第10話 疑問だらけの人助け
前回のお話……のんびり馬車旅からの~
(真 ゜Д゜)なんだあれ?
最初に異変に気付いたのは、同行するメンバーの中で最も目が良く、探知能力にも長けたエイルだった。
突然立ち上がったかと思うと、彼女は直ぐ様御者席の方へ向かった。
「うわっ、なんだ?」
御者を担当していたミシェルを半ば押し退けるように身を乗り出したエイルは、僅かに細めた双眸で街道の先を見据えていた。
「ん~?」
次いでローリエとトルムが街道の先へ目を向ける。
しばらく目をすがめていたかと思いきや、二人の表情が徐々に険しいものへと変化していった。
「あれは……」
「おいおいおい」
……なんだ?
三人に倣って、俺も街道の先に目を向けてみる。
「……なんだあれ?」
街道上に何かがあるということは分かる。
分かるのだが、まだ結構距離が離れている所為か、どれだけ目を凝らして見ても、その程度のことしか分からない。
常人離れした視力を誇るエイルはともかく、ローリエとトルムはよく見えるものだ。
警戒用のために傍に置いていた双眼鏡を手に取り、改めて街道の様子を確認する。
ピントを合わせたレンズの先に映った光景は、俺達が利用しているタイプと同じような幌付きの荷馬車が一台とそれを取り囲んでいる複数の男達。
馬車を取り囲んでいる男達は、全員が共通して薄汚れた身なりをしており、各々が棍棒や手斧といった何かしらの武器をその手に握っている。
今まさに襲われている最中か、あるいは襲われる一歩手前といったところだろうか。
「もしかしなくてもあの連中って、例の盗賊共かね?」
「分かりませんけど、その可能性は高いと思います」
やはりそうか。
こんなにも早く遭遇出来たのは、果たして運が良いのか悪いのか。
どちらにしても放置する訳にはいかない。
「迂回ルートもなし。トルム、悪いけど後ろの馬車に先行するって伝えてくれ」
「あいよ、任されましたっと」
俺からの指示を受けたトルムが素早く馬車を飛び降り、ローグさん達が乗っている後ろの馬車へと走る。
昨日の移動中、有事の際には俺が指示を出すという取り決めがなされた。
何故に俺なのか、別にトルムやヴィオネが指揮をしたっていいじゃないかと主張したものの、いいから黙ってやれとセント以外の全員からゴリ押しされたのだ。
居心地が悪くても構わないから、向こうの馬車に移りたいと思ってしまったのは内緒だ。
「ミシェル、全速前進だ。狼藉者をぶっ飛ばしに行くぞ。ハイヨー、シルバー!」
「よく分からんが、分かった!」
ミシェルが鞭で馬の尻を打った直後、ジョギング程度の速度で進んでいた馬車が急激に加速し、後ろの馬車を置き去りにする。
速度に比例して揺れも激増した中、舌を噛まないように注意しながら、次なる指示を飛ばす。
「矢が届く距離まで近付いたら、エイルは遠慮なくぶっ放してくれ! 可能なら手足狙いで頼む。連中が件の盗賊なのか確かめたいからな」
「りょうか~い」
「ミシェルは自由に暴れてよし。ローリエは向こうの馬車ってか、乗ってる奴を守ることに専念してくれ。あと極力殺さないように!」
「任せろ!」
「はい!」
ミシェルとローリエが力強く応じる。
「ヴィオネ、馬車の運転は?」
「一応、出来る」
「充分だ。ミシェルが降りる前に御者交代。俺が護衛に残るから、合図したらすぐに走らせてくれ」
無言のまま、一度だけ頷くヴィオネ。
これで粗方の指示は出した。
「セント、お前はこのまま待機。馬車から降りてくるなよ?」
セントに釘を刺しておくことも忘れない。
案の定、戦闘に参加する気満々だったのか、待機を命じられて愕然としていた。
「そんなッ、フカミさん、俺も―――」
「言っただろ。今回のお前は水先案内人。それに指示には従うって約束した筈だ。守れないってんなら今すぐ帰れ」
鼻先に指を突き付け、セントの発言を遮る。
セントは悔し気に顔を伏せると、拳をきつく握り締め、絞り出すような声で「分かり、ました」と答えた。
心情こそ理解出来るが、だからといって冷静さを欠いている今のこいつを戦わせる訳にはいかない。
頭に血が上り過ぎている。
そんな奴が戦場に居ては本人だけでなく、周囲の仲間にまで危険が及ぶ可能性すらあるのだ。
伏せられたセントの頭に視線を落とす。
「今は耐えろ」
年齢に似つかわしくない苦悶の表情が浮かべながら、セントは小さく「……はい」と頷いた。
「マスミッ、見えてきたぞ!」
そうこうしている内に大分距離が縮まり、肉眼でも前方の様子を捉えることが出来るようになった。
やはり一台の馬車を盗賊と思しき複数の男達が取り囲んでいる状況に変化はない。
さっさと襲ってしまえばいいものを、何故取り囲んだまま動こうとしないのか。
「今は考えたって仕方ないか、エイル!」
「いきま~す」
俺が合図するよりも先に、身軽な動作で幌の上に飛び乗ったエイルが片膝立ちとなり、流れるような動作で長弓に矢を番えて射放った。
距離が縮まってきたといっても、未だ目測で200メートル以上離れている。
しかし、そんな距離などエイルにとっては何の障害にもならない。
放たれた矢は僅かな放物線を描きながら突き進み、馬車を取り囲んでいた一人の肩へ見事その鏃を突き立てた。
矢の直撃を喰らった盗賊は、鏃が刺さった肩を押さえながら倒れ、そのまま地面の上をのたうち回った。
こちらまでは聞こえてこないが、きっと絶叫を上げていることだろう。
そんな仲間の姿を目にし、慌てて周囲を警戒し出す盗賊共。
その頃にはエイルが新たな矢を番え、二射目を放っていた。
一射目と同じような速度と角度で放たれた矢は、今度は別の盗賊の太腿を射抜いた。
その場に崩れ落ちた盗賊は、一人目と同様に地面の上でのたうち回っている。
これで二人無力化した。
「よし、この調子……で?」
「あれ~?」
エイルの弓矢による攻撃に慌てていた筈の盗賊共だが、二人目がやられた途端、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げ始めてしまった。
攻撃を喰らって身動きの取れない二人には、他の連中が手を貸している。
先程までの慌て振りが嘘のような撤退。
襲われていた馬車の元へ到着した頃には、盗賊の姿は一人も残っておらず、何やら肩透かしを食らったような気分のまま、ローグさん達の到着を待つことになった。
――――――
―――
「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ。本当に助かりました」
「はぁ、それはまぁいいんですけど……」
「おっと、自己紹介がまだでしたな。私は行商人のギジーロと申します」
「はぁ、ご丁寧にどうも。冒険者のフカミです」
ローグさん達の乗った馬車が合流した後、俺達は襲われていた馬車の主、行商人のギジーロなる人物から話を聞いていた。
ギジーロは恰幅の良い体格をした四十代くらいの男で、大きな白い布をターバンのように頭に巻いている。
さっきから何度も頭を下げ、感謝の言葉を述べてくるこの御仁だが、物凄く人相が悪かった。
有り体に言って悪人面だ。
失礼ながら、商人よりも盗賊の一味だと紹介された方がまだしも納得出来る。
この先にある村まで荷物を運んでいる途中、盗賊に囲まれてしまったのだそうだ。
「なぁあんた、こっちで盗賊が出るって話は知ってんだろ? なんでまた護衛の一人も連れてねぇんだよ」
もっとも過ぎるローグさんの疑問に何故か恥ずかし気に答えるギジーロ氏。
「幸いと言っていいのか、実は今日まで一度も盗賊に襲われたことがなくてですねぇ。今回も大丈夫だろうと高を括っていたんですよ」
そんな理由で護衛を連れてなかったなんて、おいおいマジかよ。
危機意識皆無じゃねぇか。
リスクマネジメントって知ってる?
流石にローグさんも呆れていた。
「今回ばかりは駄目かと諦め掛けてたんですがね。いやぁ、皆さんのおかげで私も娘も命拾いしました」
「娘?」
見ればギジーロ氏の背に隠れるように、灰色の外套で全身をすっぽりと覆った人物が一人立っていた。
フードを目深に被っているため、その容姿を窺い知ることは出来なかったが、かなり小柄だ。
140センチに届かないかもしれない。
おそらくこの子が娘さんなのだろう。
「ニナといいます。誰に似たのか、無口で無愛想な上に人前に出たがらない困った娘でしてな。ほらニナ、みなさんにご挨拶せんか」
ニナと呼ばれた少女は、父親に促されても口を開くことはなく、ただ無言で会釈してきた。
そんな娘の様子にやれやれと嘆息するギジーロ氏。
「本当に誰に似てしまったのやら。どうもすいませんねぇ」
「お気になさらず」
緊張しているのか、それとも単に人見知りなだけなのか。
年頃の娘さんの扱いは難しい。他所様の子なら尚更だ。
ニナはあまり喋りたくなさそうだし、ジロジロと不躾に眺めるのも失礼だろうと思ったので、この場はローグさんにお任せして、俺は一旦離れようと思った。
「ジー」
……離れようと思ったら、不躾とか無遠慮とかそんな言葉では片付けられないくらいニナをガン見している者が居たので、一言物申しておこう。
「ローリエ、何やってんだよ」
「あっ、マスミさん」
「そんな熱烈な視線送って、いったいどうしたのよ?」
子供を愛でる趣味でもおありで?
「わたしそんなに見てました?」
「ジーって口に出して言う程度には」
ガン見していた事実を告げると、ローリエはそうですかと小さく呟き、思案顔となった。
「あの子がどうかしたの?」
「それは……はい、そうですね。少し気になることがあって」
気になることとな?
「その、なんだか似ていると言いますか、同じような匂いがすると言いますか」
「なんだいそりゃ?」
言ってる自分自身でもよく分からないのだろう。
形の良い眉が寄せられ、なんとも悩まし気なご様子。
「ごめんなさい。上手く言えません」
「いや、謝らなくてもいいよ。それに俺もちょっと気になることがあるから」
元々セントの話を聞いてから、今回の依頼にはキナ臭いものを感じていた。
先の光景―――盗賊共に取り囲まれた馬車を見てからというもの、それらをより一層強く感じているのだが、その原因が未だにさっぱり分からない。
「んー、んー、んー、ああもうッ!」
もどかしさのあまり、思わず大声を上げてしまう俺。
その声量に驚いたのか、近くにいたニナの肩がビクッと跳ねた。
悪いことをしてしまった。
「気でも触れたか?」
「失礼な奴め」
心配そうにというよりも気の毒そうにミシェルが声を掛けてきた。
俺をなんだと思ってやがる。
「おら、いつまでもこんな場所で時間食ってらんねぇぞ。お前らさっさと準備しろ」
どうやらギジーロ氏の馬車に同行し、最寄りの村を目指すことで話は纏まったらしい。
おそらくは護衛も兼ねているのだろう。
「マスミさん」
「あぁ、今行くよ」
原因不明のキナ臭さに対し、吐き気にも似た不快感を覚える。
何かがおかしい。ではその何かとはいったいなんなのか。
答えの出ない問答を胸中で繰り返しながら、俺は馬車へと乗り込んだ。
お読みいただきありがとうございます。




