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俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜  作者: 鍋敷
第三章 商業自治区編

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153 【星穿ち】のリゲル 1(後)

後編です。(少しだけ残酷な描写を含みます)

 僅かに残った自立する集落の中に、『【星穿ち】のリゲル』が現れたのはそんな時だった。


 自分たちが砂漠の隅に追いやられた過程を知る古老たちは、皆、待ち望んでいた者が現れたと感じた。

 ついに彼らに『怒り』を示す者が現れたのだ、と。

 英雄の再来どころか神話にも登場しなかったような異常な力を持つ少年。


 中には「今こそ、あくどい商人たちに鉄槌を」と昏い衝動を包み隠さず口にする者もいたが、皆がそれも決して不可能な話ではないと考えた。

 あの堅いゴーレムの装甲も、夜空に輝く流星群を作るリゲルの矢なら簡単に撃ち抜いてしまうだろうから、と。


 だが、当のリゲルはそんなことを考えもしていなかった。

 自分が夜空に矢を射っていたのは単に弓の練習のためであったし、自分が『神弓』を手に取ったのも、美しい弓に触れてみたいというだけの軽い気持ちだった。

 この力はあまりにも大きすぎるし、人に向けるなんてとんでもない、と。

 きっと、自分がこの弓を人間に向けることになったら、いずれ大きな不幸を呼び寄せるに違いない、と迫る大人たちに首を振った。


 リゲルを説得できないと知った彼らは、次はリゲルの父に迫った。

 だが、リゲルの父も慎重だった。

 仮に商人たちを相手に戦って、勝てばきっと得るものはある。大きな犠牲を払いながら、かつて失った土地も誇りも取り戻せるかもしれない。

 だが負ければそれ以上に何もかもを失うことは自明だった。

 獣人たち(自分たち)が今、どのような立場に置かれているのかは少し考えれば誰でもわかるはずだった。

 長い時間をかけて富を蓄えた商人たちと比べ、今や獣人たちは明らかな困窮者であり弱者だった。

 多くの者が明日食う物にも困り、余裕を失い始めている。

 この状況でどちらかが倒れるまで戦うことになれば、どちらが先に破滅するかは明らかだった。

 一旦、商人たちに弓を向ければもう後には引けなくなる。

 だから、気持ちはわかるがそんな無謀に同意はできない、と。

 そう言ってリゲルの父親は皆の求めに首を振り、頑なに息子のリゲルを戦に出すことを拒んだ。


 そうして、彼らに期待を寄せた者たちは彼らが自分たちの期待に応えないことを知ると、次第に怨嗟に満ちた声を投げつけるようになった。


 ────ならば、何故あの『神弓』を手に取ったのだ。

 ────それだけの力を得て、何もしないつもりなのか、と。


 やがて若い獣人たちは【星穿ち】のリゲルを見かけると、


 『あれはただの臆病者だった。我らの英雄ではない』


 と、背中越しに吐き捨てるようになった。


 リゲルは自分が険しい言葉を浴びせられる理由を理解していた。

 街に出るたび、奴隷となり自由を失った同胞を目にすることが多くなった。

 彼らは理由があってああなった者もいるが、理不尽な理由でなすすべなくあの状況に陥った者もいるという。

 奴隷たちは皆、いつも冷たい首輪に鎖を繋がれ、主人に殴られても笑顔で飼い犬のように地面に這いつくばって機嫌を取る。

 何もせずにいれば、それが自分たちの明日の姿かもしれないという恐怖。

 そうなる前に何か手を打たなければ、という焦り。

 そして、もしかしたら今から行動しても遅いのではないか、という絶望に近い不安。

 きっと、それらの全てが彼らをああさせている。

 その心情はリゲルにもよく理解できていた。

 ある日、父と一緒に商人の街を訪れた時、売られていく少女に幼い妹の姿が重なった。


 ────そうして結局、リゲルは弓を取った。


 そして、族長である父に告げた。


 獣人(じぶん)たちが今までいいようにされてきたのはきっと、何も抵抗をしてこなかったからなのだ、と。

 今や、彼らは自分たちを恐れも敬いもしなくなった。

 顔に泥を塗られても平気で笑顔を演じていた結果が今なのだ、と。

 安易に暴力に訴えなかった先人達は尊敬に値する。

 でも、時には力を以って、理不尽な扱いへの抵抗の意思ぐらいは示すべきだろう。

 必ずしも相手を殺す必要はないし、目的は先祖の復讐でもない。

 ただ、彼らに伝えるべきは自分たちの最低限の尊厳を護る為の『怒り』なのだ、と。


 そんなリゲルの訴えを父親は最初、拒んでいた。

 だが、最後には首を縦に振るしかなくなった。


 その年はひどい旱魃の年だった。

 大昔からの商人たちとの『契約』を破り、禁じられた土地に立ち入って力づくにでも水と食べ物を手に入れなければ誰かが飢え死にすることは確実だった。

 皆で協力して耐え難きを耐えてきたが、耐え忍ぶにも限界が来ていた。

 今や、全ての部族の運命を左右する立場となっていたリゲルの父は結局、まだ見ぬ将来の安寧より、今生きる幼い命を長らえさせることを選んだ。

 何より、リゲルの父自身、口には出してこなかったが他ならぬ自身の息子の存在に大きな期待を抱いていた。

 ゴーレムは最も硬い鉱物のような頑強さを持つというが、その程度ならリゲルの矢は簡単に砕き、貫いた。

 だから、戦争が長引けば不利になるが、リゲルの力があれば戦を早く終わらせることができるかもしれない、と。

 集会を開き、そんな希望を含んだ迷いの言葉を口にすると、他の族長達も同意した。


 集会の結論はすぐに出た。

 他の部族の族長たちは「もし【星穿ち】のリゲルが弓を取るならば、我々の戦士たちは喜んで弓を取るだろう」と口を揃えて言った。


 そうして獣人たちの『戦』が始まった。

 

 彼らの伝統的な戦争のやり方は決まっていた。

 戦える男は弓を取って戦に出る。

 残りの戦えない者、女・子供は老人たちと共に安全に過ごせる場所に移り、長い間身を隠す。そうして、戦いが終わった後に散った家族達は勝利を知らせる暗号を受け取り、元の故郷に戻る。

 それは戦に負けた時に全滅することを避けるための古くからの知恵だったが、今回の戦もそうすると皆で話し合って決めた。

 早期に決着をつけられることを期待しつつ、戦いが長引くことは明らかであり、そのための保険が必要だった。

 そうして個々の戦士たちは他の誰にも言わず、自分の家族を自分のみが知る秘密の隠し場所に移すことにした。


 リゲルたちの家族の場合、その隠し場所は『北の壁の向こう』だった。

 国境に築かれた壁は高かったが、優れた戦士であった母の脚なら夜の闇に紛れて簡単に飛び越えられる。

 壁を越えれば簡単には追ってこられないし、勝てさえすれば連絡もつけられる、と話し合って決めた。


 リゲルはやっと言葉を理解し始めるようになった幼い妹の頭を撫で、こう言った。


「少し時間はかかるかもしれないけど、いつか必ず、お前達を迎えに行く。それまで母様と一緒にいい子で待っていてくれよ。ちゃんと約束できるか?」

「……うん、いいよ……?」


 夜中に突然起こされて見知らぬ場所に連れ出された3歳になったばかりのシレーヌは、よくわからない、という表情で眠い目を擦りながらも、しっかりと兄の言葉に頷いた。


「母様、シレーヌは頼んだからね」

「ええ。こっちは多分、大丈夫。でも……リゲル。別れる前に、一つだけ約束して」

「うん……なに?」


 リゲルの母は真剣な表情でリゲルの目を見つめて言った。


「……貴方、少しの間に強くなったわね。母親の私もちょっと、信じられないぐらい。その『神弓』を持てば、もう、この地上に敵うものなんていないんじゃないか、って思えるぐらい……貴方は本当に私の自慢の息子よ、リゲル」

「……いやあ? でも、それは父様と母様が────」


 照れ隠しに頬を掻き、謙遜を口にしようとする息子の言葉を、リゲルの母は「でもね、」と遮った。


「……これだけは忘れないで。弓というものはどんなに優れていても、結局、非力な者が力の強い者と戦う為の道具なの。だから、いくら貴方が強くなっても、自分が強いなんて思っちゃダメ。危ないと思ったら、すぐに逃げるのよ。いい?」


 いつになく強い口調の母の言葉にリゲルは少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「……うん、引き際はわきまえてるつもりだよ。死にに行くわけじゃないから安心して、母様」

「……貴方、リゲルをお願いね」

「ああ。しばらくかかると思うが、そちらも無事でいてくれ。時期が来たら必ず連絡をする」

「じゃあ、行ってくるね。母様、シレーヌ、元気で。お守り、大事にしろよ」

「……うん。いってらっしゃい……?」


 リゲルはこれからしばらくの間会えないことが理解できていないらしい(シレーヌ)に、再会の印となる族章が刻まれた『お守りのペンダント』を握らせると、また頭を撫でると笑顔で背を向け、父と共に音もなく走り去った。

 母は夫と息子、二人の背中が見えなくなるのを見届けると幼いシレーヌを抱え、人知れず夜の闇に紛れて北の壁を跳び越えた。


   ◇◇◇


 その夜、それぞれの家族と別れを告げた獣人たちは戦場に集った。

 彼らが向かった先は商人たちの武器が収められている倉庫だった。彼らはまず、相手の『武力』を奪うことから始めることにした。


 ────商人たちが『忘却の迷宮』から掘り出したとてつもない力を持つ物言わぬ機械、『ゴーレム』。

 あれが商人たちに『力』を与え、自分たちに理不尽を強いている。

 ただ魔石を食わせるだけで疲れ知らずで動き続ける殺戮人形と化し、壊れるまで主人の命令を実行し続ける厄介な兵器だった。ゴーレムの装甲はとても固く、上等な聖銀(ミスリル)の剣でさえ傷つけることが難しい。

 だが、その硬さも無敵ではなく、数にも限りがあることを獣人たちは知っていた。

 リゲルの矢ならば、その頑強な装甲を容易く射抜くことができるのは、商人たちから手に入れたゴーレムの破片を使って確認済みだった。 


 指導者の立場となったリゲルの父は、自分たちがこれから行う『戦』を皆にこう説明した。

 きっと、『ゴーレム(あれら)』を破壊し尽くせば、いずれ対等な話し合いに持ち込むことができるだろう。相手から武力を奪った上で、『話し合い』の席を設け、より有利な条件で約束を取り付ける。

 そうしていずれ、商人に独占された豊かな土地を昔のような共有地に戻し、奴隷に落ちた同胞達を元の自由な生活に戻すのだ。

 だが、どんなに憎くても、相手を殺すことは目的としない。なるべく、無駄な犠牲者は出さないようにしたい。

 誰も殺さず、ただ我らの『怒り』を示せ。

 商人達の我らを支配しようとする心が折れるまで、我らは武器のある場所には何処にでも現れ、その『武器(ちから)』を奪い続けるのだ、と。


 それが彼らの考える『戦』であり、彼らの戦の『大義』だった。

 それはとても長い時間がかかり、辛抱がいる種類のものだった。だが、多くの者がリゲルの弓があれば期間を短縮することも可能だと考え、リゲルもそう考えていた。


 獣人たちは予め商人たちの街に斥候を送り込み、『ゴーレム』が納められた倉庫の位置を把握していた。

 商人達の大きな倉庫は無数にあったが、武器倉庫の数は限られていることを、彼らは優秀な斥候役の男を通して知っていた。

 そうして、その日、彼らは最初の襲撃を開始した。


 まず、建物の中に居た人間を攫い、全員を外に縛りつけると、リゲルが誰も居ない、ゴーレムだけになった倉庫に向けて弓を引いた。

 『引けずの神弓』を用いてリゲルが放った一本の矢は、倉庫内のゴーレムを一瞬で数十体ほど貫き、そのまま衝撃で倉庫ごと爆散させた。

 その後、たった数射で一つ目の倉庫は瞬く間にがらくたの山となり、彼らの襲撃はすぐに終わった。


 獣人たちは初めての戦場で想像以上の戦果を目あたりにし、思わず歓声を上げた。

 そして、互いに肩を叩き合いながら励まし合った。

 これなら自分たちが家族に再会できる日はそう遠くないかもしれない、と。


 そうして勢いを得た獣人たちは持ち前の強い脚を生かし、そのまますぐに二つ目の武器倉庫に向かった。

 そして、一つ目の倉庫と同じように人が誰もいなくなった倉庫に向けてリゲルが矢を撃ち込むと、あっという間に一体残らず武器(ゴーレム)を破壊した。

 侵入する獣人たちの動きを察知され、警備の傭兵がゴーレムを起動させて襲ってくることもあったが、そのゴーレムの腕や腹はリゲルの矢でなくとも貫くことができた。

 噂に聞く通りに頑丈ではあったが、関節を上手く縫えば誰の矢でも動きを止められた。

 リゲルの矢でなくとも難なくゴーレムと戦えたことに、獣人達は半ば拍子抜けする思いで三つ目の武器倉庫、次は四つ目、と勢いのまま進み、終わってみれば初日のうちに大きな武器倉庫を7つも壊滅させていた。

 それも目的通りに誰も殺さず、ただ戦力だけを奪うことができていた。


 初日の思わぬ戦果の大きさに獣人の戦士たちは沸いた。 

 そして、互いに言葉を交わしては自分たちの計画が予想より上手くいっていることを実感し、この調子ならより早く、より良い形で商人たちと『話し合い』ができるのではないかと小さくない希望を胸に抱くようになった。

 そして、二日目も夜の闇に紛れて何の損害もなく8つの武器倉庫を壊滅させると、更に彼らの期待は高まった。


 ────恐れていた『戦争』は、思っていたよりもずっと簡単だった。

 このまま進めば、自分達はすぐにでも朗報を持ち帰り、愛する家族と再会できるに違いない、と。

 皆が期待に沸いていた。

 だから、その時、自分たちの中に金で雇われた裏切り者が潜んでいることなど想像もしなかった。

 仮に疑う者がいても、心の中で可能性を否定し、首を振った。

 誇り高い自分たちの中に、まさか、そんな卑怯者が混じっているはずがないだろう。ここにいるのは皆、愛する者を守る為に立ち上がった誇り高き戦士達なのだから、と。

 生来、穏やかで気の良い性格の彼らはそう信じ込んでいた。


 そうして、三日目の夜。

 彼らは案内役の斥候に導かれるまま、次の目標の倉庫に向かった。

 何人かは昨日よりも近づきすぎていると感じたが、警告を発する言葉は無視された。

 そんなに何を恐れる必要があるのか、とある者は笑った。

 自分たちは既に、大量の『ゴーレム』を難なく処理してきた。

 それに、決して敵わないと思っていた『ゴーレム』に自分たちの矢が通用するのは見ただろう。

 まだまだ矢にも食糧にも余裕はあるし、きっと優れた戦士である自分たちなら、どんな困難な状況でも簡単に抜け出せる、と。

 連日の戦果に気を良くした獣人達の不安と緊張は和らぎ、初日よりずっと楽観的になっていた。

 何より、早く戦果を出せば早く家族の顔を見ることができるのではないか、という期待と焦りが彼らの判断を鈍らせた。

 

 だから、何かがおかしいと感じた時にはもう全てが手遅れだった。


 それまで簡単に矢が突き刺さっていた『ゴーレム』の身体が矢を弾いたことに異変を感じ、最前線の集団を率いていたリゲルの父が撤退を指示した時には、すでに全員が取り囲まれていた。

 

 それは、今まで誰も見たこともないゴーレムだった。

 それら奇妙な形をしたゴーレムは、ずっと冷たい岩のように砂の中に潜んでおり、音もなく地中から現れた。

 察知能力に優れた獣人たちですら全く気配を感じられなかったゴーレムは、動きも速かった。

 獣人たちの中で特に足に自信のある者が全力で走って距離を取ろうとしても追いつかれ、その巨大な掌で掴まれると簡単に頭を握り潰された。

 そのゴーレムは素早いだけでなく、力も強かった。

 一旦、ゴーレムの巨大な掌に掴まれてしまうと、力に自信のある獣人たちが皆で力を合わせても、指一本ですら引き剥がすことができず、彼らは仲間が苦しみの声をあげながら握り潰されるのをただ見守るほかなくなった。


 その上、ゴーレムの数は獣人たちが考えていたよりずっと多かった。

 慎重な者はきっと目に見えているものが全てではなく、常に自分たちの知らない所に数倍は隠れているのを警戒しなければならない、と考えていただが、それすらほんの一部に(・・・・・・)もならない(・・・・・)とは思ってもいなかった。


 力も、速さも、数も、優位な点を全て潰されてなす術がなくなった獣人達は巨大な手に仲間が次々に圧し潰されては死んでいくのを見ながら、悲鳴をあげて逃げ惑った。

 矢を弾くゴーレム相手に、戦うことも逃げることもできず、無惨に握りつぶされた死体だけが増えていく。

 リゲルの矢だけが唯一、硬いゴーレムを貫いたが、一射、また一射と矢を番えている間にも仲間達が数を減らしていく。


 血を流さずに終わっていくはずだった戦場に、瞬く間に血の河が流れた。


 ────「ああ、これでようやく面倒ごとが片付いた」と、その頃、上等な酒の入ったグラスを手にした商人たちは、獣人達が悲鳴を上げて逃げ惑う様子を矢の届かぬ遠い場所から見物して笑い合っていた。


 その場に集っていたのは、何十名かのその地で特に有力な商人たちだった。

 彼らは自分たちに矢を向けた者たちの散りゆくさまを、迷宮産の特別な遠眼鏡を通して眺めては談笑し、喜びの祝杯を挙げた。


 彼らの中の殆どは、最も古い時代から獣人たちの領域に足を踏み入れて土地を切り拓き、今や全ての市場を支配するようになった『サレンツァ家』の面々だった。

 数世代を経て数ある有力な商人たちの中でも独占的な富と権力を持つようになった彼らは、これまでの長い『交流』の中で獣人たちのことをよく知っていた。

 生来の『力』で彼らを上回る獣人たちを『力』と『知恵』で圧し潰すのは、一族の古くからの念願だった。

 特に最近現れた、降って沸いたような「夜空に流れ星を作り出す少年」は大きな脅威であり、一家は新たな問題に頭を悩ませたものだが、それも今日で綺麗に片付いた。

 これでようやく、自分たちの商売(しごと)の障害が消えてくれる、と彼らは互いに透き通る(グラス)を鳴らしては、自分たちの明るい未来に乾杯した。


 ────あれらが隠したつもりの女と子供、老人も、金で話をつけた内通者によって既に多くの居場所はわかっている。

 だから、獣人たちがわかりやすく『力』で抵抗してくれたおかげで、これから非常に合理的に、合法的により多くの優秀な奴隷が手に入る、と彼らは血に染まる大地を眺めては、将来自分たちが受け取る利益の大きさを想像し、上質な酒に酔う顔を綻ばせた。


 彼らは獣人たちが思う以上に、獣人たちを理解していた。

 獣人たちの貧困も、困窮も、奮起に至るまでの葛藤も。

 獣人たちが必死に理解させようとした『怒り』ですら、既に彼らは十分すぎるほど知っていた。

 彼らが動かざるを得ないような同族への『同情心』も『誇り』も。

 不安から来る『焦り』でさえも。

 全てを的確に理解した上で無駄なく、効率的に利用した。


 その日は彼らにとって、全てが予定通りに進んだ一日だった。

 商人たちは獣人たちが全く知り得ぬ力を隠し持ちつつ、すぐにでも『力』で押さえ込みたいのを我慢して、彼らが将来得られるであろう『利益』が最大まで実る、その時をじっと待ち続けていた。

 合法的に抑え込むに足る理由(こうじつ)が発生し、誠実な獣人たちに大きな負債(負い目)を負わせられる、その時を。


 ────今日が、まさに『その時』だった。


 ようやく、数世代にわたる念願だった収穫の時が来た。

 これまであれらに好き放題させていたが、よく耐え忍んだものだ、と自分たちが操る『始原』のゴーレムが獣人たちを小気味よく薙ぎ倒す様子を眺めながら、商人たちは互いの健闘を称える言葉を送り合った。

 命を散らせる獣人たちに、「予定通りに『争いごと』に向かってくれて、ありがとう」と笑顔で感謝を口にする者もいた。


 命令を出した者たちと同じく冷徹に論理的に駆動し続けるゴーレムの手によって、獣人たちの命が機械的にすり潰されていくのを商人たちは小さく拍手を送りながら見守った。

 冷たく利益だけを見定める視線が注がれる中、獣人たちの数は減っていくが、そんな中でも生き残り、懸命に戦い続ける者もいた。


 中でも抜きん出て強かったのはリゲルとリゲルの父だった。

 親子は全ての矢を射ち尽くしても予備の短刀に持ち替え、その頼りない刃で未知の強敵相手に対等以上に戦った。

 数百いた同族の戦士のほぼ全てが一瞬にして死に絶え、自身が置かれた状況さえろくに理解できぬまま、血塗れになりながら勇ましく死に抗っていた。


 残った二人の戦い方は凄まじかった。

 呑気に見物を決め込んでいた商人たちにとっても、驚くべき額の損害を出した。


 ────想定の十六倍の数の貴重な『始原』のゴーレムの破壊。

 その上、余裕を持って見積もっていたはずのゴーレム駆動用の魔石(燃料)を五倍、消費した。

 加えて性能が始原に迫るはずの最高級の人造ゴーレム約二百体の全損と、予想額の二十五倍にも及ぶ建造物の崩壊。

 

 だが結局、それだけだった。

 今後のことを考えれば、それらの『損』は十分に『利益』で補える範囲内だった。


 彼らはそれから半日ほど勇ましく戦った後、そうとは知らずに商人たちに金で雇われた傭兵に自分たちの背中を預け、後ろから刺されて血を失った。

 そしてしばらくの間は動き続けていたが、最後には仲間たちが流した血の海に倒れ込み、溺れるようにして気を失った。


 そうしてその日、彼らの戦いは終わった。

 慎重に粘り強く戦うはずだった彼らの戦争は、たった三日にして終わりを迎えた。

 家族のために必死に運命に抗おうとした彼らの手許には結局、何も残らなかった。


 ────家族と歩む、平穏な日常も。

 先祖が愛した土地での慎ましやかな生活も。

 最低限の、人としての尊厳も。


 彼らは一夜にして夢見た全てを失った。


 誰も殺させない、誰の血も流さない気の優しい戦争を意図した彼らが招いたのは、数百名の仲間たちの血みどろの最期であり、その後に続く数千人に及ぶ家族たちの悲惨な末路であった。


 戦士達を率いたリゲルとリゲルの父はそんな凄惨な戦いの中でも生き残ったが、彼らを見守っていた商人たちから彼らに与えられたものといえば、ただ、彼らの公開処刑の日にちだけだった。

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― 新着の感想 ―
なんだか実際の世で欧米の大富豪達が世界各地で行ってきた先住民に対する支配を思わせるような内容だったので、日本もこのままグローバリストの思惑通りに文化破壊や家族破壊、移民の大量受け入れを続けていくと同じ…
[良い点] ぐおおおおおおーーーーーーん! リゲルぅぅぅぅーーーーー! 父ちゃーーーーーん! [一言] 家畜か……
[良い点] 物語が綺麗事や小気味いい展開だけで進んでくなら、それは単なる自慢話でしかない。 辛い過去や歴史の裏側があるからこそ、物語にアクセントを添える。 もちろん黒い部分が長くなりすぎても読む気分が…
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