第11話 それは夜明け前の邂逅だった
前回のお話……アリさん全滅
夜明け前、俺は一人テントの外に居た。
女性陣はテントの中でぐっすりと眠っている。
別に早く起きた訳でもイジメを受けている訳でもない。
単純に昨夜から交代で行っている見張りの最後の番が俺だったという話。
眠気覚ましに淹れたインスタントコーヒーを啜り、日が昇るのを静かに待っているのだ。
「……暇だな」
二時間程度の見張りとはいえ、一人で待つのはやはり退屈だ。
腕時計で現在の時刻を確認すると午前四時十五分。
「日の出まで三十分ちょいってとこかね」
体感的に今は春っぽいので、そこまで予想は外れていないと思う。
この異世界にも四季は存在するらしいが、如何せん四百五十日もあるので、どの程度の周期で季節が巡っているのか見当もつかない。
竃の火が絶えないように薪を追加する。
「なんか腹減ったな」
空間収納から干し肉の入った袋と鉄串を一本取り出す。
〈顕能〉の発動にもすっかり慣れたものだ。
袋から出した干し肉を鉄串に刺し、焦げないように注意しながら軽く火で炙る。
程よく脂が融けた干し肉を口に運んでパクッとな。
「うむ、美味い」
そのまま齧ると硬くて塩辛い干し肉も、こうして一度炙ってしまえば大分食べ易くなる。
難点は酒が欲しくなる味だということ。
見張り番なんだから我慢しろと自分に言い聞かせつつ、倒壊蟻の巣穴を潰した後のことを思い返した。
女王蟻も含め、俺達が仕留めた蟻の数は百二十二匹。
前日の分も含めた総数は百五十匹以上にもなる。
よくもまぁ殺虫剤が保ってくれたものだ。
捨てておくには勿体無いので魔石だけは抜き取ったものの、如何せん数が多かったため、全部抜き取るのはかなり骨だった。
魔石を取り出した端から死骸は巣穴にポイ。
全ての死骸を運び終えたら、蟻塚に使われていた土砂を戻して巣穴の出入口を塞いだ。
しばらく放置しておけは、死骸は勝手に朽ちて土の養分になるだろう。
「では改めて、レッツ探検」
「お~」
ようやく遺跡調査を再開出来るからか、エイルは嬉しそうに拳を突き上げていた。
まだ足を踏み入れていない建物―――倉庫らしき建物や櫓なんかも見て回ったところ、蟻共以外に魔物の姿は確認出来なかった。
隅から隅まで調べ尽くした訳ではないので、絶対安全とは言い切れないものの、これ以上の調査は今回の依頼―――冒険者として仕事の領分を越えてしまうそうだ。
どの道、未だ地中に埋まっている部分も多いため、調査可能な範囲は限られている。
あとは学者さんを交えた調査団にお任せするとしよう。
倒壊蟻の巣を潰した事実だけでも充分仕事を果たしたと言えるし、それ以外にも成果はあった。
宝物と呼べる程立派な物ではないけど、この砦が健在であった時代に使用されていたであろう品を幾つか発見したのだ。
現代のものとは意匠の異なる古い時代の硬貨。
多少の経年劣化はあれど、壊れずに形を残していた調度品。
武器庫らしき部屋からは大量の剣や槍、弓矢等が出て来た。
ほとんどは数打ち物だろうけど、ちょっと手入れをすればまだ使えそうだ。
それにしても……。
「普通はもっとボロボロになってそうなもんだけど」
いつの時代の品かは置いておくとしても、まず間違いなく百年単位かそれ以上の間、地中に埋まっていた筈なのだ。
それ程の年代物が朽ちることもなく、ここまで形を残していられるものだろうか?
「多分だけどぉ、特殊な建材を利用しているかぁ、なんらかの術式を付与してぇ、建物自体をぉ、魔術的に保護しているかのぉ、どちらかだと思うの~。その影響でぇ、建物内に有った物もぉ、ある程度守られたんだと思うの~」
古代の技術は偉大なの~と一人喜ぶエイル。
彼女の喋り方は長文だと聞き取り辛いな。
それと折角説明してもらったところ申し訳ないのだが……。
「つまりどういうこと?」
「すまん。私も魔術に関しては門外漢だ」
「えっと、簡単に言いますと―――」
掻い摘んでローリエに説明してもらった内容を纏めると……方法については不明だが、この砦には経年劣化を防ぎ、尚且つ建物の状態を維持するための何かが施されていた。
その影響が建物だけではなく、内部に保管されていた物品にまで及んでいたのではないかということらしい。
「それって普通に考えたらとんでもないことだよな」
外壁こそあちこち崩れているものの、それ以外に目立った損傷は見られない。
最低でも数百年は地の底に沈んでいた筈の建造物が、これだけの状態を維持しているのは驚異的なことだ。
もしかしたらその状態保護の手段とやらは未だに効果を発揮しているのかもしれない。
「魔術師って凄いな」
「いや、普通の魔術師には無理だと思うぞ。多分」
「じゃあ誰がやったのよ?」
「これ魔術じゃなくて、もう〈魔法〉の領域なんじゃありません?」
おっとまた知らない単語が出て来たぞ。
いや、〈魔法〉という言葉自体は分かるんだけど、魔術と〈魔法〉って何か違うの?
以前、ローリエから説明してもらったが、魔術とは自らの魔力と呪文の詠唱によって大気中に宿る魔素に干渉・変質させ、必要な術式を組み上げていく。
最後に組み上がった術式を起動―――多くの場合は魔術名を唱える―――することで、現実にその効果を発揮するらしいのだが、正直なところ俺もよく理解出来てはいない。
魔力だの魔素だの、地球には存在しない概念を完璧に理解するだなんて土台無理な話なのだ。
なんで呪文を詠唱したり、魔素を変質させたりすると魔術が使えるのかを質問したら、「だってそういうものですから」という返答をいただいた。
そういうもの―――つまりはそれがこの異世界における常識という訳だ。
成程。そういうものなら仕方ない。
ファンタジー世界に一々ツッコむのも野暮というものだろう。
「そもそも魔術はぁ、〈魔法〉を基にしてぇ、生み出されたものなの~」
わたしもそこまで詳しくはないけど~と前置きするエイル曰く、〈魔法〉とは自身の魔力と意思を以って魔素―――世界の一部を強制的に改変し、自らの望む結果を顕現させる力だという。
〈魔法〉を行使するためには人並外れて強大な魔力とそれを自在に操る技能が必要不可欠な上、一部とはいえ世界を改変してしまえる程の意思力と改変時の負荷に耐えられるだけの肉体的・精神的な耐久力、その他諸々がなければならない。
「いやそれ無理でしょ」
「神やぁ、それに近い高位存在ならともかくぅ、普通の人には使えませ~ん」
遥か昔には〈魔法〉を使える人物も実在したらしいが、それもほんの一握り。
そこでより安全に、より安定して、より多くの人が扱えるようにと生み出されたものが魔術であり、魔術を生み出した文明のことを〈古代魔導文明〉と呼ぶらしい。
「戦争でぇ、滅んじゃったけどね~」
「ああ、それなら私も書物で読んだ記憶があるぞ」
「神々をも巻き込んだ大戦争だったって記されてましたね」
この戦争が原因で〈古代魔導文明〉は崩壊し、それに伴って多くの魔導技術が失われてしまったそうな。なんと儚いことよ。
……話が脱線してしまった。
相変わらず理解が追い付かんし、もう面倒臭いから単純に〈魔法〉は魔術の上位互換とでも思っておこう。
そう間違ってもいないだろうし、分かり易いのが一番だ。
「状態保存の魔術も有るけどぉ、これだけの規模の建物にぃ、年単位で効果を及ぼすことはぁ、出来ませ~ん」
「つまりあれか? この遺跡は〈魔法〉というか〈古代魔導文明〉とやらの技術が応用されて建てられてるって訳か?」
「おそらく~」
「ふむ」
今の話から判断するに、目の前の遺跡には途轍もない価値が有る可能性が高い。
明日には一旦宿場町に戻る予定だが、このまま帰るのは勿体無い気がしてきた。
一部が崩れている外壁を眺めつつ、おもむろに空間収納から金槌を取り出して振り上げると「ちょっと待て」とミシェルに腕を掴まれた。
「何をする」
「こちらの台詞だ。お前こそ、金槌なんか取り出して何をするつもりだ?」
「何ってそりゃ、外壁のまだ崩れていないところをこう……バキッと」
「止めんか馬鹿者」
呆れ顔となったミシェルは、俺から金槌を取り上げようとした。
金槌の柄を両手で握り、取られまいと必死に抵抗するものの、腕力の差は歴然で今にも奪われそうだった。
くそっ、離せ。
「邪魔をするなッ。それだけ貴重な遺跡なら、きっと建材の一部だけでも価値が有る筈なんだ」
「そんな盗掘紛いの行いが許される訳なかろう。バレたらどうするつもりだ。コラッ、大人しくしろ」
「んなもんどうとでも誤魔化したるわ。俺の舌先三寸舐めんなよ!」
「そんなことを自信満々に言うな!」
ミシェルが更なる力を籠めてくる。
クソ、この馬鹿力め……!。
「ぐぬぬぬっ、お、おいミシェル、一つ良いことを教えてやろうか?」
「なんだ!?」
「嘘も……貫き通せばいつかは真実になる」
「意味が分からん!」
ええい、頭の固い奴めッ。
アカン、このままでは本当に奪われてしまう。
はーなーせー!
「嘘もいつかは真実……素晴らしい言葉なの」
「エイルさん? 何を感心されているんですか? というか間延びしてませんけど」
「おいエイル、何故ナイフを構える。何をするつもりだ? まさか……止めろ! ローリエッ、エイルを止めろおおッ!」
こんな感じでドタバタしていた。
結局、ミシェルとローリエに阻止されて、建材を入手することは叶わなかった。チクショウ。
「宿場町に行ったら、まずは風呂だなって……あん?」
突然の違和感。
誰かに見られているような、あるいはすぐ傍に何者かが居るような不可思議な感覚。
自分の身体にも、周囲にも異常は無い筈なのに何かがおかしい。
なんだ、俺はいったい何に対して違和感を覚えたんだ?
その場に立ち上がり、何を警戒したらいいのかも分からぬまま、腰のナイフを抜いて構える。
「なんなんだよ……ッ」
違和感が強まり、冷たい汗が背中を濡らす。
どれだけそうしていたのか、心拍数が徐々に上がり、いい加減息苦しさを覚え始めた時―――。
『そう怯えるでない、異界の民よ』
―――声が聞こえた。
次の瞬間、まるで空間から滲み出てくるようにそれは姿を現した。
それは少女の姿をしていた。
夜空の色を溶かし込んだような長い黒髪。
水晶のような煌きを持つ瞳。
処女雪のように白い肌。
白衣と朱袴―――巫女装束をドレス状にアレンジしたような不思議な衣装に身を包んでいる。
外見だけなら十代半ばにしか見えない謎の少女は、その美しいかんばせにイタズラっぽい笑みを浮かべると―――。
『私は……神です』
―――本気とも冗談ともつかない、意味不明な名乗りを上げた。
お読みいただきありがとうございます。
もう少し、もう少しでゴタゴタが片付く……。




