160 首都サレンツァへ
「ノール先生、お疲れ様でした……お怪我などはありませんか?」
俺とシャウザが街の外れまで歩いて戻る途中、わざわざリーンが出迎えてくれた。
彼女のすぐ後ろにはいつものようにイネスがいる。
リーンは俺の顔を見るなり、怪我を心配してくれたようだったが。
「いや、大丈夫だ。ゴーレムはとにかく硬いと聞いて最初は不安だったが、案外、二人だけでも十分なんとかなったな」
「……そうですか。私は遠くから戦闘を見せていただきましたが、本当にお見事でした」
「どうやら、私の助けは最後まで必要なかったらしいな」
「ああ。一緒に行ってくれたシャウザのおかげだな」
とりあえず、無事を報告するとリーンは笑顔を見せた。
イネスも硬めの表情ではあるが俺に笑顔を見せてくれた後、すぐに俺の隣にいたシャウザに向き直り、静かに頭を下げた。
「────シャウザ殿。出発前の私の言葉は耳に入っていたと思うが……疑って済まなかった。その件については謝罪したい」
「謝罪など必要ない。お前はお前の仕事をしたまでの話だ」
「謝罪の受け入れ、感謝する」
そうしてイネスは頭を上げると、また真剣な表情でシャウザに向き合った。
「……襲撃に使われたゴーレムは、あれで全てだと思うか?」
「おそらくな。ひとまず、見つけられるものは排除したが、それ以上のことはわからない」
「そうか……可能ならもう少し、ゴーレムについて聞かせてもらいたいのだが」
「構わない。俺に話せる程度のことは話す」
「……感謝する。それでは、リンネブルグ様、私は少しここに残っても?」
「はい、もちろん。私は館の中に戻って、必要な準備を済ませてきます」
「かしこまりました。では、後ほど」
「はい。ではノール先生、私はこれで失礼いたします」
「……ああ、またな?」
簡単に別れの挨拶を済ませると、リーンはどこか忙しそうに去っていった。
その後はイネスはシャウザと互いに警備関係の情報交換をしている様子だったが、見たところ、二人は前よりほんの少し和解している……ような気がした。
俺はその場にいてもやることがないので、互いに硬い表情のまま熱心に話し込む二人に別れを告げ、徒歩で街へと向かったのだが。
すぐに奇妙な光景が目に入り、立ち止まる。
「……あれは、なんだ……?」
砂の上に大量の魔物たちがゴロゴロと寝転んでいるのが見える。
その中心にはロロがいて、どうやら襲われているという感じではなさそうだったが……彼の体の数倍はありそうな魔物たちにもみくちゃにされていた。
ロロは呆然としている俺に気づくと、いつも通りの優しい笑顔を見せた。
「ノール。無事だったんだね」
「ああ、俺は特に問題ないが……それより。ロロ、それは?」
「この子達は闘技場にいた魔物たちだよ。皆、ゴーレムが立てる足音で怖がっちゃって、暴れて建物の壁を壊すほどだったから……メリッサさんと相談して、少しは落ち着くかと思って外に連れ出してきたんだけど」
「なるほど?」
「……外だとゴーレムがもろに見えて、かえって余計に怯えさせちゃったみたい。でも、今は落ち着いてるよ。久々に日の光を浴びたのが嬉しかったのか、機嫌よく過ごせてるみたい」
確かにロロの言う通り、魔物たちは獰猛そうな顔をしてはいるが、太陽の光を浴びながら、気持ちよさそうに砂の上でごろ寝をしている。
俺が闘技場の中で会った緑色の竜のようにかなり図体が大きいのもいるが、もはや雰囲気は飼い犬か飼い猫か、といった感じでとても和やかな雰囲気だった。
餌でも持ってくれば、尻尾を振って喜んで駆け寄ってきそうな感じだった。
……あれが一斉に来られたら、ちょっと怖いが。
「それにしても、どうやってこんなに連れ出してきたんだ? この大きさじゃ、とても普通の出入り口からは出られないだろう?」
「うん。これを使ったんだ」
「ああ、なるほど。それか」
ロロは自分の指の小さな赤い宝石の嵌まった指輪を俺に見せた。
確か、あれはミスラに行った時に魔竜を中から出していた指輪だった。
「その指輪、ララ以外も入るのか?」
「うん。もともとララ専用じゃないし、激しく抵抗されなければ魔物なら大抵入れられるよ。こんな風に」
ロロが腕を上げると、近くにいた数体の魔物が赤く輝く光の粒子となり、あっという間にロロの指輪の赤い石に吸い込まれるようにして消えた。
「……すごいな。その小さな指輪に、あんなにたくさん入るのか」
「うん、ララが入っちゃうぐらいだから。どの子もララと比べれば体格は小さめだし、全員同時に出し入れしたとしてもそんなに負担にはならないよ」
「それは、すごいな……?」
「中にいる方も、意外と快適らしいよ。中に入ってる間はあまりお腹も空かないみたい。もちろん、外の方が断然気持ちがいいって言ってたけど……あっ、もういいよ、君たち。ありがとう」
そう言ってロロは指輪を輝かせ、また魔物たちを外に出してあげていた。
本当に出し入れ簡単で、いつでも自在に収納できる、といった感じだった。
これはまたすごく便利そうな特技を身につけたものだと表面上は平静を装いながら内心、驚愕する。
「……そういえば、今回はララは一緒じゃないんだな」
「うん。ララは王都で留守番だよ。本竜はノールに会えなくて寂しがってたけど、今回は皆で相談して、別の大事な役目をやってもらった方がいいだろうって話になったんだ」
「そうか。それは少し、俺も残念…………だな?」
ララがいない、と聞いて一瞬残念なような気もしたが、でもララが一緒となると最悪、急ぐ時の移動手段が『空』になる可能性もある。
ララには悪いが正直、留守番してくれていた方が嬉しい、と思った。
「ノール。一つ、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「そこで寝てる子達なんだけど、『時忘れの都』から何匹か連れ出しちゃダメかな? このまま残しておいても前みたいに暴れ回ることはないと思うんだけど……やっぱりあの建物の中は窮屈なんだって」
「ああ。もちろん、俺は構わない」
「ありがとう。基本的に餌はボクでなんとかしようと思ってるから」
「そうか、わかった。でも、助けが必要なら言ってくれ……金なら使い道に困るほどあるからな」
「うん。じゃあ、もしもの時は頼らせてもらうかも」
そう言ってロロは、甘えるようにすり寄ってきた緑色の竜の顎を優しく撫でた。
竜の方も満更ではなさそうだったが……ふと違和感を感じて見上げると、緑竜の頭の上に、置物か何かのようにシレーヌがちょこんと座っていた。
彼女は弓を持ったまま、何やらぼーっとしている様子だったが、視線の先を追ってみるとイネスとシャウザがいる。
いつもは俺の視線に非常に敏感な彼女だが、全く気づいている気配がないので試しに声をかけてみる。
「……シレーヌ? どうした? 大丈夫か?」
「えっ……? あっ、ノ、ノールさん!? い、いつの間に……? ……おっ、お疲れ様でした!」
シレーヌは慌てて竜の頭から飛び降りると俺の前に立った。
心なしか表情はさっきよりも明るく晴れているようだったが、まだ、どこかそわそわしている感じだった。
というか、しきりに辺りをキョロキョロと見回し、明らかに挙動不審だった。
「……お怪我はありませんでしたか……うん。見たところ、何ともなさそうですね……?」
「ああ、俺ならかすり傷ひとつない。大丈夫だ」
「……本当にすごいですね……一体どうなってるんですか、ノールさんの身体って……?」
「というか、そっちこそ大丈夫か? さっきからずっと上の空という感じだが」
「……い、いえ? 私の方は何でもない話なので……あ、そういえば、シャウザさんは大丈夫でしたか……?」
「ああ。あっちも手のひら以外はなんともないと言っていた」
「……そうですか。ともかく、お二人がご無事で何よりです。私もここで辺りを見張ってましたが、砂ネズミ一匹見かけませんでした」
「ああ。一緒に手伝ってくれたシャウザのおかげだな」
そんな話をしていると、ちょうどイネスと話を終えたらしいシャウザが後ろから歩いてきた。
だが、シャウザは俺たちに全く関心を示す様子もなく、そのまま俺たちの脇を無言で通り過ぎていく。
「────あの、シャウザさん」
だが、すれ違いざまにシレーヌが呼び止める。
するとシャウザは足を止め、顔だけ半分振り向いた。
「……なんだ。何か用か」
「……え、ええと……?」
少し言葉に詰まったシレーヌだったが、しばらく考えた後にこう言った。
「…………その。ノールさんを助けてくれて、ありがとうございました」
シレーヌに一言礼を言われると、一瞬、シレーヌの顔を見たシャウザだったが、またすぐに顔を背けた。
「……そんなことか。お前に礼を言われる筋合いはない。俺は俺の仕事をしたまでだ。他人の為にやったことではない」
「なるほど? じゃあ、俺から言おう。お陰で助かった、ありがとう」
「……お前にこそ、礼を言われる筋合いはないんだが……???」
「……そうか? そんなこともないと思うが……???」
「……まあ、いい。今回は互いに無駄な仕事を減らすことができた。それだけの話だ」
それだけ言うとシャウザは振り返ることなく立ち去った。
シレーヌは俺の横で、そんなシャウザの背中をしばらくぼーっと眺めていたのだが。
「────やあ、ノール。大変だったね。どこも怪我はないかい?」
もはや聴き慣れた感のある声が聞こえる。
声の主はラシードだった。
質問も、もう何度目かになる。
「ああ、大丈夫だ。借りた服は少し破けてしまったが」
「……面白いね。あれだけ資産を持っているのにそこを気にするんだね。でも、気にすることはないと思うよ? それはもう君のものなんだから」
「それはそうかもしれないが……良さそうな服なのに、勿体無いことをした」
と、俺はそこまで言って、さっき建物を豪快に壊したばかりだということを思い出す。
……あれも、これから俺が直さなければならないんだった。
「はは、確かにそうだね。今の台詞、僕の弟たちにも聞かせてやりたいよ……と、そんな話はさておき。僕はそろそろここを出るつもりだけど、君はいつ出発するんだい?」
「……出発?」
「……あれ、もう忘れたのかい? 僕らは首都に呼び出しされているんだけど」
「ああ、そういえば」
言われてみれば、そうだった。
リーンが先ほど急いで準備をしておくと言っていたのも、きっとそのことなのだろう。
……ひと仕事終えて安心して、すっかり頭から抜けていた。
「……じゃあ、俺もすぐに行った方がいいな」
「なら、一緒に行くかい? 行き先は一緒だし」
「そうだな。どうせなら、そうしようか」
「では、君の支度ができるまで待つとしよう────でも、その前に一つ。君のことを『中央講堂』にいる従業員達が心配をしているようだけど。無事ぐらい報告してあげたらどうだい?」
「……俺の心配を?」
「当然のことだろう? 君は今やここの所有者だ。従業員たちは君の帰りを待って、綺麗に整列して待っているよ……僕の時にはそういうのなかったけど」
「そうか。なら、待たせるのは悪いな。すぐ行こう」
そうして俺はラシードと連れ立って歩きながら、『時忘れの都』の中へと進む。
「そういえば……一応、全部倒したつもりではいるが、ゴーレムはあれだけだと思っていいのか? なんとなく、まだどこかに隠れていそうな気がして、まだ警戒しているんだが」
「逆に聞くけど……君の目から見てどうだった?」
「もう近くにはいないように思えたな。最後に鳥のような形をしたゴーレムを石で落として、シャウザはそれで終わりだと言っていた」
「ならきっと、それで全部だと思うよ。けしかけた方もあれだけの量を壊滅させられたら痛手だし、当分、この街が襲われる心配はないと思っていい。強力なゴーレムの発掘には専門業者でも相当な時間がかかるからね」
「そうか。なら、いいんだが」
正直、まだまだどこからでもキノコのようにニョキニョキと生えて出てこないかと不安だったが、ここはゴーレムに詳しいらしいラシードとシャウザの言葉を信じようと思う。
そうして俺たちが進んでいくと、中央講堂の大きな扉の前に見覚えのある黒服の男が待ち構えるように立っていた。
「ノール様。お荷物をお預かりいたします」
見覚えのある黒服の男はクロンだった。
俺の前に両手を差し出して、どうやら講堂に入る前に『黒い剣』を預かってくれようとしているらしいのだが。
「……知っていると思うが、重いぞ?」
「どうか、お任せください。先程のような醜態は二度と晒さぬつもりです」
「そうか……なら、気をつけて持ってくれ」
俺が差し出されたクロンの手の上に恐る恐る『黒い剣』を置くと、クロンの足は少し地面に沈んだが、今回は両手でしっかりと受け止め、ちゃんと危なげなく耐えている。
これなら、しばらくは大丈夫そうだった。
「では、こちらでお預かりします」
「悪いが、頼んだぞ?」
「は。お話が終わるまで私はここでお待ちしております。いつでも必要な時にお声がけください」
「……わかった、なるべく早めに取りに戻ってくる」
俺は一旦荷物をクロンに預けたものの、だんだんと沈んでいく彼が地面に沈み切らないよう、早めに話を終わらせることを心に誓って早速、大きな扉を押し開けた。
そうして扉を開け中央講堂の中に入ると、綺麗に整列している従業員達が目に入る。
一斉に彼らの視線が俺に集まり、思わず雰囲気に圧倒されそうになるが、メリッサが小さく礼をして出迎えてくれて、ほっとする。
「お帰りなさいませ、ノール様。どうぞこちらへ」
俺はメリッサに連れられ、そのまま演台に向かって講堂の中を真っ直ぐ進んでいく。
その間、従業員たちはずっと頭を下げて俺が演台に立つのを待っている様子だったが、よく見ると講堂の隅の方に従業員ではなさそうな服装の人々がたくさんいる。
「……メリッサ、あれは?」
「緊急事態につき、周辺の商業地区の住民をこの講堂に招き入れました。この一帯では、こちらが一番安全な場所となりますので。また、館内の資源と人員の扱いはお任せいただきましたので、従業員以外の者を落ち着かせる為に希望者に食事を与えておりました。問題があればすぐに中止いたしますが」
「いや、もちろんそれでいい。ありがとう」
メリッサの説明を受けながら演台に上がる。
小高い塔のようになっている演台から眺めると、一人一人の顔がよく見える。
どうやら、結構子供も居るようだった。
多少怯えているような表情だったので、少し声の大きさは控えめにして、静かに語りかける。
「────今まで、少し騒がしくして悪かった。でもとりあえず、押しかけてきたゴーレムは全て片付けてきた。当分はここにやってくることもないらしいから、安心して欲しい」
とりあえずゴーレムはもういないことを伝えると、皆は少しほっとした様子だった。
相変わらず静まりかえった講堂の中には俺の声だけが響いているが、今は子供たちの反応が見えるのでやりやすい。
俺はそのまま反応が見やすい子供達の様子を窺いつつ、話を続ける。
「それと。もしかしたら俺のことを心配してくれた者もいたかもしれないが……この通りどこにも怪我はない。多分、あれぐらいなら何度来ても大丈夫だろうと思う。でも……次はなるべく、もっと早く片付けるようにしたいと思っている。今回は、少し服を汚してしまったからな」
俺が服の汚れた部分を見せるようにすると、どうも冗談だと受け取られたらしく、従業員たちから小さく笑いが起きる。
そうして大人たちが笑うと、不安そうな表情をしていた子供も少し笑顔になった。
「俺は用事があって、これからすぐに首都に行かなければならなくなった。ちょっとした話し合いがあるらしいので、それを済ませたら帰ってくる。それまで、皆は普段通りに仕事をしてほしい。それと、メリッサが食べ物を用意してくれているそうだ。せっかくだから食べて帰ってくれ。俺からは以上だ」
講堂の中から小さく歓声が上がる。
そうして俺は演台に置かれた拡声の魔導具から一歩離れると、振り返ってメリッサの顔を見る。
「こんな感じでいいか?」
「……はい。業務連絡としては十分かと」
「そうか。じゃあ、俺はもうラシードと一緒に出発するが……一つ、頼みたいことがあるんだが」
「はい。私めに可能なことであれば、なんなりと」
「これを闘技場にいたシンという男に渡してほしい」
俺がくたびれた皮袋をメリッサに手渡すと、彼女は目を丸くして不思議そうに眺めた。
「……これを、ですか?」
「ああ。それを渡したら、とある村に届けてほしいと伝えてくれ。中に俺が書いた地図が入っている。シンは旅慣れていて北の方も土地勘があると言っていたから、それを見て貰えば多分大丈夫だと思う」
「……かしこまりました。必ず、お渡ししておきます」
「悪いが、あとのことは全て任せた。よろしく頼む」
「はい。留守中のことはお任せくださいませ」
俺の脇に立っていたメリッサが静かに礼をすると、メリッサに倣って従業員たちが全員が一斉に頭を下げる。
若干むず痒い光景だが、それにもだんだん慣れてきた俺は普通に演台を降りると、入り口までまっすぐ歩く。
講堂の入り口を出ると、リーンとラシードが待ってくれていた。
「リーン。準備はもういいのか?」
「はい。私の方は万全です。いつでも出られます」
「じゃ、早めに出発しようか。僕らは名指しで呼び出されていることだしね」
「そうだな。あまり待たせても悪いしな」
「イネスには今、馬車の準備を整えて外で待ってもらっています」
「わかった。じゃあ、着替えだけ済ませてすぐに出ようか……クロン。助かった、ありがとう」
「……滅相もありません」
振り返り、既に膝あたりまで地面に沈んでいたクロンの手から『黒い剣』を受け取ると、クロンは深々と頭を下げてお辞儀をした。
「────従業員一同、ノール様の御帰還を心よりお待ちしております」
「ああ。悪いが、留守は任せた」
「……お任せを。このクロン、これより砂鼠一匹たりともこの館への侵入を許すことはありません」
そうして俺たちは必要な着替えと準備を済ませると、すぐに『時忘れの都』を後にして、サレンツァの首都に向かうことにした。






