226 夜明けの王都 2
「……はぁ!? 何も理由を聞かず、今『冒険者ギルド』から受けてる依頼を全部止めてくれだァ?!」
俺が『冒険者ギルド』を訪れ、「今受けている依頼を全て断りたい」と言い出したところ、ギルドマスターのおじさんは目を剥いてカウンターから身を乗り出し、近隣に響き渡るような大声を上げた。
まあ、その気持ちはわかる。
「できれば、今すぐの方が良い。本当に急で悪いが、必要なことなんだ。依頼主にもちゃんと俺から謝っておく」
「……そりゃあ、な。お前さんがやってるのはあくまでも『冒険者ギルド』を通した依頼だし、受けるも受けないも自由だ。それも全部、お前さんの収入的にはもう全然いらねえような仕事だし、これまでの仕事でやりすぎなぐらい成果上げてるから、しばらく休んだところで当然全く問題ないがよ……お前が今、王都でどんだけの仕事を掛け持ちしてると思ってるんだよ……? 全部ってなんだよ。なんか、また訳アリか? 何か厄介なトラブルに巻き込まれちまってるんなら、俺が相談に……って。ああ。そもそも理由を聞いちゃダメなんだったか」
「ああ。詳しくは言えないが、いずれ王都を出なきゃ行けなくなったんだ」
「はぁ!? お前さんが王都を出ていくだぁ……!? い、いつだよ!?」
「時期もあまり言ってはいけないらしいが。それなりに急ぎらしい」
「どうして、いきなりそんな話に……? な、なあ、それ。昨日の晩起きた、奇妙な『居眠り』事件と何か関係が……ああ。これもダメなのか! くそ、面倒くせえ!」
「ああ、言えないんだ。誰にも言わないほうがいい、と言われた」
おじさんは悩ましげに白髪まじりの頭を掻きつつ、深く大きくため息をつく。
「……ったく。なんなんだよ、それ……? 俺らだって、もう浅くもない付き合いなんだと思ってたんだがなぁ。いくらなんでも出て行く前に事情ぐらい教えてくれてもいいじゃねえかよ」
「悪いが、本当に言えないらしいんだ。言うと、おじさんやギルドの人たちにも迷惑がかかるかもしれない」
「……ったく。今更、迷惑なんて考える間柄かよ……? 格好つけやがって」
おじさんは少し寂しそうにギルドのカウンターに肘をつくと、またため息を吐く。
「だが、まぁ……流石にな? 勘の鈍い俺だって、いい加減、気づいてるんだよな。お前さんが俺に色々と隠し事をしてるってことぐらい」
「…………いや。全く、そんなことはないつもりだが?」
「まぁ、気にすんなって。誰にだって人に言えない秘密の一つや二つはある。お前さんが俺に言えないことがあったって、責める筋合いなんてありゃしねえんだ」
「……いや? だから、本当に何も隠してないんだが……」
「────だが、な? お前さんにこれだけは言っておくぞ、ノール」
ギルドマスターのおじさんはカウンター越しに真剣な表情で、俺をまっすぐに見つめて言った。
「……お前が何者で、どこの誰であろうが、な。この王都の人間でお前さんにこの街を出てってほしいなんて思ってる奴は、一人もいねえよ。少なくとも俺が知る限りは全員、この街にずっといて欲しいと思ってる。何が理由で王都を出ていくなんて話になっちまってるのかは知らねえが……それは別に、お前が望んだワケじゃねえんだろ?」
「ああ。諸々の用事が済めば、ちゃんと帰ってくるつもりだ」
「……ま、だったらいいや。諸々の手続きはまかしとけ。お前が今受けてる仕事を代理で請け負う奴を探す手配だけで結構な作業量だが、もうとっくにそれだけの儲けはお前の仕事の分前としてウチのギルドに払い込まれてるんでな。やっと、それに見合う仕事ができるってもんだ。お前は何も気兼ねせずに行ってこい」
「ああ。恩に切る」
「…………じゃ、ここにサインだ。一箇所でいい」
「これでいいか?」
「ああ、問題ねえ。それで、お前さんが自分の名義で受けてた仕事は全部、キャンセルってことで手続き完了だ。後のことはこっちでやっておく」
何らかの書類に俺からのサインを受け取ると、おじさんは早速、カウンター奥の棚から紙の束を取りだしてまた何かの事務作業を手早く進めていく。
「…………しっかし、なぁ? 訳アリで何も言えないにしても、流石にちょっとぐらいヒントみたいのはねえの? なにもわからず、はい、もうお別れですね、ってのも寂しいもんだろ」
「まあ、本当に詳しくは言えないんだが。ちょっと、人の恨みを買ってしまったようなんだ」
「……はぁ!? お前さんが恨みを買っただァ……? おいおい、そりゃあ絶対、あれだろ? どうせ、逆恨みとかだろ」
「かもしれない。でも、もしかしたら、そうじゃないかもしれない」
「……なんだ? 心当たりでもあるのかよ?」
「……わからない。でも相手にも、何か事情がありそうだった。だから、俺が知らず知らずのうちに何かよくないことをやってしまって、それで相手を怒らせてしまったのかもしれない」
「はぁ。お前さんらしいが……そんな風によく知りもしねえ他人の肩ばっかり持つんじゃねえぞ? お前さんがそういう度が過ぎたお人好しなのはもう嫌ってほどわかってるが、そんなんじゃ、いくら頑丈な体があっても足りねぇよ……って。なぁ、ノール。これを俺がお前に言うの、何度目だ?」
「わからないが、かなりの回数聞いた気がする」
「じゃあ、言うだけ無駄ってことだろうなぁ……?」
「そんなわけで悪いが、よろしく頼む」
「……ああ、よくわからんが、任された。ま、相手が誰かは知らんが、大堤の揉め事なんて些細なすれ違いか、どうでもいいような意地の張り合いだったりするもんだ。どうせ、今回もそんな感じだろ? まずは膝を突き合わせて、じっくり話してみるこったな」
「ああ、俺もそれがいいと思ってる」
「……だからって、な? 「話せばわかる」みたいな甘い考え方は絶対にやめとけよ? 世の中にはいくら話したって、てんでダメ、ってやつなんかゴマンといる。血を分けた親兄弟ですら完全に分かり合えることなんて奇跡に近いんだからな。危なくなった時の心づもりは必ず、しておけよ」
「ああ。それもわかってるつもりだ」
「まぁ、ホントに、いきなりすぎて何がなんだかわからねぇが……結局、なるようにしかならねえんだ。そういう野暮用ならさくっと済ませて、帰って来な。こっちもわからないなりに適当にお前さんの椅子ぐらいはあっためといてやる」
「ああ。ありがとう」
俺はギルドマスターのおじさんに簡単に礼を言うと、通い慣れた『冒険者ギルド』の建物を出た。






