23.異変は唐突に
松田もパインもどうすれば良いかわからないようだ。パインは魔法で従わせようとしたらしいがこの世界では魔法は発動しないらしく失敗に終わる。
しょうがない。こういう時こそ先輩の出番だな。
俺はファングに話しかける。
「おい、ファング。俺と勝負しようぜ?」
「さっきも言ったけど忙しいので。」
ファングはこちらに顔さえ向けない。
問題は無い。
「どうして勝負を避けるんだ? もしかして負けるのが怖いのか?」
俺はファングを挑発することにした。別に分かりやすいものでもいい、挑発とはすることに意味があるのだ。多かれ少なかれ挑発された相手は冷静さを失う。
しかし、この時の俺はファングを見誤っていた。
「勝負を避ける理由は忙しいからって言ったじゃないか。バカなのか?」
まさかの挑発返し!
大丈夫。俺は冷静だ。挑発合戦はより冷静だったものに軍配があがものなのだ。
「そんなこと言って、ほんとは弱いんだろ? 勝てる自信がないから忙しいとか言って逃げてるんだろ?」
「面倒くさい人だな。分かりましたよ。用事が済んだら相手するから。ちょっと静かにしてくんない?」
「用事って言ってもいつまでも終わらないんだろ? なんなら手伝ってやろうか?」
俺は何度も挑発する。相手も少しずつ苛立ってきているはずだ。
「ぜひ頼む。」
なんでやねん。
おそるべきことにファングはまったく挑発に乗ってはいなかったらしい。
本当に用事があったのか……。
でも別に悪いことではない。むしろ状況は好転している。用事を手伝って終わらせれば戦ってくれると言ったのだからな。
それにしてもファングがコミュ症って情報全然あてにならなかったな。たしかにムカつく奴だし友達はいなさそうだけど。
俺はファングに手伝いを申し出る。
「ファング、どんな用事なんだ。俺たちに出来ることなら協力する。それが終わったら戦って貰うけどな。」
「いいですよ。実は俺はこのゲームを三年くらいやってるんですけどその間何度もリセットしてやり直してるんです。」
「なんでリセットなんかするんだ?」
「それはこのゲームが6体までしかドラゴンをゲットできないからですよ。俺はすべてのドラゴンをゲットしたい。だから何度もやり直して6体ずつゲットしてきたんですよね。」
なんとも面倒な話だ。このゲームに登場するドラゴンの数は300種をこえているんだぞ?何回リセットしたんだ。
ファングは話を続ける。
「それで今やっと最後の一体ってところまで来たんですけど最後の一体がなかなか見つからなくて。ゲットしたら交換してくれませんか?」
「わかった。それでその最後の一体ってどんなドラゴンだ?」
「デオキブラコンって奴。」
運命の悪戯か。ついさっき俺が捕まえた奴ではないか。
レベルマックスの伝説のドラゴンを渡すのは惜しいがこの際しょうがない。俺はデオキブラコンをファングのドラゴンと交換する。
このゲームは逃すことも預けることもできないが、唯一、交換だけは出来るのだ。
「ありがとう。これでやっとコンプリートだ。」
ファングは嬉しそうだ。
「じゃあ約束通り勝負だ。」
やっとバトルができる。
「いいよ。でもなんでそんなに勝負したがるの?」
ファングは不思議そうにする。
「そりゃ、この世界に感情を戻すためだよ。お前はこの世界をゲームにして感情を消し去ったんだろ?」
俺は説明する。しかしファングはますます不思議そうな顔をする。
「何を言ってるんだ? 感情を消す?」
なんだか話が噛み合わない。
「お前は転生した時にこの世界をゲームにしたんだろ? その時に感情も一緒に消してしまったんじゃないのか?」
「ゲームにしたって、なに言ってるんだ? 俺はだだこの世界に転生し直しただけだよ。」
うーん、噛み合わない。
何か大きな間違いがあるような気がしてきた。念のためファングにジーさんの話をして確認してみる。
「……って訳で俺たちはお前を倒すために来たんだが、間違ってるところあるか?」
「ありあり。まず俺がコミュ症ってところ。俺はコミュ症じゃない。」
やはり、ジーさんの話はおかしいようだ。
今度は俺たちがファングの話を聞く。
ファングとはプレイヤー名で本当の名前は鏡 浩二 、18歳。鏡は15の時に不慮の事故で死んだしまったが天使的な何かが彼をこの世界に転生させた。そしてその時に鏡はどんな願いでも一つだけ叶うという能力をもらった。
「それで、俺はポケドラの最新作まだクリアしてなかったんでポケドラのは世界に生まれ変わりたいって願ってこの世界にきたんだ。」
一回しか使えない願いをそんな事につかうなよ。
鏡の話しようは嘘とは思えない。俺は仮病とか怪我とか言って締め切りを伸ばそうとする作家さんを何人も見てきたから雰囲気で多少はわかる。
しかしーーーー
「それならなんでジーさんは世界を改変されたみたいなこと言ったんだ?」
謎は深まるばかりだ。
「先輩、僕わかったかもしれません。」
松田が何かひらめいたようだ。
「もしかしてゲームの世界に生まれ変わりたいって願いのせいでこの世界がゲームに生まれ変わったんじゃないですか?」
「つまり、ファングの願いごとが間違った解釈で叶えられたってことか?」
「はい、状況的にそれが一番納得できます。」
たしかにそうだ。
松田の説明が正解である可能性は高いだろう。
「それで、山崎さんや松田さんの話では俺が倒されればこの世界は元に戻るんだよね。」
「そういうことだな。勝負してくれるか?」
「いいよ。てか、負けたいくらいだよ。」
ファングはこの世界に飽きていた。考えてみれば当然の話ではあるだろう。同じゲームを三年もやり続けたら流石に飽きてくる。
ファングは、自分が負けるとこの世界も元に戻りジーさんがい迎えにくるという話を聞いて、なら自分も日本に帰りたいと言う。
別にこちらには断る理由もない。
その後、八百長のポケドラバトルをして
俺が勝つ。
するとーーーー!
「うわぁ、凄いですね!」
「これは壮観じゃのう。」
ファングを中心にどんどん地形や、動物、植物が現れる。この世界の本当の住人たちなのだろう。
気がつけば俺たちの視界に表示されていたメニューも消えている。
おそらくこれで世界がゲームになり、副作用として失われた感情も元に戻るだろう。
俺たちはファングも一緒にこの世界に初めて来た場所まで戻る。そこには既にジーさんがいた。
「お主たち、よくぞこの世界に感情を取り戻してくれた。」
ちょっと偉そうに話すジーさん。
あんたの勘違いのせいでこっちは大変だったんだからな!
俺たちはジーさんに情報は正確に調べてから教えるよう文句を言う。
「うるさいうるさい! 神だって間違える時くらいあるわい!」
「はいはい、わかったわかった。もういいから早くゲート開いて。」
「まったく、儂、一応神さまなんじゃぞ。」
ブツブツ言いながらゲートを開ける。
自分で一応とか言っちゃダメでしょ……。
ゲートが開かれて俺たちは中に入る。
「ちょっと待て、なんでこやつもゲームに入るんじゃ? そもそもこいつ誰じゃ。」
ジーさんがいファングこと鏡 浩二を指さす。
そう言えばまだ鏡の説明してなかったな。でも面倒くさいからいいや。
「パイン、ジーさんを黙らせてくれ。」
「わかった。チャームスペル。」
「そいつをさっさとゲートから出さんムギョ⁈ 」
「さっさと出発するぞ。」
「分かりました。パイン様。」
便利だ。世界がゲームでなくなったためパインはもう魔法が使えるっぽいな。
ジーさんを魔法でパインの虜にして有無を言わさず出発させる。
この世界は俺たちの世界と近いのか帰りも行きと同様にすぐに到着する。
ゲートから会社の屋上に出る。
ジーさんはパインと一緒にいたそうだったが、パインが帰るよう指示するとすぐに帰った。
「今回はあっさり終わっちゃいましたね。」
「そうだな。まさか三日で帰ってくるなんて思っても見なかったな。」
「山崎、儂は風呂に入りたいぞ。汚れないとは言えあの世界では風呂がなかったからのう。」
「そういやそうだな。編集長に挨拶して今日はすぐに帰るか。」
多分今日は火曜か水曜くらいだろう。半休を取って帰るか。
「ところで、鏡。お前家までの道わかるか? 電車賃ぐらいなら出すぞ。」
俺は鏡がちゃんと日本の元の家に帰れるか心配だった。三年も帰ってないためここから遠い場所だったりした場合、交通費もなしに帰るのは大変なはずだ。
しかし鏡はまったく別のことを考えていた。
「ここ、俺の世界じゃないね。」
は?
「俺の世界にこんなおっきい建物はなかった。」
「いやいや、待て待て。それは三年もあれば高いビルも立つよ。」
「それだけじゃなくて看板に書かれてる文字も微妙に違う。ここは俺の世界に似てるけど全然別の世界だよ。」
「なに言ってるんだよ。偶然同じゲームが別々の世界ではやることなんてあるわけが……。 一つ聞くぞ。ポケドラの三作目が発売されたのは何年前だ?」
「三年前だ。」
「三年前か……。」
俺の記憶ではポケドラの三作目が発売されたのはもう十年以上前だ。確か俺が小学生の時に流行ったはずだ。
「ほんとに別の世界出身っぽいですね。」
「そうだな。 」
てことは……
「鏡、もしかしてお前帰る場所ない?」
「ないね。よかったら無料で泊まれるところとか紹介してくれない?」
これは思っより面倒くさい事になったな。まあこれも何かの縁だろう。探してやるか。無料は無理でも日雇いの仕事とかで借りられるカプセルホテルやネットカフェくらいあるだろう。
俺は探してやる事にした。
「鏡とやら。泊まる場所がないなら山崎の家に泊まればいいではないか。」
パイン? なに言ってんの?
「なるほど、それは名案ですね!」
松田? 名案じゃないよ?
「じゃあお言葉に甘えて。山崎の家に泊まらせてもらうよ。」
鏡? 俺はそんなお言葉言った覚えはないよ?
俺はそんなのダメだというが……
「なんで儂は良くて鏡はダメなんじゃ?」
「先輩……。」
「俺が男だからか。」
違うわい!
その後、結局俺は鏡も止める事になった。
まあ家の広さ的にはまだ問題はないけどさぁ。
なんか人多いと朝とかトイレが混むじゃん? あれ嫌なんだよなー。
とは言ってももう決まってしまった事だ。うだうだ言ってもしょうがない。
俺は気持ちを切り替える。
「じゃあ、さっさと編集長に挨拶して帰るか。」
「そうじゃの。」
「じゃあ、みんなでご飯食べに行きませんか? 二人とも先輩に任せっきりで悪いので僕がおごりますよ!」
「ゴチになりまーす。」
松田、やはりできるならコイツ。一回飯を奢るだけで、俺が二人も泊めることに対する不公平感を少し拭ってしまった。
俺たちは階段を降り事務所のあるフロアまで降りる。
この時俺は今回は簡単に終わったなー、とか考えていた。
だがすぐにそれが嵐の前の静けさだとわかった。
事務所に入り編集長の元にいくと……
「山崎! お前やってくれたな。お前には作品を見る目がないのか?」
編集長に怒鳴られた。
どういうことだ?
「編集長、すいません。俺、今異世界から戻ったばっかりで状況がわからなくて。俺、何かしたんでしょうか。」
「異世界にいくまえだよ!お前が追い返した新人の持ち込みが他社から出版される。俺はそれがかなり面白いって噂を聞いてコネを使って発売前に読んでみた。なんでこんなに面白い作品を追い返したんだ?」
編集長はあまり部下を叱ることはない。あるとすれば面白い作品が他社に取られた時くらいだ。
見る目がない編集など百害あって一利なし。
それが編集長の考え方だ。
しかし妙だ。俺が異世界に行く前にそんな面白い作品があったはずはない。
むしろいつもよりも駄作が多かった気がする。
俺は編集長に聞いて見る事にした。
「編集長、思い当たる節ありません。編集長はどの作品のことを言っているのでしょうか。」
「ほんとにわからないのか? どうしたんだ山崎、調子でも悪いのか?」
編集長は信じられないと言った顔で発売前の書籍をカバンから取り出しデスクに置く。
「これだ。最強☆電脳兄弟♡、見覚えあるだろ?」
なにかがおかしい。




