176 オークション会場へ 1
「会場は敷地内、この先すぐの場所にございます。ご案内いたします」
ザイードの巨大な屋敷を出ると、俺たちは初老の男性ワイズに連れられて広い庭園を歩くことになった。
花のひとつひとつまで丁寧に手入れされていそうな見事な庭園に俺が感心しながら歩いていたところだった。
「そういえば、よかったのかい。シャウザ」
「……何がです」
「さっきの親父との謁見だよ。この敷地内の警備責任者の彼の前で言うのもなんだけど、またとないチャンスだったんじゃないのかい?」
シャウザの顔を見ながら悪戯っぽい笑みを浮かべたラシードに、ワイズからの視線が向く。
「おや。何かのご相談ですかな?」
「そうなんだ。あの親父をどう殺そうかっていう、大事な相談」
「ラシード坊っちゃまは、本当にご冗談がお好きでいらっしゃる」
「でも、さっきはすぐ後ろに君がいたからね。あそこで何か行動を起こそうものなら、シャウザはともかく僕の首はその場で飛ばされていただろうし……ま、何にせよ良い判断だったよ、シャウザ。おかげで僕が死なずに済んだ」
そう言って明るく笑うラシードの前で、ワイズも優しげな笑みを浮かべる。
「いくら私がザイード様から敷地内の警備を任されているとはいえ、ラシード坊っちゃま相手にそんな真似は致しません。そもそも、この老いぼれにそのような力があるように見えますかな?」
「あるように見えないから、タチが悪いんだ」
「過分なご評価、痛み入ります」
二人はにこやかに言葉を交わしているが、内容はどこか物騒だった。
俺たちがその本音なのか冗談なのか判然としない会話に耳を傾けながらしばらく歩いていくと、またもや巨人の建造物を思わせる大きな建物に行き着いた。
さっきのが宮殿ならこっちは神殿と言った様相だが。
「あちらが本オークションの会場となります」
「でかいな」
「ここの家の者はああいうのに無駄に金をかけたがるからね。まあ、職人を育てるって意味では悪くはない事業なんだけど」
「確かに建てるのにはすごい技術が要りそうだ」
「それでは、エントランスまでご案内いたします────はて」
「どうした?」
「誰か、いらっしゃいますな」
「……あれは?」
案内役のワイズの足が急に止まり、ふと前方に視線を向けると怪しげなローブ姿の二人の人物が入り口で門番と揉めているのが見えた。
「────えっ? 入れないってどういうことですか?」
それは一方は女性、もう一方は男性で背格好は同じぐらいに見えた。
どうも怪しいローブを身に纏った二人、というか主に女性の方が門番らしき人物に執拗に食い下がり、何かを懇願しているようだった。
「こちらの会場は完全予約制となっております。申し訳ありませんが、本日のところはお引き取りください」
「そこをなんとか……できませんかね?」
「申し訳ありませんが、できません」
「でも私たち、ここでとあるオークションが開かれるって聞いてやってきたんです。ちょうど、これから開催されるのでしょう?」
「……失礼ですが、どちらでその情報を?」
「……えっと。街で、立ち聞きして?」
「街で?」
「私たち、どうしてもそれに参加したいんです!」
ひたすらに懇願する怪しげな女性に、門番は首を横に振った。
「参加者証さえご提示いただければお通ししますと、先ほどから。お持ちでないなら原則として不可能です。お引き取りを」
「……そもそも、その参加者証ってどうすれば手に入るんですか?」
「入手に関する手続きの仔細はお伝えできかねますが、入場資格を得るにはそれなりの身分と十分な資産、加えてご本人様の信用に関する長期間の審査が必要と聞き及んでおります。大変申し訳ありませんが、すぐに手配できる物ではありませんので、本日はお引き取りを」
「……でも、そこをなんとかなりませんかね? 私たち、どうしても中に入りたいんですけど」
「それは不可能ですと、先ほどから……あまりにしつこいとこちらも不本意ながら警備の者を呼ぶ羽目になりますが」
「それはちょっと勘弁してもらえませんかねぇ……決して、怪しい者じゃありませんので! とにかく私たちは何としても、ここに入れてもらわなければならないんです! ねっ? お願いですから……この通りっ!」
「そのように頭を下げられましても……?」
睨み合ってみたかと思えば今度は随分下手に出てみたりと忙しない様子の女性だったが、門番は頑として首を縦に振らなかった。
彼の仕事を思えばそうするのが当然だし、どちらかというと俺としては困惑顔の彼の側に同情する。
「……それでは貴女の身分を証明できるもの、もしくはご自身のお持ちになっている資産の総額がわかる資料をご提示いただけますか。どちらかをお持ちであれば、上の者に問い合わせること自体は可能です。無論、結果の保証はできかねますが」
「……身分証なんて、私たちそんなの持ってきましたっけ? ティレンスくん」
「お母様。一応、我々はお忍びの立場ですの名前を出すのは控えていただければ……?」
「あっ。そうでした……つい、うっかり」
門番は段々と怪しげな二人の素性を疑い始めた様子だったが、俺は二人の声には聞き覚えがあった。
リーンも二人の会話で何かに気がついたようだった。
「あれは、ミスラ教徒のローブ……? まさか」
「……えっ? その声は……リーンさん?」
その女性がリーンの声に振り向くと、瞬間、白いローブのフードの中からその特徴的な長い耳が顔を出し、そのまま俺と目が合った。
「アスティラ?」
「ノール? どうしてここに……?」
それはこっちの台詞だな、と思いながら俺はしばしその見知った顔と見つめ合った。






