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第4話 無表情の裏側・後編 ~女性魔術師Vさんの話~

前回のお話……外出を決意したヴィオネ。

(ヴ ゜Д゜)いってきます

 ―――side:ヴィオネ―――



 アミナに勧められて出掛けることにしたのはいいけど、特にこれといって目的は無い。

 強いて言うなら気分転換が目的だけど、そもそもどうすれば気分転換になるのかも分からないので、取り敢えず街中を適当に歩いてみることにした。

 それにしても……。


「ちょっと、暑い」


 やっぱり今日はいつもより気温が高いように感じる。

 もうすぐ爬鱗(はりん)の月が終わって、流海(るかい)の月に入るからかな。

 本格的な夏が近付いてきたみたい。


「暑いの、苦手」


 出掛けたのは失敗だったかもと、既にちょっと後悔し始めている。

 宿を出てからまだ十分も経っていないのに、もう引き返したくなってきた。

 流石にこれで帰るのはあまりにも情けないので、もう少し頑張るつもりではいるけど……。


「少し、休もう」


 喫茶店にでも避難して、冷たいお茶を飲みながら休憩しよう。

 うん、そうしよう。

 何も買い物をするだけが外出ではない。

 これだって立派な休日の過ごし方。

 という訳で早速喫茶店に向かおうとしたのだが、一つ問題があることに気付いた。


「喫茶店、何処だろ?」


 この街のどの辺りに喫茶店があるのかを私は知らない。

 ネーテの街を拠点に活動するようになってそれなりの月日が経つけど、私は街の地理を未だによく把握していなかった。

 宿と冒険者ギルドを除けば、装備を買い替える時に利用する武具店と宿の近くにある雑貨屋や古着屋程度にしか行かない。

 私は出不精なのだ。

 食事は宿でアミナが作ってくれるし、依頼に出る際の荷物なんかは大体トルムが用意してくれていた。

 もしかして私って、結構駄目な子?


「……困った」


 まさか開始から躓くことになるとは……。

 誰かに訊ねようかとも思ったけど止めた。

 周りにいる人達―――主に男達―――から向けられる無遠慮な視線。

 私が出不精になった最大の理由がコレ(・・)だ。

 一人で外出をすると嫌でも異性の注目を集めてしまう。

 依頼の時なんかはローグ達が近くにいるので、そこまで露骨に注目されることもないけど、一人になった途端いつもこれだ。

 見られることに慣れているからといって、何も感じない訳じゃない。

 本人達はこっそり見ているつもりなのかもしれないけど、女性は自分に向けられる視線に対して敏感なのだ。

 その事実をいい加減理解してほしい。


「しかも……」


 内側からブラウスを大きく押し上げている乳房。

 細過ぎず、太過ぎず、しっかりとくびれた腰回り。

 丸みを帯びた豊かなお尻。

 服を着ていても隠すことの出来ない肉感的な肢体。

 注目を集める要因が顔だけではなく、首から下の部分にまで複数あるという始末。

 別に望んでこんな身体付きになった訳じゃない。

 勝手に育っただけ。


「帰ろう、かな」


 私が本格的に宿へ引き返そうかどうか悩んでいると、「ヴィオネ殿?」という聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。

 声のした方に目を向ければ、ほんの数日前まで一緒に居た人物の姿があった。


「ミシェル?」


「やはりヴィオネ殿だったか」


 私を呼んだ人物の名はミシェル。

 高い位置で括られた綺麗な赤茶色の髪が特徴の女剣士で、ヘルハウンド討伐や盗賊討伐など、最近何かと縁のある人物の一人。

 彼女も休日なのか、今日は冒険者の装いではなく私服姿だ。

 上にはシンプルな白いシャツ。下はぴっちりとした、だけども動き易そうな生地のズボンを穿いている。

 あまり着飾っている風でもなく、さっぱりとした服装だけど……。


「なんか、格好いい、ね」


「むっ、そうか? そう言われるとなんだか照れてしまうな」


 そう言って快活に笑うミシェル。明るいなぁ。

 実際、長身の彼女にはよく似合っていた。


「ミシェル、一人で先に行かないで下さいよ」


「待って~」


 疎らな人通りの中をすり抜けるようにして、またも見覚えのある人物らがこちらに近寄ってきた。

 向こうも私に気が付いたのか、目をパチクリさせている。


「ヴィオネさんじゃありませんか。奇遇ですね」


「おひさ~っていう程ぉ、時間は経ってないね~」


「ローリエ。エイル」


 ミシェルのパーティメンバーである二人の女性冒険者。

 人間と変わらない姿をしているけれど、正体は犬系の獣人であるローリエ。

 ブラウスにロングスカートという服装は私と同じだが、彼女の着ている衣服は白や青を基調とした清潔感のある色合いをしており、さりげなく細かな刺繍が施されている。

 そして豊かな金髪と尖った長耳を持つハーフエルフのエイルは、普段の装備に似た動き易そうな格好をしているのだが……。

 袖のない若草色の上着は、私のものより一回り以上も巨大な乳房によって盛大に押し上げられている。

 今にも胸元が弾け飛んでしまいそうだけど、窮屈じゃないのかな?

 見ているこっちが心配になる。

 下は極端に丈の短いショートパンツで、真っ白な肌の太股が惜しげもなく晒されている。

 案の定、彼女は私以上に周囲の男達の視線を集めていた。

 慣れているのか、当の本人は気にした様子もないけど。


「ヴィオネ殿は買い物か?」


「特に、決めてない」


 気分転換が出来ればなんでもいい。

 だけど今はそれよりも優先するべきことがある。

 私はミシェルの両肩に手を起き、挑むような目付き―――のつもり―――で彼女の目を見た。


「ミシェル」


「ど、どうしたのだ?」


 たじろぐミシェルに対して、私は……。


「喫茶店、知らない?」



 ―――喫茶店―――



 ミシェル達に案内してもらったおかげで、無事に喫茶店まで辿り着けた。

 日が直接当たらないだけでも、随分涼しく感じられる。

 今は全員で同じテーブルに着き、よく冷えた果実水を飲んでいる。

 美味しい。


「みんなも、休日?」


「うむ、数日は休息に当てるつもりだ」


「休める時にはしっかり休まないとですから」


「折角だからぁ、今日はみんなでお出掛け~」


「……仲良い、ね」


 前回の依頼の時にも思ったことだけど、本当に彼女達は仲が良い。

 私には一緒に出掛けてくれるような同性の友人がいないので、彼女達のことが少し羨ましかった。


「マスミは?」


 今更になって気が付いたけど、すっかりこのパーティの中心になっている彼の姿が何処にもない。

 みんなでお出掛けじゃなかったの?

 聞けば、マスミは冒険者ギルドに行ってしまったそうだ。


「一人で?」


「いえ、どうもコレットちゃんに同行をお願いされたようです」


「とってもぉ、イライラしてた~」


 コレットって……確かヘルハウンド討伐の時にいた小人族(リリパット)の女の子だよね。

 うん、小さくて可愛い子だった。

 今は水鳥亭で働いてるって聞いてたけど、ちゃんと冒険者も続けてたんだ。


「たまにはマスミを抜きにして、女同士の親睦を深めるのも悪くないと思ってな」


「そっか」


 いいなぁ、楽しそうだなぁ。


「特に予定がないのでしたら、ヴィオネさんも一緒に如何ですか?」


「……私も?」


「みんなでお買い物したりぃ、美味しいものを食べたりぃ、きっと楽しいの~」


 私も一緒に行かないかと誘ってくれるローリエとエイル。

 ミシェルも同意するようにうんうんと頷いている。

 まさか誘ってもらえるとは思っていなかったので、素直に嬉しい。

 だけど……。


「ありがと。でも、私は……」


「あっ、もしかして都合が悪かったですか?」


「ううん、そうじゃない、けど……」


「けど~?」


「……私が一緒、だときっと、楽しくない、と思うから」


 言葉の意味がよく分からなかったのか、全員が怪訝そうに首を傾げていた。


「私、無愛想、だから」


 いや、無愛想というのも正確ではないかもしれない。

 私は昔から表情の変化に乏しい。

 所謂、無表情というものだ。

 自分では表情を動かしているつもりでも、実際にはほとんど変化しておらず、今朝も鏡で見たような茫洋とした表情ばかり浮かべている。

 その為、綺麗だ美人だと言われる以上に何を考えているのか分からないとも言われてきた。

 だから私は、自分の顔が嫌いだ。

 おまけに何故か喋ることも苦手。

 障害を抱えてる訳でもないのに不自然な程途切れ途切れでしか喋ることが出来ない。

 人とスラスラ会話をすることが出来ないのだ。

 長文なんて苦痛にしか感じない。

 結果、ローグ達やアミナのような一部の例外を除き、無愛想な上に何を考えているのか分からない女という偏見を持たれるようになってしまった。


「私みたいな、碌に笑えない、可愛くない女と、一緒に居ても、つまらない、から、みんなだけで―――」


 楽しんできてと言おうとしたら、みんなが私の顔をジーッと凝視していることに気付いた。

 このまま見続けられたら、顔に穴が開くのではないかと心配になるくらいジーッと。


「えっと……なに?」


「ヴィオネ殿は無表情でも不愛想でもないぞ」


 ミシェルの発したその言葉に、嬉しさよりも寂しさを覚えた。

 彼女は優しいから私を気遣ってくれているのだと思った。


「気を、遣わなくても、いいよ」


「気など遣っていない。私は事実を述べているだけだ。もう一度言うが、ヴィオネ殿は無表情でも不愛想でもない」


「確かに表情の変化は乏しいかもしれませんけど、ただそれだけの話です。ちゃんとヴィオネさんは笑えてますよ」


 わたし達はヴィオネさんの笑顔を知ってますしと柔らかく微笑むローリエ。

 そういえばヘルハウンド討伐の祝勝会で笑ってたって言われたかも……。


「それにぃ、自分で思ってる以上にぃ、ヴィオネちゃんって分かり易いの~」


 今はちょっと困惑気味~とエイルに指摘されてドキリとした。

 図星だったから。

 みんなから予想外のことを言われて、ちょっと……いや、かなり困惑している。

 自分の顔に手を伸ばし、指先で触れてみる。


「私、分かり易い、かな?」


「流石に考えまでは分からんぞ? だが喜んでいるとか怒っているとか、その程度のことなら私にだって分かる」


「ヴィオネさんが何を心配しているのかは分かりませんけど、わたし達がヴィオネさんと一緒に居てつまらないなんてことはありませんよ」


 ミシェルとローリエが私の顔を真っ直ぐ見詰めてくる。

 思わず顔を俯かせ、目を伏せてしまった。

 頬が熱い。

 なんだか妙に恥ずかしくて、落ち着かない。

 一人でモジモジしている私を見たエイルが「か~わ~い~い~」とか言って悶えていたのは、気のせいだと思うことにする。


「うむ、やはり分かり易い」


「改めて、ヴィオネさんも一緒に如何ですか?」


 このタイミングでそれを聞くのは……ちょっとズルい。

 そんなことを言われて断れる筈がない。


「一緒に、行ってもいい、かな?」


 私がおずおずと不安気に訊ねると、みんなは満面の笑みで勿論と答えてくれた。


「そうと決まればぁ、まずはお買い物なの~。ヴィオネちゃん美人さんだからぁ、お洒落しなくちゃ~」


「そうですね。それにヴィオネさんは化粧っ気が無さ過ぎます。勿体無いです。磨かなくても綺麗なんですから、もっと磨きましょう」


「うむ、よく分からんが二人に任せる」


「えっ、あの、ちょっと……?」


 瞳をキラキラと輝かせたローリエとエイルに左右の腕を掴まれると、半ば引き摺るように店外まで連れ出された。

 あの、まだ会計が済んで……と思ったら、ミシェルが全員分の料金を支払っていた。

 これはきっと逃がしてもらえないんだろうなぁという諦めの気持ちを抱きつつも、私は流れに身を任せることにした。

 お手柔らかにお願いします。



 ―――その夜―――



「ただい、ま」


「ヴィオネさん、お帰りなさい……って、あらあら凄い荷物ですね」


 三人に連れ回されて早数時間、すっかり日も落ちて暗くなった頃に私はようやく解放された。

 この数時間の成果とも呼ぶべき大量の荷物を抱えながらの帰宅となった。

 ぐったりとカウンターに突っ伏する私にアミナがお茶を出してくれた。

 ありがとう。


「何を買われたんですか?」


「ほとんどが、服。あとは、化粧品」


 服はエイルが、化粧品はローリエが選んだ。

 目に付く服飾店に片っ端から突撃しては、着せ替え人形よろしく何度も私に試着をさせるエイル。


「お化粧というものは淑女の嗜みである以上に義務です。よろしいですね、ヴィオネさん」


 と言っては様々な化粧品を購入し、その取り扱いについて細かく教示してくるローリエ。

 ミシェルは後ろでうむうむ頷いていたけど、アレはきっと理解していないと思う。


「そういえば、お召し物が出掛ける時と違いますね。よくお似合いですよ」


「ありがと。その……友達が、選んでくれた」


 友達という単語を口にした瞬間、無性に恥ずかしくなった。

 何故かアミナが嬉しそうにしている。

 ブラウスにロングスカートというのは変わらないけど、デザインも色合いも―――ついでに値段も―――私が最初に着ていた中古の服とは全然違う。


「しっかり休日を堪能されたみたいですね」


「楽しくなかった、訳じゃない、けど、疲れた」


「ふふっ、でもヴィオネさん、今笑ってらっしゃいますよ」


「……えっ?」


 咄嗟に頬に手が伸びたけど、直接触れてもよく分からない。

 苦笑したアミナが手鏡を差し出してくれた。

 ほとんど引ったくるような勢いで受け取り、自分の顔を映してみる。


「……あ」


 一瞬、誰の顔なのか判別出来なかった。

 微かに持ち上がった口角。

 少しだけ下げられた目尻と眉尻。

 小さく出来たえくぼ。

 アミナが教えてくれた通り、鏡に映った私は確かに笑っていた。

 無理矢理作ったようなものじゃない、自然な微笑み。


「私……笑えるんだ」


 その事実に喜びよりも驚きが勝った。


「ふふっ、外出して正解でしたね。良い気分転換になってよかったです」


「うん、ありがと……ねぇ、アミナ」


「なんですか?」


「今度、一緒に買い物、付き合ってもらっても、いいかな? 友達に、お礼したい、から」


 相変わらず途切れ途切れで聞き取り辛い台詞。

 だけどアミナは嫌な顔をせず、「ええ、私でよければ」と柔らかな笑みで応じてくれた。


「ありがと」


 みんなは何をプレゼントしたら喜んでくれるだろう。

 その時には、ちゃんと今みたいな笑顔で渡せるようにしたいな。


「何が、いいかな」


 アミナの淹れてくれたお茶を飲みながら、私はミシェル達へ渡すためのプレゼントを考えた。

 手鏡に映った自分の顔が先程よりも楽しげな笑みを浮かべていることにすら気付かぬまま、私は思考に没頭していった。

お読みいただきありがとうございます。

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