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華炎戦譚 ー呪われた都で交錯する、退魔師達の業と恋の物語ー  作者: 織河トオコ
第二章 「永祭結界《アトノマツリ》 編」
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第21話 「違和感、後の祭り」



 人波も喧騒の熱気も引いていき、お夜の冷気が少しずつ境内に戻り始めている。


 何事もなく終わればそれでいい。誰もがそう思いながら、祭りは静かに終わりに向かっていた。


亜蓮(あれん)さーん! こっちこっち〜!」


 合流した千助(せんすけ)の姿に、亜蓮(あれん)花緒(はなお)が顔を引きらせた。両腕に屋台飯を山盛り抱えた千助が、鼻にまでたこ焼きソースを付けて手を振っている。


「いやー来てよかったっす! 俺もう、死んでもいいです! 最高の夜っす!」


「やめてくださいよー! まだ死なないでくださいね千助さん!」


 モモも笑いながら、りんご飴を片手に持っている。


「うぇへへ、そーだよモモちゃ〜ん! また来年も一緒に行くんだもんねーっ?」


「はいっ! また一緒に!」


「きゃーーやったあああ!! 女の子とデートの約束ゲットおおお!! ありがとう世界! ありがとう人生! うおおおおおおビバラビダアアアアーーッッッ!!」


 千助の叫びが人気の減った境内(けいだい)に響き渡る。花緒は耳を塞ぎたそうに眉間を(しか)めた。


「こんな千助さん、初めて見ましたね」

 

「ああ……」


 くるくる踊る千助を、亜蓮は遠い目で見つめる。数時間前、「絶対許さない」などと呪いのようなメッセージを送ってきた奴と同一人物とは思えない。


 亜蓮の視線が静まりゆく境内を見渡す。屋台が次々に片付けられていく光景は、まるで夢が醒めていくかのようだった。


「……だいぶ、人が減ってきたな」


 ぽつりと呟いた亜蓮に、モモも周囲を見回す。


「ほんとですね。終盤になってから外の堕神(だしん)も減ってきましたし、退魔師隊も撤収準備の雰囲気でしたよ! ……何か気になるんですか?」


「いや……この祭りを教えてくれた子、来てると思ったんだけど。結局姿を見なかったから」


 そう言って亜蓮は再び境内を見やる。子供の声はほとんど聞こえない。時間も時間だし、流石にもう帰ったのか。


「すごい人混みでしたし、きっとすれ違ったのかも」


 モモがそう言って微笑むと、亜蓮も頷こうとして止まる。花緒が疲れたように灯籠(とうろう)に身を預け、目を閉じて息をついたのだ。

 

「大丈夫?」


 低い声に、花緒がはっとして顔を上げた。その瞳に、一瞬だけ焦点が戻らない揺らぎがあった。


「すみません……。さっきから、集中できなくて……」


 額に手を当てる花緒の様子は、ただの疲れとはどこか違っていた。心配になり花緒の顔色を伺う。結界が作用してるから瘴気汚染の可能性はまずない。流動性結界術の消耗にしては早すぎる。


「人混みにやられた?」

 

「……そう、かもしれません。なんだか、ぼうっとして……」


 花緒は言葉を吐くのも辛そうに目を伏せた。


 何故か脳裏に引き出される懐かしい記憶。

 ――月夜の帰り道「来年も、一緒に来てくれる?」と問う幼い主人に「もちろんです」と返した自分。嬉しそうに握り返された手の温もりを思い出して、手がもがく。


(……感傷的に、なってるだけ……祭りなんて場所だし)


 見かねた亜蓮が意を決して口を開く。


「花緒――」

「残ります。まだ帰りません」


 亜蓮の言葉の続きを察知して、花緒はピシャリと言い切った。亜蓮がでも……と言いかけて、言葉を飲み込む。そんな二人を見比べて、モモが代わりに明るく声を張った。


「さ、そろそろお祭りも終わりですね! 何事もなくてほんとに良かったです! あとは退魔師隊に任せて帰りましょ!」


「いえ、ですから……。私は結界の保持があるので、最後に……」


「えええ〜もう終わり〜!? もっと遊びたかったのに〜! 俺帰りたくないよぉ〜!!」


 千助の大声を背に、亜蓮の視線が静かに闇を見据える。

 

 ――何もない。気配も、魔力も、残穢すらも。だがなんだ?この、既に絶望的な状況に置かれているような嫌な予感は。


 まるで、既に詰みに入られているみたいな――。



* * *


 

 その少し前。

 交川大社(まじりかわたいしゃ)・外苑――。


白波(しらなみ)くん、今日も札の運搬ありがと〜!」


 弾んだ声に、青年が静かに振り返った。

 女性退魔師達の黄色い目にも微動だにせず、無駄のない動作で一礼を返す。


「いえ。手が空いていましたので」


 ――白波 柊馬(しらなみ しゅうま)

 退魔師でありながら、祭り警備の雑用係として今日も影で働いている。


 (うなじ)まで無造作に伸びた濃茶の髪は、額から掻き上げるように後頭部に一つに結ばれ、隊服は折り目一つなく着用している。黙々と木箱を抱え札を配り歩く姿は、どこか時代錯誤な風格すら漂わせていた。


 遠巻きに眺める女子退魔師達の視線がうっとりと熱を帯びる。


「あの所作マジ武士っ……」

「なのに全然ドヤらない」

「戦国時代から転生してきたサムライ説……!」


 そんな声も意に介さず、柊馬は木箱の角を慎重に確認してから、そっと地面へ下ろした。


 ――『退魔札』。

 様々な術式が込められた札は、退魔師の主力武器だ。


 魔力の浪費を抑え、瘴気による汚染のリスクを減らす。千年京の退魔師達のほとんどがこれを使って戦っており、補給は常に必要だった。


 魔力を直接操れる異能者など、ほんの一握り。それでも、訓練を重ね、瘴気汚染のリスク管理さえ徹底すれば誰でも扱える。だからこそ、柊馬は妥協せず学びたかった。


(……なかなか終わらないな)


 空になった木箱を積み上げ、柊馬は小さく息をついた。腕時計の針はまもなく零時を指すが、境内からはまだ笛と太鼓の音が響いている。それに、まだ帰りの人の流れも少ない。


 結界外の堕神の数も減り、退魔師達には油断と疲労の色が滲みはじめていた。


 その時、視線の先に、見覚えのある退魔師を見つけた。退魔師隊の中でも常に前線に立つ結界術師だ。

 柊馬は即座に歩を向け駆け寄る。目の前に立つと、男は目線を泳がせた。


「あ、えっと……君は?」


「白波です。先日、結界術のご指南をお願いしました。ご検討いただけましたか?」


 柊馬は礼儀正しく頭を下げた。


「あーあの時の……。んーああー、うん、ごめんね〜? 悪いけど他の人に頼んでくれない? 最近忙しくて、教えてあげる暇ないや」


「……いえ。失礼いたしました」


 柊馬は静かに頭を下げ身を引いた。男が去っていった、その背後に別の若手が現れ、愛想の良い調子で話しかける。遠巻きにではあるが会話の内容は聞こえてきた。


「先輩! 例の件、考えてくれましたか?」


「お、結界術のことな? お前になら教えてやるよ。その代わり霊石の件、頼んだぞ?」


「もちろんです! 交渉しておきます!」


 軽い笑い声と共に、二人は去っていく。柊馬は黙ってそれを見送り、背を向けた。


(……俺には、“そういうやり方”がない)


「今の人、結界術師……?」

「やだ、あんな奴の張った結界ん中にいるとか無理なんだけど……」


 背後で女子たちのひそひそ声が漏れる。だが、柊馬の耳には何も届かなかった。静かに闇へと身を溶かすように歩き出す。


 灯篭(とうろう)の明かりが届かない小川のほとりまでくると、柊馬は小さな石橋に手を添え、黒い川面を見つめた。


(俺は、組織で上手くやれない。空気も読めない。愛想も、立ち回りも……持ってない)


 このままでは前線どころか、戦闘に出ることすらできない。


 それでも……。それでも、人を助ける術を知りたい。守れる力が欲しい。


 特に、結界術――。それは人を守り、生かす術。だから、何よりも真っ先に覚えたい術だった。もっと多くの命を、傷つく前に救うために。


 その時、ふと頬を撫でる風に微かな違和感が混ざった。


「……?」


 即座に顔を上げ、気の流れを読む。目が、水面の揺らぎに吸い寄せられる。


「……なんだ?」


 跳ねるように小川の岸へ飛ぶ。じっと川面へ目を凝らした。すると、小川と共に流れる薄膜のような結界が、微かに煌めいているのが映った。


「これは……」


 柊馬が息を呑む。間違いない、結界だ。


(これが、結界……? 水流そのものを利用している? 水場は結界が弱まりやすいから、自然の流れを壁に?)


 柊馬の心臓が、静かに早鐘を打つ。この結界術、国家退魔師隊の隊員のものじゃない。別の誰かだ。


 目に見えるか見えないかの、限界まで薄められた魔力。それなのに、自然が生み出した法則のように美しい設計。


「すごい……!」


 柊馬の全身が熱くなる。

 ──誰かが、誰かを守っていた。見えない場所で、静かに、確実に。

 

 その意思が、結界を通して伝わってくる。透明な魔力に、柊馬の目が吸い込まれていく。

 もし、この人に教わることができたら……いや、違う。この人に、教わりたい……!!



 

「――おい、そこの雑用」


 背後から威圧的な声が飛んだ。柊馬の背筋が、はっと伸びる。


 振り返れば、欄干(らんかん)にもたれる白髪の男。顔の半分を美少女キャラクターのお面で隠し、チョコバナナを咥えている。


 柊馬は即座に立ち上がった。面で顔ははっきりわからない……が、髪の色や特徴からして棺屋(ひつぎや)中隊長だ。


 ――死刻(しこく)のシノ。

 退魔師隊内でも嫌われている、不遜で倫理観が欠如していると悪評が絶えない悪童だ。なんでも、身勝手な理由で何度か仲間を殺しかけたとか、殺してしまったとかなんとか……なんとか。


 シノの背後には、青薔薇の小振袖を着た少女もいた。

 こちらは見覚えがないが、戦闘員が身につける白フードをしていないところを見ると、様子を見にきた事務方か。


(変な組み合わせだな……)


「何か異常は?」


 無遠慮に問うシノに、柊馬は両足を揃える。


「ありません」


 臆さず返事をする柊馬にシノは一瞬片眉を上げたが、すぐに興味を失ったように肩をすくめた。


「は、つまんね。結局なんもなしか〜。中もほとんど人残ってねえし、帰るか」


 柊馬の眉がぴくりと動いた。


「……人がはけた、のですか?」


「あ? 見りゃわかんだろ。屋台も畳んでんじゃん。目ぇ死んでんの?」


 シノが鬱陶しそうに顔を(しか)める。


「おかしいです。そんなに人が帰った気配はありません」


 空気が張りつめた。格下の生意気な反応に、シノの苛立ちが濃くなる。


「……何、どういうこと?」


「来場者に対して、帰路についた人数が釣り合いません」


「は? お前それ断言できる? 全部の帰路見てたわけでもねえのに?」


「退魔札を配りながら、人の流れを見ていました。断言できます」


 沈黙。

 シノが柊馬を睨む。

 そして――チッと舌打ちした。


「……おい、なこたん。多分いるぞ。中に」


 シノの手がプラスチックのお面に手をかかり、一思いに捲られる。現れた童顔と黒い瞳に苛立ちが浮かんでいた。


 後ろにいたひなこが戦慄する。


「えっ? でもそんな気配は……!」


「結界の中に潜んでんだ。俺らが気づけないくらい奥にな」


 シノがひなこにお面を投げやると、ひなこは慌ててそれを受け止めた。柊馬の目が見開かれる。


(敵はずっと、内側に……!?)


 ひなこは感じ取れない敵に怖くなったのかオロオロしている。


「人の気配に紛れてたってこと?」

 

「かもね……」


 シノはニヤリと興奮気味に笑っていた。


「なんだ、ちょっとは遊べそーじゃん。おい、行くぞなこたん」


「ま、待って! 私そういうのわからないし……!」


 シノが踵を返し、境内へと向かおうとする――その時。


「待ってください!」


 鋭い声が響いた。柊馬が前に出る。


「俺にも行かせてください」

 

「るっせえな! 下っ端が出る幕ねーんだよ!」


「微細な変化を追うのなら、得意です。同行させてください」


 間を置かない、真っ直ぐな声。その目は熱く、迷いも無く、ここで引く気も一切ない。


 シノは鋭く舌打ちした。


「……勝手にしろ。あとその目で見んな。暑苦しい」


「はい!」


 柊馬の目が静かに燃える。躊躇なく岸を駆け上がり、先を行くシノの背中を追いかけた。



* * *



 ――妙だ。人がいない。静かすぎる。


 亜蓮は花緒の様子に気を配りながらも、周囲の気配を鋭く探った。


 人がまばらになった。当たり前のことに何故こんなにも胸がざわつく?確証が持てずにいた、その時。


「……う、っ……」


 花緒が苦しげに膝をついた。眉間に皺を寄せ、何かに必死に耐えている。


「花緒、どうした……!?」


「おかしい、です……! さっきから……勝手に……昔の記憶が、思い出されて……!」


 息を荒げながら絞り出すように言ったその目は、もはや焦点が合っていない。


(まさか精神攻撃――!?)


 亜蓮が鋭く息を呑む。


「記憶に、意識が、引っ張られるみたいで……。無理やり見せられてるみたいに……! 体の……っ、感覚も……」


 抵抗しきれないのか、花緒の言葉が手がかりを残す為のものに変わる。亜蓮が彼女の名を叫ぼうとした、その時。


「タケルーッ!! みんなぁーっ!!」


 耳を裂くような叫びに、全員が振り向く。灯の間を駆け回る一人の住職の姿。すぐにモモが駆け出した。


「どうしたんですかっ!?」


 もつれこんで転んだ住職が、差し出されたモモの手にすがるように言った。


「はぁ、はぁ、い、いないんです! 子供達が、誰一人帰ってない……! 家にも、境内にも、どこにもいないんです!」


 ()()()

 亜蓮の中で予感が確信に変わろうとした――その時。


「亜蓮さんッッ!!」


 モモの悲鳴。はっと顔を上げると、モモが蒼白になってこちらを見ていた。


「千助さんと花緒さんはどこですか!!?」


「えっ」


 瞬間、亜蓮の背筋が凍った。


 花緒と千助が、()()()。まるで最初から存在していなかったみたいに、音もなく、影もなく。


「やられた……!!」


 咄嗟に周囲を見渡す。境内は空っぽになっていた。さっきまで確かに存在していた祭りの景色が、影も形もなく、ない。


「亜蓮さん、これ、どうなってるんですか……!? 誰もいないですよ!?」


 混乱するモモが、涙目になりながら住職を支える。

 

 屋台の列が消えていた。灯りも、賑わいも、群衆の気配も全てが失われていた。

 残っているのは、赤く灯る提灯の列だけ。暗闇の中で揺らめき、まるで警告灯のように亜蓮たちの顔を赤黒く照らし出す。ここが、さっきまでの世界とは違うと告げるように。


 気づくべきだった。見えていたはずの空白に。もっと警戒すべきだった。自分達が()()()()()()()ということを。


「帰ったわけじゃ、ないですよね……!?」


「……あるかもしれないとは聞いていたが、実際に体験するのは初めてだ……」


 魔力探知が通じない、神性に近い“現象”。

 人が忽然と姿を消し、そして、その消失の瞬間を誰も認識することができない。


 この現象を言葉にするなら、ただ一つ。

 ――『神隠し』だ。


 

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