四十五話 心優しいヒト
一方、日下部、ルナ姉、カイザーの三人は外出し、仲間探し兼索敵をしていた。
一時間程歩いた時だった。不意にカイザーが大声を上げる。
「右眼が疼く……。近いぞ! 日下部、ルナ姉」カイザーは眼帯を外し、走り出す。
「カイザー。天使サイドか? それとも悪魔サイドか?」光葵は走りながら質問する。
「一対三で天使サイドの人が襲われているようだ……」カイザーはやや焦りつつ答える。
光葵はその返答を聞いた時点で迷った。おそらく、襲われている天使サイドは傷を負っているだろう。全員生きて勝てるのか……?
「もう! 日下部ちゃん。また色々考えてるでしょ? 日下部ちゃんは一人で背負い過ぎよ。私達仲間がいることも忘れないで……。あなただけに重荷を背負わせない。私は助けたいと思う。カイザーちゃんは?」ルナ姉はカイザーにも意見を求める。
「我も助けたいと思っているぞ!」カイザーは迷いなく答える。
「コレはみんなで決めた決断。こうしてみんなで決めていけばいいのよ」ルナ姉は微笑む。
「ルナ姉……ありがとう。カイザーもありがとな!」心が軽くなるのを感じる。
「我は何もしてないぞ。ルナ姉の言う通りなんだ。もっと我等を頼れ」語気は少し強めだ。
「あと、戦闘が行われてるのはこの先の廃墟だ。二人とも行くぞ」カイザーが気合を入れる。
(影慈頼む……!)――〝人格共存〟左右の瞳は琥珀色、陰のある黒へと変わる――。
廃墟に着くと、そこには傷だらけで攻撃を〝逸らしている〟三十歳程の女性がいた。
守護センサーが告げる。この女性が天使サイドだと。
見た目は褐色肌で茶髪の短いポニーテール。顔立ちは整っており、ややつり目で目が大きい。勝気な性格である印象を受ける。
悪魔サイドは知っている者ばかりだ。至王、清宮、伊欲の三人が攻撃している。
「危ない!」
そう言い、ルナ姉は光葵達の誰よりも早く傷だらけの女性の所へ行こうとした。
「フハハ、よう温井。一人で突っ込んでくるとは無謀だな!」至王は嘲笑うような声を出す。
「一人相手に申し訳ないけど、一気に決めましょう……《付与魔法×五感強化――攻撃、防御、敏捷、五感強化》」清宮が詠唱を終えると、清宮、至王、伊欲の能力値が一気に上がるのを知覚する。
「こんな魔法まで使えるようになってたんだな! 清宮さんよ。 力が溢れてくるぜ!」伊欲が声を発する。
そして、敵の一斉攻撃がルナ姉に向けて放たれる。
「《合成魔法》《刻印魔法×雷火砲――刻印雷火》……!」至王の雷火砲を刻印魔法で強化しているようだ。
「《合成魔法》《付与魔法×水魔法――強化水龍》……」清宮は巨大な水龍を創出し放ってくる。
「《魔石放射――七色》!」伊欲は七属性の放射攻撃を行う。
「多勢で一人を攻撃なんて良い趣味ね」
ルナ姉は分身を盾にしながら傷だらけの女性の前に出る。しかし、分身だけでは威力を殺しきれず、既に身体中が鮮血に染まっている……。
「温井……。貴様は昔から甘い……。その甘さが身を滅ぼすこともあるんだ。随分前にも同じような問答をした気がするな……」至王はどこか遠い目をする。
「ルナ姉すぐ行く!」
光葵とカイザーは同時に叫び、ルナ姉に続こうとする。しかし次の瞬間目の前に〝結界〟が出現し、光葵達の行く手を阻む。
「《合成魔法》《刻印魔法×結界魔法――刻印結界、防御の陣》……!」至王が詠唱してるのが見える。
「クソッ! 結界……! カイザー!」光葵はすぐに叫ぶ。
「時間が無い! 結界の弱点を探し武力行使で討ち破る!」カイザーの魔眼が黒く輝く。
「そこだ! 日下部! 我等の魔法で破壊する!」カイザーの魔眼に黒い光が集まっていく。
カイザーの《魔眼砲》、光葵の《合成魔法》《灰燼の浸食》が同じ場所に当たる。
結界は乾いた音を響かせ崩れる。
すぐに中に突入し、敵の総攻撃を無理やり突破する。そして急いで、ルナ姉のもとへ行く。
「ルナ姉、俺達が守る! 防御しつつ俺が《回復魔法》も使う。必ず助ける……!」
「我は近距離なら《魔眼拳》が使える。防御も任せろ!」カイザーは黒くゆらゆらと輝く魔眼に両手を添えると黒い輝きが両手に移る。マナのグローブのような印象だ。
「クハハ。また会ったなヒーロー……!」
伊欲は光葵を見据える。そして、矢じりに大きな赤い魔石の付いた弓を引き絞っている。とてつもない威力が出るのが直感で分かる……。
「クッ……。俺が何とかする! 《合成魔法》《氷魔法×闇魔法――氷黒壁》! 《闇魔法――闇霧》!」それらを防御幕として展開する。
再び、敵の一斉攻撃《刻印雷火》、《強化水龍》、《魔石弓射――赤》が襲い掛かる。轟音が響き、氷黒壁は崩壊し、闇霧も散ってしまう。
カイザーは魔眼拳を使い、貫いてきた刻印雷火を何とか相殺する。
まずい。このままでは耐えきれない。どうすれば……!
「手は緩めんぞ……! 《刻印魔法×結界魔法――爆撃結界》……!」至王から炎の刻印の付いた手のひらサイズの結界が四つ投げられる。
即座にプロテクトを張るも爆撃で破壊される。
「ここまでよ……。《付与魔法×水魔法――強化水龍弾》……」側面方向より、清宮が創り出した水龍の口から凄まじい水の砲弾が撃ち込まれる。
「あばよ……ヒーロー。《魔石弓射――黄》」
伊欲の矢は放物線を描き、巨大な雷の魔石が光葵達の頭上から着弾する。更に、ほぼ同時に至王の刻印雷火の輝きも見える……。
次の瞬間避けたかった未来が目に映る……。ルナ姉が分身と共に敵の一斉攻撃を全て引き受けている姿だ。
もうとっくに動かなくなったであろう身体は損傷し、心臓付近にも穴が開いている。
ルナ姉は一切迷わずに人を助けられる人。それが光葵達との〝人間的な差〟だった……。
「ルナ姉!」
光葵達は叫びながら駆け寄る。
防御として周囲に高速で《氷黒壁》を創出する。
「うふふ……身体が勝手に動いちゃった……。時間も無いわ。言葉にしないでも……私の気持ち分かるわよね……?」口からは血が流れ続け、今にも消えてしまいそうな声だ……。
「ル、ルナ姉……。俺が回復魔法で……」光葵が抱き上げる手を伝い、消えゆくルナ姉の存在を感じる……。
カイザーは涙を流し叫んでいる……。
「私はもう…………。ポニテのあなた……勝手に乱入して……頼むのもごめんね……。この子達……お願い……」最期にいつもの穏やかな笑顔を作り、その瞳の輝きは失われていった……。
「う、嘘だろ……。ルナ姉……こんなお別れなんて……」光葵は涙が止まらなくなる。
光葵はこの瞬間、憎悪の激情に飲み込まれそうになる……。しかし、パラパラと灰のようになっていくルナ姉の穏やかな顔を見て心を改める。「俺達『三人』は必ず生きて帰る……」
「カイザー、ポニテのお姉さん……。ここから離脱する。カイザー、俺とお前の超高出力の複合魔法で敵にダメージを入れて、追撃を完全に潰す……」光葵は涙を流しつつも声を絞り出す。
「……くっ。分かった」カイザーも涙を流しながら拳を握る。拳からは血が滴り落ちている。
次の瞬間、氷黒壁が破壊される。
「俺に温井を殺されたうえで逃げるのか? 腰抜け共!」至王が挑発的に声を張り上げる。
「黙れ……! カイザーいくぞ! 《複合魔法》《魔眼散弾×灰燼の浸食――散ずる灰燼の厄災》……!」灰燼の浸食を魔眼散弾で周囲に撃ち込み、廃墟諸共に焼き尽くす。
強力な弾幕攻撃に敵は防戦一方となっている。その間に《風魔法》で速力を上げ三人は逃走した。
逃げている途中も涙が止まらず、俺達は無言でアジトに向かった――。
◇◇◇
アジトに着き、落ち着いた頃に状況を頂川達にも伝える。
全員急な話に驚きつつも涙を流していた……。
助けた女性は比賀直実という名前だと聞いた。
比賀はアジトに着いてしばらくすると、体力の限界がきたようで倒れ込むように眠ってしまった。綾島が回復魔法を使い治療してくれた――。




