187 王の当惑
「王。もう少し落ち着いたらどうだ」
その日、王都がぐらぐらと揺れていた。
普段体験することのない不気味な地鳴りに、ある者は『還らずの迷宮』に異変でも起きたのかと訝り、また、ある者はまた魔導皇国が攻めてきたのかと不安に顔を曇らせた。
だが、その実際の原因はというと、王都のごく中心部にある王城の謁見の間の玉座にあった。
「──落ち着く? なんだ、それは。どういう意味だ、カルー」
「王都の小動物まで怯えている。気持ちが昂るのはわかるが、冷静になれ」
いつになく苛立った様子のクレイス王に、そう言って進言するのはかつての冒険者仲間であり、今は国政の一端を担っている側近、【隠聖】カルーであった。
カルーはつい先ほど、南方に接する商業自治区サレンツァに旅立ったリンネブルグ王女より、携帯型の『神託の玉』を通して、久々に連絡があったとの報告をしにきたのだが。
「冷静に、とはどういう意味だ。己はずっと冷静だ」
「いや、しかし……」
王の言葉とは裏腹に、謁見の間の玉座の周りには側近の【六聖】をしても近寄り難い怒気が充満している。その根源たるクレイス王の身体が僅かに動く度、城外の木々に留まる鳥たちが怯えて一斉に飛び立ち、逃げ惑ってはまた他の場所に降立ってまた同じ目に遭う、を繰り返していた。
「──そう、これは己の失策だ。見通しがあまりにも甘すぎた」
今や、深い嘆きの中にいる王が踏む石畳は割れ、深い亀裂を作っている。
王が無意識にうちにそうなってしまっている原因は、商業自治区サレンツァから送られてきた一つの映像にあった。
映像の中では少女が一人、薄暗い部屋に佇んでいた。
その手足は縄で何重にも縛られており、その顔は苦悶の表情に歪んでいる。
それは他ならぬ王の娘リンネブルグ王女であった。
繰り返し流されるその映像を王が己の仇かのように睨みつける中、痩せた貴族風の青年が少女の首筋に刃物を当て、こう言った。
『────クク、いい気味だなぁ。お前が例の、クレイス王国の王女なんだってなぁ? この商都によくもノコノコとやってきたものだが、お前の命もここまでだな』
『……や、やめてください。こんなことをして、ただで済むと……!』
『そ、そうですよ! こんなことをすれば我々、ミスラの民だって黙っていませんからねっ!』
体を縛られた王女の隣には、同じく体を縛られて身動きできない様子の神聖ミスラ教国の教皇、アスティラがいる。
『ふぅん、そう思うか? 教皇というのはミスラではさぞ、偉い立場なんだろうなァ。だがもう、お前らはここじゃ権力者でもなんでもない。何をされても、お前らの叫びに耳を傾ける者は誰もいないんだからなァ!」
『……くっ! そ、そんなっ! わたしたちに、何をするつもりですかっ!? ま、まさか……!』
『ちっ。煩いな……おい、お前ら。そいつを地下牢に連れて行け。クレイス王国のリンネブルグの次はお前だ、ミスラ教国のアスティラ』
『『『は』』』
『あ〜〜〜れぇ〜〜〜!! だ〜〜〜れかぁ〜〜〜! たぁすけてぇ〜〜〜!』
『……。さて。クレイス王国のリンネブルグ。お前がこれから受ける、処分だが──』
そう言って痩せた男が装飾めいた短刀の刃先をペロリ、と舐めたところで映像は唐突に終わっている。
「……」
ぱっと見た第一印象では、それは真実味のある映像とも思えた。
だが、聞けば聞くほどわざとらしい言葉の数々と、見れば見るほど所々に作り物めいた嘘臭さが現れる。
中でも教皇の言葉と動きは見るからに不自然で演技めいており、それら全てが作り物であることを如実に示していた。
しかしながら、若いナイフを持った痩せた貴族風の男とリンネブルグ王女の声、表情は真に迫っており、その真実と見紛う印象が王の心を深く抉り、触れてはならぬ何かに触れたのであろうことはカルーもよく承知していた。
……だが、とはいえ。
これはどう考えても偽物の映像だ。
耳を澄ませれば雰囲気の演出のためか効果音らしきが聞こえ、手前で煙が炊かれているのもわかる。どれもサレンツァから出回っている娯楽用の映画でよく使われている手法だった。
最初にこれを見せられた時、このようなわかりやすく作り物めいた映像を発信した理由はおそらく王都からのバックアップを要請するためなのだろう、とカルーは冷静に受け取った。
王女たちはきっとサレンツァの首都で外部の助力を必要とする事態に陥っている。
王ももちろん、これが助けを求める為の口実に過ぎないとわかっている。
だが、あからさまな作り物とはいえ愛娘が危機に瀕する姿を目の当たりにし、溢れ出る感情に理性と感情の区別がつかなくなっている様子だった。
そんなわけで、まずは王に心を落ち着かせることを提案しているのだが。
「王。何度も言っているがこれは偽物で、王女は無事だ」
「無論、わかっている。だが、これが偽物であろうとなかろうと……一つ間違えば起こりうる事態だった。実際、こうなっていても何もおかしくはなかった……そうなればリーンは今頃……今頃……!」
王が苦悶の表情で唸ると再び王都に不穏な地響きが起きる。
このままでは、王都の民の生活にも支障が出かねない。
「王。冷静になれ」
「……冷静? 俺はもちろん冷静だとも。冷静に、あのようなことする輩がどのような目に遭えば、リーンに手を出す気が絶対に起きないか……よ〜く、わからせる方法を考えているところだ」
(……なるほど、な……?)
これはもう、今日の王の説得は無理だとカルーは一旦、諦めた。
王は普段は思慮深く臣下の意見もよく聞き入れるが、こと娘のこととなると簡単に自分を見失う。それもカルーが知る限り、王はこれまでの人生で一番取り乱しているように見えた。
王の娘への普段の溺愛ぶりを思えば無理からぬことなのだが。
「……王。しばらくそこで待っていてくれ。王子と話し合ってくる」
「ああ。ならば、俺は俺で考えを練っておく。ああ、そろそろ、いいアイデアが浮かびそうだ────そうか。いっそ俺が直接行って話し合うというのもアリだな? 理解しあえなければ、拳と拳で語り合う。うん、それが最も簡単だ」
そうして、背後から聞こえる王の物騒な独り言に若干の不安を覚えつつ、より話が通じそうな王子の執務室に赴くことにしたのだが。
◇◇◇
「……このやり口はまず間違いなく、ラシードだな」
王女の映像を目にしたレイン王子は、執務室で顎に手を当て、考え込んでいた。
「だが、どういう状況だ? おそらく内容からして、リーンとミスラの教皇も同意の上で、あのような形でこちらに救援を求めてきたのだろうが」
元々、『信託の玉』は少数精鋭でサレンツァ国内に赴いた王女たちが、何か不測の事態が発生した場合に王都に助けを求める目的で持ち込んでいた。
だが、今回は当初意図していたクレイス王国に向けての直接の秘匿通信ではなく、広範囲に向けた放送用通信を用いて情報を拡散してきた。
内容を簡潔に言えば、クレイス王国の王女リンネブルグとミスラ教国の教皇アスティラが囚われの身となり、サレンツァ家の御曹司とされる二人の人物が明確に悪役として描かれている。
つまり素直に受け取れば、我がクレイス王国と神聖ミスラ教国が要人救出の名目で救援人員を商都サレンツァに送り出しやすくする、という意図がある。
結果としては堂々と救助を送り込める状況となったので、王子としても助かったところはあるのだが、反面、細かな状況は伝わらない。
おそらく、あの映像を見る分には演技をするような余裕が十分にあり、緊急を要する事態は未だに起きていない、とも考えられるのだが。
単に戦力としては十二分な人物を派遣しているはずだった。
まず、王女リンネブルグは言うに及ばず、その護衛の【神盾】イネス、あの『黒い剣』を携える男ノールも超国家級の戦力だ。
加えて、【弓聖】ミアンヌからの信頼も厚い【迅雷】のシレーヌと、【魔聖】オーケンの右腕たる魔導具技師【司書】メリジェーヌの一番弟子でもあるロロも、大いに役に立つ人材のはずだった。
にもかかわらず、その全員の力を以ってしても解決困難な問題に直面した、と。
そう考えるのが自然な状況となっている。
「……胸騒ぎがする。これ以上、何もなければ良いのだが」
王子は本心からそう願うが、こういう時に限って自分の勘がよく当たることも知っている。
今、王子の頭には、妹が神聖ミスラ教国に渡って対峙した『聖ミスラ』のことが浮かんでいた。王女リーンからの報告によれば、その怪物にはイネスの『光の盾』も通じず、あの男が持っていた『黒い剣』でしか損傷を与えられなかったという。
文字通り人智を超えた超常の存在だ。
まだあれほどの事態には陥っていないとは思いたい。
だが、やはりあの地に『忘却の迷宮』という世界最大規模の迷宮があることが気がかりだった。
万が一、また同じような事態に陥ろうがあの男が無事で居ればどうにかできる可能性もあるが……あの制御不能の気まぐれな男が、常に確実に助けになるとも限らない。
おまけに、王女はあのラシードと行動を共にしている。
何か他の陰湿な意図に巻き込まれていないとも言い切れない。
念には、念を入れなければならない。
「ダルケン」
「は」
「宝物殿最奥部に仕舞われている『黒い鏃』を、サレンツァに旅立つ者に持たせろ」
「そ、それは『黒い剣』と一緒に持ち帰られた、国宝の……?」
「父上には俺から進言し許可を得る。時間がない、先に手続きを済ませておけ」
「わ、わかりました」
国宝を持ち出させるのは決して私情ではない。
またあのレベルの怪物が出現した際には必ず必要になるからだ。
王子が映像に関して思いを巡らせていると、執務室をカルーが訪れた。
「王子。相談がある」
「どうした、カルー」
「王がまずいことになっている。あれでは最悪、サレンツァ相手に一人で戦争を仕掛けに行きかねん」
「……それも、無理もない話だな。父上は妹のこととなると、いつもの冷静さを失うからな」
「どうする? あの様子では生半可な提案では納得しないぞ」
「父上には『国内の最高戦力』をリーンの救援に向かわせると伝えてくれ。その案でならばきっと納得するはずだ」
「……待て。国内最高の戦力とは?」
「案ずるな、カルー。あらゆる状況を想定しての判断だ。決して俺の私情ではない。だが、少なくとも……────奴等には、誰の妹をあんな目に遭わせているのか、よ〜く、わからせてやる必要があるのでな」
王子が拳を握り締めながらカルーに自らの固い意思を伝えると、カルーは諦めたように踵を返した。
◇◇◇
「────んで、俺らが急遽、かき集められたってワケか……?」
普段は訪れぬ王都の人気のない郊外に、【六聖】が揃って佇んでいる。
神妙な顔のダンダルグの隣には呆れ顔のミアンヌが立ち、肩を竦めている。
「王と王子はそんなに頭に血が昇ってるの?」
「ああ。というか、あれはもうしばらくの間は冷静な話し合いは無理だな」
「……そんなに?」
「ホッホウ。ま、魔導具研究所でメリジェーヌにアレを見せられた時から、なんとな〜く、イヤな予感はしてたがのう。そこまで二人がショックを受けるとはのう……?」
顎髭をさする【魔聖】オーケンに、【剣聖】シグが小さく首を振る。
「俺も観たが、王女の演技が真に迫りすぎている。王女は何事にも全力を尽くすが、今回はそれが完全に裏目に出たようだ」
「……普段ならそこがお嬢のいいところなんだがなぁ。流石にやりすぎだよなぁ、あれは」
「そもそも、王も王よ。自分の娘がピンチの映像見せられたからって、普通、そこまで逆上する?」
「じゃあ、ミアンヌ。もしお前の子供が同じ目に遭ってたらどうする?」
「それはもちろん。即、相手の脳天を射抜くけど?」
いつも通り他人への評価と自分自身の言動が全く釣り合わない同僚に、ダンダルグは思わず頭を掻く。
「まあ、王も王位についてからだいぶ丸くはなってたけど、元々そういう武闘派の性格だもんなぁ」
「……正直なところ、本当に危ないところだった。あのままでは王自らサレンツァに乗り込む勢いだった」
「ホッホウ。ま、王なら普通に素手でゴーレムと殴り合えそうな気もするが……それだけは絶対にさせてはならんのう」
「故に、王子の提案通り、現状の最高戦力を救援として送り込むというのが譲歩ラインとなった」
「それ、王子も相当キテるよなぁ……?」
「おっ、お届け物に参りましたぁ……!!」
その場に集った六人が雑談めいた話をしていると、小さな箱が載った何かの魔道具らしき台車を押して、【司書】メリジェーヌが【六聖】の前に現れた。
「おぉ、メリーや。通信に配達と、お主も色々と大変じゃのう。というか……それ、お主が運んできたのか?」
「ええ、まあ。王様たちの馬車に仕込んでいる重量軽減装置をつければ、なんとか……でも、ローラー台に載せて運ぶので精一杯で。この大きさでこの重さって、ほんと頭おかしいですよね」
「ま、コレも『黒い剣』と同じ謎物質じゃからのう。深く考えないことじゃよ」
「でも、こんな貴重なもの、本気で国外に持ち出しちゃうんですかね……? レイン王子からの要請ですから、まあ、何かお考えがあるんでしょうけど」
「メリジェーヌ。私が頼んでた例の物、用意してくれた?」
「あっ! ミアンヌさま。こ、こちらが例の新素材、『神獣の殻』を使った試作品第一号にござい……え〜と。名前は特に付けてないんですけど。とりま、見た目通り『透明な弓』って呼んでます」
「じゃあ、コレが例の失敗作ね」
「……うっ! そ、そうです」
かなり心当たりのあるミアンヌの刺すような一言に、メリジェーヌは若干、たじろいだ。
「のう、ミアンヌ? 実験に失敗はつきモノじゃよ。何も、そんなキツい言い方しなくても……?」
「でも、失敗は失敗じゃないの。いくら王に『未だ誰も見たこともない最強の弓』をオーダーされたからって、本当に誰も引けない強弓作る必要ないじゃないの。試しで引いた発注者本人が、弦の力で複雑骨折したっていうし。こんなの誰が使えるっていうの?」
「う、うう……? で、出来心で……?」
「弓の仕上がり自体は認めるけどね。すごく綺麗だし、ちゃんと弓になってるもの。でもこれ、最初に引いたのが自力で怪我を治せる王だからまだ笑い話で済んだけど……一歩間違えば死人が出てたわよ?」
「ま、確かに純粋にコイツの性能を考えるとマジでやばい代物じゃしなぁ。よくこんなの作ろうと思ったのう、メリー?」
「……う、うう。オーケン様までぇ……? きゅ、急に梯子外しやがって、この裏切り者がぁ……!」
「ホウ?」
「でも、いい弓であることは確かよ。造りも抜群にいいし。誰一人まともに引けない、という点にさえ目を瞑れば文句なしの傑作品よ。こんなに綺麗な弓、私は一生で一度もお目にかかったことがないってぐらい」
「……えっ?」
そう言って、メリジェーヌが抱える『透明な弓』にそっと触れるミアンヌ。
「だから使われないのも可哀想だし、預かってくわ。引ける奴に心当たりあるし」
「そ、それって、誰ですか!?」
「……そんなの、決まってるでしょ。こんな頑丈な弓でもなければ絶ッッッ対、何がなんでも1000%握り潰す、意味のわからない馬鹿力の……あぁ、なんか色々と昔のこと思い出して腹立ってきた」
「ホッホウ。出会って即、喧嘩せんようにのう……?」
「いずれにせよ、こんなの王都に置いといても宝の持ち腐れだしね。使えるかもしれない奴に渡してくるわ」
「ウ、ウチの子を、どうぞよろしくお願いします……?」
だいぶ苦言らしきものはもらいつつ、おそらく7:3ぐらいの割合で褒めてもらっているのだろうと感じたメリジェーヌは若干照れながら、ミアンヌに自分の武器としての処女作である『透明な弓』を手渡した。
一方、重量物の運搬担当のダンダルグは、自らが持ち運ばなければならない箱の重さに辟易していたが、
「ああくそ……! コレ、なんでこんなちっこいのにこんなに重いんだよ……? ……にしても。これ、絵面的に大丈夫?」
ダンダルグが見上げる先に、かつて【厄災の魔竜】と呼ばれた黒い竜が小さく唸り声をあげている。
「コイツに乗って、国境を渡れだなんて。まるで、俺らが攻め込むみてえじゃねえか?」
「ま、似たようなモンじゃろ。ケンカ売ってきたのは彼奴らじゃし、問題はない」
「そう簡単に言い切れる問題じゃねえんだよなぁ」
「あの映像は既に他国にも広まってる。少なくとも要人救護のためという言い訳は立つ」
「とはいえ、なぁ?」
心配そうな顔でララを見上げるダンダルグ。
「コイツ、そんなに素直にいうこと聞いてくれるのかよ? ロロがいねえんだぞ?」
「ロロが簡単な言葉なら彼女に教えたと言っていましたし、本竜は乗り気みたいですよ」
「セイン。お前、そんな気楽なこと言って……」
「私も少しだけ彼女と仲良くなりましたから。ご機嫌ぐらいはわかるつもりですよ。ね、貴女はきっと、早くご主人様のノールに会いたいんですよね?」
『────グァ』
黒い巨竜はその名前を聞くと機嫌よく羽を大きく広げ、行くならさっさと乗れ、と言わんばかりに長い頸を地面につけた。
「……じゃあ、行くかぁ。あんま気乗りしねぇが」
「ま、そう言わず。王女たちが本当にピンチかもしれないじゃないですか。」
「その場合、盾になるのは誰?」
「もちろん貴方です、ダンダルグ」
「……それが俺の仕事とはいえ、あんまり想像したくねぇよなぁ」
そうして【六聖】は魔竜ララの背中に乗り、サレンツァへ向かうことにした。
◇◇◇
──一方。
神聖ミスラ教国。
『あ〜〜〜れぇ〜〜〜!! だ〜〜〜れかぁ〜〜〜! たぁすけてぇ〜〜〜!』
修復された大聖堂の中で、教皇を支える側近にして、執政首脳部である『十二使聖』の面々が複数人の男たちに連れ去られる白いローブ姿の教皇を食い入るように見つめていた。
「……お、おぉ、おいたわしやァ! げ、猊下ァ……!!」
そのうち数人は顔を覆う聖騎士の兜の下で悲しみのあまり涙を流し、ある者は怒りに身を震わせている。
「な、何ということだ……! ま、まさか、猊下にこのような事態が起ころうとは」
「でも、みんな? これって、どう見ても作り物に見えなくない……?」
「なんだ、ミランダ! お前にはあの猊下の痛ましいお姿が見えんのか! あの悲痛な声が! 叫びが聞こえんというのか!?」
「……だ、だって。明らかに猊下のアレ、演技っぽいんだけど──?」
「ああ! おいたわしや、猊下! 何故、異国の地であのような目に!?」
「だ、だから、我らは右舷の者は反対だったのだ! 異教徒の地に、猊下と殿下だけでお送りしようなどと!」
「────おのれぇ、こうなれば手段を選んではおれぬ!」
「……え、え〜と? みんな、冷静に。私の話聞いてる……? ねえ、シギル。アンタも何か言いなさいよ! このままじゃみんな……!」
ミランダの声に、しばらくの間、無言のまま座っていたシギルがすっくと立ち上がる。
「皆、聞け!! 猊下、並びに殿下より留守を任されしこの俺が命じる!! ただちに全ての聖騎士を招集せよ! 我らはこれより全力を以て『飛空艇』に搭乗し、猊下、殿下の救出に向かう!」
「「「「猊下の御意のままに」」」」
「────は?」
「まさか、猊下をあのような目に合わせようとは。このシギル、一生の不覚」
シギルの命令で即座に全員が動き始める。
すると瞬く間に聖騎士たちが集い、整列する。
「これで全員、集まったな」
「シ、シギル? もうちょっと冷静にならない……」
「────抜剣。構え! 斉唱せよ。猊下に仇なす者どもに……万死よりも惨たらしい罰を」
そうして、集った聖騎士たちは各々の剣を抜いて高く掲げると、
「「「「「猊下に仇なす者どもに、万死よりも惨たらしい罰を!!」」」」」
シギルに倣い、物騒な文言を斉唱した。
(……え、これって。かなりやばいことになってない……?)
そうしてミランダの心配をよそに、神聖ミスラ教国の『十二使聖』が率いる聖騎士の一団は、古くに迷宮より発掘された無重力艇、通称『飛空艇』に士気高く乗り込むと、クレイス王国の魔竜とほぼ時を同じくして南のサレンツァへと向かったのだった。






