第25話 殴る者と殴られる者
前回のお話……援軍到来。
(ミ ゜Д゜)ぶった斬る!
ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ!
「……殺せ」
ポツリと、零れるように囁かれた一言。
目の前の赤毛団長が言ったのは分かるのだが、内容まではよく聞き取れなかった。
「おい、今なんて―――」
「殺せぇぇええええッ!!」
言ったんだと問い詰めようとした矢先、凄まじい怒号が迸った。
思わず一歩後ろに下がって身構えてしまう。
「こいつらを殺せ! 一人も逃がすんじゃねぇぞ! 皆殺しだぁぁああ!」
髪を振り乱しながら、狂ったように殺せ殺せと叫び続ける赤毛団長。
少し前まで余裕綽々の態度を見せていた男と同一人物とは思えない。
あまりの変貌ぶりに部下である盗賊共も戸惑うばかりで、命令を実行に移す者は出てこなかった。
自分の命令に従わない部下達に業を煮やしたのか、赤毛団長は比較的近くに立っていた盗賊の手から剣をもぎ取ると―――。
「殺せって……言ってんだろうがぁぁあああッ!」
―――奪った剣を盗賊の身体に突き刺した。
胸部に深々と埋まった鉄の刃。
血に濡れた先端が背中から突き出ている。
刺された盗賊は信じられないものを見るように、眼前に立つ団長と自らの身体を貫く剣とを見詰めていた。
微かに震える唇の端からは、一筋だけ赤い血が垂れ落ちていく。
赤毛団長が刃を引き抜くと同時に盗賊の瞳からは光が失われ、膝から地面に崩れ落ちた。
横たわり、物言わぬ骸と化した盗賊。
傷口から流れ出る血液が地面の上に広がっていく。
突然過ぎる凶行を目の当たりにした全員が息を呑み、声を発することが出来なかった。
「はぁ、はぁ……何ボケっと突っ立ってんだ。テメェらもさっさとやれ」
たった今、人一人を手に掛けたとは思えないくらい静かな声音で、部下達に殺害を促す赤毛団長。
男の身から醸し出される異様な雰囲気に当てられた盗賊共は、誰一人として動くことが出来ずにいた。
赤毛団長は、そんな部下達を許しはしなかった。
「やれっつってんだろうがよぉ! 冒険者共を皆殺しにしろ! 殺さねぇ奴は俺がぶっ殺すぞ!?」
「―――ギャアアアアアアッッ!?」
滅茶苦茶なことを叫びながら剣を振り上げた赤毛団長は、手近にいた別の盗賊へその刃を振り下ろし、片腕を斬り飛ばした。
片腕を失った盗賊の口から吐き出される絶叫。
二度目の凶行を目の当たりにした盗賊共は我先にと駆け出し、悲鳴を上げながら俺達へと襲い掛かってきた。
恐怖に突き動かされるまま、必死の形相で迫ってくる。
「やべッ」
流石にこの人数を纏めて相手取ることは不可能だ。
ただでさえ魔力を使い過ぎてしんどいってのに……。
逃げ出す訳にもいかずに身構えていると「おぉぉぉらぁッ!」と雄叫びを上げたローグさん達が盗賊の側面に喰い付いた。
「ローグさん!?」
「よく踏ん張ったなぁ、あとは任せろ!」
側面からの襲撃を受けて足並みを乱した盗賊共を一気に切り崩しに掛かる。
元々、盗賊一人一人の実力は然程のものでもない。
頭数も減り、冷静さも欠いたような連中が熟練の冒険者たるローグさん達に敵う筈もなかった。
「マスミくぅん、大丈夫~?」
盗賊共を迂回してきたエイルがこちらに合流してきた。
ヴィオネとドナートの後衛組二人も一緒だ。
「なんとか無事だよ。ミシェルは?」
「まだ追い掛け回してる~」
……もう好きにさせておこう。
「ローリエちゃんとぉ、ニナちゃんは~?」
「別行動中。ニナは先に救出に向かわせた。ローリエは敵の足止め。集落に来る前に獣人に襲われてね」
「やっぱりぃ、マスミくん達の方にも来たんだ~」
こっちもそうなの~と言って肩を竦めるエイル。
やはりA班の方にも獣人の協力者が回されていたか。
「盗賊の相手をしながらぁ、殺さずに無力化するのはぁ、苦労したの~」
「特にミシェルが、あの調子、だから」
「あぁ……」
何が原因なのかは知らないけど、完全にブチギレてたもんな。
今の彼女なら敵味方の区別なく、勢いだけで相手をぶった斬りそうだ。
「色の付いた煙がぁ、沢山見えたのでぇ、急ぎました~」
「気絶させて、あとは放置」
俺がスモークボールを使ったのは、盗賊に対する目眩ましだけが理由ではない。
集落の居場所とB班が危機的状況にあることを別行動中のA班に伝える狼煙としての意味も含まれていたのだ。
仮にB班だけで救出が可能だった場合は、普通に火を炊いて狼煙を上げる予定だった。
予想外の出来事や危うい場面もあったが、この分ならなんとか乗り切れそうだ。
概ね予想通りと言えなくもない……かな?
「うむ、終わりよければ全てよし」
『いや、まだ終わっとらんぞ』
黙らっしゃい。
「盗賊の相手はこのままローグさん達と暴走娘に任せるとして、悪いけどエイルとトルムはニナの後を追ってもらえんかね。大丈夫だとは思うけど、念のために」
二人は特に疑問や不満を口にすることもなく、俺からの頼み事を快諾してくれた。
行ってきま~すと並んで手を振る二人を見送り、姿が見えなくなった辺りで盗賊共の方に向き直る。
ローグさん達の活躍のおかげで大分数も減ってきた。
この調子なら程なく全滅させられるだろう。
「さてさて、この後に控えてる後始末は如何したもんかね」
などと勝手に終わった気になり、事後処理について考えていたのが悪かったのだろう。
「マスミ!?」
ヴィオネからの警告。
気付いた時には、赤毛団長が目と鼻の先にまで接近していた。
「死ねやぁあああッ!」
俺の脳天を叩き割らんと迫る刃。
駄目だ。躱せない。そう思った時、横から差し込まれた鉄塊が刃の一撃を阻んだ。
「大丈夫っすか!?」
俺を救った鉄塊の正体は、セントに貸し与えていた鎚矛。
赤毛団長の接近に気付いたセントが咄嗟に防御してくれたのだ。
「悪い。助かった」
「クソガキがぁ、余計な真似しやがってぇ!」
セントに礼を告げる俺とは正反対に赤毛団長は忌々しそうに彼を睨み付けた。
負けじとセントも相手を睨み返しながら、両手で握った鎚矛を押し込んだ。
「うるせぇ! お前らだけは絶対に許さねぇぞ!」
「このガキィィイイイッ!」
両者一歩も引かず、至近距離で互いの得物―――鎚矛と剣を激しくぶつけ合わせた。
取り回しに差がある故か、手数では赤毛団長が上回っているものの、セントはその差を自慢のパワーで補ってみせた。
一撃一撃に渾身の力を籠めて打ち込み、力尽くで相手を後ろに下がらせていく。
形勢が徐々にセントへと傾きつつある中、鍔迫り合い染みた打ち合いを数度演じた直後、バキッと何かが砕けるような鈍い音が聞こえた。
見れば、赤毛団長の握る剣に深い亀裂が入っていた。
強度と重量に勝る鎚矛と何度も打ち合えば、こうなるのも必然だ。
「だぁぁらぁぁあああああッ!!」
このチャンスを逃すまいと、裂帛の気合で鎚矛を叩き付けるセント。
破損した剣で防ぎ切れる筈もなく、刃は粉々に砕かれ、勢いに押し負けた赤毛団長が地面の上を転がった。
「ぜぇっ、はぁ……終わりだ、クソ野郎」
「ぐっ、この、ガキが……!」
荒い息を吐きながら、油断なく相手を睨み据えセント。
赤毛団長は震える身体でなんとか立ち上がると、懐から何かを取り出した。
その手に握られているのは、液体の入った試験管のような容器。
魔水薬かとも思ったが、以前グラフさんから貰った物とは明らかに違う。
あの時の液体は薄い赤色だったが、今奴が持っている容器の中の液体は毒々しい暗紫色だ。
何より、見ただけでこんなにも不安を掻き立てられるようなものではなかった。
……嫌な予感がする。
「テメェら……絶対にぶっ殺してやるぅぅぅ」
容器の蓋を開けた赤毛団長が、液体を飲み込もうとする。
駄目だ。絶対にアレを使わせてはいけない。
「ニース!」
『うむ、使え』
胸元からニースの声が聞こえた直後、我が身を苛んでいた倦怠感が消え去り、活力が戻ってきた。
同時に全身から鋼色の光が溢れ出した。
俺は握ったままにしていたエアガンを素早く構えると、赤毛団長に向けて発砲した。
「ぐがぁぁあああッッ!?」
鋼色の弾丸は赤毛団長の右腕を正確に撃ち抜いた。
取り落とされた容器から中身が零れ、地面に座れていく。
「ぐぅッ!?」
服用するのを阻止出来たと喜ぶ暇もなく、全身から急激に力が抜けていった。
異様な疲労感と眩暈に立っていることすら儘ならず、その場に膝を突いてしまう。
視界は歪み、吐き気が込み上げてきた。
ヴィオネが傍に寄って背中をさすってくれるが、症状が緩和されることはなかった。
限界を越えた魔力行使の代償。
自前の魔力は既に底を尽いていたが、ニースに魔力を分け与えてもらったおかげで、俺は魔力弾をもう一発だけ撃つことが出来た。
骸骨軍団と戦った時に比べれば、まだマシな方かもしれんが、それでもこの有り様だ。
俺はもう動けない。
だから……。
「セント、お前がやれ」
決着はセントの手に委ねる。
「フカミさん……」
セントは暫し俺の目を見詰めた後、一度だけ大きく頷き、ゆっくりと赤毛団長に近付いていった。
「マスミ、いいの?」
「いいんだ。あいつに任せる」
仲間の仇を討ちたいと言っていたセント。
最後くらいは我が儘に応えてやってもいいだろう。
撃たれた右腕を押さえながら苦し気に呻いている赤毛団長の傍まで近付いたセントは、相手の胸倉を掴んで無理矢理立たせた。
「……仲間の仇だ」
「ひッ、やめ、や、助けて……!」
瞳の奥で瞋恚の炎を燃やすセント。
その目に射竦められた赤毛団長の顔に、隠し様のない怯えが浮かぶ。
セントは鎚矛を顔の高さまで持ってくると―――。
「くたばれッ!」
「ひぎゃぁぁああああッッ!!」
―――叩き付けることなく手放し、きつく握った拳でブン殴った。
顔面にセントの拳が突き刺さり「ぶぎゅッ」という間抜けな声を最後に、赤毛団長はあっさり気を失ってしまった。
潰れた鼻からダラダラと鼻血が垂れ流されている。きっちゃない。
掴んでいた胸倉から手を離し、赤毛団長の身体を適当に転がすと、セントは鎚矛を拾ってこちらに戻ってきた。
「フカミさん、終わりました」
「……よかったのか?」
―――仇を討たなくて。
言外の問いに対して、セントは苦し気に眉を寄せながらもはっきりと答えた。
「今回の俺は……協力者ですから」
「……」
「最初は殺す気でした。でも本来依頼を請けたフカミさん達を差し置いて自分の目的を優先するってのは、なんか間違ってるって思ったんです。でもやっぱりみんなの仇は討ちたくて……一発だけ、思いっ切り」
「……そっか」
それがセントの出した答えなら、俺はもう何も言わない。
無言で拳を突き出せば、セントも自身の拳をコツンと軽く合わせてきた。
「今度こそ終わったな」
抵抗を続けていた盗賊共もローグさん達によって、一人残らず倒されている。
何人か生きてはいるようだが、ほとんどが虫の息。
これ以上の戦闘は不可能だろう。
やれやれ、やっと肩の荷を―――。
「マァァァァスゥゥゥゥミィィイイイイッッ!!」
―――下ろさせてはもらえなかった。
地獄の亡者が腹の底から声を出したらこんな感じかなぁと思えるような怒声で名前を呼ばれた。
声がした方に目を向ければ、何故か全力疾走しているミシェルの姿があった。
悪鬼のような形相はそのままに、土煙を引き連れながらこっちに向かってくる。
……凄く嫌な予感。やめて、こっちこないで。
「一発ぅぅ……殴らせろぉぉぉおおおおおッッ!!」
「なんでッ!?」
突然の暴行宣言に思わず叫び返すも、そんなことで止まってくれるようなミシェルではなかった。
巻き添えを喰らっては堪らないと思ったのか、そそくさと俺から離れて距離を置くヴィオネとセント。
ドナートに至っては、いつの間にやら姿を消していた。
この裏切り者共!
「どぉぉりゃぁぁあああああッッ!!」
女子として如何なものかと思うような雄叫び。
その拳には、いったいどれだけの破壊力が集約されているのだろうか。
まともに動くことの出来ない俺に躱す術などあろう筈もなく、深い諦念を抱きながら、迫りくる剛拳を静かに見詰めた。
「何をやってるんですか、貴方は」
なんにも悪いことしてないのになぁと思っていたら、誰かが俺とミシェルの間に割り込み、大気唸らせる剛拳をあっさりと受け止めてみせた。
目の前で揺れるのは、毛先だけが白くなった黒の犬尻尾。
「ロ、ローリエ?」
「はい、お待たせしました」
いつも通りの柔らかい笑みを浮かべて振り返るローリエ。
普段と変わらぬ様子に安心すると同時に激しい疑問を覚える。
「なんでそんなにボロボロなの?」
主に服が。
別れる前と比べて肌色面積が大分広がっていた。
尻尾と一緒に惜しげもなく晒された脚線美に自然と目が吸い寄せられる。
ローリエは曖昧に笑うだけで答えようとはしなかったが、何故か犬耳がピクピク動き、尻尾が不規則に揺れている。
触ってみたい。
それはどんな感情を表しているのかな?
「……おい貴様ら、私を無視してイチャイチャするな。殺すぞ」
物凄くドスの利いた声で平然と恐ろしい発言をするミシェル。
何か言い返してやろうかと思ったが止めておいた。
だって怖いんだもの。
「視線だけで人を殺せそうだな」
「何か、言ったか?」
「何も言ってません気の所為ですだからそんな目で睨まないで下さいお願いします」
本当に怖いので勘弁して下さい。
大事な部分がキュッと縮み上がってしまった。
「ミシェル、マスミさんを怖がらせないで下さい。可哀想じゃありませんか」
「怖がらせてなどいない。取り敢えずローリエはそこを退け。私はこれからマスミを殴る」
だからなんで?
無論、ミシェルがそんな疑問に答えてくれる筈もない。
「退く訳がないでしょう。本気で何言ってるんですか。そもそもなんでマスミさんを殴る必要があるんですか?」
「きっとマスミの所為だから」
「いやそれ何の答えにもなってませんから」
「うるさい、退け」
「退きませんよ、このお馬鹿」
「馬鹿って言った方が馬鹿だ!」
「子供ですか貴方は!」
互いの額を突き合せたミシェルとローリエが、いつかの再現のように取っ組み合いを開始した。
結果的に無視される形で難を逃れた俺は、その場にゴロリと横になった。
「疲れた」
心身共にヘトヘトだ。少しくらい休んだって文句は言われないだろう。
諸々のことは起きてから考える。たまには誰か代われ。
そう結論を出した俺はさっさと目を閉じ、ギャアギャアと喧しい二人の声を子守唄にしながら眠りにつくのだった。
お読みいただきありがとうございます。




