27.ウノ!
先輩はいつも何かを達成するときは目的を具体化しろと言っていた。
今回の目的は筒香を後悔させること。
二度とこんな真似をしようと思えないほどに。
具体的には筒香の本の出版中止、それに先輩に怪我をさせたことに対する報復。
問題はどうやって実現するかだ。
僕は帰りの電車の中でずっと考え続ける。
パインちゃんの魔法で出版された本を焼き尽くす?
それとも出版社の編集長に脅しの電話でもかける?
そんな方法がダメだってことは流石にわかる。それは犯罪だし僕が捕まったらどうせ出版される。意味がない。
延期ではなく中止に追い込むには?
たしか先輩はあと一週間程で発売だと言っていた。
時間がない。
魔法さえなければあんなつまらない作品が世に出るわけが……
魔法さえなければ?
僕は一つ方法を思いつく。
急いで家に帰る。
「あ、もう出張から帰ったの? おかえり〜。」
妻の美香が出迎えてくれる。
「さーて、お風呂? ご飯? それとも私?」
「ただいま美香。パソコンで。」
「なんと!三日ぶりの妻よりパソコンを選ぶなんて!仕事残ってるの?」
「少しね。 でも大丈夫だよ、あと二、三日でケリをつけるつもりだから。」
「そっか〜、じゃあしばらく私はお預けだね。でもその分ご飯豪華にしてあげる。」
美香はいつも笑ってくれる。
「ありがと、晩御飯楽しみにしてるよ。」
美香のためにも早くケリをつけなきゃな。
僕すぐにパソコンに向かい作業を始める。
結局この日は徹夜になった。
翌日
昨日頑張ったおかげで少し眠い。電車で寝過ごさないように気をつけて出勤する。先輩は入院中なのでもちろん休んでる。
僕はいつもより早く事務所に着く。
すでに編集長もいた。
好都合だ。
「編集長、少し時間いいですか?」
「おう、松田か、なんだ?」
「はい、昨日の先輩に渡していた本の件なんですが。」
「ああ、そっか。山崎の奴、事故って怪我して今日来れないんだよな。代わりに持ってきてくれたのか?」
「はい、えっと、でも返す前にこれを読んで欲しくて。」
僕は紙の束を渡す。
「これは?」
「新人さんの小説です。編集長の感想が欲しくて。」
編集長はパラパラとめくりながら読み進めていく。
そしてーーーー
「松田、これ酷すぎないか? お前よくこんなつまらない話俺に持ってこれたな。」
予想通りだ。
「編集長、その文章どこかで読んだことありませんか?」
「読んだこと? ないと思うが……。」
「ではこれで思い出しますか?」
僕は筒香の本、最強☆電脳兄弟エレキブラザーズ♡を渡す。
「今読んでもらった文章はこの本をコピーしたものです。」
「どういうことだ?」
編集長は僕が何を言いたいかわからないみたいだ。
僕は説明する。
「編集長は魔法でこの本が面白いと思い込まされていたんですよ。」
「魔法? 松田、流石にそれは……。」
「編集長は僕と山崎先輩が異世界に出張した時のレポート読んでますよね? なら魔法があるってこともわかるはずです。」
筒香の本がおもしろいのは魔法があるからだ。魔法がない状態、つまり僕がしたように文章だけを読ませればその酷さは伝わるはず。
編集長は本と僕がコピーした文を見比べて
「まったく同じ文なのに本の方はすごく面白く感じる。……松田、これが魔法のせいなんだな?」
編集長は納得せざるをえない。
僕は編集長に筒香のこと、先輩の怪我の原因は事故ではないこと、全てを伝える。
そして、
「編集長、なんとかこの本の出版を止めることは出来ませんか? 」
編集長に必死に頼む。
僕にできることはこのくらいだ。
出版を中止にできるのは編集長クラスぐらいだ。今回、筒香の本が出版されるのは他社、入社一年目の僕に他社の編集長とのコネなんてあるわけがない。でも編集長同士ならあってもおかしくない。
「なんとか向こうの編集長を説得してください! 魔法なら僕が説明するので、お願いします。」
必死に頭を下げる。
「松田、基本的に他社の出版には口を挟むことは出来ない。」
「そんな……。」
「でも今回は例外だ。筒香って奴のやったことは業界全てをバカにしてるようなもんだ。絶対許せん。」
「編集長……。 ありがとうございます!」
編集長も僕や先輩と同じ気持ちのようだ。
とりあえず作戦の第一段階はクリアだ。
すぐ会いに行くというわけにもいかないので編集長がアポを取る。
結果、明日僕と編集長の二人で向かうことになった。
今日はもうやることがないので普通に仕事に戻る。
五時まで働き定時で会社を出る。
そして、そのまま先輩のお見舞いにいく。
会社からは病院が近いのですぐに到着する。
「先輩、こんにちは。お見舞いに来まし……」
「「ウノ!」」
「鏡! 今儂の方が早かった!」
「何言ってんの? どう考えても俺でしょ。」
「同時だよ。じゃんけんで決めろよ。」
「「山崎(山崎さん)は黙るのじゃ(黙ってて)!!」
もう病室にはパインちゃんと鏡くんがいた。
「松田か、いいところに来たなのう。今から73回戦じゃ。やるか?」
「いや、遠慮しておくよ……。」
どんだけウノやってるの⁈
「松田、いいところに来たな。この二人を俺の家まで送ってくれ。昨日からずっとウノやってんだ。もう限界だ。」
「昨日から? 二人は帰ってないんですか?」
「ああ、二人だけで家に返すの不安だったからここに泊まるよう言ったんだがこれじゃ俺がもたない。」
先輩の顔色が悪い。
「わかりましたよ。 じゃあこれ、見舞いの品です。来たばっかですけど行きますね。」
僕は近く店で買った、リンゴを渡す。
「悪いな、頼ってばっかで。じゃあ、二人の交通費はこれで頼む。」
先輩は財布を取り出そうとする。
「いいですよ。そんくらい僕が出しますよ。いつもお世話になってますし。それじゃパインちゃん、鏡くん、行こっか。先輩お大事に。」
「ふん、鏡とのウノの決着は家でつけるとするかのう。山崎、明日も来るぞ。」
「お大事に、また明日。」
三人が病室を出ていく。
俺はそれを見送る。
「ふーう、やっと静かになったな。」
「そうじゃな。」
「……」
「なぜ黙るんじゃ。わざわざ儂がお見舞いに来てやったんじゃぞ。感謝せい。」
そこにはジーさんがいた。
「どうして毎度毎度いきなり現れるんだよ! びっくりするだろうが!」
「まあまあ、落ち着くのじゃ。今回は災難だったのう。」
「まあな。それで、 何しに来たんだ? まさか本当にお見舞いだけってことはないだろ?」
このジーさんのことだどうせ厄介ごとに決まってる。
「お主はせっかちじゃのう。 でもその通りじゃ。お主を傷つけたものについて話がある。」
「筒香のことか?」
「違うわい。お主を傷つけたのは奴のマネージャーを名乗る男じゃろ? 儂はそいつのことでお主に忠告したいことがあってな。」
そういえばそうだな。筒香は命令しただけで魔法を使ったのはマネージャーの方だったか。
「奴は《堕ちた神》の一人じゃ。気をつけるのじゃぞ。ではな、儂は忠告したぞ。」
ジーさんは帰ろうとする。
「って待てよ! それだけ言って帰るとかありえねーだろ。なんだそれ、ちゃんと説明しろ。」
それだけの情報でどう気をつけろってんだ。
「ちっ、面倒くさいから忠告だけして帰ろうと思ったのに。」
舌打ちしたぞ、今このジーさん舌打ちしやがったそ!
「いいか? 簡単に説明するぞ。」
ジーさんは話し始める。
この世界に限らず全ての世界には創造主たる神がいる。
このジーさんもその一人。
俺たちの世界はこのジーさんが作ったという。
「ジーさんがこの世界をねぇ、なんかカルト教団の教祖みたいな話だな。」
「うるさいわい! 説明を続けるぞい!」
世界の中にはうまくバランスが取れず滅びてしまうものもあるらしい。
その滅びた世界の創造主、神のことを《堕ちた神》というらしい。
「自分の世界を失ってしまえば神は神ではなくなる。だからといって新しい世界を作る程の力は残ってない。そういう奴の中に稀に別の世界を乗っ取ろうとする者がおるんじゃ。」
「じゃあ、あのマネージャーを名乗る男はこの世界を奪おうとしてるってことか?」
「そういうことじゃの。しかしそいつはなかなか尻尾を見せないのじゃ。証拠がないと儂も迂闊に手出しできん。」
なるほどな。神にもいろいろあるのか。
でも……。
「なんでその《堕ちた神》は筒香に手を貸してるんだ? それが世界を奪う事にどう繋がる。」
「それなんじゃが……。実は儂にも何がしたいかよくわからんのじゃ。じゃから気をつけるのじゃ、ここから先は何が起こるかわからん。」
ジーさんもわからないとは、厄介だな。
敵の行動の理由が不明では対処はできない。
「では山崎。本当に儂はこれで行くぞ。」
ジーさんが席を立つ。
「ああ、なんか分かったら知らせてくれ。あとわざわざ来てくれてありがとうな。」
「よさんか。お主から素直にお礼を言われるなど気持ち悪いわい。」
ジーさんはそう言って消える。
「《堕ちた神》か……。」
筒香よりもよっぽど面倒くさそうな相手だ。
でもまあ大丈夫だろ。
ジーさんでも神になれたんだしな。
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「ぶわっぁぁぁくしょんんん! グズっ、 なんか、儂、失礼な扱いを受けた気がする。」
天にクシャミがこだました。




