196 俺はかなり大きめのゴーレムをパリイする
『黒い剣』を咥えて嬉しそうに空の上を飛び回っている魔竜。
そんなララを、ザドゥはいつになく真剣な顔でじっと見上げている。
「……あァ? なんだァ。まさか、旦那、しくじったのかァ……? 珍しいこともあるもんだなァ」
「まさか、またアレを盗もうと考えてるのか?」
「いやァ? そうじゃねェよ。今はそんな依頼は受けてねェしなァ?」
「そうか、ならいいが」
「だが、こりゃァ。今受けてる依頼の内容も再確認しないと、だなァ?」
そう言って、ザドゥは不気味に笑った。
「何の話だ?」
「いやァ。こっちの話だ。お前にゃ関係ねェよ。お前は単に依頼の目標物だからなァ?」
「それは大いに関係あると思うんだが?」
「まァ、そう言えなくもねェがなァ。それより、今はあっちだろ?」
ザドゥの視線の先には半身が消え、動きの止まった砂の巨人がいる。
完全に活動を休止している様子だが、眺めているとだんだんその再生が早まっているのがわかる。
「おそらく再生が終わり次第、また動き出そうとしているな」
「……う〜む、仕方ないのう。こうなりゃ、もう一度、ワシの【灼熱爆破】で跡形もなく────」
「待って、オーケン! あの中にイネスがいる」
「なんて?」
オーケンの詠唱を制止したロロの声に、皆が砂の巨人に目を向ける。
すると、半身の消滅した砂の巨人の断面から『光の盾』に包まれたイネスが胸から上だけ顕わになっているのが見える。
そして、それは再生する巨人の断面に呑み込まれていき。
直後、その傷口を守るようにして、『光の盾』が出現する。
それは、俺たちにとって見覚えのある……というか、イネスの『光の盾』そのものだった。
「なんで、イネスがあんなところに……?」
「それに、あれは……『光の盾』?」
「イネスがやっているのか?」
「いや、どうやら気を失っていたようだ」
「となると────あれは、砂の巨人が?」
「……まさか、あそこまで『学習』しようとはのう? というか、イネスの『恩寵』を模倣? どうしたらあんな芸当ができるんじゃ?」
「ううん、違うんだ。オーケン。あれは……違うんだよ。あれは、『────元来、貴様らが思うようなものではないわ。愚か者め』」
「ロ、ロロ?」
「そう。そうなんだ────『あれは模倣、ではない。元来、卑小なる汝ら人類が用いる『恩寵』なる定義は誤りであり、アレは元来、ヒト科の生物が用いる器物に内蔵される可く、複合的な諸霊体によって形成された霊的な『機能』である。故に、当然ながら『器』が複数存在すれば原理的に移し替えが可能である』」
「……ロロ?」
急に雰囲気と声色の変わったロロに、皆が一斉に注目した。
「……な、なんじゃ、急に? ちょっと見ないうちに、性格変わった……?」
「い、いえ。これは、もしや……『聖ミスラ』の……?」
「うん。今、記憶だけじゃなくて、思考もトレースしてみてる。何か、わかりそうだから」
「そ、そんなことが?」
「ちょっと待って────『元来、『忘却の迷宮』とはこの時代の管理者を気取る『長耳族』どもが好んで用いる掃除機械の名称、『忘却の巨人』と同義である。ゆえに、あれには核が存在する。元来、それは不遜にも我ら『神々』に牙を剥こうとする卑小なる人類の手により生み出されし浅知恵であったが、あのゴミ虫どもの細工によって脆弱なる人類を間引き、己の手頃なサイズの人口にまで淘汰せんとする姑息な玩具と成り下がった。』……う、うぅ。き、気持ち悪い……ごめん、この記憶じゃないかも」
「ロロ。顔色が……?」
「……だ、大丈夫だよ、リーン。ちょっと、気分がよくないだけ」
そう言うものの、顔面蒼白のロロはよろめいた。
「……あいつ、まだ何か知ってるみたいだから、あと少しだけ────『現在、その内部の核、すなわち、あの小賢しき人間どもが生み出した『青い石』には我が同胞が囚われている。『青い石』は姑息にも我々『神々』が当該世界に転移する際に用いた次元変換回路の構造を有し、その神聖なる力を抽出・転換し、当該世界でも利用可能なエネルギーとして用いる器物であった。だが、その神々の力は現世の低俗な振動周波数に置き換えられて尚、その神聖性を保ち、あの呪われた器物の残骸、『黒い剣』……すなわち『理念物質』を除いては全ての干渉を拒む。その為、『忘却の巨人』の四肢の隅々にまで伝達された神力は……』────うぅ?」
突然、頭を抱えたロロの鼻から血が垂れてくる。
「ロロ? 本当に大丈夫か?」
「やめてください。もう、それ以上は……!」
「……待って、リーン。あと、もう少し。気になるところがあって────『青い石』とは、あの理不尽極まりない性質を備える『理念物質』を除けば、卑小な人類が我ら『神々』に対抗することのできる唯一の器物である。卑小な人類の手では決して触れえぬ我ら神聖な存在に干渉・制御し、結晶構造間に生成された多次元空間内に我らの神体を閉じ込め、永久に利用せしめんとする邪悪なる意志である。だが、その技術は既に失われ、残す、とこ……ろ────う、ぐ? あっ、頭が……!」
「ロロ、もう大丈夫です! ありがとうございます」
リーンは鼻血を出して倒れ込むロロを抱えた。
そのまま治療をしてあげているようだったが。
「リーン、今のは? ロロの様子がおかしかったが……?」
「今のは、ミスラの地下に眠っていた『聖ミスラ』の記憶のようです。ロロはあの存在と一瞬同化して、その心の奥深くを覗いたそうなんです」
「あの骨の?」
「ロロは今、その記憶を使って、私たちに大事な情報を伝えようとしてくれたようなのですが……」
「俺には、難しくてよくわからなかったが。要は────ミスラの地下にあったような、『青い石』を見つけて壊せばアレが止まる、ってことでいいか?」
「……はい。私もそう解釈しました。ですが────」
「おい。やばいぞ! 巨人の再生が……!?」
見れば、先ほどまで緩慢な再生をしていた砂の巨人の半身が、瞬く間に元通りになっていくのが見える。
そうして、体を取り戻した巨人はその片腕を空高く振り上げた。
「まずい、来るぞ!」
『────グァ』
巨人はその太い腕を俺たちめがけ、思い切り振り下ろす。
だが、『魔竜』が空から『黒い剣』を落としたのも同時だった。
そして、それは巨人が振り下ろした腕よりもほんの少しだけ早く俺の元に届く。
「パリイ」
俺は『黒い剣』をキャッチすると同時に、頭上に迫る巨人の腕を思い切り弾いた。
すると、その太い腕は轟音と共に再び空の上にまで弾かれ、不意に腕を上に持っていかれた巨人は大きく後ろに仰け反って、二歩、三歩と後退した。
「……マ、マジかよ? ノール、お前、身体は大丈夫なのか?」
「ああ。『黒い剣』のおかげかわからないが、アレの攻撃が驚くほど軽い」
「……マジで?」
「まったく、ヒヤヒヤさせるのう……? 危うく寿命が縮まるかと思ったわい」
「もう、大丈夫ですね。、オーケン。ここはノールに任せましょう」
「ああ。どうやら、アレの相手は『黒い剣』を持つ者が適任らしい」
「……おいおいおい。そうこうしてるうちに、また来るぞ! 今度は、横から!」
「本当だ」
仰け反った巨人は、今度は地上にある者全てを薙ぎ払うかのように地面スレスレで腕を振ってくる。
壊れた屋敷の残骸やら木々やら、とにかく色々なものを巻き込んで俺たちを襲う。
だが────
「パリイ」
俺はタイミングを見計らい、目前まで迫ったそれを下から力一杯に払い上げた。
すると今度は巨人は振った腕を脆くも派手に爆散させながら、よろよろとバランスを崩して地響きを立てながら地面に沈んでいった。
やはり見た目に反し、驚くほど手応えが軽い。
ミスラであの骨が放ってきた黒い雷の方がもっとずっと重かった印象だ。
見た目の大きさから、てっきりもっと苦労すると思っていたが。
これなら、小さなゴーレムを相手にしていた時とそんなに変わらない。
違いといえば……主に大きさと、迫力だな。
「この調子なら、何をされても大丈夫そうだな」
「ノール。俺たちは王女やレピ族の子供を避難させる。それまでの間、奴を頼めるか?」
「ああ。元からそのつもりだった」
「ノール先生。すみませんが……私たちは、これで失礼します」
「ああ、そっちも気をつけてな。教官も、悪いがロロたちを頼む」
「おう、こっちは任されたが……ノール。イネスのこと、頼んだぜ?」
「ああ。どうにか助けられるよう、考える」
俺は逃げる皆を横目に、ゆっくりと立ち上がる巨人を眺めていた。
脇には顔に黒い包帯を巻いた男が退屈そうに立っている。
「なァ? それで、依頼人サマァ? 俺の仕事はまだかァ? 暇なんだが」
「すまない。今、やってもらう仕事を考えているんだが。思いつかない」
そうして眺めている間に、砂の巨人は両腕を空高く振り上げ。
俺たち二人めがけ、その巨大な両腕を振り下ろす。
「パリイ」
俺はその両腕をそのまま、力任せに弾き返した。
すると、剣に触れた両腕がたちまち爆散し、細かな塵となって砂嵐の中へと消えていく。
そうして俺は再び動きの止まった砂の巨人を見据えると、しっかりと構え、全身に力を込めていく。
「────【身体強化】【しのびあし】」
守る方に問題がないとなったら、あとはもう、やることは明白だ。
ひとまず、あそこに埋まっているイネスを助け出さなければならない。
俺はそう考え、『黒い剣』を思い切り砂の巨人に投げつけた。
「【投石】」
そうして、黒い剣が巨人の右手に触れた瞬間、丸ごと右半身が爆散する。
すると案の定、『光の盾』に包まれて砂の中に埋まっているイネスが見えた。
こうやって、繰り返し剣を投げていれば簡単にイネスを掘り出せそうだった。
だが。
ひとつ、大きな問題があった。
「……しまった。まずいな」
「どうしたァ?」
「ちょっと思い切り、投げすぎた。あれは誰かが、取りに行かなければならないんだが」
「あァ? まさか……」
「ザドゥ。やることができた。あれ、取りに行ってくれないか?」
「嫌に決まってんだろ? ふざけんなァ? あんなの触っただけで腕が消し飛ぶだろうが。料金外だ」
「そうか。なら、仕方ないが」
俺はザドゥに初めて具体的に仕事を頼んだものの、早速、拒否された。
前にシャウザは同じことをやってくれたというのに。
まあ、実際かなり嫌々ながらの様子だったし、結局、手を怪我したと言っていたが。
確かに、自分で投げておいて何だが俺もアレを素手でキャッチするのは嫌だ。
……となると? どうしよう。
「で、どうすんだ、アレ。俺は絶対に行かねェが」
「どうするか、今、考えている」
「あァ? そんな悠長なことしてると、またアレが再生するんだが?」
「そうだな」
『────グァ』
「……ララ?」
俺とザドゥが二人で腕組みをして悩んでいると、砂嵐の向こう側で黒い影が素早く動いた。
それは魔竜だった。ララはその巨体にもかかわらず目にも留まらぬ速さで飛翔し『黒い剣』に追いつくと、器用に口に咥え、その太い首を弓なりに捻り。
そうして俺に向け、勢いよく『黒い剣』を投げ返した。
「……すごいな。ちゃんと戻ってきた」
ララが投げた『黒い剣』は俺の手元に綺麗に収まった。
ララは俺は思っていた以上に器用だった。
これなら────
「ありがとう、ララ。もう一回、行けるか?」
『────グァ!』
砂塵の嵐の向こう側にいるララに言葉は通じないが、俺の表情と姿勢とでやりたいことはわかってくれたらしく、俺に応えるように嬉しそうに空を一周、ぐるりと舞う。
「じゃあ、次だ……【身体強化】【しのびあし】」
そうして、俺は先ほどよりもかなりしっかりめに力を込めた。
さっきのが全力だと思っていたが……思えばまだ全然、全力じゃなかった。
ララが向こう側にいてくれると思うと俄然、力が湧いてくる。
アレはあくまでも、無意識に加減した上での最大限だったようで。
「行くぞ。【投石】」
新たにララという相棒を得た俺は全てのたがを外し、全身全霊で『黒い剣』を投げた。
すると、俺の手を離れた瞬間、黒い剣は嵐を巻き起こし、そこにあった砂嵐を軒並み弾いていく。
そうして、巨大な砂のゴーレムの端に触れると、それだけで爆散させた。
『黒い剣』があの砂の巨人に有効らしいとはいえ、我ながらすごい威力だ。
間違ってアレがイネスに当たったら、目も当てられない事態になるな……と思いつつ。
一方、ララはというと。
唸りを上げ直進する黒い剣と並行に高速飛行し、勢いを殺しつつ上手に口でキャッチする。
本当に器用で頭のいい竜だった。
そうして────
半身を失った砂の巨人が逆上したように腕を振るってきた瞬間。
『黒い剣』が俺の手にタイミングよく戻ってくる。
「パリイ」
俺はララから『黒い剣』を受け取ると、その太い腕を薙ぎ払う。
やはり相手の攻撃は驚くほど軽く、また動きも遅いので弾きやすい。
その上、こちらはそれほど力を入れているつもりはないのに『黒い剣』が触れた途端、巨人が彼方まで仰け反り吹っ飛んでいく姿はどこか壮観でもあった。
「じゃあ。もう一回、いくか────ん?」
そうして、俺が次に巨人のどこを壊そうかと考えていたところ。
巨人が急に動きを止めた。
同時に、足元から無数の砂の腕が生えて俺の足を掴み、地中へと引き摺り込む。
「しまっ────」
「おいおい。そんな、古典的な手に引っ掛かるなよなァ? 依頼人サマァ。【氷雪華】」
ザドゥの繰り出した氷の魔法で地面が凍っていく。
俺の足も冷たくなるが、地面から伸びた砂の腕の動きが停止する。
俺はすかさず『黒い剣』をひと薙ぎして、その不気味な砂の腕を全て振り払う。
「悪い、助かった」
「……あァ? しくじったか? この場合、見殺しにした方が得だったかもなァ? まァ、どの道、お前があんなので死ぬようだったらこっちも苦労はしねェって話だからなァ」
「意外と、賢いな。この分だとさっさと終わらせたほうがよさそうだ。イネスは確か……あの辺だったな。【投石】」
俺はすぐさま『黒い剣』を地面スレスレに、横薙ぎに投げた。
すると、黒い剣は唸りをあげながら水平方向に直進し。
「よし」
俺が投げた『黒い剣』が巨人の下半身に直撃する。
そうして、腰から下の全てを爆散させると、そこから『光の盾』に覆われたイネスが飛び出て宙に放り出される格好になった。
「ザドゥ。彼女を頼む」
「あァ? 人使いの荒い依頼人だなァ? 俺が受けたのはあくまでも、「足止め」なんだが……まァ、これぐらいなら料金の範囲内、ってことでやってやらァ?」
ザドゥは多少文句を言った後ニタリ、と笑うと、次の瞬間にはイネスのすぐ側に飛び。
「ほらよ、依頼の品だァ。受けとれェ」
光の盾に包まれた彼女ごと俺に投げて寄越した。
俺は黒い剣を置き、両手でそれを受け取ると、ひとまずそっと彼女の身体を地面に寝かせた。
その瞬間、イネスを覆う『光の盾』が砕け散る。
「ザドゥ、助かった」
「本当はこういうの、良くねェんだけどなァ? まァ。思ったより楽そうな仕事だし、前金前提のサービスだなァ」
「ああ、ありがとう……?」
「で、本来の仕事だが。【氷雪華】」
ザドゥが再び何かの魔法を発動すると、見渡す限りの地面がたちまち凍りつく。
そして──
「なんだ、地面の下が光ってる?」
「お前にも見えるようにしてやったが。あれだろ? 迷宮の核ってヤツ。確か、アレを壊せば「止まる」って話じゃねえのかァ?」
「なるほど。最初から地下にあったのか」
ザドゥが何かのスキルを発動させたせいか、地下深くにある『青い石』が輝く姿がくっきりと見える。
道理で、上を壊しても下を壊してもどっちにもないと不思議に思っていたところだった。
「────さァ。これで、料金分の仕事はしてやったと思うぜェ? 依頼人サマァ?」
「ああ、本当に助かる」
だが、俺がそれを凍った地面ごと破壊しようと『黒い剣』を持つ手に力を込めたところ。
「────え?」
地下の奥深くにあった『青い石』が突然、上昇したかと思うと地上に飛び出し、何重もの『光の盾』を纏いながらまるで星のようにキラキラと輝いた。
ミ「は? なんであいつ、『黒い剣』投げてるの……???」
ダ「お、お前が教えた【投石】だろ……?(震え声)」






