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24.煽りは争いの元

俺は今まで100件以上の持ち込みの異世界モノを見てきた。その中で出版に漕ぎ着けた作品は2つだけだ。もちろん文才が感じとれた場合はこちらが設定の穴や売れやすい傾向なども踏まえアドバイスもする。


その上で2つしか本にならなかったのだ。


その他は変わりばえしない展開、主人公、ヒロイン、そしてチート能力、それらを詰め込んだだけのものばかりだった。


そして今目の前に出された「最強☆電脳兄弟エレキブラザーズ♡」も例にもれなくテンプレをなぞっただけの作品だった筈だ。


俺は本を開き中を確認する。


間違いなく俺が目を通した作品だ。


ありえない。こんな作品が出版できるわけがない。


しかし編集長の俺を心配する顔はこれが冗談でもなんでもないと語っている。


「山崎、お前疲れてたんだよ。悪いことは言わん、今日は帰ってしっかり休め。」


なんだと?


「多分、異世界にで価値観が少しずれたんだよ。本物の異世界を見て、リアリティを追求しすぎて物語としての面白さに気づけなかったんだ。」


俺の価値観がズレたって?


そんなわけがないだろう。


人の価値観は一週間やそこらでは変わらない。


だが……それは編集長にも言えることだ。




やはり何かがおかしい。




俺は編集長の言葉を聞き入れそのまま半休にしてもらう。まあ、もともとそのつもりではあったのだが。


松田も編集長から許可をもらい半休、俺と松田、それにパインと鏡も一緒に会社のビルを出る。


そしてそのまま近くのカフェに入る。


ここはよく俺が担当作家との打ち合わせに使う場所だ。


奥のテーブルは店の構造上周りの人に話を聞かれにくくなっている。


4人でその席に座る。


「先輩、編集長が言っていた本を見せてもらっていいですか?」


俺は編集長から外部に見せないという条件で持ち出した本を渡す。


「松田、どう思う。」


松田はパラパラと流しながら読んで行く。いわゆる速読だ。


「まだ最初の10ページくらいしか読めてませんけど面白くなる予感がしません。始まり方は超絶つまらないです。」


松田のあと、パイン、鏡にも読ませて見る。鏡はいくつか読めない文字もあったが補助があればなんとか読める。


「なんだかねむくなるのう。」


「これ俺のいた世界じゃ絶対流行んないよ。面白くもなんともない。」


2人も同じ感想のようだ。


「松田、今までの編集長ならこんなの絶対に評価しないよな。」


「はい、間違いなく。むしろ、こんなの俺に読ませるな! っていいそうです。」


みんなの意見を聞いて確信する。俺の価値観はやはり正常だ。


しかしそれならば何故編集長は突然変わってしまった?


その理由が全くわからない。


「おそらくこの本にかけられている魔法のせいじゃろうな。」


不意にパインがとんでもないことを言う。


「魔法? どう言うことだ?」


「この本から儂のチャームスペルと同じ魔力を感じる。多分……」


パインは本のカバーを外す。


カバー裏には何やら魔法陣のようなものが書かれている。


「えーと、パインだっけ。これが魔法陣とでも言うつもり? 流石にそれはファンタジーすぎないか? 子供でもそんくらいの区別はつけた方がいいぞ。」


「なんじゃと、お主、鏡!魔王である儂をお子様呼ばわりとは不敬じゃぞ!」


「百歩譲って魔王だとしても別に子供って事実に変わりはないでしょ。 てか魔王って聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ。」


「鏡、貴様そこになおれ! 鏡餅にしてやる!」


「鏡餅にしてやるってどういう状況? 頭にミカンでものせてくれるの?」


喧嘩してる場合か!


俺からすりゃどっちも子供だよ!


しかし考えてみれば鏡はまだパインのことをよく知らないんだったな。


俺は、パインは魔王で魔法のあるファンタジー世界の住人だったと伝える。


鏡は驚いたようだ。


「ほんとに魔王とかいたんだ。 なんかイメージとは全然違うけど。」


たしかにパインは魔王って感じではないからな。むしろ捕らえられた幼い姫って感じだ。


「むしろ現実と空想の区別がつかない痛い子って感じだけどね。」


鏡、なんでお前は煽るの?


「鏡!貴様、 鏡開きにしてやろうか!」


パインもいちいち怒るんじゃない。


あと鏡開きってなんだよ。鏡にちなんでるだけでもはや何がしたいか不明だよ!


話がそれてしまった。


俺は話をレールに戻す。


「パイン、魔法ってどう言うことだ? 」


「そうじゃの、魔法がわからぬ者にもわかりやすく説明しようかの。まずこれを見るのじゃ。」


パインは魔法陣を指差す。


「これは物にかけるチャームスペルじゃ。これがかかった物にはチャームスペルの効果が出るのじゃ。」


「つまりその本を持っただけでその本の虜になるってこと?」


「鏡のくせによく理解できたのう。まあその通りじゃ。」


「でもそれじゃなんで俺たちはこの本が面白く感じないんだ?」


魔法なら編集長が面白く感じたのもしょうがない。しかし俺たちに効果が無いとはどういうことだ?


「それは儂が近くにおったからじゃろ。この程度の魔法なら儂は無意識に弾ける。まあすでにチャームスペルにかかってしまった者はどうしようもないがの。」


そういうことか。


「パインちゃん、これって誰が魔法陣を書いたとかわかるの?」


「流石にむりじゃの。近くで同じ術者が魔法を使えばわかるんじゃが。」


パインが言うには魔法にも指紋のように特徴があって同一人物の魔法かどうかくらいはわかるらしい。


俺には心あたりがあった。


こんな駄作を面白く感じさせる、そんなことを画策する奴なんて本人以外にいるはずが無い。


もしかしてあいつ、確か筒香とかいったっけ。あいつは転生者だったのかもな。

少なくとも一般人には魔法は使えない。


「たしか……」


俺はポケットから新たに買ったばかりのスマホを取り出す。


どうでもいいことだが俺はやっとスマホデビューした。


ほんとにどうでもいいな。



俺はスマホでに筒香の番号を打ち込む。番号は一度持ち込みに来た時点で抑えている。俺は自分のスケジュールをスマホで管理しているため筒香が持ち込みに来た時の申し込み書類もきっちり写真に撮ってある。



プルループルルー、ガチャ!


筒香はツーコールで電話に出た。


《こちら筒香 龍馬です。どちら様ですか?》


「筒香さんですか? 私は山崎です。あなたの持ち込みを突っぱねた編集と言えば分かりますか?」


《山崎か、よく覚えているよ。どうしたんだい? なにか僕にようでも?》


「ええ、あなたの本が他社から出版されたと聞きました。その件で少しお話が、電話ではなんですので出来れば会いたいのですが。」


《なんだ、別に僕は君の会社に作品を見せただけで権利の問題とかは無いはずだが?》


「本の裏の魔法陣の件、と言えば来ていただけますか?」


《いいだろう。山崎、今どこにいる? すぐに会ってやるよ。》


明らかに雰囲気が変わった。


どうやらビンゴだ。

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