217 魔導具技師の技術交流 2
「ほう。これが、数々の発明を生み出したという王都の『魔道具研究所』か……意外と、古めかしい造りじゃのう?」
早速、俺たちは『王立魔導具研究所』を訪れた。
俺とミルバが勝手を知っている風のリーンと、メリ……何とかという女性に道案内される形で奥へと進み、レイは後を静かについてくる。
地下へ地下へとひたすら螺旋状に続く通路をぐるぐると降りていく感じだが、通路の左右には何かの工作室と思われる部屋がたくさんあり、ローブ姿の個々の職員らしき人々が何やら細かいものづくりに励んでいるのが見える。
不思議なのは、どんどん地下に降りていっているはずなのに、どういうわけか、ずっと外と同じように明るいのだ。それも天井全面が均一に明るいのではなく、天窓のように自然光が入ってくるように感じる。一見すると街中の路地のようだったが、何かがおかしいと思い、先頭の女性に聞いてみる。
「地下だというのに、ずっと外にいる気分なんだが……どうなってるんだ? 上のあれ、天窓みたいに見えるんだが。何か違う気もする」
「確かにあれ、天窓みたいに見えますけど、人工の照明なんです」
「あれが照明?」
「地下でずっと仕事してると生活リズムが狂っちゃうんで、せめて、ってことで光の色ぐらいは自然光と合わせてるんです。あと夕暮れ時にはちゃんと赤っぽくなりますし、あと夜には星空っぽく見えますよ」
「なるほど。すごいな」
そこら中に不思議なものや見たことがないモノがたくさんあり、俺は物珍しさにキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていたが、完全に裏方の領域らしく、所々何かの材料と思われる鉱物や金属片の山があって、うっかりすると通路に置かれているモノに黒い剣が当たりそうになる。
「そういえば、ええと、その。メリ……? メリメリジョーン」
「……それ、多分私のことだと思いますけど覚えづらかったらメリーでいいですよ。ノールさん」
「すまない。メリー……はここでロロと一緒に働いているんだったか?」
「ええ、ロロ君には少し前からアルバイトとして通ってもらってます。でもあまりにも手先が器用すぎてバイトにしておくのは勿体無いので、主に私の研究のお手伝い専門というか、ほぼ助手になってますね」
「ロロは料理のほかにそんなこともやるようになったんだな」
「彼、すごく優秀ですよ。最近は他にやりたいことがあるからって、こっちにあんまり来てくれないんですけど……この研究所もロロ君みたいな人材があと数人いれば、私の仕事も楽になるんですけどねぇ」
ロロがだいぶ良い居場所を作っているようで安心するが、目の前の小柄な女性は多少疲れを滲ませる声で言う。どうやら、彼女はとても忙しいらしい。
それもそのはず、彼女はこの魔導具工房の街のような建物を管理する人物なのだという。人は見かけによらないとは言うが、割と普通そうに見えた彼女も実はすごく偉い人だった。
「しかし……すごいな。王都にこんな不思議な場所があったとは。全然知らなかったな」
「普段は関係者以外は絶対に立ち入り禁止ですからねえ。見せるとしても普通は綺麗な上の部分だけですし、見たことある人は数えるほどしかいないんじゃないですか」
「名前だけは聞いたことはあったが、こんなに大きいとは思わなかった。それに上の建物だけかと思ったら地下の方がずっと広そうだな?」
「はい。この『魔導具研究所』は外からはそれほど大きくは感じませんが、半分以上が地下に埋まっているので内部はかなり広いんです。元々は古くからあった地下室をオーケン先生が小さな工房に改装したのが始まりだそうで、そこからだんだんと増築していってこうなったんだそうです」
「なるほど。意外と歴史があるんだな」
「はい。特に地下の一番奥は『迷宮』と繋がっていて、非常に入り組んでいるそうですから、ごく一部の関係者しか立ち入れないようになっている場所もあります」
「……また、幽霊が出たりしないよな?」
「その点は大丈夫だと思います。以前訪れた食糧倉庫と違い、安全は確認されているはずですから」
「なるほど……それにしても、メリーは分かるとしても、リーンもかなり詳しいな?」
「私は子供の頃、ここが遊び場でしたから。お母様がいた頃によく一緒に来ていたんです」
「実は、私よりリンネブルグ様のほうが内部構造に詳しかったりするんですよね。ネズミしか通らなそうな細い通路とか」
「……兄とかくれんぼをして、よくお父様に叱られたりしてましたから」
「レイン様にもそういう時代があったんですねぇ。意外」
リーンが懐かしむように見回す横で、ミルバも興味津々と言った感じで辺りを眺めている。
「……まさか、中枢部分をこんなにあけっぴろげに見せてもらえるとはのう。国外に重要な秘密が漏れたらと不安ではないかのう? メリジェーヌとやら」
「まあ、いいんじゃないですかね? とりあえず上から許可が出ておりますので。ちなみに私、国益とかそういう細かいこと考えるの苦手なので。今聞いてくれたら何でも答えられますよ」
「なるほどのう。逆にこっちが不安になってくる緩さじゃが……この際、お言葉に甘えさせてもらうかのう」
ミルバも俺と同様に興味深そうにあちこちを眺めては、時折リーンたちに質問したりしている。
後ろから物音一つなくついてくるレイも普段は立ち入らない場所が珍しいらしく、控えめにだがチラチラと工房の窓を覗き込んだり、誰も見ていないと思って小さくて綺麗な作りかけの魔導具をそ〜っと手に取っては眺め、元の場所に戻したりしている。
でもそれ、ちゃんと見えてるぞ?
「ミルバ様は、どうして魔導具研究所にご興味を持たれたんですか?」
「儂らの国があのように落ちぶれてしまってからは、ここは唯一と言っていいほどの魔導具研究の中心地じゃからのう。一人の魔導具技師としては後学の為に学ばざるを得ん。それと、個人的にも【魔聖】オーケンなる存在には興味があったからのう。あのような経験の塊のような人物がいるというのは、クレイス王国の大きなアドバンテージじゃろうて。今から会えると思うと楽しみじゃ」
「ふふ、オーケン先生もそれを聞いたら喜ぶと思います」
「さぁて、そろそろこの辺に居るはずなんですが……お、いたいた」
そうして、しばらく歩いていると見覚えのある老人の姿が目に入る。
地下の奥深くとはとても思えない、草原を思わせる長閑な場所で作業台の上いっぱいに工具らしき道具を広げ、何かの作業をしている。
「オーケン様。久々の大事なお客様ですよ〜。失礼のないようにお願いしますね」
「んん? なんじゃ、メリーか……それにお嬢と、ノール?」
老人も俺たちに気がつき、手を止めて振り返る。
「それに誰じゃ、そのガキんちょは? ここは危険なモノも多いし関係者以外は基本、立ち入り禁止なんじゃがのう?」
「おおっと。早速……あ〜あ、このお方相手にそんな発言しちゃっていいんですかねぇ……?」
「何じゃい、メリー。さっきから意味深に」
「さぁ、ミルバ様。この方が我が魔導具研究所が誇る、『生きた化石』、【魔聖】オーケン様です!」
「なんじゃい、『生きた化石』って」
「間違えました。本当は『生ける伝説』、『生き字引き』とか言いたかったんですがつい、本音が」
「まあ、どれも大してかわらんが……って。ミルバ? つーことは、あのジジイの孫娘か?」
「はい。オーケン先生、このお方は現在お忍びで我が国を訪問中の『魔導皇国』のミルバ様です」
リーンの紹介にミルバが一歩前に進み、胸を張る。
「いかにも。リンネブルグが申した通り、儂が魔導皇国第四代皇帝のミルバじゃ。あの【魔聖】オーケンに名前を覚えてもらっておったとは光栄じゃな」
「隣国の皇帝じゃし、流石に名前ぐらい知ってて当然じゃが……お忍びとは?」
「ま、ぶっちゃけて言うなれば『家出』じゃな。じゃが安心せい。既に円満に話はついておる」
「ホッホウ。ま、経緯は知らんが、元気があって良いことじゃて。しかし、あのジジイの孫娘と聞いて想像していた印象とはちょっと違うのう……? なんかこう、もっと嫌味で傲慢なやつかもと思っていたんじゃが、案外礼儀正しくて戸惑うわい。ま、少々生意気な感じはするがのう」
「あ〜、またそういうこと言って……同類のくせに」
「ホ?」
「良い良い、メリジェーヌ。生意気なのは儂の性分じゃ。故に、お主も儂に対して畏まった態度なぞ必要ないぞ! 身分で他人の顔色窺うやつなんぞ、碌な奴おらんからのう」
「ホッホウ! なかなか良い性格しとるのう!」
老人と幼女は早速、打ち解け始めた様子だった。
二人は見た目も年齢もまるで違うものの、どこか似た雰囲気を感じる。
口調とか。
「しかし、どうしてわざわざこんな場所に? 見学なら上の階の方がずっと綺麗じゃし、見やすいじゃろうに」
「ミルバ様は、どうしてもオーケン先生に直接お会いしたかったそうなんです」
「ホウ? ワシに?」
「あ、ちなみに上からの許可は降りてます。NGなしで協力してあげて、だそうです」
「ホッホウ、そりゃあ大盤振る舞いじゃの。ま、よかろう。まぁ、立ち話もなんじゃし、そこに座るがよい」
老人が軽く手を振ると、どういう魔法なのか、大きめな作業机のような重厚な木製のテーブルの周りに人数分の椅子がニョキニョキと生えてきて、何処かからふわりと現れた真っ白なテーブルクロスが広がりテーブルを覆ったかと思うと、その上にお茶のカップが綺麗に整列した。
次にゆらゆらと浮遊しながらやってきたティーポットが、カップに順番にお茶を注ぎ、老人は当然のように最初に椅子に座ると、カップの一つに手をつけた。
「それで、ワシになんの用じゃ? ミルバとやら」
「実は、この本のことで聞きたいことがあったのじゃ」
「本?」
ミルバはまず、テーブルに着くと腰についた小さなポーチから小さな手に似合わない古めかしくも分厚い本を取り出し、トンと老人の前に置いた。
「ふむ、随分と古い本じゃのう? しかし、その装丁には見覚えが……って。何じゃ、ワシの本か?」
「うむ、そうじゃ。これは、『オーケン著:生体言語論 序』じゃ」
「へえ。ミルバ様、だいぶ渋い本チョイスしますね。それ、もう出版されて二百年以上は経ってますし、私でも王立図書館の書庫とオーケン様の蔵書ぐらいでしかお目にかかれてないのに」
「懐かしいのう……ていうかそれ、まだ残ってたんじゃな?」
「これは元々、お祖父様の書棚にあったものでな。儂がどうしても欲しいと駄々を捏ね、無理やり譲ってもらったのじゃ。稀覯本じゃからとお祖父様も頑として手放そうとしなかったのじゃが、儂がまだ4つの時じゃったからのう。泣く泣く折れてくれた」
「あのジジイに根負けさせるとは、お主もなかなかやるのう……って? 4歳? それで中身を理解できたとは思えないんじゃが」
「うむ。当初、儂の興味を引いたのはおまけの冒険譚の方じゃったからのう。中身を十分に理解するまでに熟読し、読み終えたのは6歳の終わり頃じゃった」
「えっ、6……?」
「ちなみに、それはどういう内容なんだ?」
「う〜む。あまりにも昔のことなんで、忘れちまったのう?」
「オーケン先生。私が代わりにご説明しましょうか?」
「……何じゃ? お嬢も読んでおったのか?」
「はい。僭越ながら、ごく簡単に要約しますと────当時のオーケン先生曰く、この世に存在するあらゆる生命には、とある言葉のようなもので構築された文章が織り込まれており、言わば『書物』のようなものが親から子へと受け継がれることで似た性質が受け継がれていくのではないか、という内容だったと思います」
「『書物』のようなもの?」
「はい。文中では『血の言葉』という用語を使って説明されていますが、そういったものが含まれていなければ色々と辻褄が合わない、というようなお話だったと記憶しています」
「随分と細かく覚えているのう……? 感心するわい」
「メリジェーヌさんからお勧めしていただいて、貴重な書籍を閉架書庫から出してもらって。すごく面白かったので」
「……ふん。全く、余計なものを掘り起こしよってからに……?」
「当時のリンネブルグ様、開架に置いてあったものは全部読んじゃってましたから。不可抗力です」
「ホウ? 全部?」
「……昔から本の虫で、小さい頃は図書館で一日中過ごしていたりしましたから」
「なるほど」
「ちなみに、私も読みましたよ。オーケン様らしからぬ神経質な文章でびっくりしました。まあ、ジャンルは随想のはずなのに、三分の一が自分の武勇伝っていうイカれた構成はらしかったですが」
「そりゃあ、当時はまだ100歳にもなってなくて若かったからのう。ま、若気の至りというやつじゃな。しかし……書いた儂が言うことではないが、他にもっとすることなかったんかい? お主の年齢ならそんな分厚い本読むより、もっと面白いこともあるじゃろう?」
「うむ。そうしたかったのは山々じゃが……儂の幼少期は、お父様とお母様が亡くなってから必要以上に匿われていてのう。窓のない部屋で自分の好きな本を読むこと以外にすることがなかったのじゃ」
「……なるほどのう? お主もその歳で苦労しとるようじゃのう」
老人は少し幼女に同情の視線を向けた。
「しかし、意外じゃったのう。あのジジイがワシの本に興味を持ち、むしろ大事に扱っておったとは。てっきり、心底バカにしくさっているとばかり」
「そうか? お祖父様はことあるごとにお主のことを引き合いに出しておった。仮に自分を凌ぐ天才がこの世に存在するのであれば【魔聖】オーケン以外にはあり得ぬ、と」
「ホウ?」
「きっと、ライバル視していたんじゃろうな。お祖父様はお祖父様でプライドが高いから、決して負けを認めようとはしなかったが、実験のやり方などよく参考にしておった」
「なんじゃい? 素直に聞けば多少の知識ぐらい授けてやったものを。無論、使い方もセットでな」
「うむ。そこに至らなかったのがお祖父様の一番の過ちじゃな。お祖父様はいつも、そういうところが抜けておる。あのような戦争を仕掛けた言い訳にはなるまいが……」
「……ま、彼奴には色々と言いたいことはあるが、ワシの本に目を留めたことだけは素直に褒めてやらねばなるまい。こうして、孫娘も訪ねてきてくれたことじゃしな。ほれ、お菓子もあるぞ? 遠慮するでない」
「……うむ。では、いただくとしよう。気遣い、すまぬのう」
老人は少し涙ぐんでいる様子の幼女にお菓子を勧め、ミルバはそのお菓子をもらって食べた。もはや見た感じ、老人の家に遊びにきた親戚の子供といった感じだった。
「で、その本の何を聞きたいんじゃ?」
「……。それが、じゃな。少し前置きが長くなるのじゃが」
「ふむ。構わんから続けてみい?」
話を促されると幼女は食べかけのお菓子を置き、言葉を濁しつつ言った。
「……こんなこと、立場上は儂の口からは言ってはならぬ種類の話じゃが……儂にはどうしても、お祖父様が正常な状態であの戦争を始めたとは思えぬのじゃ。無論、それで冤罪などと主張するつもりはない。あれを引き起こしたのはお祖父様本人じゃからな。罰は受けて当然じゃ。じゃが……あの戦争は確実に、手引きした者がおると思っておる」
「手引き?」
「お祖父様が取り憑かれたように軍事にのめり込むようになったのは、明らかにルードという行商人を名乗る男がやってきた時からなのじゃ」
「ルード……?」
その名前、俺もどこかで聞いた気がする。
確か、ザドゥが独り言で呟いていたような……?
「当然、軟禁状態であった儂は直接の面識はなく、ただ話に聞いただけじゃがな。じゃが、結果としてそれが良かったのかもしれぬと思っておる。直接接した者たちは皆、ルードと呼ばれる男が国を去った後、それぞれに食い違ったことを言い出したのじゃからな」
「ふむ。それは儂も同様のことを聞いておるのう。その男に関する記憶は何もかも、人によって言うことがバラバラじゃった、と」
「そうじゃ。故に────もしかしたら、お祖父様も同じことをされたのではないかと思ってのう。でないと、あの豹変ぶりには納得がいかぬのじゃ。身内の情から来る妄信と笑ってくれても良い……じゃが、お祖父様は確かに野心家ではあったが、あのようにタガが外れたように戦争と侵略のみに執心するような性格では決してなかったはずなのじゃ」
「……ふ〜む。確かに、奴は昔から自信過剰で誇大妄想家ではあったが、そこまで軍事にのめり込むような性格には見えなかったのう。どちらかというと、馬鹿げた空想めいたことばかりやりたがる、現実の見えない奴って印象じゃったが」
「……うむ、そうじゃ。儂の中のお祖父様もそっちじゃ。子供っぽいところもあって、幼い頃の儂ともよく遊んでくれたのじゃ。それが……まるでこれまでの自分を『忘れて』しまったかのように変わってしまったのじゃ。聞けば、サレンツァでも似たようなことが起こったという。同じ、ルードと名乗る商人を中心に様々な記憶の食い違いや不自然な忘却が起こっておる、と。そして────ランデウスの奴がお主らから貰った情報によると、【六聖】が混乱の最中で北に向かう『長耳族』の姿を目撃した、とも」
「……ま、その通りじゃな」
「故に、儂はまず、このルードという人物を追わねばならんと思った。そこで、ふと思い出したのがこの本だった、というわけじゃ」
「……なるほどのう。だんだん、本の内容も思い出してきたわい」
ミルバの話を聞いて、老人は深刻そうな顔で俯いている。
一方、俺はさっきから全く話について行けていないので、静かに二人の話を聞いているリーンにそっと聞いてみる。
「……リーン……今の話、さっきの本の話とどう繋がるんだ?」
「あの本の巻末には、『血の言葉』が影響を与えている『興味深い例』として、『全員が信じられないほど長寿の不思議な里の話』が出てくるんです。ミルバ様が思い出したというのはきっと、そのお話かと」
「全員が長寿の里?」
「────うむ。その通りじゃ。『その驚くほど長寿の人々が住まう長閑な里を流れる透き通った小川の底には、宝石のような煌めく石が敷き詰められ、建物はただただ崇高で美しい。そこで目にする全てが何もかも神々しいほどに調和しており、そこには何一つとして無駄がなく、それを『楽園』と呼ばずして何をそう呼べばいいのだろう、と思った』と、ある」
ミルバが本のページを開き、皆に見せて言った。
「儂が特に注目したのは、このおまけとされる『冒険譚』の部分じゃ。そして、文中には自分は実際にそこを訪れ、しばらくの間滞在した、と書かれておる────つまり」
「……つまり?」
ミルバは黙っている老人に真っ直ぐに目を向けた。
「【魔聖】オーケンは、既に『長耳族の里』を訪れたことがある。それは間違っているか、否か? 前置きが長くなってしまったが、儂が聞きたかったのはこの一点だけじゃ」
ミルバの視線を受けながら、老人はしばらく沈黙していた。
だが、やがて顔を上げてニコリと朗らかに笑う。
「ふむ。なかなか、面白い仮定じゃが……結論から言うと、その推測は間違いじゃ」
「間違い?」
「あれはただの作り話じゃ。他人から聞いた話を面白おかしく組み合わせ、それらしく整えただけの嘘八百じゃよ。故に、そこを深掘りしても何も出て来ん……期待させてしまってすまんがな」
「……そうか」
気づけば、残念そうに俯くミルバの顔が人工の照明で夕陽のように紅く染まっている。
「と、じっくり話しているうちにもうこんな時間か。今日はわざわざ訪ねてくれて楽しかったが、力になれず、すまなんだのう」
「……うむ」
「これから、賑やかな食事会だそうじゃのう? ワシは所用があって行けぬが、皆で楽しんでくるがよい」
そう言って、老人は笑顔で俺たちを送り出した。






