108 サレンツァからの使者
「父上、戻られましたか」
「ああ、今戻った。留守中、苦労をかけたな、レイン」
ミスラから帰国した王が執務室に入ってくると、王子は眺めていた書類の束を机の上に置き、王と向き合った。
「……ミスラの教皇は見事にやり遂げたぞ。面白い演説だった。見たか?」
「はい、教皇の演説は私も魔導具研究所に置かれた予備の『神託の玉』の映像を通して拝見しました。見事な話術だったと思います」
「ああ。発表の内容が内容だけに大きな摩擦は起こるだろうが、その後の反応を見ると想定よりもずっと抵抗は小さく済んだようだ。不思議なほどにな」
「新教皇のあの人柄もあるのでしょうが……それを生かしながら、かなりうまく脚本が構成されていたと思います」
「その筋書きを書いたティレンス皇子も含めて、新しい教皇の体制はなかなか油断ならんな。これから彼らがミスラを統べていくなると手強いぞ。今までとは別の意味でな」
言葉とは裏腹に、王は傷だらけの顔に嬉しそうな表情を浮かべた。
「それで、留守中のことで私からご報告が」
「ああ、聞かせてくれ。とはいえ、急を要するものばかりではないのだろう。久々に外交の場に出て、くたびれてしまってな。話題を少なくしてくれると助かる」
「はい、ですが。一つだけ非常に気になる話が」
「例のサレンツァからの使者が王都に訪れた、という件だな。概要はカルーから聞いている」
「はい」
先ほどまで愉しげな笑みを浮かべていた王は、一転、厳しい雰囲気で自らの息子に向き合った。
「同盟を結んだミスラ教国の式典には使いも寄越さず、長らく敵対関係にあった我が国の方に使者を遣わせるとは、一体どういう了見なのだろうな」
「使者については、入国から出国までの間、ずっと監視をつけていましたが……どうやら、使者自身は我々に向けた『書簡』を持たされてやってきただけの人物のようです。内容も全く知らない様子でした」
「書簡、か。内容は確認したか?」
「はい。【隠聖】カルーに不審な点が無いか調べさせた後、私が内容を読みました。確かに、サレンツァからの公式な文書で間違いないようです。文面としてはよくある親交文書の類ですが……内容にかなりの違和感があります」
「見せてもらおうか」
「はい、ここに」
王は王子から手渡された文書を眺め、ひとしきり読み終えると目を細めた。
「なるほど、これは不気味だな。『貴国の目覚ましい活躍に感銘を受け』、『貴国の更なる躍進に無償での協力を申し出たい』か。あの男が社交辞令でもこんな文書を寄越すとはな。無償で、とわざわざ書くところが奴らしいといえばらしいが……なぜ、そんな気色の悪いことを我が国だけに言ってくるかという事だな」
「はい。他に『商業自治区内に生存する『魔族』の情報を貴国に提供する準備がある』という項目もあったかと思います……加えて、サレンツァ首都近郊の『忘却の迷宮』の無条件での『探索許可』を出す、と」
「魔族の件はロロのことがあるからわからんでもないが……『忘却の迷宮』の件は、我が国から大昔に申請していた話だな。本当に今更だ。真意を測りかねる事ばかりだな」
「はい」
王はしばらく文書を睨みつけながら沈黙し、執務用の椅子に深く腰掛けると、王子に目を向けた。
「レイン。この書簡についてのお前の意見を聞きたい」
「それは、つまり……この誘いに乗るか、という事でしょうか?」
「それもあるが、まずはこの見え透いた誘いの真意をどう見るか、という事からだな」
王の問いに王子はしばらく考え、口を開いた。
「私の感触でしかありませんが……おそらくこの文書の内容自体、大して意味がないものと思われます」
「ほう……意味がない?」
王は少し意外そうな表情で王子の顔をじっと見た。
「はい。一応、それぞれの約束は履行するつもりで提示してきているのでしょうが……どれも、彼らにとってさほど重要でないことばかりです。どちらかというと、複数の議題を提示してこちらの反応を伺い、そこから推測できる表に出てこない情報を得ようとしているようにも見えます」
「なるほど、要するにカマかけか」
「はい……こちら側がうまく立ち回れば、大した情報を与えることはないとは思いますが、向こう側が何も情報を持っていない場合、我々がどう動くかを見れば何らかの情報は引き出せるはずです」
「つまり────あいつらは、クレイス王国に何かがある、と考えて探りを入れていると」
「おそらくそういう事だと思います」
「なるほど、一理ある」
王はしばらく考えに耽った後、わずかに笑みを浮かべて、また王子に話を振った。
「ではいっそ、綺麗さっぱり無視してやるか? 何も見なかったことにしてすっとぼけるのは己の得意技だしな」
「ですが、今回はそういうわけにもいかないでしょう」
「……だろうな。書簡を受け取った後で反応しないというのは肯定の返事にしかならん。どうしたものか」
二人は再び考え込むように沈黙したが、すぐに王は頭を振り、王子に読み終えた書簡を返した。
「……考えるのが苦手な己がいくら考えても仕方がないか。妙案がないか、オーケンにでも知恵を借りることにしよう。返答はそれからでも遅くはあるまい」
「はい、この件は慎重に回答した方がいいかと。それと、他にも一つ、ご報告が」
「まだあるのか?」
「はい……例の『黒い剣』を与えた男、ノールについてなのですが」
「あいつが、どうかしたのか」
「そ、それが……」
王の耳に、王子が大きく唾を飲み込む音が聞こえた。
王はいつも冷静な王子がこれだけ動揺するのも珍しい、と、思いながら次の言葉を待った。
「……申し上げます。あの男、かなり前から、迷宮遺物『黒い剣』をあろうことか王都内の下水の『どぶさらい』に使い────しかも、王都の水路再建の為の掘削工事にも使用していたそうです」
「工事? 掘削? 土を掘ったのか? あの剣で?」
「……はい。追加で調査させたところによると、あの男は以前にも『黒い剣』を復興住居建設の為の地ならしの『杭打ち』に使用した形跡が……」
「……杭打ち……? それに、先ほど『どぶさらい』と言ったか? 王都の、どぶさらい……? ────ぶわっはぁ!」
突然、静まり返っていた執務室に大きな笑い声がこだました。
その愉しげな声はしばらく止むことがなく、王子は腹を抱えて笑う王の姿を呆然と眺めていた。
「ち、父上?」
「……はは、それはいい。どぶさらいか。それは本当に面白いな。やはり……あの男に『黒い剣』を託したのは正解だったようだ」
「お怒りにはならないのですか……?」
「怒るも、何も。それは朗報の類だろう。そうか、そうか……大いに使ってくれているようで何よりだ。あの剣にとっても、城で飾りにしておくよりずっといい。しっかりと民の役に立ってくれているではないか。いや、愉快、愉快」
しばらく笑い続け、やっと笑いがおさまると、王は半ば涙目になりながら王子に尋ねた。
「……それで、その褒賞は? 十分に与えられているのだろうな? 我が国にそれだけの貢献をしてくれて、何もしないというわけにはいかんだろう。もし予算が足りなそうなら、宝物殿の財宝を売り払って特別予算を組んでも構わんぞ?」
「それが……ほとんどの仕事の報酬は、『冒険者ギルド』を通して支払われている模様です。支払いの履歴を辿って積算してみますと、『王都復興』の住宅再建や土木工事の名目で組んだ特別予算が既に、五分の一ほどあの男に向けて支払われた計算になります」
「五分の一? それはまさか、正当な仕事の報酬としてか?」
「はい。依頼の達成料として、です」
その報告にも、王は大きく声をあげて笑った。
「はは、あの男。では、もうかなり金持ちなのではないか?」
「はい、金銭的な資産だけで言えば、あの男は膨大な仕事を成し遂げ……莫大な額の資産を手にしています」
「はは、ならばもう、金銭的な褒賞はまた『要らん』と断られてしまうな。どうしたものか」
王は悩ましげに唸りながら、顎に手をやった。
「……これも、考えても仕方がないか。あの男には、なんでも力になるから好きな望みを言ってくれ、とでも言っておくか。いや、それは確か、もう言ったな……? どうしたものか。これはこれで、難しい問題だな」
王はしばらく考え込むと、突然、悪戯が大好きな男児のようにニヤリと微笑んだ。
「……そうだ。いっそ、書簡の返事の代わりにあの男をサレンツァに送りつける、というのはどうだ? 『お前たちが知りたがっていたクレイス王国の躍進の原因はこの男です』という内容の手紙を持たせて……面白いとは思わんか?」
「父上、それは……?」
「まあ、もちろん冗談だ。恩人にそんなことはさせられんしな。当然、冗談だが……きっと、見ものだぞ。あの男が現れて、面食らうサレンツァの頭目の顔は」
「……大きな問題が起こる未来しか見えません」
「まあ、そうだろうな。己もそう思う。きっと、大問題になるだろうな」
そう言って、王はひとしきり楽しそうに笑うと、また真剣な表情に戻り、王子に今後の方針を簡潔に伝えた。
「サレンツァからの書簡については明日、【六聖】を招集し会議にかける。その後、どう処置するか判断を下す。あの男には……そうだな。とにかく、何か困ったことがあったらなんでも言ってくれ、と伝えておいてくれ」
「……はい」
「────それと」
王は再び真面目な顔で王子の顔を見据え。
「……教皇アスティラと皇子に、例の熊の置物、ちゃんと渡しておいたぞ、とな」
そう言って、愉しそうに笑った。
続きます。
下にスクロールしていくと、広告の下に評価を付ける【★★★★★】ボタンがあります。
本作を読んで面白いと思われた方、続きが気になる!と思われた方は是非とも応援をお願いいたします。
今後の継続のモチベーションにも繋がります。






