19.最初はみんなこんなもん
「うう、ぐすっ、ぐすっ、なんでお主が死ぬんじゃ……。」
パインは俺と一緒に会社に来ていた。
家で一人に置いとくのはなんか危ない気がするからだ。なんかレンジで卵をチンとかでもされたらたまったもんじゃない。
俺が仕事をしてる最中暇だろうから適当に事務所に置いてあったライトノベルを読ませていた。
「ア○ラぁぁぁぁぁ、お主の死は無駄ではないぞぉぉぉ!」
「うるっせえぇぇぇぇぇえ!もっと静かに読め!」
「そうは言ってもこれが叫ばずにいられるか!」
「いられるわ!てかそいつが死ぬってのは薄々わかってただろ! フラグビンビンに立ってただろ!」
「ふらぐ?なんじゃそれは、旗のことか?」
「それはフラッグな、そうじゃなくてこう、ア○ラで言えば 「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ。」 とか、そう言ういかにも死にそうな感じとかをフラグって言うんだよ。」
「なんでそれがフラグとやらになるのじゃ?」
「なんでってそれはお前……。」
そういえばこいつはまだこの世界のちゃんとした本を読んだのは初めてだったな。
ならフラグなんて分かるはずもないか……。
「もういい、とにかく騒ぐなよ。他の人にも迷惑だろ?」
「わかってるわい!儂は大人じゃからな。静かに読書くらい楽勝じゃ。」
あっ、フラグ立った。
パインはページをめくる。
「お主もかぁぁぁぁぁぁ!なぜみんな死んでゆくのじゃぁぁぁぁ!」
「うるせぇぇぇぇぇぇえ!」
こんな感じて時間は過ぎてゆき昼休みに入る。
「全ての感動廃れろぉぉぉぉぉお‼︎」
「いや先輩何言ってんすか。いくらパインちゃんが感動しっぱなしだったとしてもそれは思考がぶっ飛び過ぎですよ。」
「そうじゃ、あの感動がわからんとは山崎には心が無いのか!」
「松田はいいとして、パイン、お前に言われんのなんか腹立つ。言っとくが俺にも心はある。すんごい狭い心がな。」
「先輩ってときどきI.Qが5くらいになるとかありますよね。そのセリフキメ顔で言ってもカッコよくないですよ?」
「感動のない世界に行きたいか?」
「……」
「……」
「……」
「感動のない世界に行ってみたいとは思わんか?」
背後にはあのジーさんがいた。
「いや、急に現れるんじゃねーよ。」
「ちゃんとアポ取らないと警備員さんに捕まりますよ?」
「……」
「ちょっと! 一応儂神様! お目にかかれるだけありがたいと思わんか!」
ジーさんは俺たちのリアクションにご不満があるようだ。
「うるせーよ。ジーさんに有り難み感じるくらいならまだ卵かけご飯に有り難み感じるわ。」
「僕は納豆かけご飯ですね。」
「……」
「お前らどんだけ儂を軽んじてんの?てかパインちゃん無言やめて? 時には無言が相手を傷つけることもあるんだよ?」
「も、いーよ。さっさと要件言えよ。」
話が進まない。
「分かったわい! 簡潔にいうぞ、感情のない世界に行って感情を取り戻してくれ。」
「どういうことですか?」
「実はのう、ある異世界人が転生した世界を感情のないゲームの世界にしてしまったんじゃ。お主達にはこれをどうにかして欲しいのじゃ。」
「ゲームの世界にした?どういう事だ?」
「その異世界人はコミュ症でな、転生特典でどんな願いでも一つ叶うって能力を貰って世界から感情を排し自分がやっていたゲームそっくりの世界にしてしまったんじゃ。」
「とんでもない話ですね。僕らが言ったところでどうしようもなくないですか?感情を取り戻すなんて出来ませんよ。」
「それは大丈夫じゃ、その異世界人さえ倒せば改変された世界も元に戻る。簡単じゃろ?」
「まぁ、それなら出来なくはないか。じゃ早くゲート開けろジーさん。俺は仕事から逃げたい。ゲームの世界に行きたい。」
「待て待て、今回はすぐにとはいかん。お主達の編集長が今の仕事が終わるまでは許可を出さないのじゃ。そうゆうわけじゃから早く仕事を終わらせるようにな。以上じゃ。」
ジーさんは消えていく。
「なんか部外者に仕事早くしろって言われるの腹立つな。」
「先輩腹立ちっぱなしですね……。」
ジーさんが消えた後、弁当を食べ、また仕事を再開する。 頑張るか。
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僕は筒香 龍馬 。23歳だ。
今日は僕の才能が世の中に認知される日になるだろう。
僕はライトノベル作家を目指している。
自分で言うのもなんだが僕は天才だ。
根拠? それはこれからわかるよ。
今僕は大手出版社の待合室にいる。最低でもコミカライズくらいはされるであろう作品を片手に。
おっ? 編集部の人が来たようだ。彼は幸運だね。僕の才能を最初に見いだしたっていう満足感を得られるのだから。
「初めてまして、僕は筒香 龍馬です。」
「初めまして、編集部の山崎と申します。持ち込みの方ですよね? 早速作品を見せて貰ってよろしいでしょうか。」
ほう、彼は山崎と言う名前か。なんか目が死んでいる気もするが僕の作品を読めば生気も宿るだろう。
僕は作品を手渡す。
え? タイトルが知りたいって?
構わないよ。 タイトルは 「最強☆電脳兄弟♡」さ、素晴らしいだろ?
さて、山崎君も読み終わったようだね。
彼がボキャブラリーの限界まで僕を称賛する未来が見える見えるよ。
「えーと、筒香さん? これ全然ダメですね。」
ん? 聞き間違いかな?
僕は確認してみる。
「山崎さん、ちゃんと読みました? 僕はかなりの傑作だと思うのですが。」
さて、僕はチャンスを与えたぞ。君が僕を称賛するラストチャンスを!
「一応最後まで読みましたけど、読んでて辛かったです。まず主人公に華がないですね。なんか能力抜きの魅力がないです。
あとヒロインもキャラブレ過ぎです。なんで清楚キャラが目があっただけで主人公好きになってすぐにイチャイチャしてるんですか? 痴女みたいなヒロインしかいませんよ? それに設定も……」
僕は世界が崩れていくような感覚に陥った。
彼は僕の作品の良さがわかっていないのか?
それとも僕に才能がないのか?
ダメだ、思考がまとまらない。今日のところはこれで退散しよう。
僕は出版社を飛び出す。
ダメだしされた原稿を持って誰も居ない公園のベンチでうなだれる。
すると、まだベンチに座って五分もたたないくらいだろうか、僕に話しかける者がいた。
「お前、負の感情に満ちているな。」
僕の後ろに黒ずくめの男が立っていた。
「君は誰だ?負の感情ってどう言うことだ?」
「俺は、そうだなぁ、邪神と名乗っておこうか。俺はお前からとてつもない負の感情を感じた。」
邪神、か。面白いジョークだ。
「邪神が現れる程の負の感情か、たしかにそうかもな。僕はあの山崎と言う男のせいで自信を失いプライドもズタズタだ。」
「憎くないか? あの山崎とか言う奴が憎くないのか?」
「ふっ、憎いとしても僕には何も出来ない。」
「そんな事無いさ。俺がお前に力を与える。復讐の場を用意してやる。」
奴は言葉巧みに僕の心を焚きつける。
いつしか僕は彼が邪神だとすっかり信じていた。
結局、僕はこの日邪神に魂を売った。




