六十四話 侍と魔法少女
一方、光葵と志之崎は刻印結界の中で戦い続けていた。
だが、結界内という〝限られた空間〟であり、志之崎の《風魔刀》《反射魔法》と非常に相性が良い。光葵は追い込まれていた……。
「その程度か! お前はいつも優位に立てるように戦っていただけか? このままだとすぐ死ぬことになるぞ……」志之崎は鋭く叫ぶ。
「……お前は強いよ。……唐突かもしれないが、今なら話せそうだから話すぞ。親友との約束なんだ。降伏する気はないか? お前の仲間の少女は親友が降伏させた。少女にこれからも生き続けてもらうためだ」光葵は真剣な表情で伝える。
「お前……ふざけてるのか? 俺の仲間はお前らに殺された。美鈴も人質として生かしていただけなんじゃないか? それに俺に殺されそうなお前の指図をなぜ受けないといけない?」
「そんなことする奴じゃない! あいつは優しい奴だ……!」光葵は怒りで声を荒げる。
「……戦争では優しい奴なんてのは関係ない。生きるか死ぬかだけだ」志之崎は冷淡に話す。
「……話し合いじゃ無理みたいだな。力ずくでもお前には生きてもらう……!」
「意味不明だ。もういい。俺はお前を殺すだけだ……」志之崎の瞳に刃のような光が奔る。
「《風魔刀――乱射斬》、《風魔刀×反射魔法――反射斬嵐》……!」
志之崎は結界を使い《乱射斬》で斬撃を乱反射させる。そして、自身が反射魔法にて加速し荒ぶる嵐の如く縦横無尽に剣戟を振るう。
「《風魔法×火炎魔法、氷魔法――炎刃、氷刃》《身体強化×アイスグローブ》!」
光葵は炎刃と氷刃での斬撃の相殺、アイスグローブでの防御で何とかしのぐ。
しかし、だんだんと光葵の身体中に切創ができていく……。四肢が切り落ちそうだ……。
「《生成魔法×回復魔法――自動人体生成》……!」光葵は局所的に損傷部位を〝生成〟して治すことで回復速度を上げる。
「本当に色んな魔法を使うな……。このまま攻め切らせてもらう」
「俺もやられっぱなしじゃない!」
光葵は《身体強化》を極限まで高める。《自動人体生成》で身体の傷が治っていくのと同時に一気に身体能力が上がったため、動きのギアが二段上がる。反射神経で志之崎の剣戟を躱しカウンターで中腹部へ渾身の一撃を入れる。
「ガッ……!」志之崎は三メートル程下がる。しかし即座に「《風魔法――駆天乱斬》……!」と詠唱する。暴風の刃の塊が飛んでくる。
ヤルなら今だ……光葵は静かに覚悟を決める。
「《理の反転》……」黄金色に光る右手を《駆天乱斬》に突っ込む。瞬間、《駆天乱斬》は〝回復魔法のような効果〟へと変わる。身体の傷、マナが回復するのを感じる。
そのまま志之崎へ迫る。一気に決める……!
「お前何をした……!」志之崎が驚嘆の声を上げる。
「隠し技だよ……! コイツも受け取れ! 《合成魔法》《生成魔法×氷魔法――想像的生成、擬似神槍グングニル》……!」
「《風魔刀――鎌鼬》!」志之崎はグングニルを弾こうとするも押されていく……。
「悪いがダメ押しだ」光葵は新たに高速生成したグングニルを再投擲する。
志之崎は弾き返しきれなくなり、そのまま結界に衝突し結界を崩壊させながら奥にある大岩にぶつかる。
◇◇◇
ちょうどその頃、綾島と至王は息をもつかせぬ戦いを継続していた。
そして、結界の崩壊音は戦いのリズムを微かに変える。綾島の意識が一瞬崩壊音に逸れたのだ。
それを至王は見逃さなかったのだろう。「《使役魔法――インビジブルゴーレム》……!」
インビジブルゴーレムの強烈な殴打が綾島に直撃する……。
「フハハハ。貴様の思考の隙を衝いてやったぞ!」血まみれの至王は叫ぶ。
「綾島さん!」光葵は急いで駆け寄る。
「仇……殺す……」綾島の様子は明らかにおかしいが、致命傷ではないことが分かる……。
「……お前、その魔法……」志之崎は驚いた様子だ。
「……俺はインビジブルゴーレムを知覚できる。今までずっと一緒にいた美鈴の魔法だからだ。そして護りたかった存在だからだ……!」志之崎は叫ぶ。
「なら、ちょうどいい! 志之崎! 俺達でこいつらを殺すぞ。今の一撃で相当なダメージを与えたはずだ」
志之崎は全てを悟ったような顔をする。
「……点と点が繋がった。至王、お前は金髪の男を殺したか?」志之崎は淡々と尋ねる。
「そうだ。しぶとい男だったよ。仲間のために命を捨てたような愚か者だったがな」至王は頂川を侮辱するような口調で答える。
「くっ……俺は仲間の仇である日下部を殺したい……。だが、日下部の親友である金髪の男は、危うい精神状態の美鈴を降伏させ命を救ってくれた……。俺は何がしたい……。何を望んでいるんだ……。仇を取ることか、それとも〝護りたかった存在〟を救ってくれた男の無念を晴らしたいのか……」
「何をぶつぶつと言っている! 俺と貴様でこいつらを殺すぞ!」至王は苛立ったように言葉を吐く。
「…………そうか。俺のしたいことが分かった……」ゆっくりと志之崎は至王に刃を向ける。
「完全な私情だ。俺は……美鈴の命の恩人に報いたい」
「フハハ。何を言っている? お前の殺したい相手は目の前にいるだろう。俺とお前でなら両方殺せるぞ」至王はあくまで冷静に説得しているようだ。
「俺は護りたかった。それだけが俺の望みだった……」志之崎は悲しげに呟く。
「ふざけるな! 俺達は利害が一致している。それを捨てるのか!」
「ああ、そうだ! 俺は俺の信念に従う!」志之崎は声を荒げる。
「では、貴様も敵という認識でいいんだな?」至王は怒りでこめかみ付近に血管を浮かべている。
「俺はお前の敵だ。いくぞ……」志之崎は至王に向かい駆ける。
「待てっ! 俺達も至王を倒したい。追いかけるぞ!」光葵は叫ぶ。
「勝手にしろ……。俺はケリをつけられればそれでいい……!」志之崎は光葵達には構う素振りはない。
「フハハハハ! 馬鹿げた奴だ……! 来い……! まとめて消してやる……!」至王は血と共に大声を出す。
「《使役魔法――インビジブルゴーレム……!」至王は光葵目掛けて、インビジブルゴーレムを進めたようだ。
「《風魔刀――散らし風》……」志之崎が間に割って入り、散らし風にてインビジブルゴーレムの攻撃をいなす。「……いけ」短く志之崎から言葉がある。
「助かる!」光葵と綾島は更に進む。
「まだだァ! 《合成魔法》《刻印魔法×雷火砲――刻印雷火》《刻印魔法×結界魔法――爆撃結界》!」至王はおそらく全力と思われる、魔法を放つ。
「俺が防ぐ! 《合成魔法》《氷魔法×闇魔法――氷黒壁、氷黒の盾》……!」光葵が至王の攻撃を全て防ぐ。魔法同士の接触時に、凄まじい爆音が響く。
「殺す……! 《光魔法――破邪の矢》……!」綾島の詠唱と共に眩い輝きが奔る。破邪の矢は至王を貫く……。
――ああ……こんな終わり方をするとはな……。至王に走馬灯がよぎる。
「至王ちゃん、根は優しいんだから、みんなにもそんな素振り見せなきゃダメよ。『冷血男』って呼ばれてるの聞いたわよ。人は思ってるだけじゃ伝わらないのよ?」温井は冗談混じりに笑いかけているようだ。
「そう呼ばれてるのは風の噂で聞いた……。温井の言うことも分かる。だが、俺は会社を継がないといけないんだ。優しさだけでは勝ち抜けない……」
「もう、至王ちゃんは真面目過ぎ! もし悩みごとがあったら私に言って。せめて私くらいは話聞くわよ」温井は優しく微笑む。
温井……貴様は本当にいい奴だったな……。貴様が逝く場所とは俺は違うだろう。最期に謝らせてくれ……。命を奪ってすまなかった。そしてありがとう……。
至王は在りし日の記憶に浸りつつ、意識は消えていく――。
「……仇、殺した。……ルナ姉、頂川君、朱音ちゃん……。やったよ……」綾島の切ない声が響く。
「日下部。俺はもう戦う意志はない。『降伏』する。……それと、金髪のことすまなかった。あと、美鈴を生かしてくれてありがとう……」志之崎は憑き物が落ちたように静かに呟く。
「そうか……ありがとう……。あと、降伏するなら綾島さんにしてくれないか?」光葵は志之崎の目を見る。
「俺は構わないが、いいのか?」
「いいんだ。俺は既に二つ《固有魔法》を奪取してる。綾島さんはまだ奪取してないから」
「日下部君……。うぐっ……。それでいいの?」綾島は魔法の反動で、意識が元に戻り切っていない様子だ。
「うん。俺の意志で綾島さんに魔法を持って欲しい」
「ありがと……」綾島は一言だけ答える。
「では、綾島。お前に降伏する」志之崎が降伏の宣言をする……。
この日で綾島は二つの魔法を奪取した。《反射魔法》と《分身魔法》だ――。




