121 砂漠の宴 2 宴のあと
(2021/8/7/16:00 少し改稿)
その夜、俺たちは村人が用意してくれた宿だという、村の中ではかなり大きな建物に皆で寝泊まりすることになった。
俺は慣れない砂漠の暑さで汗をかいたので、寝る前にいつもの王都の習慣で風呂に入りたいと思ったが、どうもここでは水は非常に貴重なもののようで、村にそんな余裕はないという。
なので、リーンに馬車の設備を使って水を出してもらい、ついでにそれを魔法で温めて体を拭くためのお湯を準備して風呂の代わりにした。
他の皆も同じようにして身体を綺麗にしてから眠りにつこうとしていたのだが、その準備の様子を見た村の人々はとても驚いていた。
彼らにリーンが馬車に『水の出る魔導具』が入っているので魔力さえ扱えれば水は幾らでも使えるのだ、と教えると皆が心底驚いた顔をしていた。
この村の人々にとっては綺麗な水は普段高くて買えないものらしく、遠出して狩りや採集で得た収入のほとんどを水の購入費用にあてるが、それも多少濁ったものだという。
近くに水源もないので仕方がないというが、飲めるようなものを水浴びに使うというのは初めて見た、と。
一つ壁を越えただけで、色々と常識が違う。
というか、速い馬車とはいえたった半日ぐらいの距離で、まさかここまで違うとは思わなかった。
その後、俺たちは旅の疲れもあり、すぐに休むことにした。
建物は大きかったが王都では見かけない不思議な造りで、皆が大きな丸い部屋に一緒で寝るような構造だった。
部屋の真ん中には火を焚く為の円形の暖炉があり煙突が天井まで伸びている。砂漠の夜は冷えるので、快適に過ごす為にはこういう設備が必要になるのだとリーンが教えてくれた。
他の家の造りはこうはなっていなかったので、わざわざ貴重な燃料を消費して、少々無理をしてもてなしてくれているのだろう、とも。
ロロとシレーヌは寝床に入るとすぐに寝息を立てていた。
イネスもいつもの重そうな鎧を脱いで布団にくるまり、窓から馬車が見える位置で静かに眠っているようだった。
リーンは窓の外の風景を見ながら、何か考え事をしながらまだ起きている。
俺もまだ眠くはならず、何となく今日の出来事を思い出していた。
頭に浮かぶのは、先ほど老人から色々と話を聞いてしまったこの村のこと。
この村は働いてもろくに食料が手に入らないというし、水も買わねば不足する。土地は痩せていて作物は実らないというし、生きるのに不利なことはわかっていても他に行くあてがないという。
この村の生活は本当に、俺の知っている常識とは違うことばかりだ。
異国に来たのだから当たり前と言えば当たり前なのだろうが。
俺が子供の頃住んでいた所では、辺りの森に狩りに行けば食べられる獣も鳥もいたし、近くに川もあった。
それにある程度の深さまで土を掘ればだいたいどこでも水が出たので、畑の近くに水場があると便利だと思い、色々詳しかった母親に教わりながら子供の頃に自分で土を掘って井戸を作ったこともあった。
でも、彼らは自分たちの畑すら持つことができないという。
彼らは狩りが得意らしいが、この辺りは獲物も乏しく、頑張って大量に狩ったところでそれほどの収入にはならないので、食べる物を買うのにも苦労する。
だから自分たちで作物を作れる畑が欲しくても、この砂漠には痩せた土地ばかりでどうやってもうまく育たないのだという。
「……痩せた土地でもよく育つ、か」
俺はふと、王都の市場で出会った『種屋』の青年の話を思いだし、持参した袋の中から自分のおやつ用にと持ってきた『マンドラゴラもどき』を取り出した。
「【ローヒール】」
俺が試しに僧侶系最低未満スキルの【ローヒール】を使うと、その黒ずんだ根から小さな芽が出てきた。
以前、これを山の畑で育てていた作物の『種』にも使った事があったので、もしかして……と思ったが、やはりこの『種芋』にも使えるらしい。
最初、俺の【ローヒール】は傷をじわじわと癒すだけのものだとばかり思っていた。
だが、毒にも効くことがわかると俺は他に何かに使えないか色々試してみた。
いろいろ試してみても、役に立ちそうな利用法はなかなか見つからなかったが、ある日、畑に撒く為の『種』を手のひらに置いて使うと種からすぐに芽が出てくることに気がついた。
その芽を生やした種を試しに畑に植えてみると、驚くほど育ちがよく、全く病気もしないし、心なしか実った作物の味もいい気がした。
それを覚えてからというもの、自家菜園が飛躍的に楽になったのだが。
王都に出てからというもの、自分で作物を作る必要がなくなったので畑はやめてしまったし、もう当分、この特技は使うことはないと思っていた。
だが、この村のような場所では使えるかもしれないな、とふと思う。
もしかしたら、これを利用すればこの砂漠のような何もない土地でも作物が育つのでは、という淡い期待がある。
もちろん、できるという確証はないし、その可能性も低いと思うが、もしかしたらできるかもしれない……と思うと、試しにその辺に植えて育ててみたいという衝動に駆られる。
まず、痩せた土地で育てるにしても、何より必要になるのは水だ。
そこが大きな問題だが……それも何とかなるかもしれないと思う。
この地域はずっと砂ばかりの厳しい土地だが、時期によっては雨季と言って土砂降りのように雨が降ると言う。それならば、かなり深く井戸を掘ってみたら水が出る可能性がないわけではない。
それに井戸を掘って水が出なくても当てはある。
馬車にも備え付けられているという『水の出る魔導具』だ。
あれはサレンツァでは誰も見たことがないほど貴重なものだそうだが、クレイス王国の王都には幾つかあるとあの自称『浴場マスター』の男から聞いた事があるし、俺も新しくできた浴場に行って実物を見た事もある。
確か、リーンのお父さんはだいぶ前から俺に「困ったらなんでも頼ってくれ」と言ってくれていた。
俺自身、特に望みもなかったので今まで何も頼ることはなかったのだが、今回、頼らせてもらってもいいのではとふと思った。
もちろん言葉通りなんでもと言うわけにはいかないだろうが、王都の浴場にあるような『水の出る魔導具』ぐらいなら、なんとか準備してくれるかもしれない。
そう上手くいくとも限らないが、この際、駄目元でお願いしてみてもいいのではと思う。
とにかく水さえ何とか確保できれば、水を畑まで流す用水路なら俺が自分で作れる。
何と言っても掘ったり耕したりするのには便利な事この上ない『黒い剣』があるし、今の俺なら小規模の畑だったら半日もかからず作れると思う。
農業の経験は長いし、王都でもそういう工事ばかりやってきたから、その辺りには自信がある。
そして、あの白い獣耳の老人は一つ、気になることは言っていた。
その昔、この辺りは『豊かな森』だったと。
もちろんそれはあやふやな伝承で、確実な物ではないと言っていたが……もし万が一、その話が本当だとしたら、かなり深くまで地面を掘り返したら、砂の下から豊富な栄養を含んだ土が出てくることもあるかもしれない。
少なくとも、そういう話が残っているのなら、砂ばかりということもないと思う。良い土が出てきたら儲けもの、ぐらいに思って井戸を掘るついでに掘り返してみるのもいいかもしれない。
そんな風に色々と考えていると……なんだか、すぐに全部やってしまえるように思えてきた。
そういえば、さっきあの老人に「なんで自分たちの為にそんなにしてくれるのか」と聞かれて、すぐには答えられなかったが……。
別に俺自身は彼らのために何かをしてあげたい、というのとは違うのだと思う。今考えていることも、どちらかというと自分の興味本位のような気がするし、自分の気持ちを晴らすためにやろうとしているように思う。
もし知り合った人間たちが不幸な目にあってしまったら、誰だって気分は良くないだろう。それが、あんなに大勢で、しかも子供達までたくさんいるとなるとなおさらだ。
彼らの村が丸ごと不幸になることになったら、さっきのように美味い飯を食べていても、気になって味もよくわからない、ということにもなりかねない。
俺はこれからも、なるべくならそういうのを気にせず、気兼ねなく美味い飯を食べたい。
言葉には出来なかったが、本当にそれぐらいの理由なのだと思う。
となると結局、一番の理由は彼らと知り合いになってしまったから、ということだろうか。
それも自分のできる範囲で、彼らのためにも何か良いことがあればやりたい、という程度の話だ。それでうまくいかなければリーンの旅にくっついて来ている身の上だし、もちろんあきらめるしかないのだが。
それでも俺にやれることぐらいなら、一通りやってみたい。
「リーン。まだ起きているか」
「はい」
「一つ、相談があるのだが」
「はい。何なりと」
貸してもらった布団にくるまりながら、窓の外で鍋を作った残り火を囲んで遊んでいる幼い獣人の子供達をじっと見つめていたらしいリーンに、俺は相談を持ちかけた。
「単なる思い付きでしかないんだが。この村にもう少し滞在して、ちょっとした畑を作れないかと思ってな」
「ちょっとした畑、ですか?」
「ああ。畑と言っても色々試したいことを試すような、小さなものにはなると思うが」
「……なるほど。作物の試験用の畑、ですか。となると結構時間がかかりそうですね。期間はどれぐらい必要そうですか?」
「いや、そんなに大々的にやるつもりはないし、長くても二、三日もらえれば十分だと思う」
リーンは少し考えてから、にこやかに言った。
「それぐらいであれば、大丈夫だと思います。サレンツァの首都への旅程は余裕を持って組んであるので数日間の寄り道程度なら、なんの問題もありませんので」
「そうか。それなら、リーンのお父さんも含めて色々と頼みたいことがあるんだが、いいだろうか」
「はい、何なりと。父も今までノール先生に頼ってもらえなくて、若干しょげていたぐらいですから……頼ってあげたら、とても喜ぶと思います」
そうしてその日、俺たちはこの村で出来そうなことを夜遅くまで話し合った。






