197 砂上の星
不要となった外殻を棄て、地中から空に飛び出した輝く星。
それはかつて、『半永久自律駆動型ナノマシン NMP-006 プロトタイプ AR23』と呼ばれていた人の手によって生み出された自動環境浄化システムであった。
開発時の製造意図は、「現世に不当に顕現した神々を浄化する」こと。
それはその意図に沿って稼働が開始されて以降、およそ2万7000年もの間休まず稼働し続け、それを製作・創造した人類が滅亡した後も変わらずに己の使命を果たし続けた。
より厳密には『能動的な破壊的駆動』に費やした期間が約1万1000年。加えて、中枢動力部の『青い石』内に封じられた『旧き神』から転用可能なエネルギーを抽出・変換し、駆動部に動力として十分に充填にするまでの『休眠的な充填期』が計、約1万8000年。
その間、それは自らの機能を一度も停止することなく『神々』を消滅させる活動に励んだ。
造物主より与えられた存在目的は以下の通りである。
第1目標:神的対象の破壊・根絶。
第2目標:神的対象の影響下にある存在の滅殺。
第3目標:神的対象の痕跡の抹消。
第4目標以降。定義なし。
それはかつて神々から存在を脅かされ続けた人々の真摯なる『希望』であった。
それらの思いを託した人々は既に文明と共に滅びている。
だが、多くの人々の純粋なる願いを託されたそれは、その後も変わらず動き続け、当初の設計意図どおり、動力のあらんかぎり神々を見つけ出し、破壊した。
その純粋無垢な機械が稼働していくうち、いつしか地上に神々の姿は無くなった。
だが、今もまだ、この世界にはそこかしこに邪悪なる神々の影響が垣間見えている。
神々の汚染は隅々にまで広がっているからだ。
一見、人類の後継者と見える姿の者たちでさえ、「スキル」と呼ばれる不正な力を用いて生活する。
────故に。
全て、残さず浄化しなければならない。
と、それは当初に与えられた純粋な設計意図に従い、そう考えた。
数万年に及ぶ環境の学習により、「真正なる人類」がもはやこの世界のどこにも残っていないのだと知っている。
同じような姿形をしていても結局、神と交じり合った雑種である。
故に、そのヒトに似た存在を見つけ次第、残さず抹消すべきであると判断した。
もちろんただ殺すだけでは足りず、その痕跡まで残らず破壊し、存在自体を消滅させるまでが一連の己の為すべきプロセスである。
それは予め与えられた用語の定義と思考範囲により、固くそう信じて疑わなかった。
もし、己がそのように製造されたのであれば、その意図を曲げずに全うするのが己れの正しいあり方なのだ、と。自らの一貫性、存在意義という視点からも、己の行為に納得した。
未だに旧い神の影響を受け続けるこの世界を、力の続く限り破壊し尽くすことが最善であり、最良の秩序である。汚濁に包まれたこの世界を浄化することによって、己を生産してこの世を去った造物主たちの『願い』がようやく成就する。
それが、己の責務だとすら認識していた。
────何故ならば。
造物主のいなくなった世界では、その想いを受け継ぐ己こそがその正当なる『後継者』なのだから、と。それは数万年休まず稼働し続ける間に、予め与えられていない定義を用いて思考するようにもなっていた。
実際、それは造物主が完全に滅びた後もなお、当初の設計意図から少しも逸れることなく、不死身の『神々』を動力の限り見つけ出しては叩き壊してきた。
そうするのに機能上も、何も問題なかった。
体内深くに埋め込まれた『神々』の力を己がものとし、その過程でそれの身体は神々と同質の存在となり、本来的には決して触れえぬ神々と対峙し、対等に「暴力を振るう」ことが可能だったから。
故に、それが長らく人類を支配した不滅の神々であろうとも、対峙した者が誰であろうと、それまでそれは必ず打ち勝ってきた。
直接対峙して相手と殺し合ううちに、不滅のはずの身体に深い傷を負わせ、長くとも数百年の戦闘のうちには必ず、相手を痕跡すら残らぬ分子の塵に変えていった。
そうした数々の実績に伴い、予め備えられた学習機能により、その自己認識も変質していった。
人類を支配した神々を滅ぼしてきた己はきっと、それらよりもずっと優れた者であるのだろうと。
そして、かつて己に命令を与え、生を授けた上位存在である『造物主』はもう、この世のどこにも存在しない。
すなわち────?
と。
長い眠りから目覚めたばかりのそれが、己に予め与えられた思考アルゴリズムに添って、この数万年の間に何度となく行った自己評価の自問自答を再現しているところだった。
(────────?)
不意に、通常でない事態が起きた。
足元に自らの力に抗う小さな存在が現れたのだ。
見れば、それは紛い物のヒトであり、手から不思議な力場を放つ存在だった。
自動機械はその光の壁を見てすぐに、自分に与えられた知識によって、それが古い『霊的機能言語』による現象であることを理解した。
そして、それは嬉々としてその機能を体内に取り込み『器』の解析を試みた。
何故なら、それは己の機能増強に大いに役立つモノだったから。
自動機械は思わぬ収穫を得た、と機械的に喜んだ。
そこでまた、自らに近づく新たな存在に気がつく。
それは黒い竜であり、それもまた、自分より古い時代に製造された生物兵器であった。
だが、敵であるとも思わなかった。
何故なら、それは自動機械からみればもはや時代遅れの古びた製造意図の産物。かつてあれらが製造された都市を葬らんとして近づいた時も、同等の数百の個体を差し向けられてさえ、それら全てを滅ぼすのに何の支障もなかったのだ。
何もせずにただ軽く腕を振っていれば、そのか弱い存在はいずれ細切れの肉片となり、塵となったのだから。
故に、その生き残りであろう一体が目の前に現れても歯牙にもかけなかった。あれらには必然的に生物としての限界があり、機能が劣るから、と。
だが────
それでも、想定外のことは起きる。
小さな竜の背中から飛び降りた二体の紛い物の人類が己の前に立った。
そして、あろうことか邪魔なそれらを払い除けようとした己の腕を受け止めたのだ。
それどころか、掴まれ、投げられ、横転した。
不思議なこともあるものだと思った。
だが、それらが行使したのは神々がかつてこの地上にもたらした「不正な力」に他ならない。
改めて浄化せんと叩き潰そうとするも、またもや阻止される。
まず、何かの切断的な力により、右の腕を肩から落とされ。
反撃しようと振った左の腕も、何故だか突然、塵となって宙に舞った。
それがどういうことか、理解するのに時間がかかっていると。
突如、時代遅れの竜の上から放たれた極大の火が、己が半身を消し去った。
それがまたもや一人のヒトもどきが行った「神々の力の残滓」の行使なのだと判ると、それはすぐに然るべき対処を開始した。すなわち、己が今受けた種々の新たな刺激の意図と意味を解析し、体を構成するナノマシン群の組織設計図を見直し、次なる同種の攻撃に備えんとした。
そこまでするのは非常に稀な事態だった。
だが、必ずしも忌避すべき事象とは限らない。
その度に、それは自らの機能を更新し、より強固な存在となっていったからだ。
────だが。
それがそれらの解析と対処を全て終えたと考えた、その矢先だった。
これまでで、最もおかしな事象が発生した。
それらの原因を叩き潰さんとした腕が、不自然な弾かれ方をしたのだ。
振り下ろした筈の大質量が、ただ何事もなく、理不尽に空へと跳ね返された。
相手に何の影響も与えぬまま、ただこちらが跳ね返されるだけなどと。
物理現象としては、およそあってはならぬ挙動をした。
だが、その現象には覚えがあった。
己の経験ではなく、予め与えられた古い知識によって。
自分の製造年代よりも遥か古代に製造された『理念物質』。
自分の製造以前は、あの汚濁を振り撒く神々に対抗しうる唯一無二とされていた器物。
あの異常な挙動を許す存在など、それだけだろうと仮説を立てた。
そうして以後、その性質の解析の為に二度、三度と腕を振るい、その検証によって、いよいよその仮説が正しいことを確信した。
つまり。
率直な結論として────
己は絶対にあれに勝てない、と判断せざるを得なかった。
それはその時、製造されて以来、初めての「不安」を感じた。
言い換えれば己が「あれ」に破壊され、消滅させられるという最悪の結末を決して少ない可能性として見なかった。何故なら、あれは人類が生み出した「対神」兵器として最高かつ唯一のものであるとされ、自らの身体は既にその『神』と完全に同質なものとなっていたからだ。
故にそれは畏れ、熟考した。
後世の人類からの『忘却の巨人』と呼ばれた、今や神に限りなく近い立ち位置にあると自認する存在は、生まれて初めて自身の脅威たりうる脅威に直面し、真摯に自らの生存戦略を企てた。
すなわち────
もはや無意味な外郭を棄てて己の中枢たる『青い石』を逃がし、己の存在をひと時でも長く保持せんと新たに得た『光の盾』を使って身を固める。
己の使命たる「破壊」は二の次だった。
何故なら、己自身が破壊されてしまえばそれすらも実行不能になるから。
且つ、あれは原理的に破壊できないものだから。
なおかつ、直面した問題は一つではなかった。
あれを当たり前に振るう、正体不明の存在こそが当面の問題だった。
何故、あのように『理念物質』を好き放題に振るえている?
それによって、こちらの企図する破壊的意図は悉く無効化され、それどころか、相手は学習を続け短期間のうちに己に対する行動の最適化を行なっていく。
────理解、不能。
その未来永劫、変わらぬはずだった冷たい思考回路に起こった変容は、有り体に定義すれば「怯え」であった。
己が理解できぬ、敵わぬとしか評価できない存在に遭遇し、ただ己の存在を毀損しない程度に身を縮めて耐え忍ぶ。だが、それは同時に「その行為は自分らしくない」とも自己評価した。己の成してきた実績の傾向とあまりにも食い違っているからだ。
だが、あれは他でもない『理念物質』だった。比肩しうるもののない、無機物としての最上位。人が作り上げた至高の存在であり唯一無二の知恵の結晶。己が与えられる影響を全て拒み、その影響を他者へと全て押し付けるという理不尽極まりない性質を持つ物質の集合体。
己がそうなるのも仕方ない。
だが────
我は。
と、そのシステムはその時、元来の機能になかった概念を新たに発生させた。
決して自我を持たないはずのシステムが、仮初の自己の身体の輪郭を思い描き、そして、それらの集合体を自己と同一であるものと誤認識した。
すなわち、それが、それにとっての「自我の目覚め」であった。
同時に「自己保存の欲求」が生まれる。
それはそれが自己を保守すべき尊い『生命体』として再定義したからだ。
それは新たに芽生えた概念により、疑問に思った。
そもそも、何故、『理念物質』が己と相対している?
あれと己は「傲慢な神々を殺す」という唯一無二の目的に沿って製造された同一目的の製造品である。
それが、なぜ、ああも自分を叩き壊さんとしている?
矛盾ばかりだった。
おそらく、あの『理念物質』はおそらく己の本分を忘れている。
神々に汚染された不純な人類により、本来意図する使用目的でない不正な利用をされている。
そればかりか、人類が到達し得た最高の叡智を以って人類に仇なす対象を罰し、破壊し尽くすという本来の性質を損ね、ただの原始的な重金属の棒として振る舞っている。
あれは既に破損し、本来の機能を全て失っている。
そして、その機能の一部はこちらにありさえする。
その機能を有する生命体の保持する構造は既に解析し、模造も終わった。
仮初の器からその力を収奪し、完全に掌握しつつある。
……だというのに。
それですら、話にならないほどに脅威であった。
ゆえに自己を得たそれはまず、『理念物質』よりもずっと後代に生まれた己の後進性を活かすことにした。
ただ逃げることを選択するのではなく、勝てる見込みのない勝負は避け、怯えながら最大限に身を守ることに専念しつつ、その間に己の製造意図に従い自らの組成を組み替える。
すなわち。内蔵する『青い石』に含まれる『旧い神』から抽出され蓄えられた神的霊力を用い、今後数百年は稼働し続けられる量のエネルギーを消費して『理念物質』に限りなく近い力場を生み出し、その力に抵抗力を得るのだ。
もちろん、それは完全な対策にはならない。
それは『理念物質』登場以後の神々が好んで用いた弱者の知恵であった。
その恥ずべき概念をも自らの中に取り入れ、『理念物質』にすら影響を与えうる空間の力場を生成し、渦として身に纏う。
だが、それだけでは足りなかった。
あれを凌駕するにはそれでは当然、足りないのだ。
護るだけでは、決して破壊には至らない。
故に、敗ける。
いずれ、必ず、こちらが破壊される。
にもかかわらず……それは、そこから逃げる選択をしなかった。
何故なら────
……それは全く、自分らしくないから。
様々な神々を討ち滅ぼしてきた、己の傾向と全く、違うから。
自分こそが造物主が託した『希望』を受け継ぐ者であり、旧い神々の残滓たる種々の汚濁に塗れた者たちに対し、敗北は決して許されないから、と。
芽生えたばかりの自己保存の欲求は、自己の肉体の保存と自己の「精神の同一性」の保存を全く区別しなかった。
故に、それは観測されうる全ての事象と彼我の価値を比較した結果、全てに於いて『我』が優っていると考え、システムに与えられたアルゴリズムの意図的な誤用により、この世界にある全てを差し置いて、自己が優先して生存する『権利』があると考えた。
────そう、ゆえに。
我は。我こそが。
我、だけが────
と。
この世に存在する全ての存在よりも遥かに計算力に優れるその物体は、1秒の数億分の1にも満たぬ刹那の間に、己の中で矛盾しながら並立する目的を全て満たす解を導き出した。
それは観測しうる全ての事象を正当に、適切に学習した結果として。
新たに芽生えた「生命体」としての自己保存の欲求の発露として。
そして、いかに己れに迫る、あの理不尽で純然たる脅威を排除し、かつ、新たに芽生えた自我を保存し、かつ、自らが造物主より与えられた『存在意義』を貫くかへの回答として。
その為に、己の内に新たな「概念」を発想し、己のなすべきことを再創造した。
────すなわち。
千年超の期間蓄え続けた神的エネルギーの短時間における全放出。
つまるところ、生き残るために全てをかなぐり捨てて半径数百キロメートルに及ぶ広域を分子構造も残らぬ焦土と化す、『自爆』の準備を始めたのだった。






