31.三つ巴は漁夫の利を狙った奴が勝つ
「それでは!先輩の退院祝いと僕らの完全勝利を祝って!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
みんなのコップがぶつかり合う。
俺たちは松田のうちで祝勝会をあげていた。
メンバーは俺、パイン、鏡、松田、そして松田の奥さんでもある美香さんだ。
もちろんパインと鏡は未成年なのでお酒は誰も飲んで無い。
「いやー、先輩、退院おめでとうございます! 検査も問題はなかったんですよね?」
「まあな、特に異常なしだ。松田もよく筒香を懲らしめてくれた。なかなかやるな。」
「僕にかかれば筒香くらい赤子の手を捻るようなもんですよ。」
松田が得意げに言う。
「何を言っとるんじゃ、儂や鏡の助けもあっての勝利じゃ。」
「多分松田さんだけじゃ山崎さんの隣のベッドで寝ることになってたよ。」
「ふ、二人とも! それは言わない約束じゃ」
「この人ったら、毎日徹夜で計画を練ったり修正したりしてたんですよ? 」
「美香!」
とまあ、こんな感じで楽しげに食事は進んでゆく。
パインの好奇心も久々に出て来たようでーーーー
「この料理はなんじゃ⁈ なんて美味いのじゃ!」
とか言って美香さんを質問攻めにしていた。
「ところで、鏡は今回何したんだ?」
俺は鏡に聞いてみる。
松田によればかなり助けてくれたようだが実際のところ何したかは知らなかったのだ。
「僕は今回は大したことできなかったよ。まだこの世界のネットにも順応しきってないしね。」
なるほどな、ネットが得意とは言ってもこの世界に来て一週間足らずではハッカーのようなことも出来ないだろうし……
「僕がした事と言えば、ネットにアップされた筒香の小説を炎上させたくらいかな。」
ん? 炎上させた?
「させたってどう言う事だ?」
俺は質問してみる。
「具体的には筒香の小説のアクセス数をサイト巡回ボットとかで増やしたり、大手のまとめサイトでURLを貼ったりとかかな。」
鏡の説明によると、筒香の小説はつまらないため、そもそも批判のレビューが来ることすら難しい状況だったと言う。だから沢山の人の目に触れさせるために宣伝しまくったそうだ。
「それにしても、どうやって大手のまとめサイトでURL貼ったんだ? そういうのってサイトの運営者しかできないんじゃ……。」
「ちょっとだけサイトをハッキングした。大丈夫、もう貼ったURLも消したからハッキングした証拠は残らない。」
鏡、意外ととんでもない奴だった。一週間足らずでハッキングできるくらいネットに強かった。
ちなみに松田によると筒香の小説はもちろん販売される事はなく、ネットにも間違って新人の小説を上げてしまったとしてすぐに筒香の小説は削除された。
筒香はというと、《堕ちた神》も捉えられたため、これ以上はどうあがいても無駄と悟ったのか、出版中止に対する抗議の電話もない。
とりあえず一件落着と言えるだろう。
《堕ちた神》方はまだジーさんが取り調べ中なので何もわからない。ジーさんは《堕ちた神》の目的が分かり次第知らせてくれると言っていた。
別に知らせてくれたところで俺らに何が出来るのか、そう聞かれたら微妙な感じではあるけどな。
みんなで集まっての祝勝会はワイワイガヤガヤしながら終わりを迎える。
「じゃあ、松田、美香さん、ご馳走さまでした。俺たちは遅くならないうちに帰るよ。」
「「ご馳走さまでした。」」
俺の挨拶に続き、パインと鏡もペコリとお辞儀をする。
「いえいえそんな、こちらこそ沢山食べてくれて嬉しいです。またいらして下さいね。」
「先輩、お疲れ様です。パインちゃん、鏡くん、またね。」
松田と美香さんも玄関まで見送ってくれた。
こうして祝勝会は終わりを告げた。
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「面白い人達だったわね〜、あとパインちゃんすごく可愛い!」
どうやら美香はみんなと仲良くなれたようだ。
「今日は料理とかいろいろありがとう、食器洗は僕がやるよ。」
「いーのよ、そんなの私がやるわよ。あなたやっと仕事が終わったばかりなんでしょ?」
「でもそれじゃ美香に悪いよ。」
「大丈夫、その代わり今夜はじっくり私を可愛いがってもらうわ。」
そう言って、美香は僕に抱きつく。
「お仕事、お疲れ様、あなた。」
僕も美香を抱きしめる。
「ありがとう美香。」
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みたいな感じでイチャイチャしたんだろうな、松田のやつ。
俺は帰りの車の中で想像していた。
松田の話を聞く感じ、すごく仲よさそうだもんな。
俺もそろそろ彼女ほしーな。
後部座席ではパインと鏡がぐっすり寝てるため、寂しくハンドルをきる俺であった。
しばらくして家に到着して、二人を起こし俺の部屋に入る。
「狭いな。」
「狭いね。」
「狭いのう。」
うん、わかってたけど三人じゃやっぱり狭い。
一人暮らし用の部屋だもんな。
まあ、でも狭さはなんとかなる。問題はーーーー
「どうやって寝るか、だな。」
そう、三人が寝るための広さはギリギリあるが寝具が足りない。
今うちには、俺が普段使ってるベッド、来客用の敷布団一つがある。三人はねれないのだ。
「まあ、普通に考えるならベッドで二人、布団で一人だよね。」
鏡が提案する。
ベッドの方は、一応二人が寝れなくもないくらいの大きさはある。
そうは言ってもかなり窮屈でくつろぐことは出来ないだろう。
布団はベッドよりも小さいが、ベッドで二人で寝るよりは全然マシだ。
この時、三人の間には見えない火花が散っていた。
鏡の一言により、誰が布団を取るか、それを決めるための戦いが初まったのだ。
先制したのはパインだった。
「常識的に考えれば儂が布団で一人、山崎と鏡がベッドじゃろな。こんな年頃の女の子が男と寝るなどいけないことじゃからな。」
パインはいたって常識的な意見を言う。しかしその裏には布団を独り占めしたい、そう言う思惑があるのは俺も鏡もわかっていた。
俺はすぐさま反論する。
「いやいや、パインくらいお子様なら別にいいんじゃないか? こんなお子様相手に間違いとか起こるはずもないだろ?」
「もし何かあっても魔王なんだから、俺たちの中で一番強いし大丈夫だろ。」
鏡も援護してくれる。
筒香の件で疲れてるのはみんな一緒、一人でくつろぎながら寝たいのもみんな一緒。
今だけはレディーファーストと言う言葉も関係ない。
パインは魔王というのが仇になった。俺たちのが絶対手出しできないため一緒に寝ても問題はないとなってしまったのだ。
「儂は、ベッドよりも布団の方が好きなんじゃが、儂が布団ではダメか?」
上目遣いでこちらを見る。
パインは女というだけでは弱い、説得力に欠ける。そう判断し、今度は子供の立場を利用した交渉に出た。
だがそんな見え透いた上目遣いなどに引っかかるものなどいない。
「ダメに決まってんだろ。俺だって今日は布団で寝たい気分なんだ。」
そう言って却下する。
「そうだよな、鏡。」
俺は鏡にも同意を求めるがーーーー
「いや、僕は別にベッドでも構わないよ。てゆーかさ、二人とも布団がいいなら二人とも布団で寝れば?」
鏡は勝ち誇った顔でそう言った。
俺とパインは嵌められたいたのだ。
そもそも、ベッドで二人、布団で一人寝る。そう提案したのは鏡だ。
そうなれば布団で寝る権利を争うであろう事は簡単に予想できる。
俺とパインが布団で寝る権利を取り合った瞬間、ベッドで寝る権利をかっさらう。それが鏡の策略、奴は最初の一言から布石を打っていた。
鏡は初めからベッドを独り占めするつもりだったのだ。
パインはどうすることも出来ず歯を噛みしめる。
しかし、鏡よ。甘い、そんな罠にディベート分エースだった俺が引っかかると思ったか?
「鏡、布団で二人はきついだろ。やっぱりベッドで二人は絶対だ。」
「そうじゃな。」
パインも同意する。
「そういえば鏡、お前今ベッドでも構わないって言ったよな。お前ベッド決定な。」
「なっ⁈」
鏡よ、墓穴を掘ったな。俺はお前の最初の一言の時点でこうなる事はわかってた。お前がベッドを独り占めしようとするのを待ってたんだよ!
策士、策に溺れたな。
これで一人脱落だ。
「じゃあ、もう一人、誰がベッドに行くかじゃな。」
敗北した鏡を放ってパインが話し出す。
「山崎、もう一度聞くぞ、お主絶対布団がいいのじゃな?」
「もちろんだ。実は医者にも布団で寝るように言われててな。」
俺は強く答える。
パインさえ倒せば俺は布団を独り占め出来るからな。
「うーん、それはこまったのう。儂もそれは同じじゃからな。そうじゃ!」
パインは何か思いついたようだ。
「鏡、お主絶対ベッドでないと嫌か?もしかしてお主も布団で寝たいのではないか?」
どういう事だ? パインは脱落した鏡に手を差し伸べる。
「ああ、俺も出来ることなら布団がいい。」
鏡はこの提案にならないと二人で寝ることが確定してしまうため布団で寝たいと言うしかない。
パインが鏡を助けたため、勝負はまた三つ巴に戻った。
ここで俺は気づく、パインの目論見に。
「実は儂、ほんとはベッドで寝たかったのじゃが、鏡、布団で寝たいのじゃろ?よいぞ、布団で寝るがよい。」
パインも鏡と一緒でベッドを独り占めするつもりだったのだ。
鏡が一旦脱落したため、俺とパインは布団で寝る権利をかけて一対一の構図になっていた。
そうなれば強く布団で寝たい理由を説明した方が勝つ、だから俺は医者に布団で寝るように言われたと言った、健康上の理由は強いからな。
しかしパインはそれを利用した。
俺が理由を提示した瞬間、脱落したはずの鏡を助ける。鏡だって一人で寝る可能性が蘇るためパインの言葉に同意するしかない。
つまり、布団を巡っての三つ巴の状況を作り出したのだ。
そしてその三つ巴から抜ける。
その隙に誰もいないベッドで眠る権利を攻め落としたのだ。
「山崎は医者に注意されとるし、鏡も布団で寝たいようだし、二人で仲良く布団で寝るがよい。」
パインは勝ち誇った顔でそう言った。
結局その夜はパインはベッドで一人快適に、俺と鏡は狭い布団で窮屈に寝た。
筒香編はこれで完結です。
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