えつつ、メリジェーヌが本心から助けを求めていることはよく伝わった。


「どうかのう、セイン。できれば、この子らをウチにしばらく預けて欲しいんじゃが。決して悪いようにはしないと約束しよう」

「ええ。私も、これからのために皆さんに仕事があった方がいいと思っていました。どうですか、皆さん?」

「う、うん」

「……お、俺らでいいなら」

「お、面白そうだし」

「大丈夫。どんな仕事も、少しずつ慣れていけば問題ありませんよ」

「じゃ、じゃあ……よ、よろしくお願いします」

「うん、うん! よろしくね! よぉし! まずは優秀な作業人員(スタップ)、数名確保ォ! で、あと必要なのは……ああ。こっちのがむしろ難しそうなんだったっけ」


 一旦は歓喜の表情を見せたメリジェーヌは再び、ぐったりと項垂れた。


「何じゃ、メリー? 残りの必要なものを言ってみい。ここまで揃えば楽勝じゃろ?」

「だったらいいんですけどね……あと最低限必要そうなのは、優秀な『魔導具理論家』が一人、ですかね。それも私とオーケン様ぐらいの知識を蓄えてて、それぞれの代わりが余裕で出来そうなぐらいの人材が。要するに、冒頭でお伝えした無理難題を抱えるブレインがあと一つ、絶対に必要です」

「ホッホウ。確かにそりゃ、難題じゃのう……?」

「ま、それぐらい、貴方は私に無茶なことをやらせようとしてるってことですよ……と、いうわけで。せっかく百年に一度レベルの奇跡が数回連続で起こったところで残念ではありますが、今回のお話はなかった、ということで────」

「のう、メリジェーヌとやら。その魔導具理論家とやらは、儂では不足かのう?」

「……へっ?」


 メリジェーヌが振り返ると、そこには腕組みをした小柄な少女が立っている。

 その年端もいかぬ少女は魔導皇国の皇帝、ミルバだった。


「……えっ? ミルバ様がなんで、ここに?」

「ふん、何を言っておる。このクレイス王国の一大事に、我が魔導皇国は国をあげて協力すると申し出たのじゃ。それは当然、儂自身の知識の提供も例外ではない」

「そ、それは聞いてたつもりですけど、え? まさか、ミルバ様が?」

「不服かのう? これでも一応、皇国一の技術者は自負するところなのじゃが」

「……ミルバ様が?」

「なんじゃ、信用ならんか?」

「い、いえ。そういうわけじゃないんですが」

「ま、肩書が肩書きじゃしのう。形だけと思われても仕方があるまい。ま、そういうのもあろうかと思って、これを持ってきた」


 ミルバは腰元の小さなポーチ状の魔法鞄(マジックバッグ)から黄金色に輝く小さな球体を取り出すと、テーブルの上にゴトリ、と置いた。


「……これは?」

「これは儂がこっそり製作していた『反転式魔力融合炉』の縮小モデルじゃ。一応、既存の理論で考えうる限界まで小型化と軽量化を試みておる」

「……? え、これって。まさか、動くんですか!?」

「無論じゃ。あくまでも理論先行の仮組み(モックアップ)じゃが、出力が安定するところまでは漕ぎ着けておる」

「……は???」

「あと、性能は従来の理論で想定されていた理論値とほぼ変わりないか、少し上ぐらいじゃな。もう少し弄れば、出力と共に効率も上げられそうじゃと思っておるが」

「……へ???」

「で、どうじゃ、メリジェーヌとやら。これで儂の有用性の証明にはならぬかのう?」

「しょ、証明するも何も……いやいやいや。おかしいでしょう。もうこれ、できてます(・・・・・)。私たちが必要としていたモノが、ほぼ完璧に。理想の『主要動力部』がもうここに……あれ? え、なにコレ? 夢? ナンデ? どうして? こんなものが現実に????」


 メリジェーヌは恐ろしいものを見るような目で所長室の机の上に転がる、小さな球体を凝視している。


「……ま、あの『永久障壁』を超える為の『動力』と考えれば、もう少し出力を高めて大型化も視野に入れなければならぬと思うが。検討モデルとしては十分じゃろ?」

「じゅ、十分すぎるぐらいです」

「本当にのう……のう、娘っ子。どうして、こんな凄まじいモノがあるのじゃ?」

「ま、自分でも良い仕事をしたと思っておる。これは儂が狭い塔に幽閉されていた幼少期の時代、暇にかまけて遊びとして作っていたものじゃが、先の戦乱の際は、しれっと隠し通すのには本当に骨が折れたわい。こんなものを悪用でもされたら、きっと大惨事では済まんかったからのう」

「………………ホントじゃのう」

「………………ですねぇ」


 胸を張り、胸を張る鼻から息を吐き出す少女の前で、オーケンとメリジェーヌは若干、青い顔になっている。


「で、どうじゃ、メリーや。懸念していた要素は揃ったようじゃが」

「……ええ。まあ、はい。もう、コレだけ揃ってたら断る理由、なくなっちゃいましたね」

「にしては、随分と浮かない顔じゃのう」

「そりゃそうでしょう。こっから先の二ヶ月、ほぼデスマーチ確定ですから」

「────のう、メリジェーヌとやら」

「はい、何でしょう」

「儂と一緒に仕事をする以上……その心がけは断じて、許さぬぞ?」

「……え?」


 メリジェーヌは自分の肩に小さな手を置いたミルバに向き直る。


「いくら忙しくなろうとも休息はしかと取れ、と言うておるのじゃ。期限に追い詰められて精神を消耗すればこそ、睡眠不足が一番の仕事の大敵であろう? 報酬が魅力的なのはわかるが、体を壊して人生が楽しめなくなっては元も子もない。それだけは、儂の目の届くところでは罷りならんぞ!」

「……ミ……ミルバ様ぁ……!!!」


 メリジェーヌは涙ぐみながらミルバの小さな手を取り、ぎゅっと両手で握りしめた。


「────完っっっ全に、ミルバ様のおっしゃる通りだと思います! はい! 私、寝ます! しっかりと有給も取って、どんどん遊びに行きます!」

「うむ! その意気じゃ!」

「……きっとミルバ様となら、それができると思うんです……オーケン様は一番忙しい時に限ってどっか行ったりしますけど、でも……ミルバ様となら! あわよくば私、魔導皇国に心売ってもいいですから。だから一緒に、頑張りましょうね!!」

「うむ……メリジェーヌとやら。気持ちはありがたいが、中ほどの発言はどうなんじゃろう?」

「ホッホウ。今のは聞かなかったことにしとくかのう────しかし、娘っ子よ。この魔導具研究所は、そんなヒラヒラとした上品な格好で歩き回れるような場所ではないぞ? 覚悟はできてるじゃろうな?」

「ふん、みくびるでないわ! 鉄と油の匂いが儂の第二の故郷じゃ。それに冷たい魔鉄鋼(マナメタル)の玉座なんぞより、工具の転がる地べたの方がずっと居心地が良いに決まっておろうが?」

「ホッホウ! では、これからしばらく、よろしくお願いするとしようかのう」


 そう言って、白い髭を蓄えた老人は朗らかに笑った。

続きます。



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◇◇◇


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《《《 新章『エルフの里』編、開幕 》》》


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今回もカワグチ先生のカバー絵が素晴らしく、何より中の口絵二枚、もちろん挿絵も素晴らしいので是非見て……。

(中身もいつも通り地道に解像度を高めております。エルフたちの本拠地を描く、補完ストーリー【長命者の里】も収録)

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11巻特集ページ

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ご購入報告などいつもありがとうございます。

もし、書籍版をどこかでお買い求めになった際、お手数ですが各サイトでのレビューにご協力いただけると助かります。

(★評価を押していただくだけでも本当に励みになります)

読んでくださった方に少しでもお声を寄せていただくと、著者だけでなく本作に関わってくださった色々な人が救われます。


作者ツイッター(X)でも色々お知らせしてます。

https://twitter.com/nabe4k


(また、感想等ありがとうございます! 現在都合により個別返信はしておりませんが、全て読ませていただいてます!)


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― 新着の感想 ―
“アットホームな職場”の解釈がイタく正しくて泣いちゃう
永久氷壁をパリィで壊して平坦道にしてそう
アレ?感想送信してなかった? まあそれはともかくしれっと冒頭に二期制作が決定したとか書いてあるのでおめっとさんです。
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