216 魔導具技師の技術交流 1
『────本当に申し訳ない、クレイス王国の皆様方』
ここはリーン家の、とある部屋。
用事があるというミルバと一緒にリーンのお父さんを訪ねると、俺たちはまずはこの小さめな部屋に通された。部屋の中央には例の『神託の玉』という魔導具が綺麗な台座の上に置かれており、後からリーンのお兄さんと一緒に部屋に入ってきたメリジェーヌと呼ばれる女性がいそいそと手を掲げると、宙空に黒い鎧を纏った男の幻影が浮かび上がり、男は俺たちに思い切り頭を下げた。
本気ですまなさそうな顔で俺たちに頭を下げる、半透明の姿の彼は……確か、ラ……?
とにかく名前の最初にラがつく、魔導皇国の偉い人だ。
『この度のミルバ様捜索へのご尽力。何と、お礼を申し上げて良いものか』
「礼なら、そこにいる男に頼む。己たちが動き出す前に早々に見つけてくれたそうなのでな」
『……何?』
どこか可笑しそうに傷だらけの顔に笑みを浮かべるリーンのお父さんだったが、姿を投影された男は俺の顔を見て目を丸くした。
『まさか、ノール殿か?』
「ああ。久しぶりだな」
『……何ということだ。このような形でまた、貴殿の力を借りることになろうとは』
「俺はたまたま会って連れて来ただけだ。彼女が一人だけでそっちの国からやって来たと聞いた時には流石に驚いたが、無事に見つかったようで何よりだ」
『貴殿にはまた大きな借りができてしまった。もはや、どのようにして返せば良いものかわからぬが……この埋め合わせは必ずすることを約束しよう』
「そういうのは大丈夫だ。代わりと言っては何だが……あの老人は元気か?」
『……ああ。我が国の法律に基づき厳正な処罰を受けているが、健康状態は良好だと聞いている』
「とんでもないことをしでかした人物だというのは知っているが……あまり、苛めないであげてくれると嬉しい」
『我々としても、自らの罪を認め、償おうとしている者にこれ以上追い打ちをする必要はないと考えている。それにしても……貴殿のお人好しは相変わらずなのだな。ここは普通、貸しを作っても良い場面であろうに』
俺の返答に、男はやっと笑みを見せた。
そう、彼のことをだんだんと思い出してきた。
彼の名前は、ラン。
ラン……?
ラン。
ランランラン────
「ランデウス」
俺があと少しで彼の名前を思せ出しそうになっていたところ、ミルバが先に彼の名を呼んだ。
「無断で外出し、心配をかけたお主には悪いとは思うておる。個人的な訪問でしかなし得ぬことがあったと考えたが故じゃが……騒ぎを起こしてすまなかった。帰ったら処罰でも監禁でも、なんでも甘んじて受けよう」
『そのようなことは致しません。この事態を招いたのは、貴女の後見人を引き受けた私の責任。処罰を受けるとしたらまず私からになりましょう』
「何を言うておる。儂の行動に対しては儂が責任を取るのが道理じゃよ。子供じゃからと言って、お主に罪を被せようなどとは思っておらん」
『しかしながら────』
「ランデウス殿。一つ、己から提案があるのだが」
二人が何やら話しているところに、様子を眺めていたリーンのお父さんが割って入った。
「後付けではあるが、今回の訪問の件は国交回復の為の、私的な交流が目的だった、ということにしないか? こうして直に互いを知り合う機会をもらえたのは我が国としても歓迎すべきことだと考えているのでな」
ランデウスは少し考えた後、小さく息を吐く。
『────わかりました。ミルバ様のクレイス王国ご滞在の件、議会には私から話を通しておきます。帰国についても、しばらく後で良いように調整します』
「む? 良いのか?」
『元々、ミルバ様がクレイス王国への訪問を熱望されているのは私も把握しておりました。また、ミルバ様の普段からのご協力により内政は非常に安定しておりますので、場合によっては所定の手続きを経てからの正式な王国への訪問も可能と考えておりました』
「なんじゃ……? それを早く言わぬか。早とちりしてしまったではないか」
『……しかしながら。時期は決して今ではない、とも。我が国が王国に戦争を仕掛けたことへの怨恨は未だ冷めておらず、御身に危険が及ぶような行動は厳に慎むべきですし、何より騒動が起きれば王国側に多大な迷惑がかかりましょう。それが何よりも避けるべきことですから』
「うむ……その点は、儂も少々考えが浅かったのう」
「ミルバ殿の滞在期間中の身の安全には我が国が責任を持つ。その点は安心してくれ、ランデウス殿」
『……大変に恩に着ます。この埋め合わせはいずれ、我が国の総力を挙げて必ず』
そうして黒い鎧の男、ランデウスは再びミルバに向き直る。
『……ミルバ様。くれぐれも、そこが異国の地だということをご自覚ください。いつものように我儘を言われませぬように』
「わかっておる。いつも心配をかけるのう、ランデウス。儂がおらぬ間の留守は頼んだぞ」
『────は』
ランデウスは恭しくミルバに頭を下げると、また俺たちへと向き直る。
『では、クレイス王国の皆様方。我が方のミルバ様をお願い致す。また、ノール殿。このような形の再会となり心苦しいが、貴殿の健勝な様子に勝手ながらこちらも励まされる思いだった』
「ああ、俺もまた顔が見られてよかった。じゃあ、またな」
『我が国への度重なるご協力に、感謝する』
部屋からランデウスの姿が消えると、リーンのお父さんが傷だらけの顔に笑みを浮かべ、ミルバへと振り向いた。
「どうにか、無事に話がついたようだな? ミルバ殿」
「……すまぬのう、クレイスの。みっともないところを見せてしまった上、気遣いまでさせてしまった」
「何、歓迎は本心だ。それに、ランデウス殿の立場もわからんでもないが……己がもし、ミルバ殿の年齢で硬い椅子に縛りつけられようものなら、さっさと荷物をまとめて国を出て行ったに違いないのでな。心情的にはどうしてもミルバ殿に寄ってしまう。大したもてなしはできないが、ゆっくり滞在を楽しんでいってくれ」
「では、大いにお言葉に甘えることにするかのう」
「今晩の食事会も個人的に勧められる店を予約しておいた。飾りっ気のないこぢんまりとした店だが、その分、料理は絶品だぞ?」
「例のロロとやらが働いておる店じゃな。楽しみにしておる」
そう言って、二人は互いに笑って見せた。
「今日はノール殿も参加すると言っていたな? リーン」
「はい」
「最初はイネスたちと一緒に、というだけの話だったが、皆が行くなら俺も行く」
「では、己も張り切って同席するとしよう。臣下以外と酒を酌み交わすなど、何年振りだろうな? レイン?」
「……私が記憶している限りでは、一度もないかと」
「そんなにか。では、今日はその分楽しまねばならんな。酒宴らしく、賑やかしに飲み比べなども良さそうだが……どうだノール殿。貴殿さえ良ければ、己と競ってみるか?」
「俺は別に構わないが」
「ち、父上……?」
「────とはいえ。あそこは馬鹿騒ぎには向かん品の良い店だ。代わりにうってつけの酒を用意させよう。レイン、家の倉庫の奥の棚に年代の古いボトルがいくつかあっただろう? ダルケンに全部、あるだけ持ってくるように伝えてくれ」
「……わかりました。伝えておきます」
リーンのお父さんがいつになくウキウキとしている。
でも、俺は構わないが、飲み比べだけはやめておいた方がいいと思う。
以前、同僚たちと「負けた方が奢る」という約束で何度かやってみたことはあるが、どういうわけか俺はどれだけ強い酒を飲んでも微塵も酔うことがなく、『我こそが王都一』などと酒の強さを誇っていた酒豪の友人たちは一人、また一人と自信をなくし、やがて俺に勝負を挑む人自体いなくなった。
どうやら俺の【ローヒール】は飲んだ瞬間に酒の成分を何か別のものに変えてしまうらしく、飲みすぎた友人達の介抱などには非常に重宝するが、俺が酔わないのはその辺りが関係しているのかもしれない。
ちなみに二日酔いにも効く。
「さて。楽しみだが、まだ時間があるようだ。ミルバ殿、せっかくなら王都を色々と見学して時間を潰したらどうだ? 希望があればどんな場所でも案内させよう」
「……実は、そのことなのじゃが。頼みがあってのう。『魔導具研究所』を見せてもらえないかと思ってのう。こちらは先般の戦を仕掛けた身。王都の技術の発展を担う中枢を見せてくれ、などと易々と要望などできようもないことはわかっておるが……どうしても、そこにいるオーケンという人物に会っておきたいのじゃ。今回の訪問の理由にはそれも一つあってのう」
「なるほど、オーケンか。無論、構わない。どうだ、メリジェーヌ?」
「はい。オーケン様なら丁度、研究所の工房にいるはずです」
「なら、会わせてやってくれ。オーケンにも全面的に協力をしてくれと伝えてくれ」
「かしこまりました」
「何から何まで世話になって、済まぬのう?」
「何、気にするな。ミルバ殿であれば良い交流の機会となるし、貴女が今後とも娘達と仲良くしてくれたら釣りが来る話だ……リーン、お前も施設の解説などならできるな? 一緒について行ってくれ」
「はい、喜んで」
「……その見学、俺もついていっていいか? できれば、その研究所というのを見てみたいんだが」
「無論だ。リーン、ノール殿の案内も頼んだぞ」
「はい、もちろん!」
そうして、俺たちは夜の会食までの間、王都の『魔導具研究所』という施設で遊びにいくことになった。






