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第21話 少女の瞳は怒りに燃えて

前回のお話……生える槍

(ミ ゜Д゜)痛い……

 突如として地面から生えてきた槍にミシェルが貫かれた。

 俺にはそのようにしか見えなかった。

 ほぼ真上に突き上げられた槍の勢いに押され、ミシェルの身体が宙を舞う。

 その光景が妙にスローモーションに見えた。


 ―――なんだこれは。


 思考が現実に追い付かない。

 頂点に到達したミシェルはゆっくりと放物線を描きながら、地面への落下を始める。

 あんな状態で受け身など取れる筈がない。

 このままでは地面に激突してしまう。

 分かっている筈なのに、まるで金縛りにあったかのように身体は動いてくれな―――。


「ミシェル!?」


「―――ッッ!」


 ―――その声を耳にした瞬間、手にしていた鎚矛(メイス)を放り投げ、弾かれたように地面を蹴っていた。

 徐々に、だが確実に地面へと近付いていくミシェル。

 ローリエは悲鳴を上げ、エイルまでもが目を見開いたまま固まっている。

 今、動いているのは、ミシェルを助けることが出来るのは俺だけなのだ。


「うおおぉぉぁぁあああッ!」


 あとほんの数秒と掛からずに地面へ激突するであろうタイミング。

 速度を落とすことなく頭から飛び込んだ。

 間に合え!

 そう強く願いながら、懸命に伸ばした俺の手は辛うじて届いた。

 ミシェルが着ている衣服を掴むと強引に手元へ引き寄せる。

 存外華奢なその身体を腕の中に掻き抱き、ミシェルと地面の間に自分の身体を割り込ませる。

 なんとか間に合ったと安堵した次の瞬間には、背中に強い衝撃が走った。


「―――ガッ!?」


 飛び込んだ勢いのまま、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 全身を襲う痛みに腕の力を緩めそうになるが、絶対に離してなるものかと歯を食い縛って耐えた。


「ゲホッ、ゴッ……ッッ……かは」


 グルグルと回る視界に腹の底から込み上げてくる吐き気。

 呼吸が上手く出来ず、幾度も()せ返ってしまう。

 身体は全身隈無く痛みを訴えているが、特に酷いのは背中だ。

 人一人を抱き抱えたまま地面に強打した所為か、焼けるような痛みを感じる。


「ミシェル! マスミさん!」


 緩慢な動作で声のした方へ首を巡らせれば、血相を変えたローリエとエイルが駆け寄って来る姿が見えた。

 途中で回収してくれたのか、エイルの手には俺が手放した鎚矛(メイス)とミシェルの長剣が握られていた。


「ああっ、ミシェル。こんな……酷いッ」


 涙を滲ませながら、ミシェルの身体に縋り付くローリエ。

 そうだ、ミシェル!

 慌てて身体を起こし、抱き締めたままにしていたミシェルの容態を確認するが、彼女の姿を目にして愕然とした。


「んなっ!?」


 赤い海。そうとしか表現出来ない程、夥しい量の血液が俺の戦闘服を赤黒く染め、地面の上に広がっていた。

 全身を幾度も打ち付けはしたものの、これ程の出血を伴うような傷など俺は負っていない。

 ならばこれは誰の血なのか。

 考えるまでもない。

 目の前で力なく横たわり、目蓋を下ろした少女―――ミシェルの(いのち)だ。


「―――ッッ!?」


 訳も分からず叫びそうになる衝動を意思の力を総動員して抑え込み、〈顕能(スキル)〉を発動する。

 空間収納から治癒効果の有る水薬を取り出し、ミシェルの左肩―――風穴のように空いた傷口へ直接ぶっかける。

 続けて大判のガーゼと厚手のタオルを何枚も取り出す。

 傷口に直接ガーゼを、更にその上からタオルを押し当てる。

 すぐに血が滲んできたが、気にしてなどいられない。

 そのまま包帯を用意し、タオルの上からきつく縛り上げた。

 どうやら槍が貫いたのはミシェルの肩だけで、胴体にまでは届かなかったようだ。

 この出血量を見た後では、良かっただなんて口が裂けても言えないけど……。


「おいミシェルッ、聞こえてるか! 聞こえてたら返事しろ!?」


 大声で呼び掛け続けるのと並行して、丸めたタオルをミシェルの左腋に挟み、血管を圧迫するように押し付ける。

 とにかく今はこれ以上の出血を防がなければ……!


「ローリエちゃん、どいて!」


 泣きながらミシェルの名前を呼び続けるローリエを押し退け、エイルがミシェルの背中に手を回して抱き起こした。


「『渇きを癒せ(■■■■■)……冷たき雫(■■■■)』」


 朗々と紡がれる呪文に呼応し、エイルの右手に青い魔力の輝きが宿る。

 エイルはミシェルの顔を上向かせると、その口元へと自らの右手を運び、きゅっと握り込んだ。


「〈癒雫(キュアドロップ)〉」


 握り込まれたエイルの右手から、透明な雫が一滴零れ落ちる。

 雫はミシェルの唇を濡らし、するりと彼女の口内へと落ちていった。

 エイルはこれまで見たことがないくらい真剣な表情で、更に二滴、三滴と雫を落とす。

 魔術で生み出した水を飲ませてるのか?

 どのような効果が有るのかは分からないものの、エイルがミシェルの身体を支えてくれている内に俺も出来る限りの処置を施す。

 左腋のタオルが外れないように注意しながら左腕、胸、右腋、背中の順にかけて包帯を回し、何重にも巻き付けることで左腕を固定する。


「一先ずこれで……」


 かなり大雑把だが、応急処置は完了した。

 エイルの方も、落ちた雫の数が十を越えた辺りで魔術の使用を中断し、ミシェルの身体を再び横たわらせた。


「今のは?」


「〈癒雫(キュアドロップ)〉。相手の回復力を高める魔術なんだけど……」


 躊躇うように言い淀んだ後、「……本人の体力次第で、そこまで劇的な効果はないの」と漏らした。

 それでも水薬と併用すればと悔し気な表情でミシェルを見詰めるエイル。

 ミシェルは変わらず気絶したままだが、処置を施す前と比べれば幾分呼吸は穏やかになっている。

 僅かだが顔にも生気が戻り、血色が良くなったようにも見える。


「……ミシェルならきっと大丈夫だ」


 自分自身に言い聞かせるように呟く。

 これだけの深手と出血量。普通に考えれば間違いなく致命傷で、とてもではないが助かるとは思えない。

 それでも彼女なら……。


「ウチの脳筋娘は頑丈だからな。その内、ケロッとした顔で起きてくるさ」


 わざとらしくおどけながら告げてやる。

 状況は改善していないが、未だ戦闘は継続中なのだ。

 いつまでも沈んでいる訳にはいかない。

 エイルはクスリと笑いながら、ローリエも涙こそ浮かべているが、しっかりと頷き返してくれた。


「あとは、さっきの槍―――」


「マスミくんッ!」


 いきなり大声を上げたエイルが右脚を大きく振り上げ、俺の顔面(・・・・)に向けて蹴りを放ってきた。


「ちょっ!?」


 エイルの回し蹴り。

 ブーツの爪先が俺の顔面を捉えると思いきや、顔の横スレスレを通過―――風圧で戦闘帽(キャップ)が飛んだ―――し、背後から迫っていた()を蹴り弾いた。

 いつの間に引き抜いていたのか、エイルは指の間に挟んだ二本の矢を即座に長弓に番えて同時に射放ち、襲い掛かってきた何者かを後退させた。

 その隙に俺は気絶したままのミシェルを横抱きにその場を離れ、襲撃者と対面する。


「なんだこいつは!?」


「……髑髏騎士(ボーンナイト)


 俺の疑問に答えたという訳でもないだろうが、エイルが警戒したまま、相手の正体を教えてくれる。

 その姿を端的に表現するなら骨の騎士。

 上背だけなら俺よりも二回りはデカく、金属と骨が融合したような奇妙な鎧を身に纏っている。

 右手と左手には、それぞれ無骨な―――鎧と同じく金属と骨が融合したような造り―――槍と大盾を携えていた。

 槍は細長い円錐のような形状をしており、持ち主たる髑髏騎士(ボーンナイト)を余裕で上回る程の長さを有している。

 所謂、騎槍(ランス)と呼ばれる騎兵が主に使用する槍だ。

 あの槍でミシェルを刺したのか。


「なんか、骸骨巨人(あっち)じゃなくて髑髏騎士(こっち)が親玉に思えるんだけど」


「同意見なの」


 髑髏騎士(ボーンナイト)は、身じろぎ一つすることなく静かに佇んでいる。

 地中からミシェルを襲った時と先程俺の背後を狙った攻撃。

 二度の奇襲以降は動く様子も見せないが、その目は―――眼球のない空っぽの眼窩はこちらにひたと向けられていた。

 鈍重とはいえ、骸骨巨人(スカルジャイアント)も足音を響かせながら近付きつつある。

 まさしく前門の虎、後門の狼。

 どうする。どうしたらこの状況を乗り切れる。

 ぐるぐると思考が空回りし、時間だけが無駄に浪費されていく中―――。


「……許さない」


 ―――ローリエが囁いた。


「よくもミシェルを……こんな、許さない……!」


「ロ、ローリエ?」


 ローリエは顔を俯かせたまま、辛うじて聞き取れる程度の声量で許さない許さないと繰り返している。

 明らかに普通ではない。

 今の彼女からは常とは異なる危うさが感じられた。


「……おい、ローリエ。返事してくれよ」


「許さない、許さない……許さない……!」


 俺からの呼び掛けにもローリエは全く応じてくれない。

 もしかしたら聞こえてすらいないのかもしれない。

 俯かせていた顔をゆっくりと上げるローリエ。

 その表情は、憤怒と憎悪によって歪んでいた。

 殺意を漲らせた瞳。

 突如、その瞳孔が収縮し、まるで獣のように縦に裂けた直後―――。


「うあああああああ―――ッッ!!」


 ―――ビリビリと大気を震わせるような絶叫を上げながら、髑髏騎士(ボーンナイト)へと襲い掛かった。

お読みいただきありがとうございます。

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