178 オークション会場へ 3
「アスティラ?」
「ノール? どうしてここに……?」
門番の男性と揉めていた人物はやはり、アスティラだった。
その背後にはティレンス皇子もいる。
「リーン。また会ったね」
「ティレンスも。やはり、ここに来た目的は……?」
「ああ、お察しの通りだよ」
「……ワイズ様。ご相談が」
アスティラ達を止めていた門番はワイズに気付くと、俺たちの近くまで足速に歩いてきた。どうやら彼はワイズの部下らしく、困った事態が発生したので指示を仰ごうということらしいが。
「はて。どのような相談事でしょう」
「先ほどからそちらのお二方が再三、会場に入場を求めてきておりまして。しかしながら、どうやら許可証も身分証も、資産を証明するものもお持ちでないとのことで対処に非常に困っております。ご指示いただければと」
困った表情を浮かべながら小声で相談してきた部下の質問に、ワイズはゆっくりと首を横に振った。
「そもそも、あのお二方に身分証明書の提示を求める必要はありませんよ。それに資産の証明を求める必要もありません。そちらの女性はお一人で『サレンツァ家』に匹敵するほどの資産をお持ちの方ですから」
「……そっ、それは一体、どういう……?」
意外そうな表情を浮かべる部下を尻目に、ワイズは建物の前に立つローブ姿の女性に穏やかな笑顔を向けた。
「そちらの女性は大陸有数の大国、『神聖ミスラ教国』を二百余年も前から統べる元首、アスティラ猊下です。お連れの方はそのご子息のティレンス殿下。つまり、そちらにいらっしゃるのは本来、我が国が国を挙げて最上級の貴賓として招かねばならないようなお二方です」
「────えっ……?」
「無論、追い払う為に警備の者を呼ぶ必要もありませんね」
笑顔のワイズの説明を聞いて、門の番人が固まった。
そうして別人のように顔を青くした同一人物が後ろを振り返ると、ローブ姿のアスティラが笑顔で小さく手を振っている。
「……しッ、失礼致しました!? とんだ御無礼を!!?」
「いえいえ、全然いいんですよ。いきなり訪ねてきちゃったのは私たちの方ですし……ね、ティレンスくん?」
そう言いつつホッとしている様子のアスティラに、ワイズは笑顔のまま目を細めて少し鋭い視線を向けた。
「……して、猊下。どのような経緯で我が国への御入国を? 我が『サレンツァ家』の敷地内への御入構についても、事前にはご連絡いただいておりませんが。差し支えなければ、私めのような愚か者にも理解できる事由をお聞かせ願えますかな?」
にこにこと穏やかな笑顔を崩さないものの、ワイズは明らかに怪しんでいる様子だった。
まあ、人の家の土地に無断で入り込んだという話なので当然だろうと思いつつ、ティレンス皇子がゆっくりと一歩、前に進み出たのを見て見守ることにする。
「ワイズ様。突然の来訪となりましたこと、お詫びいたします。実は私たち母子は休暇を兼ね、お忍びで遊興に貴国サレンツァを訪れていた最中でして」
ティレンスは胸に手を当てて、小さく頭を下げながらそう言った。
横のアスティラは何やらよくわかっていなそうなものの、ウンウン、と頷いている。
「ほう、ご休暇中の遊興ですか。それはそれは」
「滞在に他意はありませんので、ご容赦いただけますよう。しかしながら、滞在中、こちらのオークション会場で『レピ族』が扱われるとの噂を耳にしまして」
「……オークションの噂を、街中でお耳にされた、と?」
「はい。我々ハーフエルフの耳は通常の人間より優れておりまして街を歩いているだけでも嫌でも情報が入ってくるのです。先日、貴国宛ての書簡にてお伝えした通り、我々『神聖ミスラ教国』は今後は国を挙げて『レピ族』の保護に力を入れている最中でして。休暇中とはいえ、情報が耳に入れば我々も動かないわけにはいきません。事前にこのお話を聞かせていただいていれば、正規のルートを使って参加を申し込めたのですが……幾分、開催まで間がないと伺いまして直接会場に伺うことに致した次第です」
「そうでしたか。我々も出品の噂を把握したのはつい最近のことでして。お伝えする時間もなかったのでしょうな」
「……クレイス王国の皆様には、事前に連絡できたのに?」
ティレンスが爽やかな笑顔を向けると、ほんの少しワイズが固まった。
「────でも、本当に開催前に間に合ってよかった。このような不測の形となってしまいましたが、我々も飛び入りで催しに参加しても?」
「無論、猊下と殿下であればご参加を拒む理由はございませんとも。我が当主にはこれから知らせることとなりますが、諸手を上げて歓迎の意を示すことでしょう」
「寛大なご配慮、感謝したします」
そう言って、ティレンス皇子はワイズに向けて笑顔を浮かべた。
「でも、ワイズさん、って言いましったけ。さっき、そこの人に参加にはそれなりの資産が必要って言われてたんですけど。実は私たち、大してお金持ってきてなくて……それでもいいんですかね?」
「猊下のご懸念に関しましては全く問題ございません。このような催しの際、猊下はいつもお身体一つで来訪されて歳費は後日、使者を通して速やかにお支払いただいております。猊下の御身そのものが、何よりの信用の担保となりましょう」
「……あ、なるほど。そういう感じでオッケーなんですね……? 助かりますね」
「それにしても猊下直々に今のように名前まで呼んでいただけるとは、光栄の極みでございます。雰囲気も以前とは随分と変わられたようにお見受けしますが、よもや別人……などということは御座いませんかな?」
「…………うふふふふふふ? そう、見えちゃいました???」
相手の反応を測るようににこり、と人の良さそうな笑顔を浮かべたワイズに、助けを求めるようにアスティラがぎぎぎ、とティレンスの方を向く。
「ワイズ様のように公務の際のお母様をご存じの方からすれば、不思議に思うのも無理はありません。しかし、意外に思われるかもしれませんがお母様は公務の際に常に気を張られている反動で、緊張が解けた時はいつもこのように和やかな雰囲気のお方なのです。特に今は、久々の休暇中ということもあり非常に羽目を外されておりまして」
「ほう、左様でございましたか。では、普段からあのように臣下の皆様にも親しく接されていらっしゃるのでしょうな」
「はい。最近は一般信徒とも友人のように接されています」
「それはそれは。羨ましい限りですな」
二人は笑顔で言葉を交わすが、アスティラは明らかにワイズに怪しまれている。
見た目は確かに同一人物と言われても疑いを持てないほどに似ているが、中身は以前にスケルトンが化けていた冷たい印象の『教皇』とは似ても似つかない雰囲気だ。
事情を知っている俺からすればもう別人なのは明らかだが、以前の教皇だけを知っている人からしても、彼女の言動はかなり怪しく見えるだろう。
というか、そもそも本人に隠す気があるのかが疑わしい。
「猊下、大変失礼いたしました。気さくに話しかけていただいたことに感動してしまい、つい、拙い冗談でお耳を汚してしまいました」
「いえいえ! 私は全っ然、気にしてませんから!」
そう言ってアスティラは親指をグッと立てて突き出し、明るい笑顔で応えた。
……まず、そういうのが良くないと思うんだが。
「それにしても、ティレンス殿下も以前から聡明でいらしたのが、見違えるようにご立派になられました。しかも、私のような取るに足らない者の名前すらご記憶においでとは。感嘆しきりにございますな」
「ワイズ様には前回の訪問の際、幼い僕にも大変丁寧にご案内いただきましたので。ところで、そちらの男性、もしや……ラシード様でしょうか?」
ワイズとの笑顔の会話もそこそこに、ティレンスはラシードに目を向ける。
「お久しぶりです、ティレンス殿下。私がお会いしたのは殿下がまだ幼い頃だと記憶しておりますが、覚えていてくださったとは」
「当時、オークション会場に僕と年齢の近しい方は他にいませんでしたから。再びお目にかかることができて光栄です、ラシード様」
「こちらこそですよ、殿下」
軽く挨拶を交わす二人はどこか似たもの同士のオーラを感じる。
互いに爽やかな笑顔を向け合っているが、二人の性格を多少なりとも知っている俺からすると非常に腹黒そうな睨み合いにしか見えない。
そのままの顔で不意にティレンスがリーンにチラリと視線を向けると、彼女の頬がヒクついた。リーンは前に彼のことを友人と言っていたものの、どうやらこの状態のティレンスは苦手らしかった。
砂漠の国の強い日差しに照らされる彼の歯が、やけに白い。
「それでは、私めはこれにて失礼いたしますかな。会場の内部へはこれより、こちらの者がご案内いたしますので」
かわいそうなぐらいに顔を青くした門番を横目に頭を下げたワイズに、アスティラはいつもの笑顔を向けた。
「わかりました。それじゃ、ワイズさん。ザイードさんにもよろしくお伝えくださいね。勝手にお家に押しかけちゃって、すみませんでした、って」
「かしこまりました。当主にも猊下が遊びにいらしている件、しかとお伝えしておきます……それでは皆さま。よきお買い物を」
黒服に身を包んだ初老の男性はそう言って俺たち皆に穏やかな笑みを向けると、少し足速にその場から去っていった。






