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第13話 同情するなら加護をくれ

前回のお話……神様(過去形)との茶飲み話

 改めまして俺の名前は深見真澄。年齢は二十八歳。

 高校卒業後、一般曹候補生として陸上自衛隊に入隊。

 同期内における訓練成績は中の上。

 二十四歳の頃にレンジャー訓練に強制参加。

 色々と精神を病みそうになりながらも、辛うじて訓練課程を修了し、レンジャー徽章を授与された。

 同年、一緒に入隊した同期―――既に余裕でレンジャー課程を乗り越えていた我が友が唐突に除隊し、その足で海外へと旅立った。

 随分あっさりと除隊した友に理由を訊ねてみれば、自衛隊で得た知識や経験は必ず自分の夢に役立つと考えた。

 そして体力的にも精神的にも満足出来るまで仕上がったので除隊したとの回答をいただいた。

 何処までも自らの夢―――未知への探求と冒険―――を追い求め続けるその姿に感銘こそ受けなかったものの、やはり何かしら感化されてしまったのだろう。

 果たして自分のやりたいこととはなんなのだろうと思い悩むようになり、気付けばその翌年に俺自身も除隊していた。

 除隊後すぐにそこそこ大きな警備会社に入社。

 約三年間、社畜気味に働いて現在に至る。


「こんなところかね。ちなみに社畜っていうのは、人でありながら会社にすっかり飼いならされ、家畜同然の存在に成り下がった哀れな生き物の総称だ」


『家畜って……お主はそれでよいのか?』


「なんのことやら、とんと分かりませんな」


 だからそんな哀れみ100パーセントの眼差しを向けないでおくれ。

 本当に泣きたくなっちゃうから……。


『挫けず強く生きるのじゃぞ。人生、悪いことばかりではない筈じゃし……そ、そうじゃっ、加護をやろう』


「加護?」


『うむ、昔よりも力が衰えておる故、そう大したことはしてやれんがの。すまぬが、何か供物を貰えぬか? 加護は供物を捧げた者にしか与えることが出来ぬのじゃ。このコーヒーとやらだけではちと足りなくてのう』


「供物って、なんでもいいの?」


『うむ、余程おかしな物でなければ大丈夫じゃ』


 おかしな物って何かしらん?

 普通、供物と言われて真っ先に思い浮かぶのは食べ物だよな。

 コーヒーを飲んでた時の様子からして、おそらくは甘い物好き。

 どうせだったら地球産のものを食べさせてあげたいけど、手軽に食える甘い物って何かあったかな?

 元の世界から持ち込んだ物資のリストを頭に思い浮かべること約二十秒。

 良さげな物が有るのを思い出したので、空間収納から取り出す。

 取り出したるは縦横15センチ程度の正方形の箱。

 箱の中には、包み紙に覆われた細長い物―――シリアルバーではない―――が十本入っており、その内の一本を精霊さんに差し出す。


「はいどうぞ」


『なんじゃこれは?』


 受け取った包みを繁々と眺める精霊さん。


「俺が暮らしてた世界で作られてる食料の一つ。その包み紙開けて、中身を食ってみな」


 俺から言われた通り、素直に包み紙を開ける精霊さん。

 中身は茶色がかった黒色の物体。

 形状は細長い長方形。


『ふむ』


 精霊さんは特に躊躇することもなく、パクリとその物体を口にした。

 モニュモニュと小さな口を動かして咀嚼し、静かに飲み下す。

 フーッと息を吐いたかと思ったら『美味いッ!』と声を上げた。

 突然の大声に驚く俺には構わず、精霊さんは残ってる分を猛然と食べ出した。

 小さな口の中に無理矢理押し込むようにして食べているが、誰も取ったりせんからゆっくり食べなさい。

 シリアルバーを食べてる時のローリエみたいだ。

 モニュモニュモニュモニュ、ゴックン。


『馳走になった。実に美味かったぞ』


「お口に合ったなら何より」


『あれは何という食べ物なのじゃ?』


「俺の生まれた国で作られてる羊羹ってもんだよ。一応、お菓子の一種になるんかね」


 精霊さんが口にしたのは、我らが日本の伝統的和菓子の一つ―――羊羹である。

 餡と寒天を使って作るアレだね。

 一口に羊羹といっても練り羊羹や水羊羹、蒸し羊羹と幾つもの種類が有り、今回精霊さんに食べてもらったのはオーソドックスな練り羊羹。

 非常用の防災バッグに入れておいたものである。

 別段、羊羹が好きだから―――嫌いでもないが―――入れておいた訳ではなく、これも立派な非常食なのだ。

 大概の生菓子は日持ちしないため、本来非常食には向かないのだが、こと練り羊羹に関しては話が別。

 真空パック等の適切な方法で保管すれば、常温での長期保存も可能となる。

 精霊さんに食べてもらったのは、防災関連の商品を専門に取り扱っているメーカーが製造した備蓄・保存用の羊羹だ。

 長年の研究によって向上した技術を用いて製造されたこちらの羊羹。賞味期限はなんと驚きの五年間。

 更にはアレルギー物質を使っていないアレルゲンフリー食品なので、食べる人を選びません。

 嵩張らなくて手軽にカロリー補給が可能。

 災害時の備えに貴方もお一つ如何ですか?

 但し良くも悪くも非常食。

 味も普通の羊羹の域を出ない筈なのに……。


『柔らかいのに噛むとしっかりした歯応えを感じたのじゃ。甘さは多少控えめではあったが、そのおかげでしつこさも無く、簡単に平らげることが出来たのじゃ。これならば何本でも飽きずに食べれる気がするぞ』


 精霊さんが絶賛する程、立派な代物でもないのだが。

 ミシェルとローリエも言っていたが、やはりこの異世界において甘味は結構貴重なのやもしれん。

 シリアルバーはミシェル達にほとんど食い尽くされてしまったものの、羊羹ならば防災バッグの中に同じ品がもう数箱入っているし、甘い食べ物は他にもまだ有る。

 これらを上手いこと売り捌けば……なんて前にも似たようなことを考えた気がするな。

 実際に売れるという保証もないし、売れたところでどの程度の額になることやら。

 妙な輩に目を付けられても困るしなぁ。


「ん?」


 益体もない思考に耽っていると、誰かに上着の袖を引っ張られた。

 見れば、いつの間に近寄っていたのか、精霊さんが俺の服の袖を摘まみながら、上目遣いでこちらを見ていた。

 いちいち仕草が可愛いな。


『の、のう、マスミよ。もう一つ食べたいのじゃが……駄目?』


「……駄目じゃありません」


 食事中につき、しばらくお待ち下さい。



 ―――食後―――



『満足じゃ』


「お粗末さんでした」


 計七本―――正確には七棹―――の羊羹を食べ切った時点で、精霊さんはようやく満足してくれた。

 箱の中には、あと三棹しか残ってない。

 お腹減ってたんだよね。

 なら仕方ないよね。

 決して一棹食べるごとにやられた『もう一つ……駄目?』というおねだりに屈した訳ではない。


「んで、加護とやらは貰えそうですかね?」


『うむ、久方振りに良質の供物を捧げてもらったからの。これならばなんとかなりそうじゃ』


 捧げたというか、おねだり……いや、何も言うまい。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


『うむ、任せよ』


 ではさっそくと再び掌を俺の額に押し当て、両目を閉じる精霊さん。

 そうして十秒も経たない内に……。


『むぅ、マスミよ。どうやらお主に加護を与えることは出来んようじゃ』


「なんですと?」


 大変残念なお言葉をいただいた。


「ちょい待ち。加護を与えられないってどゆこと?」


『言葉が悪かったな。加護自体を与えることは出来る。出来るのじゃが、このままではちと問題があってのう。というかマスミ、お主の身体なんじゃが……』


 怪訝そうに目を眇めながらペタペタと無遠慮に俺の身体を触り出す精霊さん。

 おっふ、変なトコ触っちゃ駄目。


『お主の身体、どうにもこの世界に馴染み切っておらぬぞ?』


「馴染む?」


『適応と言った方が正確かの。多くの場合〈異界渡り〉……お主が言うところの異世界転移じゃな。これによって世界の境界を越えた者は、目には見えない身体の根源的な部分が再構築されるのじゃよ。少なくともこの世界においてはそうじゃ』


 根源部分の再構築。

 何故そのような現象が起きるのか。

 理由は簡単で、そうしなければ生きられないから。

 たとえこの世界の環境がどれだけ地球に似ていようとも、あくまで似ているだけであり、何もかもが同じではないのだ。

 地球には無い概念や物質、生物が存在している時点でもそれは明白。

 むしろ今まで一度として疑問に思わなかったことが不思議でならない。

 誰が定めたのか、はたまた最初から備わっていたのかは不明だが、この世界には俺のような〈異邦人(エトランジェ)〉をある程度バックアップするための機能が備わっているらしい。


「急に異世界が胡散臭くなってきた」


『そう言うでない』


 精霊さん曰く、俺の身体はその再構築とやらが中途半端な状態で止まっており、時折違和感を覚えていた筈だと指摘された。

 もしかして灰猟犬(グレイハウンド)と戦った際に妙に動けたり、短時間で大陸公用語をマスター出来たのはそれが原因か?


『我の力で再構築をやり直すことは可能じゃ。ただ、そうすると他の加護を与えるだけの余力が我には残らんのじゃよ』


「成程ねぇ。再構築したとしても特にデメリット……不都合はないんだよね?」


『うむ、今後違和感を感じることは無くなる筈じゃ。もしも潜在的な能力があれば〈顕能(スキル)〉として発現するやもしれん』


「んじゃ、頼むよ」


 加護を貰えないのは残念だけど、こればかりは致し方ないだろう。

 精霊さんに無理をさせるのも気が引ける。

 今までだって身一つでやってきたのだから、これからもそうするだけの話だ。


『では、始めるぞ』


「よろしくお願いします」


 三度(みたび)、今度は額ではなく胸元に掌を押し当てる精霊さん。

 身体を再構築するというくらいだから、果たして何をされるのやらと微かに身構えていると変化はすぐに現れた。


「おっ、おおお?」


 変化といってそれは目に見えない体内で起きた。

 胸元―――精霊さんの掌を伝って、何か(・・)が俺の身体に流れ込んでくるような感覚。

 僅かながらも温もりを感じる何かは、俺の心臓に絡み付くようにして溶けていく。

 あくまでそんな気がするという感覚の話なので、この表現が正しいのかも分からんけど……。


「なんだか変な感じ」


 身体の内側を弄られているのに不思議と嫌悪感は無かった。

 これが再構築とやらなのかね?

 しばらくその感覚に身を委ねていると、精霊さんが静かに息を吐き『終わったぞ』と胸元から掌を剥がした。

 何故か名残惜しさを感じる。


「これで再構築完了?」


『うむ、つつがなくの』


 特に何かが変わったようにも思えんが……。


『心配せずとも、ちゃんとお主の身体は世界に適応しておる。これで感覚のズレも無くなろう。修練を積めば魔力も扱えるようになる筈じゃ』


 今なんと仰いまして?


「俺、魔力使えるの?」


『お主の努力次第かの。少なくとも人間族の平均以上の魔力量は有しておるようじゃし、折角じゃから軽く手解きをしてやろう』


 精霊さんからの申し出を是非にと受けた俺は、彼女から魔力の使い方をレクチャーしてもらった。

 レクチャーは日が昇るまで続いたのだが……。


「ってか日の出遅くね?」


 誰も起きてこないし。


『ああ、時間を遅らせておるからのう』


「マジか……」


 神の名―――過去形―――は伊達ではなかった。

本当に今更すぎる真澄くんの経歴。


お読みいただきありがとうございます。

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