163 商都サレンツァ 1
「ようやく、街の中に入れたな」
「ええ、思っていた以上に検問で時間を取られてしまいました……お待たせしてしまい申し訳ありませんでした、ノール先生」
街に着く直前でひと騒動あったが、俺たちは無事に『首都サレンツァ』に到着した。
騒動のおかげで検問の兵士が何処かピリピリとしていて、リーンが何かの書類を渡した後も何か長いやり取りをしていた。
「俺は時間を潰しているだけだったからいいが……リーンの方こそ大変だったな? 何やら色々と話し込んでいたみたいだが」
「あれも必要な手続きでしたので。無事に通れて良かったです」
「そうだな」
長い検問を終えて俺たちが乗った馬車が街の中に入っていくと、まず、一つ一つの建物の背が高いのに驚いた。
『時忘れの都』に入った時も王都との違いに驚いたが、ここは規模からして違うと感じた。
街を行き交う人々の姿もなんとなく商人風の姿をした者が多くて見るからに商業の都、といった感じがした。
「……やはり、随分と大きな街なんだな。街の建物もすごく綺麗だな」
「そう見えるかい? でも、この辺はまだ『貧民街』に分類される端の方だよ」
「貧民街?」
「ああ、この街は全体の核となる『忘却の迷宮』を中心として、迷宮に近い順からごく限られた富裕層が住まう『特別自治区』、その外周に比較的裕福なものが住まう『高等商業区』に分かれている。その外側には街の背骨とも言われる帯状の『中央市場』を挟み、『一般街』があってその更に外周に軽犯罪を犯した者たちが住まう『免罪特区』がある。そして、ここはそのさらに外周にあたる『貧民街』に当たる」
「……すごいな。一つの街がそんなに細かく分けられているのか」
「この地域に住んでいる者は皆、中央から排除された『持たざる者たち』だ。流石に街の玄関口だから綺麗に整えてはあるけれど、治安は見た目ほど良くないよ」
「なるほど?」
「ここから段々と中央に行くほど犯罪率が下がり、街並みも綺麗になる。この『貧民街』はさしずめ、頻繁に訪れる砂嵐や砂漠に湧く盗賊どもから中央を守るために存在する、防波堤のような役割さ」
貧民街、と言われて改めて見渡すと多少見覚えのあるような風景が広がる。
なんとなく王都の旧市街地に近い雰囲気だった。
違うのは側溝がないのと、少しゴミゴミしているところだろうか。
それにしても──
「……商人の街というだけあって、やはり人の数が多いな?」
「ここは一応、大陸の南方では最大の都市と言われているからね。人口はざっと20万ぐらいのはずだよ。商売で出入する人間を含めるともっとのはずだけど」
「すごいな、そんなにか。街の作りも『時忘れの都』とだいぶ雰囲気が違うな」
「あちらは一つのリゾート施設の周りに自然発生的にできた街、という感じだからね。予算を組んで計画的に作られた首都サレンツァと比べたら、まだまだ荒い作りだよ。個人的に、僕はそこが気に入っていたんだけどね」
俺がラシードの話の内容に感心しながら馬車からの風景を眺めていると、不意に馬車が開けた場所に出た。
広場のような場所だったが、遠くに小高い山のようなものが見える。
「……街中に砂の岩山のようなものがあるな。アレが、もしかして?」
「ああ。あれが君たちがこれから訪れることになっている『忘却の迷宮』だよ。文字通りあれがこの街の心臓部さ。商業都市サレンツァはあそこを中心にして築かれた都市、と言っても過言じゃないしね」
「なるほどな」
「……クレイス王国の『還らずの迷宮』と同じように、迷宮が地上に露出しているのですね」
「ええ、そうですよリンネブルグ様。迷宮は地下の奥深くまで広がり、見えるのはほんの一部だと聞きます」
街に入ってからしばらく無口だったリーンが口を開くと、ラシードはどこか嬉しそうに彼女の顔を見た。
「どうですか、リンネブルグ様。初めてご覧になった『商業自治区サレンツァ』の首都は」
「……正直、驚きました。ここまで街が発展しているとは」
「我々『サレンツァ家』は交流のない国には不要な情報を出さないよう、管理を徹底していますからね。この際、ゆっくりご覧になっていくといい。あまり頻繁には来られないでしょうから」
「……そうですね。今後、機会が二度とないことがないように願っています」
「私も心からそう思いますよ、リンネブルグ様」
前よりも多少険悪さは和らいだものの、多少の警戒感が残るリーンと、それを知りつつ親しげに接するラシードの会話を聞きながら、俺が大通りを馬車が進んでいくのを眺めていると、街中の検問所に差し掛ける。
おそらく、先ほどラシードが説明していた『免罪特区』と『一般街』の間を抜けるのだろう。
再びリーンが検問の兵士らしき人物と何かしらのやりとりをして無事検問所を潜り抜けると、途端に街がさらに綺麗になったのがわかる。
同時に俺にとって真新しいものが視界に飛び込んできて、思わずラシードに聞いてみる。
「……また、面白いものがあるな。あれは何かの商店か?」
「ああ。アレが人造ゴーレムの製造工房だよ……興味があるなら、寄っていくかい? 待ち合わせの時間の指定はされていないし、少しぐらいの寄り道なら許されるだろう」
「リーン、それでも大丈夫なのか?」
「はい。それに、先ほどの騒ぎで衣類が少し砂で汚れてしまいましたし、一旦、宿などで身綺麗にしてからお招きの場所に伺った方が良いかと思います」
「確かに、それもそうだな……じゃあ、空いた時間で街をぶらついていてもいいか? 今すぐに何かを買おうというわけではないが、一応、下見はしておきたい」
「はい、もちろんです。むしろ、私も後学のために街を見てまわりたいと思っていましたので、明るいうちにご一緒した方が良いかもしれません」
「じゃあ、そうしよう」
「ではイネス、お願いします」
「畏まりました」
少し進んだ後にイネスが馬車の停車場に馬車を停めると、皆で降りた。
そうして目当ての店まで歩いて行こうとしたものの、シャウザが急に足を止めた。
「……ラシード様。この道、迂回した方が良さそうです」
「どうしたんだい、シャウザ?」
「この先で揉め事が起きているようです。今、不要なトラブルへの接触は避けた方が良いかと」
「揉め事、ですか? シレーヌさん、何かわかりますか?」
「はい。この道を少し行くと誰かが争っているような物音がします……でも、何だか片方が一方的にやられている様子ですね。ちょっと、気になりますが」
「……そうですか」
「であればシャウザの提案通り、迂回致しましょう。店なら他にいくらでもあるし、別の所に行けばいい話ですから。それでいいね、ノール」
「ちょっと待ってくれ。あそこ、誰か倒れている」
揉め事と聞いてよく見渡すと、遠くで人だかりの真ん中に人が倒れているのが見える。
どうやら獣人の少女だった。
人混みに囲まれてよく見えないが、彼女は這いつくばるようにして地面に手をついており、その傍には男が立って彼女に大声で何かを言っている。
「あの子、明らかに怪我をしているみたいだが。でも、どうしたんだ? 誰も助けようとしない」
「あれは放っておいた方がいいと思うよ、ノール」
「……どうしてだ?」
「あの獣人の少女は奴隷で、あの男はおそらく、その持ち主だ」
「それが、どうして放っておいていい理由になる?」
「彼女は彼の『所有物』だからだよ。彼が自分の持ち物に何をしようと自由なんだ。邪魔をすれば、法的には君の方が罰されることになる」
「し、しかし。いくらなんでも放っておくわけには……!」
「これが我が国の法なのですよ、リンネブルグ様。貴方は他国の秩序を尊重される精神の方とお見受けしましたが」
「でも、あれはあまりにも────」
俺たちが様子を伺おうと近づいていくと、男は地面に這いつくばっている少女に何かを怒鳴りつけている。
「……この、役立たずが! 高い金払って、ちっとも働こうとしやがらねえじゃねえか! 奴隷商のババアが健康状態も問題ないっていうから買ったのに……大損だぜ!」
「──う、うぅ……ごめん、なさい。……ごめん、なさい……」
見れば、首輪を嵌めた獣人の少女の頬には涙の跡と共にいくつかの痣があった。
どうやら、あの男に殴られたらしかった。
他にも身体のあちこちに擦り傷がある。
「……今更お前が謝ったって、仕方ねえんだよ。もう契約書にサインもしちまったし、もう返品も出来ねえ! どうしてくれるんだよ! あァ!?」
「ご、ごめん……なさ────」
騒ぎで近くに人だがりが出来ているが、なぜか誰一人止めに行こうとしない。むしろ笑いながら立ち止まり、状況を楽しんでいるような者さえいるように見える。
「……酷い。すぐに止めないと」
「リンネブルグ様。貴女のお優しい気持ちはわかりますが。他にこの街にどれだけあのような奴隷がいるとお思いで? ……まさか、これから全てを助けて回ろうとでも?」
「それは……! ……ノール先生?」
俺は男が少女の前で腕を振り上げようとするを察すると同時に『黒い剣』を置き、野次馬達の隙間を走り抜け────
「……あがぁッ!? お前、何をする!?」
「すまない。そんなに強く握ったつもりはなかったんだが」
気づけば男が振り上げた腕を掴んで止めていた。






