140 時忘れの都 4
「財産を没収して追放? ……何も、そこまですることはなかったのでは」
リーンはラシードの言葉に、戸惑っているようだった。
確かに彼らはシレーヌに酷い言葉を浴びせたが、リーンのいう通り、砂漠に放り出すことまではなかったのでは、と俺も思う。
「とんでもありません、リンネブルグ様。あれらはサレンツァの国賓に暴言を浴びせたのです。通常なら即、死罪に値します。……とはいえ、彼らも貴賓が訪れているとは知らなかったとのこと。故に、減刑した上での処置でございます」
「減刑で、私財を没収、ですか」
「どうか、ご案内したメリッサを責めないでやってください。あれらをここに留め置いたのは私の判断でもあります。彼らはサレンツァでも有力な商人たちでして。それが、あのような問題を引き起こすとは、全くの想定外でしたので。どうぞ、お許しいただければ」
「……結構です。問題には自分たちで対処できましたので。でも、私たちが求めていたのは彼らとの和解であって、そこまでの処分は必要なかったと思います」
「寛大なお考えに感謝申し上げます。あれらも砂漠の真ん中で自らの行いを反省していることでしょう。重ね重ね、不手際をお詫びします……ああ、ところで。失礼ついでに一つ、お願いがあるのですが」
「……なんでしょう」
「そこの従者、お借りしても? 確か、ノール、とか言いましたか」
「ノール先生を?」
話題が急に俺に向き、思わず振り返る。
「はい。先日も申し上げた通り────私は彼に興味がありまして。ほんの少しの間、話をしてみたいと思いまして、リンネブルグ様のご許可をいただければと」
「……ノール先生、どうされますか」
「話ぐらいなら、俺は別に構わないが」
リーンは心配そうに俺の顔を覗き込むが、話をするぐらいならどうということはないと思う。
「お話はできるそうです」
「感謝します。それでは、あちらの椅子で一緒に飲み物でもどうだい、ノール」
そう言って、手に持ったグラスの一つを笑顔で俺に手渡した。
◇◇◇
寝そべるようなタイプの椅子が二つ並んだ真ん中には小さなテーブルがあり、ラシードはそこに二つのグラスを置いた。
椅子の上には大きな白い傘がかかっており、強い日差しを遮っている。
遠くでリーンとイネスが、俺たちが持っているような飲み物のグラスをメリッサから受け取りつつ、こっちをじっと眺めているのが見える。
ラシードが笑顔で手を振ると、二人は少し苦い表情をした。
「どうだい、ノール。この都は。楽しんでもらえていると嬉しいけれど」
「そうだな。俺自身は結構、楽しませてもらっているが」
「それはよかった。クレイス王国から、わざわざ足を運んでもらった甲斐がある」
「特にあの水槽はすごいな。見たこともない魚ばかりだ。飛び込むと、本当に気持ちがいい」
「だろう? 砂漠の真ん中で灼熱の太陽の下に晒されながら、冷たい水に心ゆくまで浸かる。贅沢な話だと思わないかい?」
「そうだな。できれば、魚を自分で獲って食べられたらもっと楽しかったが」
「……………………いいよ、別に。食べても。また仕入れればいいんだし」
「そうか? 悪いな?」
「ああ。一匹と言わず、全部獲ってもらっても構わない」
「流石に、そんなにはいらないが」
この人物、話してみると意外と太っ腹だった。
俺たちはその後も二人並んで椅子に寝そべって飲み物を飲みながら、普通の会話をしたのだが。
「でも、そんなことが聞きたかったのか? それなら、あっちで立ち話でもよかったと思うが」
「鋭いね。君の言う通り、本題は別さ」
ラシードは飲み干して空になった飲み物のグラスをテーブルに置いた。
「君。こっちに来る気はないかい?」
「こっち? なんの話だ?」
「……君が僕らの側についてくれたら、欲しいだけ出す、と言ってるのさ。君、見たところ雇われの冒険者だろう? どれぐらいの額で雇われているんだい? 言えなければ、言わなくてもいいけど」
「……話が全く見えないが」
俺がそう返すと、ラシードは楽しそうに笑った。
「僕はね、君のことを非常に高く評価しているんだ。あのシャウザが『わからない』なんて。彼、あれでサレンツァで三本の指に入るぐらいの実力者なんだけどね。初めてのことなんだよ、彼をして測れない、と言わせたのは」
「そうなのか。あの男、なんだかすごい傷を負っていたが、強いのか?」
「彼はちょっと訳ありでね。あれは戦いで負った傷じゃない。戦場に出たら一応、無敗さ」
俺はてっきり、子供達が盗賊団のまねごとをしているあたり、治安の悪い場所かと思っていたが……意外と平和だということだろうか。
「そういえば、この辺りでは獣人は嫌われているのか? なんだか、一緒の水に入っただけですごい騒ぎになっていたが」
「そうだね。僕のように近くに置くのは少数派さ。僕はどちらかというと能力主義でね。あまり、出自とか、国籍とかは気にしない。それで、君のことなんだけど。幾らであの子に雇われてるんだい。教えてくれると今後の参考になるんだけど」
「……すまないが、それは俺からは教えられないな。あっちにいるリーンに聞いてもらえないか?」
確かにラシードのいう通り、俺はリーンに雇われている。
でも、そういえば契約のことなどはギルドマスターに任せっぱなしで実は俺は全く把握していない。
強いて言えば、このサレンツァという国に来れたことが俺にとっての最大の報酬なのだが。
彼が聞いているのはきっとそういうことではないのだろう。
「ふふ、なるほどね。口は固いようだ。それも好印象だよ。まあ、君が今いくらで雇われているかはさておき、僕は君に日に『王金貨』一枚を出してもいいと思っている。君には、それぐらいの価値はあると僕は踏んでいる」
「王金貨というと……あれか? 虹色の小さくて、硬い硬貨の」
「そうだよ。よく知ってるね。普通は手にすることもないはずだけど、君は手にしたことがあるらしい」
「ああ、何枚かは」
「なるほど。それなら、クレイス王国で不当に冷遇されているというわけでもなさそうだ」
「しかし、日に王金貨一枚か。それは……ちょっと、な?」
確か、王金貨一枚というと、一つ立派な城が立つという話だった。
つまり、彼の言っている条件で彼に雇われるとなると城が日に一個、増える換算になる。
十日だと十個。
100日もあれば、100個城が建つだけの資産が増えていく。
俺は財布の中身を減らしにこの国にやってきたはずなのに、それではちょっと目的が違う。
「あれ、不満かい?」
「いや、そんなにいらない」
「へえ。意外に無欲なんだね。それだけの強さがあるのに……それとも、何か他に特別な報酬をもらっているのかい?」
ラシードは俺の顔をじっと見た。
「そうだな……強いて言えば、このサレンツァという違う文化の国を、自分の目で見れたことだろうか? 俺にとっては見るもの全てが新しいし、それが一番の報酬だな」
「……なるほど。どうやら顔には出ないタイプらしいね」
「本当なんだが」
「そういうことにしておこう」
俺は正直に言ったのだが、信じてもらえなかった。
さっきから、会話が成立していない気がする。
「ああ、そういえば。君のあの剣。見せてもらったよ。すごいね、あれ。話には聞いていたけど、この僕の鑑定眼を以てしても全くなんの材質なのか、わからない。なんでできてるんだい、あれ? 本当に面白いね」
「それは俺にもわからないが……もしかして、欲しいのか?」
「いいや、今は別にいらないかな。あれは、どう見ても保有するメリットよりも管理コストの方が上回る。このまま君が持っているといいと思うよ」
「……まあ、そうかもな。欲しいと言われても、あげられるものではないが」
「でも、キミごととなったら話はまったく別になる。あの剣を扱えるキミとセットであれば、あれは途方もない価値を生む。僕はそれが欲しい。だから、その時が来たら大金を積んで君のところに行こう。僕がすぐに動かせる金には限りがあるけれど、それでも、この都が一つか二つ建設できるぐらいはあるはずだよ」
「……いや、どんなに金を持ってきても売らないぞ?」
「そうかい。なら、その時までに、きっと君の気が変わる額を用意しておくとするさ」
金は別にいらない、と言っているのにラシードは聞く耳を持たなかった。
そうしてラシードはグラスの中身を飲み干してテーブルの上に置くと、立ち上がった。
「ありがとう。話せて楽しかったよ、ノール。じゃあ次の『裁定遊戯』、楽しみにしているよ。君の雇い主のリンネブルグ様にもよろしく」
そう言ってラシードは一人、勝手に帰っていった。






