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華炎戦譚 ー呪われた都で交錯する、退魔師達の業と恋の物語ー  作者: 織河トオコ
第二章 「永祭結界《アトノマツリ》 編」
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第6話 「スパルタ実践訓練」



 白樺が立ち並ぶ林の中を、花緒とモモはひりひりした空気のまま歩いていく。


 モモは動きやすいランニングウェアにスニーカー。長い髪は邪魔にならないよう腰まで届く三つ編みにしていた。


 白樺の木々が風にざわめく。耳を澄ませても、生き物の気配は感じられない。

 どこを見渡しても同じ景色が続き、方向感覚が掴めない。ここで花緒とはぐれたら、二度とアジトには戻れないかもしれない。


 不意に、落ち葉を踏む乾いた音が止まった。


「この辺でいいでしょう」


 先を歩いていた花緒が振り返った。


「これから実戦を通して、モモさんの基本的な能力を測らせてもらいます」


 いよいよだ。モモの背筋が緊張で強張る。


「先に伝えておきますが、後半はかなりの負担が見込まれます。私も鬼ではありませんので、これ以上無理だと感じたら言うように」


 淡々と説明する花緒の態度には御之(みゆき)の様な面倒見の良さも笑顔もない。モモが仲間に加わってから、彼女はずっとピリピリした苛立つ空気を纏っている。


 ――不服。この訓練だって、亜蓮に頼まれたからしょうがなくやっているのだろう。歓迎されていないのはわかっていたが、さすがに気が重たくなってくる。


 目が合って、花緒の眉がピクリと動いた。


「どうしました?」


「あ、いえ、なんでも……」


「何か言いたいことでも?」


「いや……。薄々気づいてはいましたけど、やっぱり花緒さん、私のこと嫌ってたんだなって……」


「そうですね。苦手です」

 

「あ、あの、オブラートに……」

 

「あいにく持ち合わせていません」

 

「うっ……」


 モモが項垂れた。


「それで、私は一体なにをすれば……?」

 

「掃除です」

 

「掃除?」


 モモがきょとんとする。


「やることは一つだけです。今から現れる『魅魅蚓(みみず)』を、一体残らず駆除してください」


 え、ミミズって魔物だったの?モモの思考が固まる。


「貴女はこの千年京のことを何もわかっていない。この世界で無知が如何に命取りか――叩き込んであげます」


 花緒はペーパーナイフを取り出し、自らの掌を切りつけた。白い手を伝う血が、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる。


 ――周囲の空気が変わった。瘴気が地面を汚染するように染み出す。そこから肉のような感触の塊が伸び、蠢きながら形を成していく。


 蠢く縄状の魔物が次々と這い出て、モモに狙いを定めるように鎌首を跨げた。黒光りする節が脈打つたびに、瘴気が小さく漏れ出す。


「え?」


 状況を整理する暇もなく、魅魅蚓の群れが一斉にモモに飛びかかった。


「ぎゃーーーー!!??? キモーーーッッッ!!?」


 モモは慌てて手の中に大槌を召喚する。咄嗟に遠ざけるように振り回し、魅魅蚓を蹴散らした。


「なんですかこれえええ!!」

 

「魅魅蚓です」

 

「私の知ってる畑にいるのと全然違うんですけど!!」


 いつの間にか花緒は木の上に移動し、結界の中で静観していた。再生を続ける魅魅蚓を叫びながら攻撃するモモに、花緒は淡々と説明を続ける。


「まず、この千年京で流血は命取りです。こいつらは生き物の血に反応して集まり、人間の生命力を吸います。魔力を介した攻撃しか効かないため、一般人には十分脅威です。なので基本的に駆除対象になります」


「待って!? 待って!?! 全然聞こえない!!」


「戦闘中に『待って』も『聞こえない』もありませんし、二度目はありません」


「え!!? もしかしてこの訓練ずっとこんな感じで続きます!!?」


「ゆっくり説明する時間も、育ててあげる時間も、我々にはありませんので」


「ひーー!!」


 モモは悲鳴を上げながら、大槌を豪快に振り回す。なんとか最後の一体を地面に叩き潰す。


「それと、こいつらは……」


 モモが呼吸を整える暇すらなく、花緒が片手を握りつぶすような動作をした。


「えっ……?」


 頭上でパリン、とガラスの割れる音が響く。その直後、モモの頭上に影が落ちた。見上げた瞬間、無数の魅魅蚓が蠢く塊になって押し寄せる。


「ぎゃああああ!!?」

 

「こうやって捕獲して訓練にも使えます」

 

「聞いてないー!!!」

 

「これで終わりだと思いました?」


 モモが半泣きで大槌を振るう。その時、数匹の魅魅蚓が膨らみ、赤黒い霧――瘴気を勢いよく噴き出した。


「――うっ!」


 咄嗟に大槌を向けて庇う。だが、視界を奪う様な瘴気に覆われモモはたまらずそれを吸い込む。途端、体の奥がざわりと泡立つような不快感が走った。


 体の芯が冷え、指先が僅かに痺れる。内臓が少しずつ腐っていくような、吐き気を催す感覚。


「う、気持ち悪……!」


「今のが瘴気汚染です」


 淡々とした花緒の声が頭上から降ってくる。視線を上げると、花緒は涼しい顔で木の枝に立っていた。淡い光の結界が花緒の周囲を覆い、瘴気を弾いている。


「魔力を使えば使うほど、瘴気は体に染み込んでいく。限界を超えれば、もう人ではいられません。……もっと効率的に魔力を使わないと、取り返しがつかなくなりますよ?」


「……っ!」


 モモの顔から余裕が消える。大槌が桃色の炎に包まれ、瞬く間に形状を変える。手の中に現れたのは、先ほどよりも小型で柄の長いハンマー。


「くっ!」


 モモは歯を食いしばり、振り回すように魅魅蚓を2、3匹纏めて薙ぎ払った。黒い霧の小爆発を起こし、魅魅蚓が霧散する。


「ですが、私達は亜蓮様から分け与えられた浄化の力によって守られています」


 ふわりと、花緒の手の中で翠色の炎が揺れた。


「この力のお陰で私達は、千年京の汚染された魔力ではなく、『浄化魔力』を体内に蓄積して使うことができます。故に、瘴気汚染のリスクが格段に抑えられた状態で戦える。ですが――」


 モモの視界の端で、魅魅蚓の頭が弾け飛ぶのと同時に、花緒の手の中の炎が掻き消えた。


「体内の魔力が尽きれば、大気中の魔力を使うしかない。汚染のリスクはゼロではありません」


「な、る、ほ、どっ!!!」


 モモのハンマーが地面に叩きつけられた。衝撃波で最後の魅魅蚓の群れが消し飛び、周囲の結界がビリビリと音を立てる。


 即座に花緒が結界を強化して張り直した。軽く息が上がったモモが、花緒を見上げる。


「それで、その浄化魔力っていうのは、龍脈とか龍泉で回復できるって感じですか!?」


「はい。それと、アジトは結界の力で完全に千年京の瘴気を遮断しています。早く回復したいならアジトが一番手取り早いです」


 その時、モモの背筋に悪寒が走った。


 ――上だ!

 モモが即座に飛び退く。直後、黒い滝のように魅魅蚓の群れが雪崩れ込む。地面の腐葉土が大きく舞い上がる。


「それと先ほどの攻撃、非常に良い迷惑です」


「……えっ!!? うわあっ!!」


 まさかの最低評価に、モモの手元が狂う。その隙に、魅魅蚓達が洪水のように迫ってくる。出鱈目にハンマーを振り下ろし、衝撃波で魅魅蚓が爆発するように霧散した。


 再び空気が揺れ、結界が軋む。そして、その瞬間――花緒の指がぴくりと動いた。


(……あ)


 モモの胸に、初めて「まずいかも」という感覚が走った。


「私は結界術師です。戦闘中、状況に合わせて常に複数の効果の結界を多重展開しています。だから、一番魔力の消耗が激しいのが私です」


「……!!」


 淡々と告げる花緒に、モモが息を呑む。


(花緒さんが、一番負担が大きいんだ。)


 ただ結界を張るのではない。花緒は状況に応じて、全員が最大限の力を出せるように、そして周囲に被害が広がらないように、的確な配置と防御を繰り返しながら魔力を使い続けている。


「私は堕神を倒すため、結界術師として常にギリギリのところまで戦いますが、無理もできません。……貴女の無駄な攻撃のお陰で、私の魔力が尽きたら、どうしてくれるんです?」


 静かだが、明らかに苛立ちを帯びた声だった。


 モモがハッと思い出したのは、亜蓮の戦う姿だ。あれだけの力を持ちながら、亜蓮は刀を使った直接攻撃しか使わない。


(――あれは花緒さんの負担を抑える意味もあるんだ)


 瞬間、モモの頭が冷静に冴え渡る。


(でも、私に亜蓮さんのような繊細な剣捌きはできない。私が亜蓮さんと同じことをしようとしてもうまくいかない……!)


 なら、どうする?私にしかできないやり方があるはず。多分、私の強みは純粋な力比べ。


 でも、魔力の無駄遣いはできない

 花緒さんの負担を減らして

 瘴気汚染は――

 戦闘を長引かせないで――

 効率的に倒す――


 そして、モモの頭の中で何かが綺麗にはまる音がした。


「――」


 モモが静かに目を閉じ、ハンマーを胸の前に翳す。ハンマーが再び桃色の炎に包まれた。モモの体からハンマーへ、澄んだ魔力が流れ込んでいく。


 次に炎が消える。モモの手の中に現れたのは――黄金色に輝く、斧だった。


 モモの目が開き、迷いなく前に飛び出す。


「せやああああっ!!」


 空間を思いっきり切り裂く。その一撃が、再生する間もなく魅魅蚓の群れを真っ二つに裂いた。


「よし……!」


 笑顔を浮かべるモモの姿を、花緒は顎に指先を当てて見つめる。


(……悪くないですね)


 魔力を効率的に使うことが戦況を、仲間の生死を分ける。その考えがちゃんと行動に結びついている。


(さらには――)


 モモが鋭く息を吸い込む。


「ふっ!!」


 全身の力を込めて、迫り来る魅魅蚓を斬り伏せる。さらに、背後から襲いかかってきた魅魅蚓を振り向きざまに斬り返す。


(武器をハンマーから斧に変えたことによって連撃が可能になった……)


 花緒が目を細める。


(でも、一匹ずつでは埒があきませんよ)


「ふぅぅ……」


 モモは息を吸い込み、斧を肩口に構えた。腰を軸に、体を大きくひねる。回転と同時に斧を振るい、円を描くように一気に薙ぎ払う!


 ――ズバァン!!!


 斧の刃が魅魅蚓の群れを撫でるように通過すると、断ち切られた魔物たちが一拍遅れて弾け飛ぶ。黒い霧が四方に舞い、吹き飛ばされた瘴気が円状に広がった。

 モモの目に、もう恐怖はない。


(……そう。複数体纏めて攻撃する意識もできている)


 花緒は冷静に分析を続ける。モモは既に、魅魅蚓の再生パターンを掴んでいた。


 この魔物は一体一体倒しても、瘴気を吐かれればそれをエネルギーに無限に再生・増殖する。そして、モモの中の思考も止まない。


(まだ、自分の魔力量と消費量がわからない……!つまり先が読めない。限界がわからない!魔力は解放しっぱなしじゃなくて、技を打つ瞬間に込める!単体攻撃ではジリ貧――!)


 だから――!


「まとめて消せば、いいんでしょ!!」


 豪快な一撃が、残っていた魅魅蚓を一掃する。黒い血が噴き上がり、すぐに桃色の浄化の炎がそれを飲み込んだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……」


 モモの早い呼吸音だけが、静まり返った林に響き渡る。心地よい体の熱と呼吸。

 モモはふと、辺りを見渡した。さっきまで不気味に見えていた白樺の木々が、今は清々しく感じる。


 そんなモモを、花緒は静かに見つめていた。


(すごい……。この訓練だけで、無駄な動きが減った……)


 想像以上の成果に、花緒は静かに息を呑む。

 最初は手当たり次第に大槌を振り回していたが、今のモモは違う。魅魅蚓の特性を理解し、大槌、長柄小槌、斧と柔軟に戦い方を切り替え、技を放つ瞬間に効果的に魔力を込めた。


 ――実戦の中で、直感的に最適解を選び取る力。


(……亜蓮様と同じタイプかもしれませんね)


 花緒の目が静かに細められる。


「……いいでしょう」


 花緒の声が、静かに落ちてきた。モモの目の前に、ひらりと降り立つ。


「……わかっていると思いますが、私は大槌や範囲技を使うなとは言っていません」


 モモが斧を握り直して、自信に満ちた目で頷く。


「戦況に応じて使い分けろってことですよね。その時その時で、敵の特性も、効果のある戦い方も変わるから」


「……わかっているなら言うことはありません」


 花緒は張り詰めていた息を小さく吐き出した。


「ここまでにしておきます」


 モモが目を丸くし、瞳を輝かせる。


「はい! ありがとうございました!」


 あどけなく裏表のない笑顔を向けられ、花緒は気まずそうに目を逸らす。


(……そんなに純粋な目を向けないでほしい。)


 モモが笑い、素直な感情を晒す度、自分の性格の可愛くなさが浮き立つようで。


(本当に、嫌になる――)


 花緒の指が、無意識に指輪に触れた。


 だが――


「はぁーーー終わったぁーーー!!」


 安心したモモが目に涙を浮かべて腕を振り上げると、途端に花緒の憂いが冷めた。


「何を言ってるんですか? まだ貴女の処遇については決まってませんけど」


「嘘!!!??」


 モモが耳を疑って勢いよく花緒に振り向く。

 その時、落ち葉を踏み締める音が響いた。


「ここにいたのか」


 穏やかな声が、空気を和らげた。

 花緒とモモが振り向く。


 ……亜蓮だった。

 ――深い瞳と目が合い、花緒の心臓がどきりと跳ねた。


 

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