222 四国会議 2 (前)
「やあ、久しぶりだね。レインくん。直接顔を合わせるのは、ミスラの留学の時以来かな?」
レイン王子が会議室の中に入ると、知った顔の人物が笑顔で軽く手を挙げ、挨拶をした。
「……ラシードか。もう王都に着いたのか」
「商人にとって情報と行動の速さは生命線だからね。昨晩、王都にただならぬ異常があったと聞いて、連絡をもらう前に近くまで来てたんだ」
「……お前が王都に潜ませた諜報員の行動は現状、不問としている。今回のように、利益はあるからな」
「毎度の温情に感謝する。彼らには今後はもっと上手くやれ、と言っておくことにするよ」
「遅くなったが、商業自治区サレンツァの領主への就任、並びにメリッサご夫人とのご結婚。祝辞を述べておく」
「それはどうも、ご丁寧に」
「向こうでは、妹が大変世話になったそうだな」
「それほどでもない。世間知らずのお嬢様に借金でも背負わせて君に借りでも作れたらなぁ、なんて、不純な動機で近づいたけど……とんでもない。君が自慢していた通り、大した王女様だ。彼女は君より偉くなるかもしれないね?」
「当然だ。妹はあらゆる点で俺より優れている」
「そこも相変わらずのようで、安心した。ところで……レインくん。あくまでも外交儀礼上の話ではあるけれど、僕は今、一国の代表だ。単なる補佐である君より序列はずっと上であるはずだけど。言葉遣いはそのままで、いいのかな?」
「会議と交渉の場においては、俺は父から同等の権限を与えられている。少なくとも、今この場に限っては対等だ。特に……この会議の場にそのような危険物を持ち込むような輩には、俺は特段の敬意を払う必要を感じない」
そう言って、王子が鋭い視線を向けると、ラシードは嬉しそうに笑う。
「……安心したよ。それでこそレインくんだ。確かに僕の懐には鋭利な刃物が一つ、入っている」
「せめて見えるようにするのが礼儀だと思うが。そんなくだらないことをした意図を聞かせてもらおうか?」
「何。久々に会う君に友人として忠告をしておきたくてね。これはそのための小道具ってところさ」
「小道具?」
「ほら。譬えば────こんな風に」
ラシードは懐に忍ばせた短刀を真っ直ぐにレイン王子に突き出した。その喉元に先端が到達しようとした瞬間、レイン王子は冷静に抜いた剣で打ち払う。
会議室に鋭い金属音と、火花が散る。
「……何のつもりだ。ラシード」
「何のつもりも何も。そのままだよ。『冒険者』の国であるクレイス王国では、いついかなる時も「来る者拒まず」が原則で、入国が簡単だ。なのに、君たち王国の要人ときたら。ろくに護衛もつけず、単独でフラフラと歩き回ってる。少しばかり不用心じゃないかと思ってね? こんな風に親しい者を装って君の命を狙う者が現れないとも限らない」
「……それだけか?」
「そう、それだけ。まぁ、正直に言えば君が事務仕事ばかりでこっちの腕が落ちていないか、多少心配だったんだけどね。でも、これならまだまだ大丈夫そうだ。安心したよ」
そう言って、ラシードは心底嬉しそうに笑って見せた。
「……相変わらずだな。未だにその腕前を隠しているのか? お前こそ、半端な護衛などいらないはずなのに」
「いやいや。買い被ってもらっちゃ困るよ。僕なんて、他人様の力を借りなきゃ怖くて夜も寝られない、臆病でか弱い人間さ。今もこうして彼女に護ってもらわなきゃ、のんびり昔話もできないんだから」
レイン王子はラシードの軽口には取り合わず、傍に控えている二人の小さな人物に目を向けた。
「……そういえば、そちらの二人は? 今回の会議は子供を同席させて良いような場ではないが」
「紹介が遅れたね。そっちの彼は僕の秘書で、彼女は僕の優秀な護衛役だ」
レイン王子はラシードからの紹介に思わず目を細め、ラシードの後ろに佇む二人の獣人の子供達を見つめた。
「秘書……は、まだいいとして。その子がお前の護衛だと?」
眉間に皺を寄せ、戸惑うレイン王子の前に少年が進み出て丁寧にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、レイン王子殿下。私はリゲルと申します。現在、ノール様の許可のもと、ラシード様の秘書をしております」
「わ、私は! ミィナと申しますっ!! き、筋肉には自信がありますっ!」
「君が、リゲル? それにミィナ? では、彼らが例の……?」
「その分だと、名前ぐらいは把握していたようだね。お察しの通り、二人とも僕がノールから借り受けている大事な人材だよ」
「……お前は散々俺に説教をしておいて、このような少女を盾に据えようとしているのか? 聞いて呆れる」
「おや、誤解しないでくれ。彼らはこう見えて優秀でね。僕は純粋な能力主義者なのさ」
「能力があるからと言って、子供を平気で危険に晒すのか?」
「彼らが若いということが、そのまま機会を与えない理由にはならないよ」
「……お前とはやはり、何も分かり合えそうもない」
「だからこそ、友人関係は面白いんだよね。ちなみに今の僕の悪戯で君の無礼は水に流そう。友達のよしみ、ってことで」
「どう考えても見合わない」
「今後ともよろしく頼むよ、レインくん」
ラシードは手元で弄んでいた短刀を笑顔で鞘に納め、レイン王子が苦々しくため息をついたそところで、二つの足音が近づいてくる。
「────む? 儂らが一番乗りではなかったのか?」
レイン王子に続いて会議室に姿を現したのは、少女と黒い鎧を身に纏った長身の男だった。
「……ミルバ様。流石に、お召し替えにお時間がかかりすぎです。もう、正午に近い時刻です」
「ふん。この着替えも侍女がおらねば、儂が自分でやっておるのじゃぞ。堪忍せい。これでもお前が起こしに来てから、かなり急いだのじゃぞ?」
「……この緊急事態によく、あれだけ熟睡されていましたね?」
「睡眠不足は良い思考の大敵じゃ」
やってきた長身の男と少女に、レイン王子が歩み寄る。
「ランデウス卿。お早い到着で」
「事態が事態だけに急いで馳せ参じた。そちらの男性は……もしや?」
「────ご機嫌麗しゅう、ミルバ陛下。並びに、『魔導皇国』のランデウス卿。お初にお目にかかります。私は商業自治区の『サレンツァ家』の新家長となりました、ラシードと申します」
笑顔で進み出たラシードは、二人の前で恭しく礼をした。
「む? お主がサレンツァ家のラシードか。話は聞いておるぞ。お互い厄介な親族を持つと苦労するのう?」
「いえいえ。陛下のご家族はしっかりと反省され、罪を償われていると伺いました。わざわざ力尽くでわからせてやらなければまともに反省もしなかった我が家とは雲泥の差です。どうか、ご謙遜なされぬよう。ちなみに、我が国の『家』の組織はそう遠くないうちに解体予定ですので、単にラシードと覚えていただければ」
「……なるほどのう? 聞きしに勝る陰険っぷりじゃのう? これならしばらく権力の座は安泰じゃな」
「お褒めに預かり光栄です」
胸に手を当て、幼い皇帝に仰々しく頭を下げるラシードの前に黒い鎧の人物が進み出た。
「ラシード殿。この度は新領主への就任、並びにご結婚、心から祝福申し上げる。書状にて既に祝辞は申し上げたが、直接のご挨拶が遅れた。申し訳ない」
「いえいえ。こちらも新体制を作るのに何かとバタバタとしておりましたので。落ち着きましたら正式にご挨拶に伺いたいと思っております」
「では、その際は国をあげて歓迎させていただく」
「儂も歓迎するぞ、ラシードよ。友人の家のように気兼ねなく、訪れるがよい。できれば、メリッサ夫人にも会ってみたいのう? なかなかやり手の女子じゃと聞いたのでな」
「では機会があれば、ぜひお連れいたします」
「うむ! 楽しみにしておるぞ!」
ラシードは無邪気な笑顔を見せるミルバ対し、にっこりと笑った。
「……あれ? もう、みなさん揃ってます? 私たちが一番最後?」
「そのようです」
「結構、急いだつもりなんですけどねぇ……遅くなっちゃってすみません」
「いえ。教皇猊下。殿下も。早速、ご足労いただきありがとうございます」
「あ、レインさん。いえいえ。空の飛空挺を使えばあっという間ですし……王さまは?」
「はい。そろそろ、来る頃かと」
そうして、『商業自治区サレンツァ』、『魔導皇国デリダス』、『神聖ミスラ教国』の面々が一堂に介した直後、廊下から重い足音が響き、顔に傷のある人物が会議室に現れた。
「────皆、よく集まってくれた。いきなり呼び立ててしまい、すまないと思っている。だが、事態が急を要することなのでな。このような簡易の設えですまないが、件の会議を始めるとしよう」
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