223 四国会議 2 (後)
「────なるほど。やっぱり、今回の騒ぎは『長耳族』が引き起こしたってわけですか?」
「ああ。故に、アスティラ殿がもし彼らについて知っていることがあれば、ぜひ教えていただきたいと思っているのだが」
「もちろん、知ってりゃ、全部洗いざらい全部お話ししたいところなんですが……実は私、こんな見た目で『長耳族』のことは全然知らないんですよね。お力になれず申し訳ないんですけど」
「いや、単なる確認だ。俺も以前、オーケンからそうらしいと聞いている」
教皇アスティラの返答に思案顔をするクレイス王の隣で、魔導皇国のミルバも頬に指を当てて、首を傾げる。
「……ふむ? 意外じゃのう? アスティラ殿は『ハーフエルフ』じゃと聞いておったのじゃが」
「はい。それがですねぇ……ミルバさん。まず、経緯から言いますと私、そもそも小さい頃の記憶が全然なくって」
「ほう? 記憶がない?」
「当時……まあ、時を遡っていくと200プラスうん十年前、私がミルバさんみたいなうら若き乙女だった頃のお話なんですけど。気づいたら私、どこかの見知らぬ森に放り出されてて。それ以前の記憶が全くないんです」
「……ふむ。それは難儀じゃったのう」
「でしょう? わかってくれます? で、私も記憶がないなりに一生懸命、地を這いつくばるようにして頑張ってなんとか生きてたんですけど……どこに行っても私みたいな見た目の人って、いなくって。だいぶ時間が経ってからティレンスくんに会うまで、ずっと自分みたいなのは一人だけなんだろうとばかり思ってました」
「……では、アスティラ殿は『長耳族』のこと自体、何も知らなかったというじゃな?」
「はい、さっぱり。『長耳族』なんて名前すら、知らなかったんです。むしろ、その昔、オーケンに「お前は長耳族に似ている」って言われて、それで、へぇ〜……そういうのもあるんだなぁ、ってぐらいの感じでしかありませんでしたね」
「……なるほどのう?」
「横から申し訳ありません。少々疑問に思ったのが、猊下の『ハーフエルフ』という呼称は誰が?」
「おっ! 流石、いいところ付きますね。ラシードさん……あっ、そういえば貴方もこの場に来てたんですね? 結婚式以来ですね」
「先日は個人的な式にご参列いただき、誠にありがとうございました。家主としてのご挨拶が遅れましたが、あれから商業自治区のサレンツァ家を束ねることになりました。お美しい猊下とまた椅子を並べることができ、とても光栄に思っております」
「あら、まあ。美しいだなんて。そんなに褒めても何も出ませんよ……末長く、仲良くしましょうね、ラシードさん!! で、『ハーフエルフ』っていう名前の由来なんですけど、それもオーケンから「似ているがちょっと違うから、ハーフエルフ」みたいな曖昧なことを言われて。あの時は普通にスルーしてたんですけど……今思えば、すごく変ですよね。なんで、そんなこと知ってたんでしょう……?」
「だそうだが。オーケン。本人の口から、何か言うことはあるか?」
皆が振り向けば、会議室の入り口にたっぷりと髭を蓄えたローブ姿の老人が立っている。
「あっ、オーケン。いたんですか」
「ふむ。ま、来る予定はなかったが。流石に王に頼まれてはのう」
「【魔聖】オーケンには己からこの会議に参加を要請した。おそらく、この件について最も有用な情報を持つ人物だ。皆にわざわざ、王都まで足を運んでもらったのはこの人物に『長耳族』の話を直接聞いてもらう為だ」
「なるほど。『長耳族』の話となれば、確かに『神託の玉』経由ではいささか不安がある。だが……失礼だが、クレイス王。この会議室は情報は漏れないようになっているのか?」
「ああ。果たしてどこまで効果があるのかは疑問だが、我が国の『隠密兵団』と『魔術師兵団』が共同で必死に【隠蔽】と【静音】を多重掛けしている。できることは全てやっているつもりだ」
「ふむ。では、ここが一番この話題に適した場所というわけじゃな」
「じゃ、オーケン。早速ですけど、なんで私を見て、すぐに『長耳族』ってわかったんです?」
オーケンは会議室の空いた椅子にゆっくりと腰掛けると、ため息をつきながら顎髭に手をやった。
「……ふむ。本当に気が進まんのう。この話は、ワシが墓場まで持っていくつもりの話じゃった。これを話すことでお主らが幸せになる未来がまるで見えん。じゃが、こうなって仕舞えばもう手遅れじゃろう。なんらかの解決策を導けることを願ってお主らに託すしかあるまい」
「勿体ぶらず、さっさと教えてほしんですが」
「じゃが……これだけは言っておく。聞いたらもう、二度と後戻りはできんぞ。これを口に出した場所は例外なく、地上から消滅しておるからじゃ」
「それは、どういうことですか? オーケン」
「ま、言い換えれば……ワシがこの世界から消し去ったのじゃろうな。この話の重要性を自覚せず、好き放題言いふらして」
オーケンが悲しげに語った言葉に、皆が沈黙した。
「……残念ながら、事実じゃよ。この話のせいで多くの人命が失われた。誰の記憶にも記録に残ることもなく、まるで最初から何もなかったかのように、隣接する複数の国ごとこの世から跡形もなく消え去った」
「そんなことが、本当に?」
「先日、王都の民全員が眠りについた異様な霧のことは覚えておろう? あれは、あ奴ら『長耳族』の保有する迷宮遺物によるものじゃが、あやつらにとってはそれは唯一無二ではない、使い捨てぐらいの認識のモノじゃろう。その威力で、あれじゃ。それ以外にも、ゴマンと同等以上の効力がある迷宮遺物を無数に保有しておる」
「そんなに?」
「じゃからこそ、本来、奴らには決して手を出してはならんのじゃ。あまりにも相手が悪すぎる」
オーケンは諦めたように深いため息をつく。
「……のう。オーケンよ? お主の発言を聞いていると、まるで最初から儂らが負けることが決まっておるように聞こえるのじゃが?」
「……そうじゃよ。これはあくまでも、お主らを思い留まらせるための警告じゃよ。……故に何度でも言うが、この先を聞きたくない者は今すぐここを去って欲しい。そして、ワシがここまで語ったことを全て忘れて欲しい。それが一番幸せなのじゃ。あ奴らに関わると絶対に碌なことが起こらん。ワシには必ず誰かが不幸になる未来しか見えん」
オーケンはそこに座る者たちの顔をゆっくりと見回した。
「────故にこの話の前に、最後にお主らに問いたい。進むか。去るか。二つに一つだけじゃ。ここから先に進めば、二度と後戻りはできなくなるじゃろう。『長耳族』たちはこれから、ワシらが想像もできないような異常な力を持つ『迷宮遺物』の数々を駆使し、ワシらを『消し』にやってくることじゃろう。じゃが……これ以上知らなければまだ、生きる望みはあるかもしれん。このまま、わからないふりを続けてさえいれば運が良ければ或いは……見逃してもらえるやもしれん」
「じゃあ、オーケンはどうするんです?」
「ワシはもう十分に生きた。じゃから、まだ若いお主らには今からでも逃げられるのであれば逃げてほしいと、心から願っておる。ワシ自身、心底恐ろしくて逃げ出したい気持ちでいっぱいじゃ。じゃが……ワシはもう、この国に長くいすぎたらしい。人にも、街にも、愛着が湧きすぎてもう逃げるに逃げられん」
オーケンの言葉に、会議室に沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのは、ミルバだった
「────ふん。みくびられたものじゃのう。そんなの、答えは最初から決まっておろう? 儂は『聞く』ぞ、オーケン」
「……ミ、ミルバ様?」
「のう、ランデウスよ。一応聞いておくが、お主はこの判断に異存はあるか?」
「……基本的に、異存はございません。しかし、ミルバ様の御身を危険に晒すわけには」
「みくびるな、と言うておるじゃろうが。考えてもみよ。儂がお主と祖国を亡くして、これから自分だけのうのうと生きられると思うか? この形だけの冠に意味を与えておるのは他ならぬお主じゃぞ? 今更、都合よく道別れしようなどと、水臭いことを抜かすでないわ」
「……私は、決して形だけとは思っておりません」
「では、儂に責任を取らせるのが筋じゃな?」
「……御意のままに」
「それと、ちゃんとお主からも意見を述べるが良い。儂らはもう二つで一つなのじゃからな」
「……【魔聖】オーケン。我々は既に、貴国と運命共同体だと考えております。受けた恩義の大きさを考えれば返しきらぬうちに見捨てることなど当然できません」
「……しかし、のう。これはもう恩義とかそういう甘っちょろいスケールの話では……?」
「ミルバさんとランデウスさんの言う通りですよ、オーケン。忘れちゃいました? 私たちだって、ノールやリーンさんに助けてもらったからここにいるんです。なのに、危なくなったからって自分たちだけ逃げようだなんて。ねぇ? ティレンスくん?」
「はい。我々『神聖ミスラ教国』は既に、通常の外交の枠を超えて重要なパートナーとしてクレイス王国を認識しています。貴国に訪れる危機は我が国と同等かそれ以上と考えています」
「……ぐぬぬ。じゃから! そんな青臭い人情云々とかで済ませられる話では……!」
「ラシードさんはどう思います?」
「私たちとしても、クレイス王国とは今後とも友好な関係を維持し、最大限の助力をしたいとは考えております。しかしながら、そういった恩情的な論理とはまた別の話として、我が国の事情に関して言及すれば、既に「見逃してもらえる」可能性は限りなく低い、と考えております。何せ、我々は既に『長耳族』に政治中枢の奥深くにまで入り込まれ、いいように操られた上、彼らはその痕跡を消し損なってしまったのですから」
「なるほど?」
「ですから、現時点ではここに我々全員を集結させるに至った『彼』に最大限に投資することこそが最も合理的な我が国の延命策と考えております。そんなわけで、私たち商業自治区も『進む』一択ですね」
「あっ、確かに……言われてみれば全部、ノールが関わってますね?」
「ふむ……そうじゃのう。結局、儂等も恩義の大半があやつ一人にある。というか、今回の件、実はあやつが一番危ないのではないのか?」
「あっ、そうですよ! そんな時に私たちだけ逃げろだなんて……この、ひとでなし! 恩知らず!」
「ホ? それ、ワシに言っとる?」
「他に誰がいるんですか、この臆病者! 唐変木! あと、え〜と……卑怯者! 変な帽子! 無駄に話が長い! 他、皆さんからはなにか、ご意見ないですか?」
「耄碌ジジイ!」
「よく言った!!」
「誰じゃ、耄碌ジジイって言ったヤツは……?」
オーケンは緊張が解けたように息を吐いた。
「……はぁ。お主らのせいで、緊迫感が削がれたわい! もう、知らんぞ? ワシは精一杯の警告はしたからな!」
「いいから。いいから。早く早く! 時間がもったいない!」
「うむ! さっさと白状せい!」
「ったく、どいつもこいつも! 全然、年長者の話を聞かないんだからぁ……!!」
クレイス王が笑いを堪えるようにして、肩を揺らす。
「結論は出たようだな、オーケン。貴方の警告はここにいる者の心を動かすには至らなかったようだ」
「ふん、もう、知らんわ! この、能天気どもめが……のう、レイン王子。地図はあるかのう? できれば一番でかいやつ」
「はい。ここにご用意しています」
「では、単刀直入に言う。『里』の位置は────ここじゃよ」
オーケンはテーブルの上に広げられた大きな地図の外を、とん、とついた。
「……オーケン。そこ、何にもないんですが」
「……本当に耄碌したのかのう。哀れな……」
「違うわい! 本当に、ここなの! あそこはもう、地図のない土地なのじゃ。過去にはあったはずじゃが、とっくの昔に奴らに痕跡すら消されておる」
「なるほど────『永久氷壁』の更に奥、か」
「そうじゃ。『里』の場所は『北限の地』。クレイス王国の北に聳える『永久氷壁』のさらに奥、『精霊の森』と呼ばれる深い森林のさらに奥地にその入り口がある」
「じゃあ、そこにエルフたちがいるんですね!? なら、思ったんですけど……位置さえわかれば、どでかい魔法とかを、遠くからバーンとぶっ放して一網打尽に────」
「……お主、マジで怖いこと言うのう? ま、それができれば一番じゃが、それはできんのじゃ」
「どうして?」
「『里』は正確にはここにはないからじゃ。ここには『里』に繋がる『入り口』があるのみ。実際の『里』がどこにあるかは誰にもわからんのじゃ。おそらく、当の『長耳族』たちにもな」
「……どういうことです……?」
「『エルフの里』は遙か空の彼方、雲の上のそのまた上にある。故に今も、どこかに浮いているはずじゃよ。ワシらが生活する地上を見下ろして、な」
「…………雲の、上?」
そう言ってオーケンが差し示した方向に、広いテーブルに置かれた地図を囲む皆は呆気に取られながら、しばらく会議室の天井を眺めていた。






