143 裁定遊戯 1 事前協議
俺たちは遊戯場内の通路を通って一つの部屋に案内された。
部屋は広々としており、遊戯場内で見かけた様々な遊戯用のテーブルが何十台も並べられている。
壁際には数十人の黒い服をきた職員が立ち並び、奥の壁には巨大な天秤が描かれた絵が飾ってあった。
「リンネブルグ様。勝負の場ですが、こちらでいかがでしょうか」
「……ここで『裁定遊戯』を?」
「はい。この部屋の中には様々な遊戯に対応した設備が十分にございます。それに、そちらの『裁定の天秤』の壁画前では数々の名勝負が行われてきました。我々の勝負にふさわしい場所かと」
「……公平に行えるのであれば、場所は構いませんが」
ラシードが巨大な天秤の絵の前に置かれた椅子に座ると、メリッサが手に持った文書を読み上げた。
「それでは、これより『裁定遊戯』、『時忘れの都オーナー、ラシード』対『クレイス王国からのお客様』の事前協議を行います。司会と進行は私、メリッサが務めさせていただきます。議事の進行に際して、異議があればすぐにお申し立てください。異議がなければ提示された議題は認められたものとし、以後の抗議は一切行えませんので、あらかじめご了承ください。ここまでよろしければ、双方の代表の方がお返事を」
「もちろん、僕からは異議はない」
「……私も、今伺ったことに関しての異議はありません」
「それでは合意とみなし、このまま協議に移らせていただきます」
メリッサは静かに手元の書類のページをめくった。
「まずは双方の『遊戯者』の確認を行います。まず、『時忘れの都オーナー、ラシード』側は館主ラシード、並びに当館の職員一同がお相手を務めさせていただきます。相対する『クレイス王国からのお客様』側は、リンネブルグ様、イネス様、ノール様、ロロ様、シレーヌ様の5名。これでお間違いありませんか?」
「……私たちはそれで構いませんが。そちらはこの館の職員全員ということですか?」
リーンは広い部屋の壁際にずらっと並ぶ、黒いスーツを着た職員たちを見渡した。
「はい、もちろん。それが何か問題でも?」
「ゲームの内容によってはそちらが有利になるかと」
「それはご心配なく。裁定に用いる遊戯の選定は双方の合意が必要となります。遊戯を決める際、公平に遊べるものを選定いたしましょう」
「……では、対等の条件で戦える遊戯の選定を前提として、認めたいと思います」
「ご理解、感謝いたします」
「それでは双方ご確認いただけたということで、次の議題に進行いたします」
天秤の絵の前に立つメリッサはまた一枚、手にした書類のページをめくった。
「次に、この場を執り仕切る『裁定官』の確認となりますが……本遊戯においては被裁定者となるラシード・サレンツァの兼任となります」
「……兼任?」
「はい。私がこの裁定の立会人となります。改めまして、よろしくお願いします、リンネブルグ様」
「……待ってください。裁かれる側の人物が『裁定官』を兼ねる、とはどういうことなのでしょう?」
「ご心配なく。これはこの国ではよくあることでして。『裁定遊戯』には裁定の結果を証明する法的に認められた存在の立ち合いが必要となり、それが今回は私だというだけのことです。『裁定官』が遊戯の内容や勝敗に関わることは決してありません。なんなら、ここで誓いましょうか。私がその立場を用いて不正を働くことはない、と」
「……その言葉に偽りがあった場合、無条件で私たちの勝利としていただける、ということでしたら」
「もちろん、それで構いませんよ。ご理解、感謝いたします」
「ただいまの会話を以って双方の合意とみなします。では、次の協議に移らせていただきます」
メリッサは淡々と手元の書類のページをめくった。
「次は『裁定遊戯』の秤に載せる『争点』の確認となります。今回、双方の主張が『砂漠の村の徴税権』に於いて食い違っておりますが、争点はその一点、ということでお間違い無いでしょうか」
「僕の認識ではそうだね」
「はい。私の認識でもそうなります……私が見せていただいた書類にあった『徴税査定額』は一年につき48億2097万ガルドですが、あの村に一年で48億はやはり正当な数字とは思えませんので」
「よくご記憶です。しかしながら……リンネブルグ様。我が国の徴税官である私が決定したその査定額は、もはや、法的に認められた公正な数字なのですよ。それに、この土地にお住みでない方には実感いただけないかもしれませんが、あの村が保有する『資産』には既にそれだけの価値があるのですよ。何せ────クレイス王国の至宝の『湧水の円筒』が持ち込まれ、あそこの上水に使われているわけでしょう? かなり少なく見積もって、それだけの富を生み出す期待ができる、ということです」
もう、すっかり『湧水の円筒』のことは知られているらしい。
笑うラシードの横で、リーンは少し動揺している。
「『湧水の円筒』のことは認めてくださらなくても結構です。しかし、これが私からの破格の譲歩であるということは、賢明なリンネブルグ様であればご理解はいただけていることかと思います。私が決めた課税額が覆ることなど、本来ありえませんので。この『裁定遊戯』自体、ご来賓の皆様をおもてなしする為の特別な提案でございます」
「……ご配慮、感謝いたします。ですが、今まで何も庇護を行ってこなかった地域が豊かになりそうだからといって急に重税を課する、というのにはやはり納得がいきません」
「申し訳ありませんが、それがこの国の仕組みなのですよ」
「────ただいまの会話により、双方の主張の食い違いが確認できました。よって、本日の『裁定遊戯』の争点を『砂漠の村の徴税権』に設定いたします。『争点』の査定額は『48億2097万ガルド』となります。双方、議題と等価の品物をテーブルの上に提示してください」
「それでは、メリッサ。あれを」
「はい、ご用意しております」
ラシードはメリッサから受け取った一枚の書類をテーブルに置いた。
「こちらからはもちろん、あの村の徴税の権利書を。これで一年分ですね。そちらは?」
「メリッサさん。こちらもお願いしていたものを」
「はい」
メリッサが布のかかった箱の上に載せて丁重に以ってきたのは、リーンがいつも使っている短刀だった。
「……ほう、『最硬鉱物』ですか。それも、持ち手までの一体品。それがこのサイズとなると、かなり高価な品となりますね」
「はい。これは私が個人的に貰ったものですし、今後も売るつもりはありませんが、市場価値としては80億程度はあると思います」
「なるほど。私も同意見です。ですが────残念ながら、これでは全く足りませんね」
「……どうしてですか」
リーンはラシードに疑わしげな目を向けた。
「ご存知の通り、品物の価値とは需要によって決まります。この場合の需要とは、単に対戦者である私がそれを欲しいと思えるか、ですね。たとえ市場価値が100億あろうと、私が欲しいと思えるものでなければ1ガルドの価値にもなりません。確かに見事な品ですが、私はこれが欲しいわけではありませんので」
ラシードの前に置かれたリーンの短刀は、リーンに突き返された。
「……それでは、リンネブルグ様。それに替わる同価値の品のご提示をいただけますか。参考までに、クレイス王国の通貨で言うと『王金貨』で5枚程度となりますが。同等以上と見做せる価値のものであれば、なんでも良いですよ。敢えてこちらからご提案するなら、例えば────」
ラシードは笑いながらリーンの後ろに立つ俺たちを指差した。
「……そちらの従者いずれかの支配権、などはいかがでしょう。ノール、もしくは【神盾】イネス。そこの『魔族』の少年でもいい。その少年の価値はそちらの二人には大きく劣りますが、『魔族』はミスラの教皇の例の宣言以降、我が国では相場が大変高騰しておりまして。もちろん、現金でも構いませんよ。今、持ち合わせがおありなら、の話ですが」
笑うラシードの顔を、リーンは静かに睨みつけている。
「……そんな大金は持ち合わせてはおりません。それに、こちら側が仲間を賭けの景品にすることはありません」
「それはそれは、従者想いの慈悲深いお方だ。ですが困りましたね。『裁定遊戯』では必ず双方が同価値の品をテーブルの上に載せるのがルールです。そちらから相応の品の提示がなければ、遊戯自体が始められません。そうなると……こちらの不戦勝、ということになりますが」
「ちょっと待ってくれ。金ならここにある」
「……ノール先生?」
俺は上着の中の小さな布袋に入れていた虹色に光る硬貨を5枚取り出し、ラシードの前のテーブルに置いた。
「ほら、5枚だ。これで足りそうか?」
「────メリッサ。確認を」
「かしこまりました」
メリッサは上着のポケットから小さな眼鏡のようなものを取り出し、俺がテーブルの上に置いた虹色の硬貨をしばらく眺めて、また丁重にテーブルの上に置いた。
「……ラシード様。どれも本物の『王金貨』に違いありません。価値には全く問題はないかと」
「そうかい。じゃあ、それでいいよ。あったんだね、現金」
「ああ。たまたま持ち合わせがあった」
「そうかい。そんなたまたまがあるんだね」
「ノ、ノール先生……!? こ、この大金は……!?」
ラシードは妙に楽しそうにしているが、リーンは驚いた顔で俺を見つめている。
そういえば、この金のことはリーンには言っていなかった。
「────申し訳ありません、リンネブルグ様」
「イネス……?」
俺の代わりにイネスがリーンに耳打ちした。
「…………実は、私も彼の資金を持って帰国した際、このことは把握していたのですが。王に状況を報告したところ『あくまでもこれは個人の資産であるから、あの男のやることに一切口出しせず、口外もしないこと』と、口止めされておりまして」
「……事情はわかりました、イネス。ありがとうございます。でも、ノール先生、本当によろしいのですか?」
「ああ、元々全部使おうと思っていた金だ。別に、なくなってしまっても問題ない」
「……すみません。この埋め合わせは帰国した際に必ず」
「いや。元々、あの村のことは俺が言い出したことだしな。俺が出すのが一番いいだろう」
「……どうやら、これで互いに秤に載せるモノは出揃ったらしい。では、肝心の『遊戯』の内容はどう致しましょうか、リンネブルグ様。事前に協議の上、双方納得のいく『遊戯』で勝敗を決することになっておりますが。何か、ご希望はありますか?」
「……そうですね。ノール先生には何か、心当たりはありますか」
「そうだな」
俺はあまりゲームの類はやったことがなく、リーンに聞かれて迷ったが、近くのテーブルの上に置かれた十面の賽子が目に留まり、手に取った。
「……これなら、やったことがあるな」
「なるほど、『賽子』か。確かに『遊戯』は単純に見えるものほど面白い。よくわかっているね、ノール。では、リンネブルグ様。こちらからの提案となりますが、まずは『三賽子』などでいかがでしょうか」
「『三賽子』、ですか。参考までに、それはどのようなルールのゲームなのでしょうか」
「名前の通り、三つの賽を使った当てっこですよ。交互にカップの中で三つの賽を振り、見えない賽がどの目を出しているかを予想する。これなら、非常に単純でわかりやすく、互いにルールを知らなくとも公平な勝負ができるでしょう」
「……つまり、運に全てを賭けるゲーム、ということでしょうか」
「いや。そうとも限らない。このゲームは少しコツがあるんだ」
「……ノール先生は、ご経験が?」
「ああ。少し俺が知っているのと違うが、似たようなものはやったことがある。仕事の同僚と、ちょっとやったぐらいだが。意外と勝てるんだ」
俺がやったことがあるのは二つの六面サイコロを使い、数字を当てるゲームだった。
同僚たちが休み時間に楽しそうにやっていたので、俺も混ぜてもらったが初めてにも関わらず、結構勝てた。
でも、なぜか数回やると同僚達からは「もうお前とはやらない」と言われ、爪弾きにされてしまったのだが。
「ノール、君はこの遊戯に自信があるようだね」
「ああ。そこそこな」
「……それでは、リンネブルグ様。第一戦は『三賽子』とし、それを含めて3番勝負、ということでいかがでしょうか。勝敗がすぐに決してしまってはつまらないですし、これは勝負でもあり、遊戯でもありますから。なるべく、お互いに長く楽しめるようにした方が有意義な時間を過ごせるかと。なお、今回はこちらから遊戯を指定しましたので、次回はそちらでお好きな遊戯を決めていただいて構いませんので」
「────わかりました。では、そのように」
「じゃあ、遊戯開始だ。メリッサ」
「は」
『────場内の皆様にご案内申し上げます。只今より、《時忘れの都オーナー、ラシード》対、《クレイス王国よりお越しのお客様》の『裁定遊戯』が行われます。全館に設置された『物見の鏡』に勝負の模様が投影されますので、皆様、どうぞお誘い合わせの上、ご高覧いただけますようお願い申し上げます』
「……これは……?」
突然、闘技場の時のような声が館内に響き、部屋の中の黒い板のようなものに俺たちが映し出された。
「面白いでしょう? この『物見の鏡』も、先ほど闘技場で数字を映し出していたものと同じ『迷宮遺物』です。館内限定ですが、このようにあるがままの姿を瞬時に遠くに映し出すことができるのです」
「……この話は聞いておりませんが」
「ええ、そういえばそうでしたね。しかしながら、『裁定遊戯』には勝負の内容を証明する第三者の目も必要です。せっかくですので、なるべくたくさんの人に楽しんでもらえればと思いまして。館内のお客様を楽しませるのは、私の『時忘れの都』のオーナーとしての務めでもありますので。どうぞ、お許しいただければと」
「……この状況で、もう許すも何もないと思いますが」
「それでは────ご了解いただけた、ということで」
ラシードが薄く笑い、館内にまたあの声が響く。
『これより本日最後の『賭け』のお時間となります。本日の『裁定遊戯』は対戦者同士の協議により『三番勝負』となります。お近くの係員が掛け札を販売しておりますので、皆様、奮って勝敗の予想にご参加ください。第一戦まで、残り時間────300』
「……これも、賭けの対象なのですか」
「もちろんです。これほど面白い対戦など、そうありませんので。きっと歴史に残る名勝負となりましょう。現にほら、大変な注目です」
壁にかけられた黒い板に表示される数字が爆発的に増えていくのを見て、ラシードは楽しそうに笑っているが、リーンはそんなラシードの横顔を鋭い目で睨みつけている。
「そうそう、リンネブルグ様。お分かりと思いますが、既にここの様子は全館に投影されております。彼らの前で暴力に訴えて物事の解決を図ろうなどとは、ゆめゆめ、思いませんように」
「……そのようなことは考えておりません」
「そうですよ、それが賢明です。あくまでも────公平に。平等に。平和的に。ただただ楽しく純粋に『遊戯』を楽しもうではありませんか。ここは、そのためだけに設えられた場なのですから」
ラシードはそう言って、一層楽しそうに笑った。
「あァ────今日は、よく資産が動く日になりそうだ」
『遊戯開始前に双方が用いる資産の額を発表いたします。
現在の資産額は双方、
時忘れの都《48億2097万》 対 クレイス王国《48億2097万》
となり、同資産となります。それでは、ご来場の皆様は奮って結果をご予想ください』
館内には数字を読み上げる声が響き渡り、数字が壁に表示されると、どこからか大きな歓声が上がったのが聞こえた。
「……サレンツァの『裁定遊戯』とは、こんなに大仕掛けなものなのですね。事前に勉強はしたつもりでしたが」
「いえいえ、通常はここまで大掛かりなことにはなりません。しかし、今日はリンネブルグ様という非常に特別なお客様がお見えになりましたので。この方がより、一般のお客様と一緒に楽しんでいただけるかという、私からの心ばかりの配慮です。お気に召していただけましたか?」
「……いえ、すみませんが、全く」
「それは残念。ともかく、ここからは公平な遊戯による、互いの資産の削り合いとなります。ですが、単純に先になくなった方が負け、ということではございません。たとえこの数字がマイナスになったとしても勝者側から任意での貸付も行えます。その際の利子設定は自由です。この意味はお分かりですね」
「……あまり、わかりたくありませんが」
「敗者側に、とても優しい勝負、ということですよ。それでは、存分に遊戯を楽しみましょう……初戦はノール、君でよかったね」
「ああ」
「こちらからは────とりあえず、君が行くかい? クロン」
「は」
ラシードが声をかけたのは、俺たちを入り口に案内してくれた長髪の男だった。
「先ほどは世話になった」
「ああ。怪我はなかったか?」
「貴様に心配されるような鍛え方はしていない」
「それはよかった」
彼はさっき『黒い剣』で足を潰されかけた職員だった。でも目が血走り口調も違っていて、雰囲気がまるで別人のようだった。
男は片手に持った金属製のカップに三つの賽子を入れた。
『『裁定遊戯』、三番勝負第一戦の遊戯種目は『三賽子』となります。それではご来館の皆様は掛け札をお近くの係員からお買い求めの上、存分に対戦をお楽しみください』
「……私は本来、こちらが専門だ。国賓とはいえ全力で相手をする。悪く思うな」
「ああ、よろしく頼む」
そうして、俺が参加するゲームが始まった。






