36.王手
パンパカパーン、パカパカ、パンパカパーン!
現政府軍のパレードが始まる。
このパレードは現在、この世界の首都を中心に起こる反政府軍のテロ行為に屈しない、怯えてないという事を民衆にアピールする為のものだ。
もちろん、このパレードは以前から予定されていたものではない。
松田と鏡が、ヒット・ラーンプを説得して決行させたものだ。
パレードは音楽隊を先頭に、歩兵隊、騎兵隊などが続き、後半にはヒット・ラーンプをはじめ現政府軍のトップが、選挙カーのように改造され、屋根の上に乗れるようになった馬車から手を振っている。
長く大きい国道を長い行列を作って進行している。
これもすべて俺の計画通り、いや、それ以上の理想的な展開だ。
道の両脇には沢山の民衆が一目ヒット・ラーンプを見ようと押し寄せる。
だがそれは、テレビのニュースで報じられるような、王室の凱旋パレードのようなものとは違う。
一言、文句を言ってやろうと押し寄せる民衆だった。
少し離れた建物の屋上から、俺たちはそれを見守る。
「そろそろ、予定のポイントです。始まりますね。」
「ああ、ここで革命が起きて、この世界ではこれ以上、強い感情を生み出せなくなるはずだ。」
ヒット・ラーンプたちののった改造馬車が国道の真ん中辺りに差し掛かった時ーーーー
「革命だーーーーー! 全員、汚れた独裁者、ヒット・ラーンプを捕らえろ!」
国道の両脇にいた民衆、いや、民衆として紛れ込んでいた反政府軍のメンバーが一斉に襲いかかる。
突然の出来事に現政府軍はまったく抵抗出来ていない。
普段、首都に駐在している兵も、全てパレードの前方にいるため、異変に気づくことにすら時間がかかる。
わずかに、馬車の周りにいた兵隊はあっさり全員やられる。
当然だ、今、この馬車の周りにだけを見れば兵力差は約100対5000くらいにはなっているのだ。
この作戦は、あの織田信長の「桶狭間の戦い」を参考にしたものだ。
信長は倍の兵力差を似たような、敵の大将を狙い撃ちする作戦でひっくり返し、見事、当時飛ぶ鳥を落とす勢いであった今川軍を倒している。
今、俺たちの目の前で起こっている事も、まるでそれの再現のように思えた。
既に勝負は決し、周りから、反政府軍はもちろん、民衆からも歓声が上がっている。
「あっさりだったね。」
「山崎、これでもう《堕ちた神》手先はこの世界では感情からエネルギーを作れないのじゃろう? 一件落着じゃな。」
「そうだな、もう俺たちの仕事は終わりだ。さっさと帰るぞ。」
後のことはこの世界の連中に任せる。
革命は成功したのだから、これからはオダ・レオンがリーダーとなってこの世界も良い方向に進むだろう。
遠目で革命の様子を見ていたがそれももう不要と判断し、その場を後にすーーーー
「あれ? 先輩、様子がおかしくないですか?」
まだ様子をうかがっていた松田が声をあげる。
「なんか、オダ・レオンさんでしたっけ?みんなに何か言ってますよ。」
松田が心配そうな声で続ける。
「ヒットさんに刀を突きつけながら。」
どういうことだ?
確かに俺はレオンに無血革命にするように忠告したはずだ。
「松田、あいつが民衆になんて言ってるか聞こえるか?」
「いえ、さすがにこの距離じゃ……。」
「儂は聞こえるぞ、まずいかもしれん。これは、ヒット・ラーンプを処刑しようとしておる!」
パインは魔法を使ったのだろうか、それとも魔王の基本スペックなのか、とにかく何を言っているか聞こえるようだ。
パインによると ヒット・ラーンプが処刑される流れになっているらしい。
「パイン、すぐにあの馬車の上までワープさせてくれ!」
俺は少し焦っていた。
なぜ? 殺さないって約束したではないか。
この疑問が頭の中をグルグルと回る。
「ワープスペル!」
パインの魔法で即座に馬車の上に移動する。
「おい、オダ・レオンさんよ、これはどういう事だ?」
レオンは突然現れた俺を見て驚いている。
しかし、少し笑ってーーーー
「やっぱり、君たちがジジイの差し向けた刺客だったか。」
ポツリと話し出した。
「安心してよ、山崎君。君が思ってるようなことにはならないよ。」
口調はまるで別人だ。
「どういうことだ? どう見ても処刑する気まんまんじゃねーか。」
「少し、見ててよ。」
レオンは民衆に向けて語りかける。
「この世界に生ける者たちよ。我々は今までヒット・ラーンプによる圧政に苦しめられていた。今までの苦しみは、彼の死でしか償えない!」
民衆からは割れんばかりの歓声があがる。
「皆の者! これまでの怒りを思い出せ!」
「ヴァォォォォォォォォォォォォ!」
もはや歓声ではなく叫びだった。
しかしーーーー
突如、歓声はピタリとやむ。
そして、パタリ、パタリと倒れてゆく。
「ほらね? 山崎君、君の思った通りにはならなかっただろう?」
「お前、何をした。 これはいったいどういう事だ!」
「見た通り。みんなの怒りの感情を貰っただけだよ。流石、革命が起きるほどともなると凄まじいエネルギーだね。あっ、安心してよ、民衆は感情を取られたショックで気を失ってるだけだから。死んではいないよ。」
ここで俺は一つ、今まで見落としていた可能性に気づいた。
「そうか、お前が、《堕ちた神》手先か。」
この世界で怒りの感情を作り出せるのは何も独裁者だけではない。
圧政に苦しめられている民衆の感情を煽り、怒りの感情を作り出すことも出来るのだ。
「すっかり騙されたな。てっきりヒット・ラーンプが手先と思っていたよ。」
俺の言葉を聞いたレオンは不快そうな顔をする。
そして
「勘違いしないでよ。」
レオンはヒット・ラーンプに突きつけていた刀の切っ先を俺に向ける。
「僕は《堕ちた神》の手先じゃない。それ以上の存在だ。」




