184 出演依頼
少し前まで華々しいオークションが開催されていた会場の中で、無惨に散らばる『始原』のゴーレムの残骸に埋もれて生気を失った表情の人々が、細いワイヤーで縛られている。
銀色に煌めく聖銀製のワイヤーを身に巻かれる際、「少しでも身じろぎすれば手足が刻まれ首が飛ぶ」、との警告を受けて、恐れ慄きながら身を固くしている彼らは、つい先ほど異国からの来客を襲撃した暗殺者たちであった。だが、その手練れの暗殺集団の総力を挙げた襲撃は、ほぼたった一人の少女の手によって瞬く間に無力化され、今はただ暗く怯えた表情で地べたに座り混むだけの集団と化している。
「リンネブルグ様。全員の捕縛が終わりました」
地べたに座る彼らを聖銀のワイヤーで縛り上げていた銀色の鎧の女性が、床に静かに横たわる少年少女の顔をじっと眺めていた年端もいかない少女に自分の作業が終わった旨、声をかけた。
「ご苦労様でした、イネス」
「……そちらの少年たちの容体は?」
「どうやら、気を失っているだけのようです。他にもひどいことをされていないかと心配していましたが、幸いなことにどこにも外傷はありませんでした」
「そうですか」
「しばらく休ませてあげれば、じきに目覚めると思いますが……」
床に横たわる少年少女は元々、『レピ族』と呼ばれる少数部族の者であり、かつては『魔族』とも呼ばれ、忌み嫌われる存在だった。
銀の鎧を着た女性、イネスは床で静かに寝息を立てる少年少女から目を離すと、つい先ほど彼らに短刀の刃先を突きつけていた痩せた男に、鋭い視線を向ける。
「────ひ」
「あの子達はこれで全員か? 彼らはここに来る前、どこにいた? 他にも居るなら教えてくれないか」
「な、何も知らないんだ! そいつらが出品されるってのも、今日知ったんだ」
「この状況で嘘をつくと、決して貴方達の為にはならないが」
「ヒィッ! ほ、本当です! 信じてくださいィ!」
「……ロロ? どうだ」
「うん。この人たちが何も知らないのは本当みたいだよ、イネス」
「そうか。ならば仕方ないか」
横たわって寝息を立てている少年たちと同じ色の髪の少年が頷くと、イネスは床に踞る痩せた若い男から目を離した。
「やはり彼らで全員、というわけではないのでしょうね」
「うん。ボクは全員と顔を合わせたことがあるわけじゃないから、わからないけど。多分、この子達以外にもきっといるはずだよ……まだ生きていてくれるといいんだ」
「すみません。もっと早く救出に動き出していれば、違ったのかもしれませんが」
「ううん。この子たちに会えただけでも、よかったよ。ありがとう、リーン」
横たわる少年少女と同じ髪色をした少年は、表情が暗く沈む王女にそう言って笑顔を向けた。
「……しかしながら、リンネブルグ様。この状況、あまり楽観視できる状況ではありませんね。僕らは今、一人一人は脅威ですらない戦力ではあるものの、放っておけば何をしでかすかわからない大量のろくでなしどもに囲まれ、いつ目覚めるかもわからない無防備な少年少女たちを抱えている、ということになるわけですから」
顎に手を当てて微笑むラシードに、王女は目を向けた。
「さすがの親父もノールや【神盾】イネスがいるこの状況で、あのゴーレム達が役に立つとは考えないでしょうしね。弟達を含めて、ここにいる全員が我々に負けて捕まるまでが、恐らく親父の想定した状況のワンセットだったのでしょう」
「となると」
「ええ。もし仮にこんな状況で何か急な動きが起きれば────」
「リンネブルグ様」
建物の外での異変を警戒し、注意深く耳を傾けていたシレーヌが王女の名を呼んだ。
「さっき私たちがいた宮殿の方から、すごい勢いで飛び出していく重い足音があります。多分、ラシードさんが使っていた羽根のない鳥みたいな形のゴーレムです」
「地竜型のゴーレムだね。地上で一番スピードが出るやつだ。足音は幾つ?」
「二本脚が、一つです」
「向かった方角は?」
「ええと……足音からすると、邸宅の敷地の中央方面に向かってると思います」
「となると、向かったのは……『忘却の遺跡』?」
「どうやら、僕の想像は概ね当たっているようだ。誰も信用しないあいつの性格からすると、部下を置いてとっとと一人で逃げたんでしょう。側近に行き先も告げず……君たち、まんまと親父に捨て駒にされたようだね。ちょっと同情するよ。何一つ、期待されてなかったってことだから」
ラシードは座り込む者たちを冷たい笑顔で一瞥すると、肩を竦めた。
「さて。しかしながら、これは困った状況であることに変わりはない。ここで一番の獲物が逃げ出したことがわかったところで、動けない少年たちを置いて全員で追いかけるワケにも行かない……というわけで、どうだい、シャウザ? 君が行けば? ちょうどいいじゃないか」
「……。ですが────」
「……今更、自分がやれない理由を探してるのかい? キミにとってこれが最初で最後の好機かもしれないのに」
ラシードの言葉にシャウザは逡巡する様子でじっと佇んでいる。
「いいから、行けよ。ボディーガードはもう十分だ。僕はもうキミの力なんて必要としていない」
「……わかりました」
そうして、すぐにシャウザの姿が消えた。
その一連のやりとりを眺めていたリンネブルグ王女が傍らの銀色の鎧の女性に向き直る。
「イネス。貴女も彼に同行をお願いします」
「ですが、リンネブルグ様……?」
「私たちのことは守ってもらわなくても大丈夫ですよ。それより、彼が向かったのが『忘却の迷宮』というのが気になります。相手にも何らかの算段があるはずです。可能なら貴女だけでも同行して、力になってあげてください」
「……かしこまりました。しかし、こちらでもまだ何が起こるかわかりません。シレーヌ、くれぐれもリンネブルグ様を頼んだぞ」
「うん、イネスも。シャウザさんを、お願い」
「……? ああ、わかった」
それだけ言うとイネスは聖銀製の魔導具のブーツで増幅された脚力で床を強く蹴り、一足早くその場を去ったシャウザを追っていった。
「ラシード様。良かったのですか、シャウザさんを行かせてしまって。ご自身の身を守る人がいなくなりましたが」
「……おや。僕はもう、すっかり貴女達の味方のつもりでいたのですが」
「私も一応はそのつもりです。ですが、私は貴方がここに来た理由を私はまだちゃんと聞かせてもらっておりませんので。半々といったところです」
「もちろん、いずれ貴女にはお伝えするつもりですよ。いざ然るべき時が来れば、包み隠さず、何もかもをお話しできると思います」
「では、その然るべき時が来るまでは、あくまでも臨時の協力ということで」
「ええ。私が頼れるボディーガードは貴女達しかおりませんので、その段になったらどうぞよろしく」
「はい、もちろん。その際は貸しひとつ、ということで」
ラシードは王女とのやりとりに楽しそうに笑うと、すぐに周囲に座り込んでいる大勢の襲撃者たちに冷たい視線を向けた。
「それで、コイツらの処分方法についてですが」
アリニード、取り巻きの暗殺者ともども、ゴーレム返り討ちで土下座モード。
「どのようにされるおつもりで? 別に、こちらとしては今すぐこの場で全員の首を刎ねていただいても構いませんよ。それぐらいの罪は十分、しでかしておりますので」
「……彼らは貴方の兄弟では?」
「元から、我々の家に家族の情など一欠片も存在しませんので。ねっ、そうだよね? 君たち?」
「ヒィぃい!?」
「こ、これまでのことは、あっ、謝りますから! ラシードお兄様ァ!?」
弟たちの豹変ぶりに呆れつつ、ラシードは肩を竦める。
「ま、冗談はさておき。彼らの身柄には、客観的に観てもまだまだ利用価値があります。ご存知の通り、彼らはれっきとしたサレンツァ家の一員。血縁を重んじる我が一族においてはそこそこ重要な位置を占めていますので。ご承知の通り、現状、我々は個々の暴の力には優っておりますが、この都の内部では如何せん多勢に無勢。ですが、彼らの使いようによっては国際社会への大義名分を作り、堂々と外部に支援を求めることも可能でしょう」
「と言うと?」
「なに。どうせここで足止めを食らうなら、彼らと先日貴女たちが使っていた『神託の玉』を使って、ここで一芝居打っておくのも悪くないと思いましてね」
「お芝居、ですか」
「ええ。丁度、ここには主要な役者が揃っているようですし」
ぐるりと周りを見回す笑顔のラシードを、王女は少し不安げな面持ちで眺めている。そんな二人の会話を「ん? お芝居? 役者?」とアスティラが耳をそばだてて聞いている。
「……要するに私たちに周囲が与しやすいよう、『神託の玉』を通して映像で都合の良い物語をでっち上げて広めてしまおう、というお話でしょうか?」
「さすが、リンネブルグ様は話が早い。潔癖症の貴女は人を欺くようなことにはご抵抗がおありかもしれませんが、貴女のお父様が救出の名目で援軍をサレンツァ国内に向かわせる口実が生まれたら良い、という程度の話ですよ。ついでに今後の国際情勢にも布石を打っておければ尚、お得という感じです」
「それなりに合理性のあるご提案だと思いますが。私たち、素人ばかりでそんなにうまく行くとは思えません」
「それは各々の役者の演技力と演出、脚本の出来次第、といったところでしょうか」
二人の会話に、先ほどからソワソワして耳を欹てていたアスティラが進み出た。
「ふふ。なんだか、とっても楽しそうなお話をしてますね? その件、私もご協力はできると思いますよ?」
「……お、お母様?」
「元々、演劇なんかがすごく好きで。個人的にはちょ〜っとばかり、演技には自信ある方ですし、演出論にも一家言あります」
「それでは、猊下には大事な主要登場人物としてご出演いただくだけでなく、エキストラたちの演技指導もお願いしましょう」
「ふふ。それって、主演兼、監督ってことですよね……? こんなところで私の秘めたる力を解放することになるとは。腕が鳴りますねぇ……あっ、ティレンスくん。やってもオッケーですよね?」
「……え、ええ。内容にもよりますが……?」
「じゃあ、皆さん! 今日はよろしくお願いしますね! 私の指示通りに動いてもらえれば、ぜーんぶ大丈夫ですので!」
アスティラは困惑するティレンス皇子の前で、同じく困惑の表情を浮かべて座り込む人々に向けて、元気よく笑顔を振りまいた。
「それでは、リンネブルグ様。貴女もご出演いただけますか? これは主に貴女のお父様に向けたメッセージでもあるので、主演からは外せません」
「……わかりました。あくまでも私のできる範囲でですが、ご協力したいと思います」
「ご理解いただき感謝します。それでは、ティレンス殿下。これから貴方には今後の国際情勢を鑑みながら、良き筋書きを一緒に練っていただきたいのですが」
「わかりました。そういう役割であれば僕も微力ながらご協力しましょう」
「では、この場にいる全員一丸となって取り組む同意が取れた、ということで」
そうして楽しそうに笑ったラシードはくるりと踵を返し、踞る弟達の姿を見下ろした。
「────もちろん、君たちも喜んで協力してくれるよね? おそらく、あまりいい役での出演依頼はできないとは思うけど。情報源として対して役に立たないとなったら、それぐらいは働いてもらわないとね?」
「ヒッ?」
「よッ、喜んでぇ……!」
ラシードは苦悶の表情を浮かべながら頷いた弟達に対し、満足そうな笑みを見せた。






