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10.踏み出す勇気

竜王ドラグニール・ノヴァの棲家、竜の巣ポン・デ・リンクは王城から馬車で半日程の距離にある。


交渉が長引く可能性もあるため、野宿も出来るよう準備して早朝に出発する。


もちろん魔王パインも一緒だ。

一人で人間の城内に置いて置くのは正体がバレた時とかいろいろマズそうなので連れてきている。


道中は大したトラブルもなく、魔物が出てもパインが乗ってると分かると土下座して謝罪してくるので遠距離の割に楽な旅になった。


ゴーレムの土下座なんて初めて見たぞ。

まあ関節が固くて正座すら出来てなかったが。


途中何度か休憩を挟みながら道を進む。


結局目的地に着いたのは夕方の、正確な時間は分からないが、6時くらいだった。


「やっと着いたな。ここが竜の巣ポン・デ・リンクか。」


竜の巣ポン・デ・リンクは元の世界で言うところのポン・デ・リ○グを山脈クラスにした様なものだった。


表面にはいくつもの洞窟があり、おそらくその一つ一つが竜の巣なのだろう。


竜の巣には人間や亜人、魔物用の出入り口もある。


この世界の竜は結構フレンドリーらしく、よく人型に変身しては人里に繰り出して交流したり、中には商人として働いているものもいるらしい。


逆に多種族を自分の巣に招き入れる事も多いようでその為に専用の入り口を設けているのだ。


ここまで聞くと今回もあっさり仲間になってくれそうと思っただろ?


そうは問屋が卸さない。


実は竜王ドラグニール・ノヴァはとんでもない人間嫌いで有名なのだ。


あれは異世界の勇者達が前魔王を倒す前の話。

魔王を倒す為タケル達は魔王と同等の力を有するとされている竜王の牙で武器を作るために戦いを挑んだ。


竜王ドラグニール・ノヴァは勇者四人にそのパーティメンバー合わせて二十人と三日三晩の死闘を繰り広げたのだが、やはり多勢に無勢だったようで一瞬の隙を突かれ勇者の仲間に強力な睡眠魔法をかけられてしまい、寝てる間に牙を四本失ったのだ。


それ以来他の種族は別として人間を嫌うようになったのだ。


まったく余計な事をしてくれたもんだ。


俺とパインはポン・デ・リンクの中央にそびえ立つ巨大な城に向かう。


城にはインターフォンがあったので押してみる。


ピンポーン


「一緒に異世界人たありませんかぁぁぁ!」


前回の反省を活かし今回は初っ端からタイトルフィッシング。


≪ガチャッ!入れ。≫


タイトルフィッシングは竜王にも有効なようだ。


中に入り案内されるまま歩いているとかなり大きな空間に出た。


パインと会った時の部屋も広かったがここは段違いだ。


部屋の奥行き、幅、高さどれもこれ以上の建造物など見たことがない。


そして広さと反比例するように細部まで細かい細工が施されている。


巨大な部屋の四分の一を占める一体の巨大な竜が部屋の奥に寝そべっていた。


光を反射し紫に輝く鱗。見ただけで相手を威圧する瞳、どれだけ堅牢な城壁でも一撃で砕いてしまいそうな鉤爪、そして牙のない口。


俺は確信した。

彼こそが竜王ドラグニール・ノヴァなのだと。


よし! 俺は気合を入れて叫ぶ。


なんで叫ぶかって?


部屋の奥にいる竜王の近くまで行くのは怖いからさ!



「すっっいませーーーん!僕ゥゥゥヴ、山崎ってもんなんですけどぉぉぉ!」



ー 叫ばずとも良い、聞こえておる。人間よ。ー



頭に直接返事が返ってくる。



でもよくある設定だし驚きはしないがな。


「お前は竜王ドラグニール・ノヴァだな?今回俺たちは協力してもらいたいことがあってきた。」


竜王はゆっくり首をこちらに向ける。


ー それは既にわかっている。計画とやらも話す必要はないぞ。我には相手の心が読めるのだから。ー



「じゃあ、面倒くさい説得パートは要らないな。単刀直入に聞こう。異世界人を追い出すために協力する気はあるか?」



ー それはお前次第だ。計画自体は面白いが実行するものが三流ではダメだ。人間、お主は我に魂の強さを証明しろ。ー


「証明?どうすればいいんだ?」



ー 簡単だ。ただ走り続けろー



そういうと竜王は俺に向かって焰のブレスを吹きかける。


俺は焰に包まれ周りも見えなくなる。

不思議と熱くはない。


俺はそっと目を開ける。


すると俺は長い長い、先の見えない一本道の廊下に立っていた。


横に居たはずのパインはいない。


これは魔王城でワープさせられた感覚とは違う。


体が妙に軽い。


俺がいまいち状況を理解できていない中、後ろからなにか音がする。


そこには大きな岩がありこちらに向け転がってきていた。


「クッソおぁぁぁ! 魂の強さの証明って要は体力勝負かよ!」


俺はこれが竜王からの試練と考え走り出す。


押しつぶされたら一貫の終わりだ。


必死に走る。不思議とまだ体力には余裕がある。


100メートル程走った頃だろうか、急に岩が消滅する。


「これで終わりか?」


なんて思ったがどうやらそうではないようだ。


もう一度背後に岩が現れ転がり出す。


たださっきと違うのは俺の聴覚が失われたって事だ。


音がない為振り返らないと岩が確認できない。


先程よりもハードになったがまだ大丈夫。やはり100メートル程走ったところで岩は消え、聴覚も戻る。


そしてまた岩が現れ、聴覚を失う。今度は岩だけでなく無数の虫が俺をめがけ飛んでくる。


100メートル程でリセット、そしてまた岩、聴覚剥奪、虫、さらに嗅覚を奪われる。


俺は何度も何度も走る。


100メートル走るたび全ての感覚も罠もリセットされ新たに追加された罠、もしくは剥奪された感覚の中また走る。


もう、何度走っただろう。


聴覚、嗅覚、味覚はもちろん時間感覚、距離感、平行感覚、足以外の触覚なども剥奪されもう背後に迫る罠すら認識できない。


残された足の感覚と視覚だけを頼りに必死に走る。


100メートル走るたびにリセットされ一瞬だけ感覚が戻る。


そして失うより少し早く現れる死の音、匂い、振動。


一瞬だけ戻ったことにより敏感になった五感の全てで体感し、刹那、また感覚を失う。


ここまでなら耐えられた。


かなりの試練ではあったが俺はまだ耐えられた、終わらない地獄などないと、そうポジティブに考えていたのだ。


これは余談だが、人間は五感で得る情報のうち87パーセントは視覚から得られる。

逆に言えば俺はまだ感覚の二割も失ってなかったのだ。


何度目かのリセットの後、再び感覚がなくなる。


今回はなぜか失ったのは視覚のみだった。


俺は突如、言いようのない不安と暗闇に襲われる。


先程までの楽観的な考えなど一瞬で吹き飛ぶ。


今まで簡単に踏み出せた一歩が踏み出せない。厄介なことに視覚以外の感覚は失われてないのだ。


見えない中、残り13パーセントの感覚が伝える恐怖に怯えて震える。


体が動かない。


もし一歩踏み出したところに新しく罠が追加されていたら?


その思考がまとわりつく。


俺の頭の中に、走馬灯が走る。



無邪気にはしゃいだ子供の頃


彼女こそできなかったが沢山の友達とディベートした学生時代


必死の思いで入社して、入社した後も必死だった今までの日々


母さん、父さん、じいちゃん、ばあちゃん、そして……


松田……のせいで失ってしまった俺の携帯。


そうだ、俺は沢山の夢を犠牲にしてまで頑張ってきたんだ。


ここで怯えてる場合ではない。


ここで震えてる場合じゃない。


進め。


踏み出せ。


走れ。


進め‼︎



俺は覚悟を決め一歩を踏み出す。



気が着くと元の場所に立っていた。


目の前は竜王がいた。


ー お前の覚悟、たしかに感じ取った。お前のような人間もいるのだな。ー


「魂の証明とやらは終わりなのか?」


ー ああ、あの一歩を踏み出すことがお前の本当の強さの証明だ。約束どうり計画に協力しよう。山崎殿。ー


「やっと俺の名前を呼んだな。よろしくな竜王ドラグニール・ノヴァ。」


ーノヴァでよい。ー


ノヴァは優しく微笑んだ。


こうして俺は竜王をなんとか仲間にしたのだった。


後から分かったことだがなノヴァが俺に会ってくれたのはタイトルフィッシングの効果だけでなくパインが一緒だったからしい。

ノヴァは前魔王と旧知の仲でパインのことも話に聞いていたとか。


思わぬところで役に立つお子様魔王だった。










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