第5話 ようこそ、冒険者ギルドへ ~受付編~
お盆明け、更新再開します。
アンデルト王国西方に位置する辺境都市ネーテ。
この都市には日夜多くの人や物が出入りしている。
商業都市でもないネーテが何故これ程までに栄えているのか。
それはネーテが国境付近―――隣国に最も近い都市の一つだからである。
仮に隣国との戦争が勃発した場合、国境付近はその最前線へと早変わりする。
この都市には敵国からの侵略を防ぎ、戦闘を有利に進めるための軍事拠点―――橋頭堡としての重要な役割がある。
城塞都市あるいは城郭都市と呼ばれる類いのものだ。
だからこそ常に兵站を万全な状態に整えておく必要がある。
そうでなくともこのネーテ、王国西方においては一二を争うくらいに規模の大きな都市らしいから、必然的に交易の要になっていたのではなかろうか。
ちなみにミシェル達がネーテの街と呼んでいたのは、単に通称の呼び方が◯◯の街というからだそうだ。
「人口ってどれくらいになるんかね?」
「流石に領地全体については分かり兼ねるが、この都市だけでも十万は下らなかった筈だ」
「この国ってアンデルト王国って言うの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
聞いていません。
そんな辺境都市ネーテ。
折角なのでゆっくりと街中を観光してみたいのだが……。
「まずは冒険者ギルドとやらに行くんかい?」
「そうだな。私達も今回の依頼の達成報告をしなければならない。それに何よりも……」
「マスミさんの冒険者登録もしなきゃですしね」
「ですよねー」
冒険者ギルドを目指し、俺達は並んで大通りを歩いた。
今の俺の身はミシェルとローリエの預りとなっている。
早いところ登録を済ませて認識票を貰わなければ、いつまでも身元不明人のままなのだ。
流石にそれは困るのだが、実は同時に懸念もある。
「本当に登録出来るのかね?」
そこが一番心配なのだ。
要は冒険者ギルドと呼ばれる組合の一員になる訳である。
普通なら登録する資格が本人に有るか否かを厳しく審査される筈だ。
何処の馬の骨というか、何処から来たのか、何をしていたのかも知れないような輩を簡単に登録させてもらえるとは到底思えないのだが……。
「簡単に登録出来るぞ?」
心配は杞憂だった。
「出来るの?」
「出来るぞ」
「マジか」
「マジだ」
それでいいのか冒険者ギルド。
「凶悪犯罪者か余程危険な思想の持ち主でもない限り、登録を拒否されることはないから安心しろ」
そんな輩はその場で逮捕になるのでは?
「といっても新規登録のための簡単な試験は行われますけどね」
ふむ、試験とな。
採用面接みたいなものでもやるのだろうか?
「試験内容は決まってるの?」
「必ずという訳ではないんですけど、大抵はギルド側が用意した試験官との模擬戦になりますね」
「模擬戦……」
つまり実力を測るための試験という訳か。嫌だな。
魔物討伐の依頼が有るくらいなのだから、腕っぷしが必要なことはよく分かる。
だからといって最初から模擬戦とかは勘弁してもらえないだろうか。
そういったことはもっと別の昇格試験とかでやれよ。
最初は面接だけとか、せめて筆記試験とかにしてほしい。
「筆記試験をやると大体の方は登録も昇格も出来ませんから」
「もっと勉強しろ冒険者」
割りとマジで。
嫌だなぁ。なんとか試験を回避出来ないかなぁなどと考えながらダラダラと二人の後ろに付いて行く。
そして数分と経たない内に目的地へ到着してしまった。
「此処がネーテの冒険者ギルドだ」
「此処かぁ」
アンデルト王国冒険者ギルド・ネーテ支部。
周辺の建物と比べて頭二つ分は抜けて大きい。
五階建てくらいの高さだろうか。
赤煉瓦で整然と組み上げられた外観は、日本の横浜にある同じく赤煉瓦の名で有名な歴史的建築物を彷彿とさせる。
出入口らしき扉の脇にはアルファベットの「X」のように交差した冒険者の認識票と両刃の剣―――おそらくギルドのシンボルマーク―――が描かれた大型のタペストリーが掲げられている。
「支部って聞いてたから、もっとこじんまりとした建物をイメージしてたんだけど……」
「酒場と大差ない小さな支部もあるとは聞くが、大都市の支部ともなれば相応の施設を求められるものだ。何しろ依頼の数も冒険者の数も膨大だからな」
「そんなもんかね」
物凄く場違いな気がしてきた。
薄暗くて陰気な感じの酒場を勝手に想像していたのだが、目の前に聳え立つ建物の威容は想像よりも遥かに立派なものだった。
ヤバい。緊張してきた。
このまま回れ右して帰りたい……帰る所ないけど。
「どうしよう。行きたくない」
「お前はいったい何をしに此処まで来たのだ?」
「ちゃんと登録をして身分をはっきりさせておかないと困るのはマスミさんですよ?」
あの衛兵と同じようなことを言わないでくれ。
「田舎者の俺には敷居が高いのではないかと思えて……」
「異世界出身の何が田舎者だ。諦めてさっさと行くぞ」
検問を終えた時と同じように俺の襟首を掴むと、そのまま引き摺るようにしてミシェルはギルドの扉を潜る。
引き摺られるがままの俺の隣にローリエが並ぶ。
入った建物の中―――ロビーは大勢の冒険者で賑わっていた。
受付らしきカウンターの前に並ぶ列。
依頼票と思しき書類が貼られた掲示板の前で相談している男女。
お互いの武器を見せ合っているゴツイ男達。
複数のテーブルと椅子が設けられた飲食スペースでは、昼間から酒盛りをしている連中の姿も見受けられた。
年齢も性別も装備も、そして種族すらも異なる様々な者達がそこには溢れていた。
列の一つに並びながら見回す。
こいつらがミシェルやローリエと同じ冒険者か。
「なんというか……割とカオスだな」
「まあ、いろんな人がいますからねぇ」
それでいいのか冒険者。
一見したイメージとしては、役所と飲食店を組み合わせた施設といった様相である。
奥の方や上の階はどのような造りになっているのだろう。
そんなことを考えている内にも列は進み、俺達の番が回ってきた。
ミシェルさんや、そろそろ離してくれませんかね?
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
対応に出てくれたのは清潔感のある制服をきっちりと着こなした美女。
柔らかな表情を浮かべたその女性はミシェル達よりも幾つか歳上―――二十歳くらいだろうか―――に見える。
三つ編みにした明るい茶髪を自然な感じで垂らしている。
「先に報告をさせてほしい。開拓村でのゴブリン討伐と調査の依頼を終えて戻ってきたパーティだ。私はミシェル、彼女はローリエ。ともに銅級だ」
懐から取り出した認識表を目の前の女性―――受付嬢に差し出すミシェルとローリエ。
「はい、照合しますので少々お待ち下さい」
「……んん?」
見れば、各カウンターには台座らしき物が併設されており、その台座の上には二枚の正方形の板が埋め込まれていた。
大きさは一辺10センチ程度。
一枚は複雑な図形が描かれた金属板。もう一枚は半透明の水晶板。
受付嬢は受け取った認識票の内、宝石のようにキラキラしている方を金属板の上に乗せた。
するとブゥンッと微かに鳴動するような音と共に認識票が淡く発光し始めた。
同時に台座に埋め込まれたもう一枚の水晶板も淡く発光し、その表面に文字や記号―――異世界の言語を浮かび上がらせる。
「なんじゃこりゃ?」
「マスミさんも薄々気付いていらっしゃるとは思いますけど、冒険者の認識票が二枚一組なのにはちゃんと理由があります」
ローリエ先生の解説のお時間です。
「一枚は個人の氏名や階級などを示すもので、見ての通り金属で作られています。もう一枚には魔石を加工して作られたもので、討伐した魔物から漏れ出た僅かな魔力を蓄積する機能があります。この魔石で作られている方は、単純に魔石票とも呼ばれています」
「もしかしてその魔石票を調べれば、その人がどんな魔物を討伐したかが分かるとか?」
「正解です。その台座は魔石票に蓄積された魔力を読み込むための魔道工芸品になります」
「へぇぇ」
妙なところでハイテクだな、この異世界。
一枚の板が読み込み専用で、もう一枚の板が結果を表示するモニターの役目を果たすのか。
「よく出来てるなぁ」
「確認が取れました。ゴブリンの討伐及びその調査の依頼……えっ? ホブ・ゴブリン?」
カウンターの下から取り出した帳簿をペラペラと捲り、水晶板に表示された結果と照らし合わせていた受付嬢が僅かに驚きの声を上げる。
「あぁ、それに関しても説明させてほしい。その前に彼は新規登録を希望する者だ。今回の件の説明をする間に用紙への記入を済ませても構わないだろうか?」
「問題ありません。ではこちらに記入をお願いします」
「了解です」
そう言って受付嬢が差し出してきた書類―――羊皮紙で出来た登録用紙を受け取る。
記入事項は氏名、年齢、性別、種族、有する技能や職業など実に簡素なものだった。
履歴書のように職歴や志望理由を書く欄は存在しなかった。
「こんなんでいいの?」
「あまり細かなことを書かせても仕方ありませんし、そもそも読み書きの出来ない方も少なくありませんから。あ、もしよろしければ代筆も致しますが?」
「大丈夫っす」
やはりもっと勉強しろ冒険者。
転移直後だったら間違いなくお願いしているところだが、今の俺は違う。
実はこの三日間、野営の時間を利用してミシェルとローリエからこの世界の言語について教わっていたのだ。
正確にはこの国や大陸で使用されている大陸共用語についてだが。
真面目に勉強した甲斐もあり、簡単な読み書きならば問題なく出来る程度にはなった。
まさかこんなにあっさり習得出来るとは思わなかった。
別に元の世界に居た頃も外国語が堪能だった訳ではないのだが、なんだか異世界に来てから物覚えが良くなった気がする。
補正か?
もしやこれが異世界補正なのか?
「サラサラーっと」
技能や職業などは無理に書く必要はないらしいので、先にそれ以外の項目を埋めていく。
果たして俺の特技がこちらの世界での技能に該当するかどうかは不明だが、試しに書いてみるとしよう。
記入した内容は―――。
氏名:マスミ=フカミ(外国のように家名が後になる)
年齢:二十八歳
性別:男
種族:人間
技能:サバイバル
職業:(記入なし)
「マスミ、記入は終わったか?」
いつの間にやら依頼の結果報告も終わったようだ。
「終わったよ。これでいいですか?」
「拝見します」
記入し終えた用紙を受付嬢に提出する。
内容に目を通している途中、何故か怪訝そうに眉を潜めたられた。
「何処かおかしかったですか?」
「あ、すみません。そうではなく……一応確認なのですが、年齢にお間違いはありませんか?」
年齢?
「はぁ、二十八で間違いないですけど。あれ? もしかして年齢制限とかあります?」
二十歳以上は駄目とか?
だとしたら本気で困る。
「いいえ、冒険者の登録に年齢制限はありません。ただ、二十代後半から登録に来られる方は珍しいものですから、少し驚いてしまいました。申し訳ございません」
「いえいえ、気にしてませんよ。というか俺の歳で登録に来るのってそんな珍しいんですか?」
「そうですね。全く居ないという訳ではありませんけど、ほとんどの方は十代の内に登録されていますね」
「なんと……」
スタートから既に圧倒的な出遅れ感。
どうやら就職時に年齢がネックになるのは、異世界でも変わりがないようだ。世知辛い。
技能欄に書いたサバイバルは問題ないのか?
ちょっとだけふざけて書いちゃったんだけど。
「年齢にお間違いがないのであれば内容は問題ありません。もう少しだけお待ちいただければ、新規登録の試験も行われますけど……」
「もちろん受けるぞ」
ミシェルよ、何故お前が答えるのだ。
そしてサバイバルと書くのは問題ないのか。
「分かりました。試験の説明はどうされますか?」
「我々が道すがら説明するので大丈夫だ。彼が試験を終えた後で報酬を受け取りたいのだが、構わないだろうか?」
「大丈夫です。それでは試験が実施されている間に報酬をご用意しておきます。フカミさんも登録試験頑張って下さい」
当事者たる俺を無視して話が進んでいく。
別に構いませんけどね。
ここでやっぱり試験は受けませんなんて言ったらぶっ飛ばされるかな?
ぶっ飛ばされるんだろうな……ミシェルに。
「ういっす、頑張ります」
笑顔で応援してくれる受付嬢―――多分社交辞令―――に気のない返事で応じながら、俺はどうにかして試験を回避出来ないだろうかと実に往生際の悪い思考を繰り返すのだった。




