第24話 貫く意思は鋼に染まる
前回のお話……ミシェル復活
(ミ ゜Д゜)どりゃー
「マスミに……手を出すなぁぁああああッッ!!」
魔力の光を帯びた拳が髑髏騎士の顔面に突き刺さり、その身を殴り飛ばした。
骸骨騎士は強風に飛ばされた枯れ枝のように地面の上を何度もバウンドし、10メートル以上も転がったところでようやく停止した。
「ミ、ミシェル?」
「マスミ、無事か?」
髑髏騎士をブン殴り、俺の窮地を救ってくれたのは、重傷を負って気絶していた筈のミシェルだった。
状況の変化に思考が追い付かない。
「なん、で……」
「うむ、今し方目が覚めた」
いや、聞きたいのはそんなことではないのだが……。
見れば、左肩に巻かれていた筈の包帯は毟り取られており、その下にあった筈の傷は完治とは言い難いものの、既にかなり塞がっていた。
「……傷は?」
「起きたら治っていた」
「んな、馬鹿な」
プラナリアじゃあるまいし。
幾ら水薬やエイルの魔術で回復力を底上げしたといっても限度がある。
あんな瀕死の状態から短時間でここまで回復するなんて有り得ないだろう。
「別にいいではないか。こうしてマスミの窮地に間に合ったのだから些末なことだ」
「そう言われると……そんな気もしてくる?」
「ところでマスミよ。確認したいのだが、私はアレにやられたのか?」
全身を微かに震わせながら起き上がろうとしている髑髏騎士に、怒気の籠った眼差しを向けるミシェル。
骨と金属が融合したような兜は既に原型を留めておらず、頬骨の一部も欠けている。
流石にパンチ一発で仕留めることは叶わなかったようだが、充分なダメージを追わせることは出来たようだ。
「あぁ、地中から槍をブスッと」
「成程。卑怯な骨め」
剣呑な目付きでフンッと鼻を鳴らすミシェル。
「まあいい。あとは私に任せて、マスミは休んでいろ」
「そうさせて、もらおうかね」
今の俺は自力で起き上がるのも難しい状態なのだ。
大見得を切っておきながらこの体たらく。
我ながら情けない。
「本当に格好悪りぃなぁ、俺」
「そんなことはない」
ぽつりと零れた自虐の言葉はミシェルによって即座に否定された。
「ミシェル?」
「意識こそ曖昧だったが、お前が私を受け止めてくれたことは分かった。この治療もマスミが施してくれたのだろう?」
「……」
「今だってマスミは仲間を、私を守るために必死に戦ってくれていたではないか。ちょっと不格好なくらいなんだ。私はそれを恥とは思わない」
ミシェルが語る一言一言が耳朶を通し、胸の奥に染み入ってくるようだった。
澱のように凝り固まっていたモノが、解きほぐされていくような感覚。
「自分が傷付きながらも誰かのために戦える。そんな男の何が格好悪いものか。今のマスミの姿を見て、無様と嗤うような輩は私が許さん」
気付けば、先程まで抱いていた無力な自分に対する嫌悪の感情は無くなっていた。
代わりに言葉にならない温かなものが胸中から沸き上がり、喉が震えた。
「マスミが諦めなかったから、私は間に合った。マスミが仲間でいてくれたから、今こうして立っていられるのだ。だからマスミはもっと胸を張れ」
……本当に泣かせてくれる。
よくもまぁこの娘は、そんな台詞を恥ずかし気もなく吐けるものだ。
このままミシェルの顔を眺めていては本当に涙が出てきそうだったので、思わず目を閉じた。
流石に泣きっ面を見られるのには抵抗がある。
「惚れるなよ?」
「抜かせ、小娘が」
薄く目を開ければ、ミシェルがその端正な顔に小憎らしい程の得意気な笑みを浮かべていた。
調子に乗るな。
ちょっとときめいちゃっただけだし。
「んじゃまあ、お言葉に甘えさせてもらおうかね」
「うむ、なんなら寝てても構わんぞ」
こんな状況で寝れるかボケ。
内心で俺がツッコミを入れていることなど露知らず、ミシェルは魔力の光を全身に帯びると「では行ってくる」と告げ、髑髏騎士へ突貫していった。
行くのは構わんけど、残される人のこともちゃんと考えてほしい。
巻き上げられた砂塵にゲホゲホと咳き込む俺の傍らに『間に合ったようじゃの』と精霊さんが現れた。
全身が訴えてくる痛みに呻きながらも、なんとか身体を起こす。
「やっぱりミシェルの傷を治してくれたのは精霊さんか」
『うむ、このようにな』
そう言った後、精霊さんは俺に向けて手を翳した。
するとどうしたことか、突如周囲に淡い光が生じた。
「なんだ?」
温かくて柔らかな暖色系の光。
今、俺の全身はこの光によって包まれている。
微かにこそばゆいような奇妙な感覚に身を委ねること約十秒。
光が収まった後には、全身の傷と痛みが綺麗さっぱり無くなっていた。
成程。この力でミシェルの傷も癒してくれたという訳か。
「凄ぇな、流石は元神様」
そうじゃろそうじゃろとドヤ顔を浮かべる精霊さん。
俺は近くに落ちていた愛用のナイフに異常が無いことを確認した後、自らの脚で立ち上がってみた。
まだ多少はふらつくものの、これなら動けそうだ。
『休まずともよいのか?』
「まさか」
ついさっきまでは本当に動けなかったのでどうしようもなかったが、ある程度回復出来たのなら話は別だ。
早くミシェルの援護に向かわなければ。
彼女とて自分で言う程余裕がある訳ではないのだ。
拳一つで髑髏騎士に立ち向かうミシェルだったが、今の彼女の肌からは血の気が完全に失われていた。
だがそれも当然の話だ。
本来なら瀕死の重傷で絶対安静の身。
精霊さんの力で傷が癒えたとはいえ、未だ十全に戦える状態からは程遠い筈だ。
『すまぬな。今の我の力では、傷を癒すことは出来ても、失われた血肉まではどうにもならぬ』
「いや、充分過ぎるよ」
そのおかげで俺もミシェルも助かったのだ。
感謝こそすれ、文句などあろう筈もない。
それに収穫もあった。
「なんとなくだけど分かってきたよ。魔力の扱い方ってヤツが」
前回のレクチャーに加え、今回傷の治療を受けたことによって、魔力の流れというものをはっきり感じ取ることが出来た。
あとは実践あるのみ。
「やるとしますかね」
足を前に踏み出すと共に魔力操作を試みる。
基点となるのは心臓。
魔物のように体内に魔石を持たない生物―――人間の場合は心臓こそが、魔力を生み出す器官の役割を果たすと教えられた。
左の掌を胸に当て、そこにある存在と鼓動を強く意識する。
イメージするのは血液と血管。
心臓から汲み上げられた血液が血管を通り、全身を巡っていく。
魔術もそうだが、魔力操作で最も重要なのは想像力。
より鮮明に、より明確にビジョンを思い描くことが大切なのだ。
ゆっくりと歩を進めながら、繰り返し繰り返しイメージを重ねる。
視線の先ではミシェルと髑髏騎士が、一進一退の攻防を繰り広げており、どちらも徐々に近付いて行く俺に気付いた様子はなかった。
その距離が残り二十歩程にまで縮まった時―――。
「……出来た」
―――身体から光が溢れ出した。
ステンレスを思わせる硬質な鋼色の輝き。
魔力の光が全身から勢い良く噴出している。
「熱いな」
心臓が強い熱を発し、全身に力が漲っていくのが分かる。
この感覚を維持したまま、今度は右手に握ったナイフへ想像の血管を伸ばし、そこに血液を流し込む。
魔力による強化を肉体だけではなく、武器にも応用した技術。
身体強化よりも高度な制御を要求される魔力操作の技能―――〈魔力付与〉。
精霊さんから魔力操作を教わった際、ふと思い付いたのだ。
武器を武器としてではなく、自らの身体の一部と認識して魔力を流し込めば、もしかして成功するのではなかろうかと。
土壇場での試みだったが、果たして……。
「は、はははっ、案外イケるもんだなぁ」
ほのかに熱を持ったナイフ。
その刃から漏れ出す鋼色の光は何処か神々しくも感じられた。
どれだけ懸命に研いだところで、ここまで刃が煌めくことなどあるまい。
〈魔力付与〉の成功を確認した俺は、一度大きく息を吸い込んだ後、全力で地面を蹴った。
急激な加速に風景が一瞬で変わり、瞬く間に彼我の距離を埋める。
眼前に迫るは倒すべき敵―――髑髏騎士。
一流の短距離走選手すら遥かに上回る速さで駆け、一切速度を緩めることなく、俺は右手のナイフを振るった。
魔力で強化された刃が騎槍を構える右腕に食い込み、然したる抵抗を感じることもなく、鎧ごと骨の右腕を斬り飛ばした。
「―――なっ!?」
髑髏騎士の脇を走り抜け様、驚愕の声を上げるミシェルに向けて、空間収納から取り出した長剣―――彼女の愛剣を放り投げる。
即座に意識を切り替えられるのは流石と言うべきか。
驚愕から立ち直ったミシェルは助走もなしにその場から跳躍し、剣の柄を見事掴み取ってみせた。
更には足場のない空中であるとは思えない程のバランス感覚で体勢を整え、剣を頭上高く構えた。
「はあああああああッッ!!」
髑髏騎士の剥き出しの頭蓋、その頭頂へ真っ向から白刃を叩き込んだ。
大気を唸らせて振り下ろされた豪速の刃は、骨も鎧も一緒くたに断ち斬り、頭から股下まで髑髏騎士の身体を真っ二つにしてみせた。
直後、骸骨騎士の身体は、全ての関節が一斉に外れたかのようにバラバラと崩れていった。
ミシェルは残心するように剣を構えたまま、静かに呼気を吐き出している。
そして俺は……。
「クッソ痛い」
盛大にズッコケていた。
魔力操作に成功し、ミシェルを援護出来たまでは良かったものの、その後が全然よろしくなかった。
ミシェルに長剣を投げ渡した後、強化された身体能力に反応が追い付かなかった。
速度を緩めて停止することが出来ず、非常に不格好なヘッドスライディングを決める羽目になったのだ。
我ながら締まらんなぁ。
「助かったぞ、マスミ。正直言って私も限界だった」
「そいつは何よりだね」
微かに息を弾ませたミシェルが歩み寄ってくる。
身体を起こし、ナイフを腰の革鞘に納める。
「しかしマスミよ、いつの間に魔力を操れるように……」
「悪いけど説明は後回しにしてくれ。まだ―――」
―――やることがある。
首を巡らせれば、ローリエとエイルが骸骨巨人との戦闘を続けている姿が遠目に見えた。
「随分離れちまったな」
おそらく二人が骸骨巨人を上手いこと誘導してくれたのだろう。
向こうと俺達を隔てている距離は、既に100メートルを越えている。
急いで二人の援護に向かわなければと思って立ち上がろうとしたのだが……。
「あれ?」
何故か途中で尻餅をついてしまった。
もう一度挑戦し、なんとか立ち上がることは出来たものの、すぐに力が抜けて片膝を突いてしまう。
脚に全く力が入らない。
いったいどうなっているんだ?
「おそらく身体強化の影響だろう。能力が増幅されればされる程、肉体に掛かる負担も大きくなるからな」
私も最初はそうだったとミシェルが説明してくれるも、内心それどころではなかった。
こんなザマではローリエ達の援護に向かえない。
ミシェルもこれ以上の戦闘継続は不可能だろう。
クソッ、こんな時に限って……!
ジリジリと焦燥感が募っていく俺の傍らに『心配せずともよい』と精霊さんが寄り添い、そっと手を重ねてきた。
『お主の手は届くよ、マスミ』
「何を言って―――」
『そのための手段は既に授けておる筈じゃよ』
たとえ動けなくとも俺の手は届く。
気付いた時には〈顕能〉を発動していた。
漆黒のボルトアクションエアライフル―――静音。
片膝を突いたまま、取り出したエアライフルを構え、銃口を標的たる骸骨巨人へと向ける。
そして再度、魔力操作を実行。
ナイフに流した時よりもスムーズにエアライフルへ魔力を流し込むと銃身から鋼色の光が漏れ出した。
『必ず届くと強く念じるのじゃ。我も力を貸す』
精霊さんが手を伸ばして銃身に触れれば、溢れていた魔力の光が更にその輝きと勢いを増した。
光に包まれたエアライフルのボルトハンドルを握って操作する。
ハンドルを戻した直後、自分の中からごっそりと魔力を持っていかれる感覚があった。
急な目眩を感じ、ぐらりと倒れ掛けるも「しっかりしろ、マスミ」とミシェルが後ろから身体を支えてくれた。
「よく分からんが、何か策があるのだろう? ならば私はお前を信じる」
真剣な眼差しを俺に向けたミシェルが力強く頷いてくれる。
ありがとうと小さく呟き、俺はスコープを覗き込んだ。
『この銃とやらで何が成せるのかを明確に思い描くのじゃ。さすれば、お主の強き念に必ずや応えてくれる』
エアライフルに何が成せるのかなんて、そんなものは決まっている。
銃口に取り付けていた消音器を外し、スコープ越しに見える骸骨巨人の頭部に照準を合わせる。
呼吸を止め、余分な力を抜き、引き金に掛けていた指を引いた直後……。
―――頭上に稲妻が落ちてきた。
そのようにしか表現出来ない程の轟音が響いた。
鋼色の閃光が瞬き、ミシェルの口からも「あうッ」と短い悲鳴が漏れた。
そうして光が瞬いた後、骸骨巨人の巨体が大きく仰け反った。
眼球の存在しない眼窩の奥には歪な穴が出来上がっている。
突然の閃光と状況の変化。
驚きの表情でこちらを振り返ってくるローリエとエイルに、俺はサムズアップした左手を持ち上げた。
俺からの合図を確認した二人の行動は迅速だった。
「『集え……炎よ……』」
「『荒ぶる風よ……集え……』」
赤と緑の光が溢れ出す。
「『矢を成し……敵を討て……』」
「『突き進め……吹き荒べ……』」
二人の眼前に展開される魔法陣。
仰け反った体勢から復帰した骸骨巨人が、二人の行動を阻止しようと巨大な腕を伸ばしてくるも、それよりも早く魔術は完成した。
「―――〈風砲〉!」
先に魔術を行使したのはエイル。
人間大サイズの凶悪な大気の砲弾が魔法陣から撃ち出される。
その破壊力は〈風撃〉の比ではなかった。
触れた骨の指を、掌を、腕を、根こそぎ粉砕し、まるで空間そのものを削り取ったかのように、骨の片腕を消滅させた。
「―――〈炎矢〉!」
続けてローリエの〈炎矢〉が頭部に向けて飛翔する。
骸骨巨人は自らの頭部を守るべく、残る腕を盾にした。
四本の灼熱の鏃が突き刺さり、連続して爆発が起きる。
爆発の余波に耐え切れなかった肘より先が音を立てて地に落下していく。
両腕を失った骸骨巨人だが、辛うじて頭部の破壊は免れた。
強力な魔術を以ってしても、この怪物を倒し切るには至らなかった。
そう思われた時……。
「あああぁぁぁああッッ!!」
ローリエの攻撃まだ終わっていなかった。
眼前に展開されたままの魔法陣からは先程以上に強い光が放たれ、全身からは燃え盛る炎のように魔力の粒子が噴出している。
「―――ぁぁあああ〈炎矢〉オオオッッ!!」
渾身の叫びと共に唱えられる魔術。
燦然と輝く魔法陣からは、これまでよりもずっと大きな〈炎矢〉が発射された。
遮るもののなくなった赤い閃光は、一直線に骸骨の頭部へと突き刺さり、凄まじい爆発を起こした。
大きく傾く巨体。
爆発によって半壊した頭蓋骨の奥に覗く硬質な煌めき―――魔石。
魔石の存在を確認した瞬間、俺は反射的に引き金を引いていた。
再び響く轟音。銃口から吐き出されるは鋼色に輝く弾丸。
音速を越えて飛翔する弾丸は狙い過たず、頭蓋骨内部に収まっていた魔石を撃ち抜いた。
「着弾確認」
魔石が砕けると同時、骸骨巨人の巨体は、まるで砂が風に攫われるていくように崩壊を始め、十秒と経たずに消失してしまった。
地中から新たな骸骨人が沸き出してくる様子もない。
その光景を見ながら、ようやく終わったのだと安堵の息を吐いた。
『よくやってくれたのう、マスミ』
精霊さんの声に振り返ろうとした時、突然視界がぐにゃりと歪み、気付けば地面に倒れていた。
すぐ傍でミシェルが何かを叫んでいるようなのだが、それすらもよく聞き取れない。
『すまぬな。お主には随分と無理をさせてしまった』
何故か精霊さんの声だけがはっきりと聞こえた。
声のする方に視線を向ければ、今にも景色に溶け込んでしまいそうな程、身体を透けさせた精霊さんの姿があった。
『あまり時間もないようじゃ』
困ったように眉根を下げる精霊さんの存在感が、どんどん希薄になっていく。
『説明すると約束したのに、これでは果たせそうにないのう。ごめんなさいじゃ、マスミ』
精霊さんの姿がどんどん薄くなっていく。
行くな。そう言いたかったのに喉からは呻きのように嗄れた声しか出なかった。
咄嗟に空間収納からスマホを取り出し、震える手でカメラを起動。
ブレることも構わず、精霊さんの姿を写真に収めた。
何故かは分からないが、そうしなければいけないと思ったのだ。
『世話になったの。さようならじゃ、マスミ』
―――その言葉を最後に精霊さんの姿は完全に消えてしまい、彼女が消えていくのを見届けた後、俺の意識も闇へと落ちていった。
お読みいただきありがとうございます。




