114 忘却の遺跡
「あの男、ノールはリーンからのサレンツァ行きの打診を快諾したそうです」
「そうか」
クレイス王と王子は薄暗い部屋で互いに顔を伏せ、渋い表情で思案にふけっていた。
思うことは同じ。
先日の王女リーンのサレンツァ行きの申し出について、二人とも頭を悩ませていた。
「やはり、リーンはどうしても行くつもりなのか」
「はい。適任は自分以外にないと。魔族の少年ロロもサレンツァに渡ることを希望しています」
「例のサレンツァからの書簡の『商業自治区内に生存する『魔族』の情報を貴国に提供する準備がある』との言葉が、これほど強力に効いてくるとはな……それもよりによってあの子に」
魔族の少年ロロと王女がサレンツァに出向くことになっては、クレイス王国はまんまと相手が撒いた餌に食いついた、ということになる。
先日のカマかけの書簡への満額回答だ。
ある意味、全てに喰らいついてしまえばどれが重要なのかわからない、という話にも出来なくはないが。
あまりにもリスクが大きい。
「それと、リーンは王位継承の『試練』としてもまたとない機会だと。自分が王位継承の資格を『忘却の遺跡』で得たいのだと言って赴けば、自然な形で戦闘要員をサレンツァに連れ込める、と。彼女はそう主張しているのですが」
王子の話に王は渋い表情のまま応えた。
「……『忘却の遺跡』か。確かに、あそこには我が国にとっては未知なる魔導人形の技術が眠っている。『忘却の遺跡』は我が国に不足している知識の宝庫だ。もし無事に持ち帰ることができれば、王位継承の儀に必要な『破格の成果』となるのは確実だ。十分、リーンがサレンツァに渡る名目たりうるだろう」
────『王位継承の儀』、通称、王位継承の『試練』。
クレイス王国の王位を継ぐ者に課された古いしきたり。
それを主たる名目として、リーンはサレンツァに発ちたいと言っている。
冒険者の国であるクレイス王国では、王位を継ごうとする者は『冒険者』として大きな成果を挙げる必要がある。
王が資格を得た者が揃ったと判断した時点で候補者同士で競い合い、勝者を決める。
それを以って民衆に新たな王権が承認される。
冒険者としての『破格の成果』は、その第一歩。
王も王子も、既にその過程を経てきた。
試練で命の危険がある場所に挑むのは当然で、通常は仲間と共に挑む。
王女リンネブルグは以前『還らずの迷宮』に挑戦していたが、そこで例の暗殺未遂事件が起きた。
試練はそれからずっと休止状態になっていたのだが。
そろそろ再開しても良い頃だとは王も王子も思っていた。
「だが、よりによって今の状況のサレンツァで、とは」
一旦、王は王女の申し出を否定しかけたが、王女の主張は王が考えた反論よりも理に適っていた。
まず、一つ目に王女が主張したのは「百年近く国交が断絶していた国に、大手を振って入り込める又とない機会である」ということ。
クレイス王国と商業自治区サレンツァには長い断絶の歴史がある。
二国の民の交流はクレイス王国の南域とサレンツァの広大な砂漠地帯との間に建設された巨大な『壁』に阻まれてきた。
その壁は昔、「クレイス王国への砂嵐の北上を抑制する」という名目でサレンツァ側が建設を進めたものだったが、実際のところ、その強固な石造りの壁はサレンツァの主要な『交易品』である奴隷を、奴隷制度を認めないクレイス王国に逃亡させない為に作られたものだった。
クレイス王国とサレンツァの二国は考え方が根本的に違い、相容れない。
今回、一時的に入国が許されたと言っても、大元の関係性は今後も変わらないままだろう。
だから、次はいつ入国できるかもわからないから、と。
この貴重な機会に視察に赴くのであれば二国の外交の歴史を識り、自らの身を護ることのできる武力を持つ人材が必要不可欠であり、警戒されずに効率的に情報を集めるには若く侮られがちな自分が最適である、と。
それに王族の一員である自分がサレンツァの内情を眺めておけば、今後の外交の助けにもなるだろうと王女リンネブルグは主張した。
よって、最も自分が適任である、と。
それは、確かに一理あると王も王子も反論はしなかった。
むしろ理に適っているだけに、王と王子は頭を悩ませた。
────冒険者の国のクレイス王国の王族にとって、危険な路は必ず通る路。そこから逃げてばかりの者は『冒険者の国』の長にはふさわしくない。
そんな風に、自分自身が王女に幼少期からそう教え込んできた手前、王は本人が行くと言っているのに危険だと言って、彼女が自ら挑もうとする『試練』から遠ざけるというわけにもいかなかった。
それに、確かにあの子が『忘却の迷宮』に挑戦すれば、何らかの大きな成果を持ち帰るだろう。
サレンツァの『忘却の迷宮』は特殊な迷宮だ。
既に八十年も前に探索隊が最深層に到達していながら、あえて核を破壊せず生かしたままにして利用を続けている、未踏破の迷宮。
『忘却の迷宮』の内部に発生するのは肉体を持った魔物ではなく、機械のような体を持った魔導人形達である為、暴走して湧き出るということもないからだ。
サレンツァは迷宮の魔導人形を研究して、それらを使役する技術を得ることで独自の産業・軍事技術を手にしている。
それを目にすることのできるまたとない機会となる。
そして、サレンツァから申し出のあった『魔族』の情報の提供。
ロロは元々、サレンツァの奴隷商の支配下で育ったという。
そして、ロロの証言によれば彼は複数の魔族と生活を共にしていた。
サレンツァの提示した『魔族』の情報とはおそらく、そのことを指している。
ならば彼らを見つけ出すには都合がいいし、いざ交渉という場面では魔族の特性である『心の中を読み取る』という能力は大きく役に立つ。
もちろん、相手方もその事は百も承知で、対策を施してくる事だろう。
となると、彼がいなければ一方的に不利な状況を強いられることにもなる。
彼の同行は相応のリスクはあるが……やはり必須となるだろう。
それに彼は『古き者』の深部を覗いた人物でもある。リーンと共に『忘却の迷宮』の調査に向かえば新たな発見をする可能性もある。それはあくまでも付加的な要素ではあるが、無視できない。
そして、考えれば考えるほど、行くべき要素が増えて行く。
「────全く、あの子は誰に似たのか」
自身も若い頃はかなり無茶をしてきたつもりはあるが、ここまで無鉄砲ではなかったと思う。
あの子の気性の強さは自分以上だ。
もちろん、誰に似たのか……という心当たりはある。
リーンが幼い時に母親が亡くなってからというもの、亡き妻の髪型を真似していたのは知っていた。
思い返せば、今のリーンは彼女に本当にそっくりなのだ。
その姿から物言いまで。
本当に、リーンは生前の妻に性格までそっくりになってきた。
それはそれで喜ばしいことではあるのだが……と王は一つ大きなため息をついた。
「……【六聖】の会議にかけて決めるか」
「……はい」
そうして、結局。
王と王子は他の者の意見を聞くことにした。
そして、すぐに召集された【六聖】を交えた会議で様々な意見が交わされた結果。
────『忘却の迷宮』の探索者としてリーン、そして魔族の少年ロロ。
────彼らの護衛役として【神盾】イネスと冒険者ノール。
────そして『案内役』として、幼い頃に母子で『壁』を越えてクレイス王国に渡ってきたサレンツァ出身の【狩人兵団】副団長、シレーヌ。
総勢五名の最小限の構成でサレンツァに向かい、最近【魔術師兵団】副団長のメリジェーヌが小型化に成功した携帯用の『神託の玉』を彼らに持たせ、時折連絡を取って、自分たちも遠方から支援するのが良いだろうという結論が出た。
新しく開発された『神託の玉』は魔導具の扱いに長けたロロかリーンなら、王都といつでも連絡が取れる。
それならば、王女の安否の確認も取れるから────と、会議に出席した面々はどこまでも王女をサレンツァに向かわせない方向に話を誘導したがるクレイス王を説得した。
「……そうだな。可愛い子には冒険をさせろ、という格言もあるしな……?」
最後まで王は渋い表情をしていたが、結局、リンネブルグ王女たちは王都からのバックアップ体制を敷きつつ、少数精鋭のパーティで商業自治区サレンツァに赴くことが決まった。






