第14話 サボった先にも出会いはある ~ナンパではありません~
前回のお話……新人さん(講習会に)いらっしゃーい
「―――とまあ、昨日の講習はそんな感じだった訳ですよ」
「ふふふ、それは災難でしたね」
明けて翌日、初心者講習会の二日目―――座学を少しやったら訓練場で教練を行う予定―――なのだが、俺は会議室に向かわず、三つ編み茶髪の受付嬢さんとお喋りに興じていた。
講習はとっくに始まっているにも関わらずだ。
別段隠すことでもないので正直に言おう。サボりました。
自由参加なのにサボりというのもおかしな話だが、俺の感覚的にはサボり以外の何物でもない。
昨日は知識を学べる機会は有効活用せねばなんて偉そうなことを言っておきながら、自らその機会を不意にした訳である。
我ながら実にチグハグだとは思うが、言い訳くらいはさせてほしい。
「あの空間は居心地が悪い」
「心中お察しします」
俺に対するディーナ女史の態度は、はっきり言って度が過ぎていると思う。
あんな空間で何かを学ぶ気には到底なれない。
なんだよ、今話した内容を他の受講者に説明しろって。ただの嫌がらせじゃないか。
不愉快な思いをしてまで何かを学びたいとは思わない。
よってサボることに決めた。
昨日の内に参加しない旨も伝えてある。
受講料は無料なので俺の懐が痛む心配もない。
「実は私、ディーナさんに言われたんです。絶対にフカミさんを講習会に参加させるようにって」
そんな権限ないんですけどねと言って苦笑する受付嬢。
貴方も大変ですな。
そしてそんな熱烈歓迎はいらない。
「なんでまた」
「悔しかったからではないでしょうか?」
悔しいとな?
「ディーナさんは優秀な職員で、自分の職務に誇りを持っていらっしゃる方ですから。私も試験の経緯は耳にしていますけど、フカミさんに論破されて何も言い返せなかったことが悔しかったのだと思います」
「論破て……」
あんなやり取りで論破と言われてもなぁ。
「ディーナさんったら珍しく感情的になってましたよ。絶対にフカミさんを矯正してやるって」
「もうそれ講習関係ないですよね?」
いったい俺の何を矯正するつもりだ。
登録したばかりの新人に訳も分からず拘泥するな。粘着質はお断り。
「ま、ディーナさんのことはどうでもいいですわ。講習会は抜けてきた訳だし、それよりも依頼ですよ依頼」
「多分、フカミさんがそうやって適当にあしらうから意固地になっているのではないかと……」
そんなん知らんがな。
何かを諦めたように息を吐く受付嬢。
なんだその反応は?
「忘れて下さい。依頼についてでしたね」
「ええ、なんせ初依頼ですからね。出来れば新人向けの依頼にどんなものがあるかを教えてもらえると助かります」
「分かりました。そこまで数は多くありませんが、幾つか登録したての方向けの依頼もございますので。そういえば本日はお一人だけなんですね」
「講習受けるって言ったらヘソ曲げられちゃって」
そう、本日の俺はおひとり様。この場にミシェルとローリエは居ないのだ
昨日の講習、俺が二人の反対を押し切ってまで参加を決めたことが相当お気に召さなかったらしく、今朝になったら……。
「私とローリエは依頼に出る。今日明日は戻らんからお前も好きにしろ」
「どうぞ講習でも何でもお好きなように受けて下さい」
一方的にそう告げた後、宿をさっさと出てしまったのだ。
碌に目も合わせてくれなかった。
もう講習には参加しないと伝えたにも関わらず、未だ虫の居所が悪いらしい。
女将さんから妙に同情的な眼差しを向けられ、なんとも居た堪れない気持ちになった。
特に予定もなかったし、何か一人でも出来る依頼はないものかと思ってギルドに顔を出したのだ。
「ご機嫌取りしたくても、二人が帰ってこないことにはどうしようもないので」
「大変ですね」
大変なんです。若い女の子と行動を共にするというのは。
「……ってそんなことはどうでもいいんですよ。依頼ですってば依頼」
「あっ、そうでした。依頼でしたよね依頼」
この受付嬢ノリが良いなぁ。
知り合って間もないのに気楽に話せる。
「今ある中で新人さん向けの依頼になりますと……一角兎、巨大鼠、大蜘蛛。あとは一匹だけの場合に限りですが、灰猟犬の討伐などがあります。でも……」
「でも?」
「私としては常時依頼の薬草採取や街の雑事依頼などから始めて、着実に経験を積んでいただきたいというのが正直な気持ちです」
そう告げる受付嬢の表情は笑みと言うには酷く曖昧なもので、なんとなく泣き出しそうにも見えた。
尻すぼみになっていくその声にも力は無く、何故か諦観のようなものを感じさせる。
俺に見られていることを思い出したのだろう。
まるで誤魔化すように「こほん」と咳払いを一つした。
「失礼しました。それではフカミさん、依頼の方は―――」
「薬草採取で」
キッパリ告げた。
「……えっ?」
「薬草採取で」
もう一度キッパリ。
俺からの返答に受付嬢は不自然な表情で固まっている。
再稼働まで少々お待ち下さい。
「…………はッ」
「おかえり」
思った以上に時間が掛かったな。
無事に再稼働出来たようで何よりである。
「しっ、失礼しました。えっと……フカミさん? 依頼は薬草採取でよろしいのですか?」
「受付さんが言ったんじゃないですか。薬草採取とかから慣れてった方が良いって」
「たっ、確かに勧めたのは私ですが……」
俺の発言が信じられないのか、困惑した様子の受付嬢。
「多少の人生経験はあっても、冒険者としての俺はずぶの素人ですからね。しかも単独での初依頼ですから、まずは安全第一で行きますよ」
そもそも何故、討伐依頼なんかを請けると思ったのか。
そういった危険なことはパーティを組んで臨む。
基本的に俺は安定志向なのだ。
石橋は徹底的に叩いて、周囲の安全も確認出来てから渡るタイプです。
ややあって、くすくすと笑い出す受付嬢。
笑わせるようなことを言った覚えはないが?
「ふふ、ふふふふっ、フカミさんは冒険者なのに冒険しないんですね?」
「そういうのはもっと元気で勢いのある若者達に任せますよ」
もう二十八歳なんでと呟いてからワザとらしく肩を竦める。
おどけるようなその仕草が面白かったのか、更に笑みを深くする受付嬢。
元気になったのは結構だが、流石に笑い過ぎじゃありませんかね、お嬢さんよ。
「あー、受付さん? 取り敢えず薬草採取の依頼受けますんで手続きお願いします。あと薬草の特徴と群生してそうな場所も教えてもらえません?」
俺はこの世界の植物を知らないのだ。
「ふふっ、はぁい、お任せ下さい。それと……メリーです」
「はい?」
笑顔で自分の顔を指差している受付嬢。
どうかした?
「私の名前です。メリー=レットル。受付さんだなんて他人行儀な呼び方は嫌です」
二十八歳の男が若い娘さんの名前を気安く呼ぶというのは結構勇気の要る行為なのだよ。
ミシェルとローリエ?
あの子らは例外だ。
ぶっちゃけ名前を知らなかったので他に呼びようがなかった、なんて言うのは野暮かね。
「これは失礼をば。それじゃあ改めて、手続きよろしくお願いしますよ。メリーさん」
「―――はい!」
受付嬢―――メリーの名前を呼んだ瞬間、ぱぁっとまるで子供のように彼女の顔は輝いたのだ。
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