177 オークション会場へ 2
「……どうでした? 何か耳よりな話、聞けました?」
商都サレンツァの街路を行き交う大勢の人々に交じり、薄鼠色のローブを纏った二人の男女が何やら小声で言葉を交わしている。
ローブについたフードを深めに被った女性の質問に、同じような格好の少年は首を横に振った。
「いえ。向こうの街区ではそれらしい情報は何も得られませんでした」
「そうですか。こっちもです」
二人のフードの中にはそれぞれ特徴的な長い耳が二つ収まっており、その顔つきも姿もよく似ていた。互いに目を見合わせて小さく息を吐いた二人は、少なくとも名義上では『母』と『子』の関係にあった。
一方の女性は『商業自治区サレンツァ』に隣接する大陸有数の大国『神聖ミスラ教国』を統べる『教皇アスティラ』その人であり、もう一方はその大国を実質的に治める14歳の息子、『ティレンス皇子』であった。
二人は共に公に堂々と身分を明かせない身の上でありながら、『ミスラ教』の信徒以外にはそれほど姿を知られていないということもあり、忙しなく街を行き交う人々の中で彼らに注意を払う者はいない様子だった。
「やっぱり、そう都合よく『レピ族』の情報には出会えないみたいですね。勢いに任せて国を飛び出してきたまではいいんですけど、ちょっとばかし見通しが甘かったですかね……?」
「しかし、クレイス王とサレンツァ国内に潜伏する信徒からの情報によれば、商都近隣に『レピ族』が存在することは確かなようです。聞き込みを続ける価値はあると思います」
「情報を横流ししてくれた王様には、本当に感謝しなきゃですね。言われなきゃ機会すら見逃してたかもしれませんので」
「そうですね」
「持つべきは隣国のえらい立場の友人、ってことですかね」
長い耳を持つローブ姿の女性はそう言って笑ったが、もう一方の少年はわずかに顔に影を滲ませた。
「……しかしながら、この仕事は本来、貴女には関係ないはずなのに。ここまでのことをさせてしまい、本当に申し訳なく思っています。僕が貴女に今のような立場を押し付けてしまったばっかりに……」
「いえ、全然そんなことないですよ、ティレンスくん。そもそも私があの諸悪の根源みたいな奴に関わってしまったのが事の発端、みたいな所がありますから……まあ、結局は何もかもあのクソ骨が悪いんですけどね? もういなくなった奴に責任取らせるわけにもいきませんから。それにレピ族の生き残りはみんな、私の友達の親戚みたいなモノですので。昔の彼らを知っている私がやらずに、誰がやる! って感じですよ」
「そう言ってくださると多少なりとも救われます」
「むしろ、今回の遠征は私のワガママばかりを聞いてもらった格好ですし……今更ですけど、留守にしてきて本当に大丈夫でした?」
「はい。『十二使聖』を率いるシギルを始めとした執政部も今は落ち着いていますし、普段の我々は国家儀礼的なことに顔を出すこと以外、特に求められることはありませんので。一般の人間よりも察知能力が優れる我々が調査にを行うのが一番合理的かと思います……それに百年以上の長きに渡り彼らを『魔族』と呼んで迫害を進めてきた我々『神聖ミスラ教国』としては、彼らの保護と名誉回復は最優先すべき課題です。僕も為政者の一人としては動かないわけには行きませんし、個人としても可能な限り力を尽くしたいと思っています」
「ティレンスくんが一緒に来てくれて、本当に心強いです」
「はい、こちらもです」
「まあ────とはいえ?」
ローブ姿の女性は小さく息をついた。
「……ほぼ休みなしで散々、歩き回って、未だに何も情報が得られてないってのはちょっと堪えますね……? ……どうしましょうか、この先」
「数十年前に絶滅が疑われている程度には、現在の『レピ族』の数は減少していると考えられます。おいそれと有用な情報は出回るものではないと考えた方が良いでしょう」
「……もういっそ、『サレンツァ家』の人に直接尋ねてみるってのは? ナシなんでしたっけ?」
「おっしゃる通り、『レピ族』の身柄はこの地を治める『サレンツァ家』が管理している可能性が高いので、直接当たるという方法もありますが……情報提供を持ちかけたクレイス王国側にも詳細を秘匿している以上、私たちが訪ねて行ってもまともに回答を得られるとも思いません。先の我が国の方針転換の演説の時からも反感を持たれている様子ですし。やはり、予期せず漏れ出る情報から順に探っていくのが遠回りなようで一番の近道かと」
「……なるほど。ティレンスくんがそう言うなら私も絶対そうだと思います」
「しかし、このまま地道に街で聞き込みを続けてもダメなら、奴隷商館に潜伏するなどの積極的な行動も視野に入れなければならないかもしれませんね」
「奴隷商館ですか……私、奴隷商人にはあんまりいい思い出ないんですよね。若い時に箱詰めにして売られかけたことありますし」
「お母様が奴隷に?」
「本当に許せませんよね。他人様に勝手に値段をつけてモノみたいに売り買いするなんて……まあ、私に目をつけたこと自体は素直に評価してあげてもいいんですけどね? これでもルックスには自信ある方ですし、本気を出して磨けばまだまだ光る余地はあるっていうか……少なくとも、売られた先の業界で評判を勝ち取るぐらいのモノにはなったと自負してるんですけど。そこんとこ、ティレンスくんから見てどう思います?」
「……ぼ、僕ですか……?」
「ふふ、大丈夫ですよ。私は客観的な評価を受け入れるぐらいの度量は持ち合わせてるつもりです。遠慮なく、忌憚なき意見を……んんっ?」
「どうかされたのですか、お母様」
「ティレンスくん、ちょっといいですか。向こうの方角なんですけど」
急に話を止めた女性は街路二つを挟んだ向こう、遠くに見える奴隷商館の建物を小さく指差した。
そうして少年が女性に促されるままその特徴的な耳を注意深く向けると、その建物の地下の倉庫らしき部屋で働いている男たちの話し声が微かに聞き取れた。
『────なぁ、聞いたかよ? 例の噂』
『なんだよ、例のって』
『急遽開催されることになったサレンツァ家主催のオークション、『魔族』が出品されるらしいぞ』
『……どうせガセネタだろう? 二十年ほど前にもそれらしい噂があったらしいが、それだって真っ赤な偽情報だったって話じゃないか』
『それが、今回はザイード様が出品なさるんだと』
『サレンツァ家の? どういうことだ。現存する魔族はほぼサレンツァ家で独占してたって聞いたが、わざわざ所有していたものを手放すってのか? それでなんの得が? あの一家は今更、金なんか必要ないだろうに』
『動機はわからんし、俺も聞いた話に過ぎないが。なんでも、つい最近まで大金をはたいて魔族を求めていた『ミスラ教国』の教皇が心変わりしたとか、しなかったとかで。手元に保管する必要のない魔族の在庫が出たとか、でなかったとか』
『どっちだよ』
『何にせよ、参加者にとってはチャンスだぞ。魔族なんて手に入れたら他人の秘密を取り放題だ』
『まあ、俺たち一般の商人には関係のない話だな。魔族を落札できる金なんてどこにもないし、そもそも、会場のサレンツァ家の敷地に入る為の保証金を支払うだけで下手したら破産しかねん。いいから、さっさと目先の仕事をするぞ』
『……夢も希望もない話だなぁ』
遥か遠くの男たちの会話にしばらく耳をそば立てていた二人は、顔を見合わせて頷いた。
「……聞こえましたか、ティレンスくん?」
「はい。サレンツァ家の敷地内でオークションが開催される、ということらしいですね」
「やっと当たりっぽいのを引けたみたいですね。それも、かなりいいタイミングで」
「情報源は不確かですが、調査する価値はありそうですね。どうされますか、お母様」
「もちろん、ようやく掴んだ糸口ですし、行って確かめる以外の選択肢はないでしょう? 私は今日ほど、この盗み聞きし放題の長い耳でよかったと思ったことはありません!」
「……しかしながら、お忍びでの入国を果たした我々は、『サレンツァ家』の敷地内での開催のオークションとなると正式な入国の手続きを取ってからでないと参加が難しいかもしれませんね。そもそも、サレンツァ家の敷地に入るのにも厳重な審査があり、もしかすると、今からでは手続きが間に合わない可能性も────」
「ってことは、手段を選んでる場合じゃないですね。【浮遊】」
片手で何かの魔法を発動させたローブ姿の女性がふわり、と風で浮く。
「……まさか、無断で敷地に侵入を?」
「友達の親戚が売られるかどうかって時に迷ってる暇なんてありませんよ。まあ、どうにかなりますって! ……要はバレなければいいんです」
「仕方ありません────【浮遊】」
続いて、ローブ姿の少年の体も宙に浮いた。
「いざとなったら、サレンツァ家との直接交渉を行いましょう。我が国とは長年の親交があるだけに、少なくともいきなり敵対的に扱われることはないと思います」
「さすがはティレンスくん。それにその【浮遊】だって、普通は習得までに結構時間がかかるモノらしいんですけど……もう、文句のつけ所がなく完璧ですね」
「お母様の丁寧なご指導があったからです。念の為、【隠蔽】も施して行きましょう」
二人を奇妙な光が覆い、周囲の音と光が遮断される。
「ふふ、これで準備万端です。じゃあ、行きますよ。くれぐれも警備の人に見つからないよう、なるべく高めに飛んでいきましょう……で、会場ってどっちにあるんでしたっけ」
「こちらです。僕が先導します」
「あれ、どうしてティレンスくんがその場所を?」
「……僕は小さい頃、以前のお母様とサレンツァ家のオークションを訪ねたことがありますから」
「なるほど。あの骨野郎が好きそうなイベントです」
そうして二人は人知れず商都の空高く浮かび上がりその地を治める『サレンツァ家』の敷地内に堂々と侵入すると、オークションの会場となる神殿のような建物に向かい、それとなく正規の来客を装い門番に話しかけたのだった。






