29.不気味な笑い方って基本負けフラグだよね
プルルルル、プルルルル。
《ガチャ、はい筒香です。》
《筒香さんですか? 私、残月社の編集長をしております黒川と申します。》
《編集長さんがわざわざどうしたんですか? なにかありましたでしょうか。》
《はい、こちらで出版させていただく予定でした最強☆電脳兄弟♡なんですけど諸事情により出版できなくなってしまいまして。》
筒香は耳を疑った。 出版直前にもなってこんな話があるのか? と。
《それは発売延期ってことですか?》
《いえ、中止です。》
《どうしてそんな急に……。》
筒香の胸には一つ心当たりが、山崎だ。
山崎が魔法を解く方法を発見して出版を妨害した。それしか考えられないのだ。
《急な話で申し訳ないことなんですがもう決まったことですので。では失礼します。ガチャ!》
唐突に電話を切られる。
「山崎め……、あくまで僕の邪魔をするのか。」
筒香は自分の部屋で地団駄を踏んだ。
筒香は山崎をあえて殺さなかった。後の生活にも支障が出ないほどの攻撃しかしなかった。ただ、山崎がびびって関わらないようにしてくれればそれで良い、そう思っていたのだ。
「筒香よ。どうする? 山崎を殺すか?」
筒香にマネージャーとして側にいる邪神が問いかける。
「いや、いい。別に残月社でなくても構わない。次は利益を重視する出版社に行くだけさ。それなら魔法の存在を明かされたところで問題はない。」
筒香の目的はあくまで自分の作品が全国で売られること。
魔法で本の魅力が底上げされているので一度売られてしまえばこっちのもの、そう考えていたのだ。
「じゃあどうする。次はどこに行く?」
「そうだな。春之文庫にでも行くか。あそこは売れればなんでもいいってポリシーだったはずだ。」
「わかった。ならすぐに行くか?」
「いや、いいよ。一人で行くとするよ。持ち込みの新人がマネージャー随伴っておかしいしね。」
「わかった。なにかあったらすぐに呼べ。」
「それにしても君、ほんと僕のためにいろいろやってくれるよねー。助かるよ。」
「構わない。お前のプライドが満たされればそれが我の力となる。」
「そうだったね。ギブアンドテイクってやつか。」
「そういうことだ。」
二人は頷きあい筒香はそのまますぐに原稿を持って春の 野文庫に向かうことにした。
出来るだけ早い方が山崎も手を打ちにくいだろうと思ったのだ。
しかし松田の方が一歩早かった。
プルルル、プルルル
《ガチャ、はい、筒香です。どちら様ですか?》
《私、雷撃社の松田と申すものです。筒香さんが先日持ち込まれた小説の件でお話が。》
小説の件で話? しかも山崎がいた雷撃社から?
《どのようなご用件でしょうか。》
《はい、実は先日当社の山崎が筒香さんの小説にケチをつけたということでお詫びを。》
《なぜ急に?まさか全ての新人にこんなこと言ってる訳じゃないでしょう?》
《ええ、もちろんです。たまたま当社の編集長が他社から出版される予定の筒香さんの小説を読みまして、とても面白かったと。それでぜひウチでも筒香さんの作品を出版させていただきたいと。》
筒香は松田の話を聞いた後、腹から込み上げる笑いを抑えるのに必死だった。
山崎の勤める出版社から自分の本を出版する。こんな愉快なことがあるだろうか。山崎が悔しがる姿が目に見えるようだ。そんなことを思っていたのだ。
《わかりました、松田さん。実は他社からの出版が諸事情でできなくなりまして、それもそちらにお願い出来ますか?》
《ほんとですか? それはこちらとしては嬉しい誤算です。一度打ち合わせしたいので指定の場所にお越しいただけたないでしょうか。》
《了解です。》
筒香はもう、笑いが止まらなかった。
「ふひっ、ふはははは! 山崎め、ざまーみろ。やはり僕は正しかったんだ。僕の書く話は面白いんだ!」
筒香は魔法で魅力が底上げされていることなど忘れ、自分には才能が、価値があると思い込んでいた。
「さて、ぼくはこれから打ち合わせに行く。お前はついてこなくていいぞ。」
「わかった。我はここで待つとしよう。なにかあったらすぐに呼べ。」
「わかってるよ。大丈夫さ。」
筒香はすぐに支度して家を出る。
そして指定された場所に向かう。
そこはどこにでもありそうなコーヒーショップだった。
「さてと、まだ3時の10分前か。ちょっと早く着いた……」
「あの、もしかして、筒香さんですか?」
「あっ、もしかして松田さんですか?」
「そうです。本日は急な呼び出しに応じていただきありがとうございます!」
「いえ、いえ、気にしないで下さいよ。さ、早く座りましょう。」
2人は適当な席に座る。
筒香はカプチーノを注文し、打ち合わせを始めた。
打ち合わせとは言っても一度出版直前までいった作品だ。推敲などは完璧にこなされており、あとは表紙の絵、どの位の金額が筒香の
懐に入ってくるか、そんなことぐらいですぐに話は進んで行く。
「ところで筒香さん、ウチはネットでも小説の販売を行っておりまして、そちらでも販売させて頂きたいのですが。」
ネット販売、筒香にとってはもちろん想定済み、カバー裏の魔法陣がネットを通してでも効力を発揮するのは知っていた。
もちろん了承する。
こうして全ての話は終了し、筒香は上機嫌で帰っていった。
全ては松田の作戦通りだった。
松田はすぐに編集長に連絡し、翌日には雷撃社のネット販売のページに乗っけてもらえるようにした。
明日から始まる祭りに備えて。




