206 廃墟での結婚式
「……まさか、こんな展開になるとはな」
「……はい。本当に、いっぱい食わされたような心境です」
ここで盛大、とは行かないまでも結構な規模の祝宴が開かれる。
ラシードとメリッサの結婚式が開かれることになって、俺とリーンは急遽、二人だけ残って式に参加することになった。
「……私があんなに警戒していた彼の『目的』がまさか、これだったとは。今となっては、お二人の関係性にも思いを馳せて然るべきだったと思いますが」
「俺も意外だったな。でも、考えてもみれば似合いのカップルだ」
「はい、私もそう思います。最早こうなれば、精一杯、お二人の新たな門出を祝福するまでですね!」
そう言って、ドレス姿のリーンは吹っ切れたような笑顔で拳を握った。
一方、彼女の脇に立つ俺もちゃんとした礼装だ。
なぜ、そんな服装があるのかというと、俺たちが王都から乗って来た馬車の荷物入れの中に、いざという時の為にとちゃんとした衣類が人数分一式入っていたんだそうだ。
どうやら、あの中にも魔法鞄的な仕掛けが入っているらしい。
そんなわけで、俺も一応、場に相応しい恰好にはなっているとは思うが。
「しかし、聞いていたよりも人がいるな?」
「そうですね。一般の方もいらっしゃるようです」
本来、結婚式だし、ラシードも偉い立場の人間らしいので大々的にやるものらしいが。
状況が状況だけに個人的な知人だけを招き、内々で簡素に行うだけで済ませようとしている、という話だった。
でも、どこから噂を聞きつけたのか、すでに大量の観衆で生垣のようなものが出来上がっている。
あれだけの惨事の後なので会場はろくに天井も壁もなく、まあ、ほぼほぼ廃墟と言って差し支えないので誰でも入って来られるような環境だが、駆けつけた人々の活気と、モノが無いなりに工夫して華やかに設られているので聞いて想像していたよりも、だいぶ賑やかな雰囲気だった。
会場にはアスティラや、ティレンス皇子などミスラの人々の姿もちらほら見える。
ちなみに、クレイス王国の者でこの場にいるのは俺とリーンの二人だけだ。
正確には、ララもいるので二人と一頭だが。
他の皆は眠ったまま意識を取り戻さない少年たちを馬車に乗せ、先に王都に帰った。イネスは無事に意識を取り戻した様子だったが、どうもまだ本調子ではないらしく、顔色が悪いまま教官たちに付き添われ、新たにラシードに用意してもらったゴーレム馬車で一緒に帰って行った。
俺とリーンも皆と一緒に帰ろうとしていたのだが、出発直前にラシードに呼び止められ、二人で商都に残ることにした。
で、ロロによると俺が商都に残るということで何故かララも自主的に残った、ということらしい。
つまるところ、俺たちの帰りの移動手段は空ということになるのだが。
残ってくれたララには悪いが……俺だけ、徒歩で帰ろうかな。
「リンネブルグ様」
礼装に身を包んだラシードが歩いてきて、まずリーンに声をかけた。
「こんな状況でも式にご出席くださるとは。本当に光栄ですよ」
「我が国から出席できる者が少なくて申し訳ありませんが、私が代表代理として出席させていただきます」
「急なお誘いに応じていただいただけで感謝しておりますよ……とはいえ。よく、すんなり信じていただけましたね? てっきり、もう少し経緯のご説明が必要なものかと」
「流石に、貴方の顔を見ればわかります。お声がけいただいた時点で、いつもよりもずっと頬が緩んでいましたから」
「…………はは。参ったな」
「この度は、本当におめでとうございます」
ラシードは珍しく気まずそうに頬を掻き、満面の笑みを浮かべるリーンから目を逸らした。
「────さて。ノール。君の準備はいいかい?」
「準備も何も、このまま始めてしまうんだろう?」
「ああ。今日のはそんなに形式ばったものじゃない。知り合いへの顔見せ程度の会だから」
「本当に俺に任せていいのか?」
「自慢じゃないけど、僕は君が思っているよりずっと友達が少ないんだ。むしろ、君しか頼める奴が思いつかない」
「やっぱり、シャウザはいないのか?」
「ああ、本当に薄情なやつだよ。友達の結婚式ぐらい見てから行ったらいいのにね」
そう言って笑うラシードは、ほんの少し残念そうに見えた。
要するに、俺がラシードから頼まれたのは結婚式の最初の挨拶役だ。
いわゆる仲人というやつだが、普通は親しい友人などがやるものだと思う。
でも、その役割を務めるはずだったシャウザがどこにもいないという。
もうここで四の五の言っても仕方ないので、集音の魔道具が置かれた簡素極まりない壇上に上がり、覚悟を決めて喋り始めるが。
『え〜。今回は、ラシードとメリッサの結婚式にお集まりいただきありがとう。本日は、大変お日柄もよく────いや。ここは砂漠の街だし、この始め方はおかしいか? となると、え〜……その、なんだ。悪いが、ちょっと待っていてくれ。やっぱり、ちゃんと考えてから喋る』
壇上で悩み始めた俺に辺りはざわついた。
すまないが、どうか大目に見てほしい。
この式のことを知ったのも頼まれたのも、急だったのでもちろん事前に内容なんて考えていない。ラシード曰く、「思ったことを適当に場に合わせて喋ってくれたら良いから」という話だったが、俺にそんな器用なことができるはずもなく。
困ったな。
ラシードはそんな俺を見て愉快そうに笑っている。
『……まあ、要するに。ここにいる皆と同じく、俺も二人の結婚を心から祝福している。でもまさか、初めて会った時はこんな形でくっつくとは思いもしなかったが……考えてもみれば、とても似合いのカップルだと思う。ただ、おそらく、この二人のことを誰よりも祝福しているであろう、とある人物がこの場にいないことだけが残念と言えば残念だ。元はと言えば、この話も俺じゃなくって、そいつがやるはずで────ん?』
……いる。
よく会場を見渡すと、端っこの方にちゃんとシャウザがいた。
物陰に隠れるようにしてこっそりとこちらを伺っていたのでわかりづらかったが、背負う弓がキラキラと陽光を反射しているのですぐに彼だとわかった。
『……いた。そんなところにいたのか、シャウザ』
俺が視線を向けると会場の視線も一緒にシャウザに集まった。
『彼が、本来のラシードとメリッサの友人代表のシャウザだ。というわけで……もう、ここで代わってもらおうと思う。あとはよろしく────【投石】』
俺と目が合って思い切り嫌そうな顔をしたシャウザに、俺は構わず全力で拡声器を投げつけた。シャウザはいつものようにそれを難なく片手で受け取ったが、キャッチした瞬間、しまった、という表情になった。
『……チッ。余計なことを……!』
拡声器から響いたシャウザの盛大な舌打ちに会場がどよめく。
一方、ラシードはひたすら楽しそうで、メリッサもどこか安堵している様子だった。シャウザは多くの人の視線を浴びながら、しばらく気まずそうにしていたが、やがて諦めたように首を振ると、低い声で話し始めた。
『……俺はもう、この街には用はないはずだった。だが、ラシード。それと、メリッサ。俺はお前たちのことを聞いて、急いで戻ってきた。俺はお前たちの結婚を、心より祝福する────というより。何故、もっと早くくっつかないのかと常々疑問に思っていた。お前たちはこんな婚姻の儀式をするまでもなく、既に深い絆で結ばれているからだ』
シャウザが始めた意外にも素直な祝福の言葉に、ラシードとメリッサは目を見合わせた。
『それ以上、俺からお前たちの結婚に関して付け加えることなどないと思っている。だが……お前たちを長年、側で見守ってきた者として一言だけ言わせてもらうと────まず、メリッサ。これからはラシードを信じてやれ。そいつが口先でいくら嘘偽りを並べ立てようと、お前への気持ちだけは本物だからだ。そいつは常にお前のことを想って行動している。そして、ラシード。お前はこれからは、メリッサにだけは嘘をつくな。もうその必要もないだろう』
ラシードが笑顔で頷いている隣で、メリッサはいつもの澄まし顔のまま若干頬を赤らめている。
『お前たちは互いに信じ合うことさえできれば、何事もきっと上手くいく。ゆえに、どんなことがあっても離れるな。そうすれば何者であろうとお前たちの仲を引き裂くことなどできはしないだろう。それが長い間、傍でお前らを見てきた率直な感想だ。他に付け加えるべき言葉は、もう何も────いや、待て。まだあった』
盛大な舌打ちからの予想外のまともな祝辞に会場から大きな拍手が湧いた。
そうしてシャウザは俺にチラリと目配せすると、マイクを投げて返そうとするが……ふと二人の顔を見て、何かを思いついたかのように手を止めた。
『……最後に、お前たち二人にどうしても言っておきたいことがある。俺はこれまで、お前たちの煮え切らない間柄を間近でずっと眺めてきて、常に歯痒い思いをしてきた。だが、どうせお前たちのことだ。この期に及んでも、未だに互いに手も握ったことすらないのだろう……?』
シャウザの指摘に、ラシードとメリッサは思わず互いに目を見合わせると、恥ずかしそうに俯いた。
どうやら、あの反応は図星だったようだ。
『であれば。この際、これ以上焦らされても面倒だ────』
シャウザはいつになく意地悪そうにニヤリ、と笑い、
『さっさと、世継ぎでも作ってしまえ。この国の将来にとって、それが一番いい話だ』
そう言い放つやいなや、俺にマイクを投げて返した。
シャウザの言葉に辺りは一瞬、騒然となり、メリッサは呆れ顔で半分顔を赤くし……ラシードが噴き出すと、会場中が一斉に沸いた。
そうして大はしゃぎするラシードがメリッサの肩を抱くと、メリッサは更に顔を赤らめた。
砂まみれの廃墟としか思えない結婚式の会場は、その後もシャウザへの罵倒だか野次だか、二人への祝福だか分からない歓声でいつまでも騒がしかったが……その中心で肩を寄せ合う二人は、俺の目からはとても幸せそうに見えた。






