131 砂漠の水路建設
「おかえり、ノール、リーン。ご飯の準備できてるよ」
俺たちが村に戻ると、ロロが朝の食事を作ってくれていた。
「ああ、すごくいい匂いだ……腹が減った」
「私もいただきます」
昨日と同じく集落の広場で大鍋で作られた料理が振る舞われており、朝だというのに辺りは多くの人で賑わっていた。
昨日は料理を配る役目をしていたシレーヌだったが、今日は弓の訓練があるということで俺たちと入れ違いでどこか別な場所に行っているようで姿は見えなかった。
俺とリーンはロロから料理の盛られた器を受け取り、適当な場所に座って朝の食事をいただいた。
「……うまい……うますぎる」
昨晩の神獣のスープの残り汁に有効利用して作られたという朝の料理は、ロロの手によってとんでもない絶品料理に仕上がっていた。
これもとても言葉では言い表せないが……一言で言えば、幸せの味がした。
こんな美味しいものがまだ数日間食べられるというのだから、たまらない。
今回のサレンツァへの旅に料理人のロロが同行してくれていて、心からよかったと思う。
「お代わり、まだまだあるからね〜」
ロロの一声でお代わりを求める人々が老若男女問わず一斉に鍋に群がり、当然、俺もその長蛇の列に加わった。
そうして俺が五杯ほどお代わりをもらって食べ終えた頃、リーンも朝食を食べ終えたようだった。
「じゃあ、行くか」
「はい」
俺たちはしっかりと朝の食事を終えると、すぐに次の作業に取り掛かる。
畑を作る為に必要な『土』の準備が整ったので、次は『水』だ。
昨日、砂漠に井戸を掘るという案は失敗してしまったので結局、水源はイネスが王都から持って帰ってきてくれた『湧水の円筒』を使うことになった。
俺たちは村の青年カイルに付き合ってもらい、昨日の晩に描いた簡単な図面を見ながら村の水源を設置する場所を話し合っていたのだが。
「この辺りでいいんじゃないか? 少し土地が高くなっているし、村の真ん中だし、言うことないだろう」
「はい。利便性を考えると、やはりこの辺りが最適ではないかと思います。カイルさん、この辺りの土地を使っても大丈夫でしょうか?」
「はい。長老からは集落の外も中も、あなた達なら全て自由に使っていただいて良いと言われておりますので、構いません」
「けっこう、大きな穴を掘ることになると思うが大丈夫か?」
「はい。もちろん構いません。しかし────」
村の青年カイルの案内ですぐに少し高台になった広い場所が見つかり、俺とリーンはそこに水源を設置することを決めた。
だが、カイルはあまり納得していない様子だった。
「……ここが水源ですか? この辺りを掘っても、何も出ないと思いますが……?」
「水は出なくていいんです。貯めるための穴ですから」
「……貯めるため? でも、その水はどこから?」
「これを使うんです」
「それは筒、ですか?」
今朝、俺とリーンはこの村の長老の老人に会いに行き、簡単な図面を使って俺たちがやろうとしていることを説明した。
最初、村の青年カイルと同じように、何故『水源』と描かれた場所が集落の真ん中にあるのかと不思議そうに図面を眺めていた老人だったが、リーンが目の前でほぼ無限に水の湧き出る『湧水の円筒』を使ってみせると驚愕し、ものすごい跳躍力で真上に飛び上がり天井に頭を強打した。
あまりにも勢いよく天井に激突したので俺たちは老人の頭を心配したが、老人の心配は別のことだった。
『それは、つまり、我が集落が一大水源地になってしまうということですか?』
リーンがおそらくそういうことになります、と答えると老人はしばらく魂が抜けたように固まった。
そうして、そのまま畑で獲れそうな作物の話、畑と水を盗賊などから守るための自警団の話をすると老人は少し涙目になりながら微笑んだ。
『……ふふ、まったく、夢のような話ですわい。ワシの命があるうちに、このようなことが起きるとは。もちろん、この村にあるものなら、なんでも使ってくだされ……いや。となると、あれやこれも……? クク、ふふふふ、と……となれば……!?』
だんだん老人の目がギラギラとして悪い顔になっていった気もしたが、とにかく協力はしてくれる様子だった。
そういうわけで大まかな許可はもらっている。
老人は村の青年カイルには細かいことは何も言っていない様子だったが、彼も自分に説明はいらないというし、そのまま作業を進めることにした。
「まあ、見ていてくれ。説明するより見てもらった方が早いだろう。すぐ終わるから」
「そうですね。ですが、危ないので離れていてください、カイルさん」
「は、はい……?」
まずは俺が『黒い剣』で穴を掘る。
穴というより、人が何十人か入れるぐらいの浅めのくぼ地といった感じだが、俺の背丈ぐらいの深さに掘り終えたところで次の作業をリーンに託す。
「あとは頼んだ、リーン」
「はい。【滅閃極炎】」
リーンは得意の【スキル】で灼熱の火球を生み出すと、そのまま空中に静止させた。
俺たちが朝食をとっているうちに日が昇っていたので、ちょうど太陽が二つあるようだった。
そうして、リーンは慎重に巨大な火球をゆっくりと地面に下ろしていく。
輝く炎が俺が掘った穴の砂地の壁を灼き、ドロドロに溶けた半円状の大きな穴ができていく。
リーンの魔法スキルの炎で見るまにいい具合に焼けていく穴の壁を、俺は感心して眺めつつ、頃合いを見て作業をやめてもらった。
「よし、それぐらいでいいと思う」
「はい」
適当なところで俺はリーンに砂を焼く作業をやめてもらうと、あっという間にガラス質の『貯水池』の完成だ。
とはいえ、このままでは使えないし、危ないのですぐに冷やしたいところだが、水をかけて急激に冷やしたりすると悪ければ爆発してしまうので、リーンに風の魔法で簡単に粗熱をとってもらい、あとは大人しく放っておくのがいいだろう。
「じゃあ、次は水路の作業だな。ここからは少し急ぎ目に行こう。出来れば今日中に全て終わらせたい」
「はい。ではカイルさん、また後ほど」
「わ、わかりました……? では、何か御用がありましたらまた声をかけてください」
「ああ、助かる。それと悪いが……しばらくそこに村の人を近づけないようにしてくれ。まだかなり熱いから、誰かが触ったら火傷だけでは済まないと思う」
「……なるほど、確かに。では、子供などが近寄らないよう、すぐに村の者に見張りを頼みます」
「すまないが、頼んだ。じゃあ、暗くなる前には戻って来れると思うから」
「……は、はい……? 承知しました」
そうして、俺たちはまだ頭の中が疑問だらけらしい村の青年カイルを置いて、また畑に戻った。
「農地予定地の端はこの辺りですね」
「ああ。とりあえず、図面通りにやろう」
そうして、すぐに作業を開始する。
やることは前もって二人で話し合い、手持ちの図面にもメモしておいたのでスムーズだ。
まずは集落から借りてきた適当な長さのひもをリーンに持ってもらい、畑全体の角になる場所まで歩いて行ってもらう。
「ノール先生。このぐらいの場所でいいですか?」
「いや、そうだな……もうちょっと先がいいと思う。とりあえず、そのまま歩いて行ってもらえないか。必要な距離は見れば大体わかるから」
「わかりました」
そして、リーンにひもを持ったまま畑予定地の奥側に歩いて行ってもらい、彼女の姿が豆粒ぐらいになったところで声をかけ、小さな木片で作った目印を設置してもらう。
「その辺でいい。そこに目印を差したら、ひもの端を持ったまま戻ってきてくれ」
「はい」
そして、またすぐにリーンに戻ってきてもらうと、彼女が持っていたひもの長さを基準にして、八等分する印をつける。
これで畑の区画を作る為の簡単な『定規』の出来上がりだ。
等間隔に目印が刻まれたこのひもを畑予定地の隅から隅に張り、二人で協力して、それぞれの目印に合わせて小さな木片を差していく。
俺たちが作ろうとしているのは正方形の畑が8列掛ける8列ある、合計64区画の大きめの農地だ。
数にすると多そうに見えるが、例の『種屋』の青年に準備してもらった種子を無駄なく使おうとすると、結局こうなった。
作物の種子は数年保管が効くものもあるにはあるが、大抵は時間が経てば経つほど劣化して発芽率が悪くなっていく。それだったら今回は水も土地も十分にあるのだし、せっかくなら全部使ってしまおう、というわけだ。
もちろん全ての作物が上手くいくことはないだろうが、その中の幾つかがよく実ってくれたら儲けもの、ぐらいの感覚でやる。
試すのは多いに越したことはない。
とは言え、ただ農地だけ広げても管理が大変だ。
特に、水やりは畑が広がれば広がるほど大変になる。
だから俺とリーンで話し合った結果、農地に通す水路に少し工夫をすることにした。
まず、水源から引いた水を農地全体に通す、大まかな水路を建設するのだが、そこから区画ごとに水を引く時に木の板だけの簡単な水門で水量を調節し、それぞれの作物に合わせた水の管理ができるようにする。
これには多少、俺の希望も入っているが、ほぼリーンのアイデアだった。
なんでも、『湧水の円筒』を農業に使っているクレイス王国では、こうやって水の管理を効率化している地域がたくさんあるということだった。
リーンの知識のおかげで、俺が当初思い描いていたものよりずっと壮大になり、まるで幼い頃に思い描いたような夢の農地計画みたいになってしまったが、実際にやる作業の量を考えると大変だ。
大小含め、必要な水路の量が結構ある。
そういうわけで早速、俺たちは畑に通す水路を作る作業に移った。
「【滅閃極炎】」
リーンが地面に刺した木片の目印の上に、火球を生み出した。
全部で六つある火球が同時にゆっくりと地面の上を滑るようにして動き、その後にドロドロに溶けたガラス質の塊を残していく。
リーンから前もってこうする、という話は聞いていたが、やはり実際に目にすると、こんなに器用なことができるのかと、と驚いてしまう。
俺もかつて、あんな風に火を使えたら便利だろうな……と思って色々試したことがあった。
でも、俺の【プチファイア】では全く火力が足りず、レンガ一つ焼くのが精一杯だった。
しかも、その一つを焼くのに三日もかかったし、元の火が小さいので裏返したりしながら、じっくりと丹念に焼いたつもりなのに中まで十分に火が通っておらず、俺が焼けたのはすぐに割れてしまう脆いレンガだけだった。
それと比べると、やはりこの子はすごい。
というか、比べ物にならないだろう。
改めて、【スキル】の恩恵を感じずにはいられない。
リーンの魔法によって、あっという間に水路の原型となるガラス石の帯ができていき、気がついた頃には彼女の作業は終わっていた。
「これで予定していた部分は終わりです」
「ああ。じゃあ、今度は俺の番だな」
「その前に風の魔法で少し熱を取りますね」
「……そうか? 大体でいいぞ。俺は多少の火傷なら気にならないから」
「はい。ですが、そんなに時間はかかりませんので────【竜巻】」
そう言いながらリーンは強風を巻き起こすが、絶妙なコントロールで畑の土は巻き上げない。
あっという間に熱く焼けていたガラスの塊が冷えた。
「これぐらいで、どうでしょうか?」
「ああ、助かる。これならもう火傷もしない」
そうして、俺は『黒い剣』をしっかり握り、先端をガラス質の塊の上に当てて呼吸を整える。
さあ、ここからが俺の本領発揮だ。
俺が日頃積み重ねた『どぶさらい』の経験が今、試される。
というか今日、俺が一番楽しみにしていた作業でもある。
「────行くぞ」
俺は剣をガラス質の塊に軽く押し込みつつ、慎重に地面を蹴った。
すると、 ゴリゴリゴリ、と小気味良い音を立てながらガラス質の塊が削れ、剣と同じ幅の溝ができていく。
……よし、いい感じだ。
今のところ、問題なく掘れている。
当初、頼もしい水源も手に入ったし、良い畑の土も揃ったものの、その水をどうやって畑まで運ぶのかが問題だった……身近なところに答えはあった。
砂だ。
ここの砂はガラス質を多く含んでいる。
だから、一旦ドロドロになるぐらいの高温で焼けばすぐに塊になる。
リーンが砂を焼いて作ったガラス質の塊は結構、硬い。
俺は知らなかったが、本来ガラスというのは鉄よりも硬いものらしい。
だが、俺のもっている『黒い剣』なら問題なく削れてしまう。
だったら、その辺に大量にある材料を使い、こうして手っ取り早く頑丈な『水路』を作ってしまおう、という話になったのだが。
水路を作るにあたってのもう一つの問題が、スムーズに水を流すための『勾配』をどう作るかということだった。
でも、それもすぐに解決した。
クレイス王国の王都の側溝には微妙な勾配が付けられており、綺麗に掃除さえされていればちゃんと水が流れるようになっているのだが、それは今、俺たちが必要としている水路の理想形とそっくりだった。
俺は『どぶさらい』を繰り返していたおかげで、王都中の側溝の形を把握している。
いや、把握しているどころか、王都の側溝の形は俺の体に刻み込まれ、目を瞑っていても脳裏に再現するのは余裕だった。
要は俺がリーンが作ったガラス質の塊を削る時、『どぶさらい』の時の感覚を再現すればいいだけだった。
『黒い剣』を使えば溝はほとんど抵抗もなく掘れるので、感覚はほぼ『どぶさらい』の時と変わらない。
もちろん、一回ではちゃんと掘れないので、何周かはする必要があるのだが、別に苦にならない。
この作業、かなり楽しいからだ。
俺がいつも王都で『どぶさらい』をしている時、『黒い剣』でうっかり側溝を傷つけないよう細心の注意を払わなければいけないのだが、今回はその逆でいくらでも削っていいのだ。
おまけに街中ではないので周りへの影響を気にする必要もなく、思い切りゴリゴリと削れる。
普段やってはダメなことをやっていい、となると、ちょっとした開放感があった。
俺は『どぶさらい』の依頼の時、側溝にこびりついた汚れをごっそりと丸ごとこそぎ落とすのを密かな楽しみとしていたのだが、最近はどこも掃除し切ってしまって、そういうことも無くなってしまった。
この作業には、それに近い懐かしい楽しさがある。
何より、役に立つものを作っているという実感が心地よい。
同じ削る仕事でも、王都の水路建設で決められた形の石の部品を削っていく作業もかなり楽しかったのだが、これはこれでまた別の面白さがあった。
と、そんなことを考えている間に作業に慣れてきたので、だんだんと走るスピードを上げていく。
するとより一層、面白いようにゴリゴリゴリゴリ、という音を立てて綺麗な溝が掘れていく。
……これはすごく、楽しい。
「……よし、こんなものか」
夢中になって作業をしたおかげで、俺は予定していた深さの溝をあっという間に農地全体の水路に刻み終えた。
正直なところ、もう少しやっていたかったが……余計なことをしても仕方がない。
思ったより楽しかったので時間が経つのが早く感じたが、まだ日は高く昇りきる前だった。
「終わったぞ」
「お疲れ様でした。そろそろ、お昼頃ですね」
「そうだな。休憩にするか」
俺たちはロロに作ってもらったお弁当を開け、少し休憩するとまた作業に取り掛かった。
そうして、まだ日が落ちないうちに畑の水路が完成し、あとは村の『水源』から畑までの大きな水路の建設を残すのみとなった。






