第10話 アリさんコロコロ
前回のお話……溢れるアリさん
(真 ゜Д゜)馬鹿馬鹿バーカ
。・゜・(ミ ノ∀`)・゜・。ウエーン
「流石にぃ、今回のミシェルちゃんの行動はぁ、よろしくないの~」
「わたしも擁護出来ません」
「……ごめんなさいです」
夜、火を入れた竃を囲みながらの反省会……という名目のミシェルに対する詰問が行われていた。
ローリエもエイルも声を荒げたりはしなかったものの、その口調は明らかに今日のミシェルの行いを非難するものだった。
一歩間違えれば全員死んでいたかもしれないのだから、怒られるのも当然だろう。
ミシェルもがっくりと項垂れたまま、甘んじて非難を受け入れている。
「よく分からない物にはぁ、イタズラに手を触れな~い。当然のことなの~」
「そもそもなんで剣を突き刺したりしたんですか?」
「……中に何かあるかもしれないと思ったら気になって、つい……サクッと」
ついって……そんな理由で剣を突き刺したんかい。
自分の行動が如何に軽率だったのか、彼女も反省はしているのだろう。
さっきからずっとシュンとしたままだ。
「まぁ、やっちまったもんは今更どうしようもないんだ。これからのことを考えるとしましょうや」
エイルの活躍もあり、倒壊蟻の包囲をなんとか突破した俺達は急ぎ野営地へと戻って来た。
追撃があるのではないかとしばらく警戒を続けていたのだが、幸いにもその後の襲撃はなかった。
場合によっては野営地の即時撤収も考慮していたので、これには正直助かった。
非常時とはいえ、月明かりくらいしか光源のない夜間の荒野を行軍するだなんて冗談ではない。
「それはそうですけど……ってマスミさん、さっきから何されてるんですか?」
「んー、内職?」
「……内職」
内職という言葉にビクッと反応するミシェル。
以前に行った卵爆弾の製作を思い出したのかもしれない。
馬の餌やりに使ったのと同じ底の深い木桶の中に水をたっぷりと入れ、その水で石鹸を泡立てているのだが、決して手を洗うためにやっている訳ではない。
ただひたすらに石鹸を泡立てているだけ。より正確に言うのなら水に石鹸を溶かし込んでいる。
「こんなもんかね」
固形石鹸一個を丸々溶かし込んで作った石鹸水。
出来上がったそれを一旦収納し、別の木桶を用意する。
傍に置いていたポリタンクから木桶の中へ水を注ぎ、同じように石鹸を溶かし込む。
溶かしている石鹸は、元の世界から持ち込んだ業務用の固形石鹸。
十五個セットで税抜き価格たったの千円。お買い得。
こんな作業に万能石鹸〈ダヴナの乳石鹸〉を使うのは勿体無いからな。
「今度はいったい何を作っているのだ?」
微妙に緊張した声でミシェルが訊ねてきた。
そんなに警戒せんでもよかろうに。
卵爆弾の時とは違って、目や鼻が刺激されるなんてことはない筈だ。
むしろ香りだけなら若干フローラル。
「一応、蟻対策のつもり。効くかどうかは知らんけど」
異世界に生息する蟻が地球産の蟻と同じ性質とは限らないし、そもそも倒壊蟻は魔物だ。
この作業だって、物は試し程度の感覚で行っているに過ぎない。
「俺の内職より今後のことを考えよう。進むのか退くのか、な」
まずはそれを決めねばなるまい。
あの蟻の大群ともう一度戦り合うのか否か。
本音を言うなら、俺としては出直すべきだと思っている。
戦ってみたことで実感したが、やはり倒壊蟻単体の戦闘能力は大したことない。というかはっきり言って弱い。
以前にネーテの森で戦った灰猟犬の方が余程強敵だ。
数匹程度なら俺一人でも相手に出来るが……。
「連中、あと何匹いると思う?」
「間違いなくぅ、百匹は下らないと思うの~」
奴らの脅威は何と言ってもその数だ。
最終的に俺達が仕留めた蟻の数は三十匹を越えるのだが、湧いて出て来た増援の数は明らかに仕留めた数を上回っていた。
ゴブリンと同じく数で敵を圧倒するタイプな上に奴らの巣穴は地中に有るため、こちらからは攻め難い。
正攻法で戦うのは厳しいだろう。
「私は……戦いたい」
絞り出すようにミシェルが自らの意見を口にした。
「失敗して悔しいからって訳じゃないよな?」
「悔しくないといったら嘘になるし、名誉を挽回したい気持ちもある。だがそれ以上に、あれだけの数の群れを放置しておく訳にはいかない。それにこのままギルドに報告しても私達は依頼失敗だ」
「だろうな」
調査も討伐も成果を上げていないのだから当然だ。
あの蟻共をそのままにしておけば、調査団が来た時に遺跡がどうなっているか分かったものではない。
完全に駆逐出来なくとも、脅威とならない程度に数は減らしておく必要があるだろう。
ローリエもエイルも再挑戦することに関しては反対していない様子。
賛成三の反対一。
やれやれだが、日本国民としては民主主義に従わねばなるまい。
「そうとくれば、あとはどうやって対処するかだな」
何しろ巣穴に籠ってるのだから。
「ゴブリンの住処でやったように煙で燻すとか……」
「ミシェル、煙は下ではなく上に向かうものです」
ミシェルの発言をローリエがやんわりと訂正する。
常識だろうよ。
「だったら直接火炙りにしてやればいい」
「どうやってぇ?」
「勿論、奴らの巣穴に油を撒いてだな―――」
「んなことしたら俺らも死ぬわ」
閉塞された空間と然して変わりない巣穴の中で火を焚くなんて自殺行為だ。
火炙り以前に一酸化炭素中毒になってお陀仏である。
「お前マジで脳筋だな」
「ミシェル、真面目に考えましょう?」
「遺跡調査に来たのにぃ、遺跡を傷付けるような真似をしたらぁ、本末転倒で~す」
「……みんなが私をイジメる」
お前がアホ過ぎるだけだ。
いじけ出したミシェルを慰めるのはローリエに任せるとして、実際問題どうしたものか。
石鹸水の作成を続けながら考えるも、残念ながら妙案は浮かばなかった。
「結局、奴らを巣穴から引き摺り出して、地道に仕留めていくしかないのか」
「それもぉ、遺跡を傷付けないようにね~」
「そこが一番厄介なんだよなぁ」
思わず溜息が漏れた。
建物への被害を考慮しなくても構わないというのなら、幾つか打てる手もあるのだが……。
巣穴を拡張する上で蟻共が既に崩してしまった箇所はどうしようもないけど、俺達が率先して遺跡を壊す訳にはいかない。
事前にミシェルとローリエには、身体強化と魔術の使用は控えるように言っておいた。
どちらも強力なので建物への被害が怖い。
エイルも《風撃》を使っているが、あれは緊急避難のようなものだし、あの場面で使わなければ離脱も難しかった。
ローリエの《炎矢》よりは周囲への被害も少ないだろう。
蟻塚を刺激して、出て来た蟻を潰す。
数が多くなってきたら撤退。
時間を置いたら再攻撃する。
なんとも格好悪いヒットアンドアウェイだが、こればかりは我慢する他ない。
「これが効いてくれればなぁ」
木桶三個分の石鹸水が用意出来た。
もっと作っておきたいけど、木桶がもうないのだ。
更に空間収納から消毒用のエタノール液が入ったボトルを取り出し、石鹸水とよく混ぜ合わせる。
「終わり~?」
「一応ね。まずはこいつを試してみようとは思うけど……」
これだけで片が付くなら、誰も苦労などしない。
自分で作っておいてなんだが、あまり期待はしないでおこう。
そんな半ば諦めの気持ちを抱いたまま木桶を収納し、早々にテントの中に引っ込んだ俺は、見張りの担当時間がくるまで休むことにした。
―――翌日―――
蟻共への再攻撃を行った俺達は、予想外の事態に直面していた。
「……どゆこと?」
「いや、私に聞かれても……」
「何がどうなってるんでしょう……」
「あらら~?」
全員の口から戸惑いの声が漏れる。エイルだけはちょっと違うけど。
視線の先には崩れた蟻塚とそこから出現した蟻共の姿があるものの、こちらに襲い掛かってくる様子はなかった。
と言うよりも……。
「行きたいけど行きたくない……みたいな?」
蟻の表情なんぞ判別出来んが、なんだか嫌がっているようにも見える。
「まさか効いてるのか?」
手に持った木桶―――その中の液体に目を向ける。
量は半分程に減っている。
少し前、蟻塚を囲むように床に撒いたからだ。
「マスミはいったい何を作ったんだ?」
「何って、ただの殺虫剤だけど」
これ本当。昨夜、俺がこさえていたのは手作りの殺虫剤だ。
水と食器用洗剤。あるいは石鹸さえあれば、害虫を駆除するための殺虫剤は簡単に自作出来る。
蟻を駆除するならホウ酸が一番手っ取り早いのだが、流石にそんな物まで都合良く持ってはいない。
液体―――殺虫剤を床に撒いた後、離れた所から蟻塚に石をぶつけて待つこと十数秒、蟻共が飛び出してきた。
そのまま俺達の方に突っ込んで来るかと思いきや、ちょうど殺虫剤を撒いた箇所の手前で、まるで急ブレーキをかけるように突然動きを止めたのだ。
蟻塚からどんどん吐き出されてくる後続の蟻が追突し、現在は揉みくちゃ状態になっていた。
「本当に効果を発揮するとは思わんかった」
「相変わらずマスミが用意するものは、予想の斜め上の結果を出してくれるな」
今ばかりは誉め言葉として受け取っておこう。
これだけ嫌がるなら……。
意を決した俺は、木桶を片手に蟻共に近付いていく。
「ちょっ、マスミさん!?」
「危ないよ~?」
ズンズン進む俺の後にみんなも恐る恐る付いて来る。
蟻共は威嚇するようにギチギチと大顎を鳴らしはするも、殺虫剤によって引かれた線を決して越えてこようとはしなかった。
そんな蟻共に向かって俺は―――。
「そいっ」
―――殺虫剤を直接ぶっかけた。それはもう満遍なく。
頭から殺虫剤を浴びる蟻共。
おしくら饅頭よろしく自分達で逃げ道を塞いでいる状態で回避など出来る筈もない。
頻りに動かしていた触覚や大顎の動きが徐々に鈍くなり、三十秒も数えない内にピタリと停止。
次の瞬間には全身の力を失ってその場に崩れ落ち、あるいは引っ繰り返って完全に動かなくなった。
『……』
ミシェルが長剣の切っ先で何度か突いてみても反応は無かった。
ただの屍のようだ。
『……』
顔を見合わせ、同時に頷いた俺達の行動は迅速だった。
蟻共の死骸を退かし、シャベルを使って蟻塚を除去すると迷わず巣穴に突入。
空間収納から二個目の木桶と柄杓を取り出し、殺虫剤を撒きつつ巣穴の中を移動する。
蟻が襲ってきたら直接ぶっかけて黙らせるの繰り返し。
「マスミ、これって……」
「言うな」
俺だって思ったよ。
いつぞやのゴブリン共を燻り出してやった時と同じような恐ろしく単調な作業だって。
あの時と同じような虚しさを抱きつつも、俺は殺虫剤を撒き続けた。
巣穴の構造は、幾つもの部屋をトンネルで繋いでいる典型的な蟻の巣だ。
まだまだ拡張半ばであったのか、規模自体はそこまで大きいものではなかったので、三十分もしない内に巣穴の最奥まで辿り着いた。
そこには―――。
「でっかいなー」
―――最後の一匹、女王蟻が居た。
通常の個体は全長1メートル弱だが、目の前の女王蟻は全長2メートル以上だ。
出産する関係か、特に腹部が肥大化している。
結構な図体のくせに、何処か怯えているようにも見えるのは、俺の気のせいかね?
それでもやはり女王としてのプライドがあったのか、一矢報いんとする女王蟻。
「……」
迫り来る女王蟻の頭部目掛けて、俺は無言で残っていた殺虫剤をぶっかけた。
途端に動きを止め、他の蟻共と同じ末路を辿る女王蟻。
「終わった」
「ああ、終わったな」
「なんでしょう、この気持ち」
「なんだかぁ、やるせない~?」
昨日の苦労はなんだったのやら。
あっさりと蟻共の駆除は終わってしまった。
ちなみに俺が自作したこの殺虫剤が、後に倒壊蟻駆除の特効薬―――〈アリさん殺殺〉として大々的に売り出されることになるのだが、それはまた別の話だ。
―――あっ、洗剤や石鹸以外にも酢やレモンの搾り汁を水と混ぜても結構効果があるぞ。
お読みいただきありがとうございます。
リアルが多忙で更新の頻度が上がりませんが、せめて週一更新は頑張りたいと思います。




